「Donny Hathaway」(ダニー・ハサウェイ)
アメリカのミュージシャン、シンガーソングライター。
”ニュー・ソウル”という新しい時代の扉を鮮やかに解き放ち、後のソウルシンガーに多大な影響を与えた。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第49位。
<TSUYOSHI評>
今となっては『A Song For You』はレオン・ラッセルであるが、私が初めて聞いた『A Song For You』はダニー・ハサウェイのものだった。幼い頃、私はこの曲でダニー・ハサウェイを認識した。曲の良し悪しは正直なところどうでもよかった。彼の独特な歌い癖と、最後に飛び出すブルージーでゴスペルライクな歌のフレーズに心を奪われた。10代そこそこの私にとって既にヒーローであったスティーヴィー・ワンダーとルーサー・ヴァンドロスに加え、ダニー・ハサウェイもそこに加わることとなった。
個人的なダニー・ハサウェイの印象は、「朗」でありながら「重」と「暗」。決して悪い意味ではない。深く重みのある歌声のせいもあるだろうが、彼の世界感を表現するものとしてシリアスな題材のものが多かったせいではなかろうか。70年代前半、彼が暮らすアメリカはベトナム戦争や公民権運動で揺れていた。それを背景にした曲が多いからそうなったのかもしれない。マーヴィン・ゲイもまた然り。この時代、声を上げるアーティストは増えてゆく。ダニー・ハサウェイの1973年発売のアルバム『Extension Of A Man(邦題:愛と自由を求めて)』の1曲目『I Love the Lord; He Heard My Cry (Parts I & II)(邦題:神わが声をきき給う)』は歌無しのオーケストラ演奏+彼が演奏する”フェンダー・ローズ”による楽曲。クラシックの素養が色濃い。加えてガーシュインっぽい。それと関係なく、なぜか”四七抜き”に近い音階で曲は構築されている。よって、どこからか車寅次郎が現れてきそうな朗らかな雰囲気が流れるが、メロディの締めに必ず出てくるマイナースケールの”テーマ”によってどっしりと着地する。そして、アメリカ合衆国における黒人達の歩みを映し出しているようなこの曲から、そのまま2曲目の『Someday We'll All Be Free(邦題:いつか自由に)』になだれ込んでいく。まるで何かが浄化されてゆくかの様なこの流れ、美しい事この上ない。
ひとつ思うこと。それはダニー・ハサウェイやロバータ・フラック、さらにスティーヴィー・ワンダーなどの若き黒人アーティストがこの時代に現れたことで、その後のブラック・ミュージックにおけるメロディックな要素がさらに深まったということである。彼ら以前にもブラック・ミュージックには美しいメロディはあるにはあるが、メロディとコード進行の関係性には限度があった。彼らはキャロル・キングやビル・エヴァンスなどの白人アーティストの影響を受けつつ、いなたさが抜けないブラック・ミュージックをよりポピュラーで且つ芸術性を持つものへと変えていった。この事は、現代のブラック・ミュージックでは当たり前となった”美メロ”を構築するのに重要な要素となっているはずだ。
近年、彼の娘のレイラ・ハサウェイの歌が本当に素晴らしい。個人的に現在のボーカリストの中で”一番”である。父・ダニーに似ているのか、はたまた寄せているのか。男性のキーで歌ってると思いきや知らぬ間に女性でも高いであろう音をなんなく歌いこなす。R&B、Jazz、ゴスペル、なんでもござれ。憧れます。デビュー当時はさほど上手くなかったのに。練習してるんでしょうね。昨年はフィーチャリング参加ながらグラミー獲得。ひとりでハモるという超絶技巧でも話題に。実質彼女がグラミーをとったようなもの。今年のグラミーもフィーチャリング参加で獲得済。そして、もうすぐ発売する彼女の新譜も楽しみ。すでに各所でパフォーマンスしているカバー曲達を新録して収録してる模様。Soul Train Awards 2010のアニタ・ベーカーのトリビュートの際に歌った『Angel』の名唱も蘇る。そんな彼女の若かりし頃の曲『When Your Life Was Low』(http://youtu.be/g3LIMYjzXlA)。今は亡きジョー・サンプルとの素敵なマジックが詰まったコラボレーションアルバムの中の有名な曲。歌詞の内容もあいまってグッとくる男性諸氏も多いのでは。内容はどうあれ、この雰囲気で歌われるとやはり父・ダニーの姿が目に浮かぶのは自分だけだろうか。
<西崎信太郎 評>
理由は何であれ、才人の没は早い。ダニーが死去した後に生まれた世代なので、ダニーの系譜を辿るシンガーの姿から、生前のダニーの姿を想像するしかないのだけれども、便利な時代ですね。記録は少ないにしても、オンライン上にはダニーのライブ映像がアップロードされており、正にソウルの化身ですね。
かのスティーヴィー・ワンダーも、ダニーの歌唱法を真似たと言われる程だけど、元々はキーボーディストやアレンジャーとして活躍していたんですよね。マルチ・タレント。彼を知れば知るほど、短命を悔やむのは万人の思い。そういえば、ミニー・リパートンもダニーと同年に亡くなっていますよね。これもソウルの道に生きた才人達に下された定めなのかなぁ、と。
スティーヴィー系譜のシンガーって無数にいますが、大枠で言えばダニー系譜とも言えるわけで、例えば仲良くさせてもらっている英国のシンガー、トニー・モムレル(インコグニートのヴォーカリスト)は、完全にスティーヴィー・タイプのシンガーだけど、改めて聴き比べてみるとダニーっぽさも強く感じる。トニーの新作には"Back Together Again"(ダニーとロバータ・フラックのデュエット曲)のカバーが収録されているのも、そう強く思わせる要因の一つだったかも。
世代的には娘のレイラ・ハサウェイの方が親近感がある。間もなくリリースの新作が『Live』というから、父へのリスペクト心が溢れているように感じますねぇ。顔の向きまで一緒だし。話が少しそれてしまいましたが、秋になると彼女の"Baby Don't Cry"を聴きたくなります。
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