レコーディングという作業、特に音を録音するハード面は、やはり時代と共に変化していく。

例えば、今ならレコーディングといえばハードディスク・レコーディングが普通だが、1989年当時は、まだ録音メディアは当然のようにテープの時代、そして主流だったアナログレコーディングがやっとデジタルレコーディングに移り変わり始めた、いわゆるデジタルレコーディングの黎明期だった。

特に、僕達が使用していたソニーミュージックの信濃町スタジオは、親会社でもあるソニーが開発したレコーディング機材がいち早く完備されおり、スクエアなどのレコーディングで活躍していた24トラックのデジタルマルチレコーダーPCM-3324(通称3324=サンサンニーヨン)に加えて、48トラックのPCM-3348(通称3348=サンサンヨンパチ)も導入され始めた頃だった。

アナログレコーダーの持つ豊かな録音特性を活かして、YOSHIKIのドラムスは従来通りアナログの24トラックレコーダーで録音したが、TAIJIのベースやHIDE、PATAのギター、TOSHIのボーカルなどは、すべて3324と3348で録音を進めていった。

当時の僕は、デジタルレコーディングに対して強い興味を持っていて、その音質と作業効率の向上に大きな期待をしていた。

自分がミュージシャンだった学生時代、アナログの録音機材によるレコーディングしか経験がなく、アナログテープによるヒスノイズ(「サー」という高い周波数の雑音)や回転による微妙なムラなどをクリアするデジタル技術に強く興味を持っていたからだ。。

また、オリジナリティを最優先させるXのレコーディングでは、伝統的で一般的なレコーディング方法にとらわれず、必要なエディットやトリミングを臨機応変に施した方が良いと考えていて、そのような作業にはデジタルレコーディングはとても適していたからだ。