
木村福成氏:トランプ関税は世界の貿易秩序を根底から変えるのか
マル激!メールマガジン 2025年2月19日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1245回)
トランプ関税は世界の貿易秩序を根底から変えるのか
ゲスト:木村福成氏(アジア経済研究所所長)
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世界は再び関税の報復合戦による保護貿易の時代に突入するのか。
2月10日、トランプ大統領は輸入される鉄鋼とアルミニウムに一律25%の関税をかけることを発表した。3月12日に発動されるという。
これに先立ってトランプは2月1日、カナダとメキシコからの輸入品に25%の関税を、中国からの輸入品には10%の追加関税をかける大統領令に署名している。結局、カナダとメキシコに対する関税は2月4日の発動直前に約1カ月延期されることとなったが、中国に対する関税は実際に発動され、早速2月10日には中国が報復として、アメリカからの輸入品80品目に10~15%の追加関税を発動している。関税の報復合戦という悪夢が現実のものになりつつある。
かつて関税は国家の主権の中でも最も重要な機能の1つだった。日本が幕末に結んだ不平等条約によって関税自主権を失ったことで、その回復に50年もの苦しい交渉を要したと日本史で習ったことを記憶される方も多いのではないか。
しかし、1929年の大恐慌の後、世界各国が自国の産業を護るために関税を引き上げたことで、保護主義が横行し、結果的にブロック経済体制下の経済ナショナリズムの高揚が先の世界大戦につながったとの反省から、戦後、世界ではGATTの枠組みの下でアメリカを中心に継続的な関税の引き下げが行われ、少なくとも先進国に住むわれわれにとって、もはや関税というものを意識する機会がほとんどなくなっていた。結局のところ「グローバル化」というのは、ほとんど関税というものが存在しなくなった世界を意味していた。
1946年に10%だったアメリカの平均関税率は、第1次トランプ政権が関税引き上げを始める直前の2017年には1%まで下がっていた。しかし第1次トランプ政権は中国との間で関税の応酬を繰り広げ、バイデン政権もそれを維持した。米独立調査機関Tax Foundationは、今後アメリカがトランプの公約通り中国、カナダ、メキシコに対して関税を引き上げた場合、アメリカの関税率は1947年のGATT締結時の水準まで上がると予測している。
第二次世界大戦の反省の上に立って世界が70年あまりかけて築いてきた今日の自由貿易体制が崩壊する危険性が現実のものとなっている。
そうした中にあって、天然資源の乏しい日本は、戦後の自由貿易体制の恩恵を最も多く受けてきた国の1つだった。もし今後世界が再び関税のある世界に戻った場合、日本にどのような影響が及ぶのかを、日本は真剣に受け止め、戦略を練っておく必要があるだろう。
国際貿易や開発経済が専門で現在アジア経済研究所の所長を務める木村福成慶應義塾大学名誉教授は、アメリカと中国の間で関税合戦が起こった場合、米中間の貿易は停滞するが、第3国にとってはアメリカへの輸出を増やせるチャンスにもなり得ると指摘する。実際、米中関税合戦の第1波となった第1次トランプ政権下では、メキシコやベトナムがアメリカへの輸出を増やしているという。
また、トランプは関税によって世界を再び保護貿易の時代に巻き戻そうとしているわけではないと木村氏は言う。トランプにその意図があるならメキシコやカナダを取り込んだブロック経済を作ろうとするはずだが、今トランプがやっていることは真逆だ。また、米中間で関税戦争が激化しても、世界の他の国々の間では自由貿易は正常に動いている。そのため、日本を含めた第3国はトランプ関税に対応しながらも、これまで築き上げてきた自由貿易を維持していくための努力を続けていくことが重要になると木村氏は言う。
1980年代頃までは日本の市場の閉鎖性がアメリカやEUから叩かれた時代もあった。しかし今や日本はコメ、こんにゃくなど一部の農産品に対して例外的に高い関税が課されている以外は、関税率が先進国の中でも低い部類に入るほど日本の市場は開放されている。だからこそ、日本は食料やエネルギーの自給率が低いという問題を抱えているわけだが、今回トランプ政権は相互主義の立場から相手国がかけている関税と同じだけの関税をかけると言っている。
もしそうだとすれば、日本へのトランプ関税の影響は限定的なものにとどまる可能性が高い。何があっても世界が関税の応酬合戦に入ってしまうような事態を避けるために日本が努めることが、日本の国益に適っていることは言うまでもない。
トランプ関税は世界貿易の形をどのように変えるのか。世界は自由貿易体制を維持することができるのか。資源に乏しい日本は関税のある世界にどう対応していけばいいのかなどについて、アジア経済研究所長の木村福成氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・戦後のGATT体制下で引き下げられてきた関税
・アメリカは国際的な貿易の枠組みから離脱していくのか
・トランプ関税が世界経済に与える影響
・日本はトランプ関税にどう対応してくべきか
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■ 戦後のGATT体制下で引き下げられてきた関税
神保: 今日はトランプ絡みで関税の話をしていきます。自由貿易の問題は取り上げてきましたが、関税についてはわれわれの視野から外れていたようなところがあり、1200回以上番組をやってきて関税をテーマにしたことは一度もありませんでした。しかし、関税がここに来て俄然クローズアップされています。
トランプがやろうとしていることは「コモン・センスの革命」だと言われていて、主に民主党が主導して作ったブレトン・ウッズ体制など世界の既存秩序自体を壊すという意味で、貿易の枠組みも問題になります。GATTについてもブレトン・ウッズ体制の下でヒト、モノ、カネの自由な動きが当たり前だったところ、それを当たり前ではなくするということです。
日本にとって関税や貿易自由化問題は両面を持っていると思います。日本は戦後のアメリカによる自由化の最大の受益者であった代わりに、食品の輸入依存度などもものすごく高くなってしまいました。世界中の食べ物がものすごく安く食べられ、グルメな生活が送れる一方で国内は脆弱になりました。
ただ関税は元々、そういうことが起きないようにするのが目的でもありました。今回はその両面を見ながら、貿易を考える良い機会だと思います。
宮台: これまでは経済制裁や、金融・ライフラインの寸断は存在しないという前提だったんですよね。
神保: そうですね。それをアメリカが守護神としてやってくれるという前提でしたが、守り神であるアメリカが率先してそれを断ち切ろうとしているので、簡単にはいかなくなってきたのかなという感じがします。ゲストは慶應義塾大学名誉教授で、アジア経済研究所所長の木村福成さんです。木村さんは国際貿易論や開発経済学がご専門です。
今回は関税がテーマということで本を探してみたら一般向けの本がほとんどありませんでした。実務書と学術書しかなく、多くの人にとって関税は考えなくてもいいもの、どんどん減っていきなくなるものだったのかもしれません。しかしここにきて突然関税の話が出てきました。国際貿易論の括りの中で、関税は長い間視野に入れなくてもいいものになっていたのでしょうか。
木村: 先進国同士だとそれに近い状況があったと思います。本格的に関税が下がったのは1970年くらいからで、今は平均関税率を見ると2%や4%くらいです。
神保: アメリカの平均関税率の推移を見ると、1970年代くらいは10%近くあったのですが、それから先はほとんどないようなものです。第1期目のトランプ政権下で少し上がっていて、その後バイデン政権下ではまた下がったのですが、今回、第2期目で言った通りのことをすればGATTの発足時に近いところにまで関税率が戻るかもしれません。
100年くらい前までは関税が30%くらいあることが当たり前でした。大恐慌の後に関税率が上がったということが、色々な意味でGATTの発足にも繋がりました。
木村: 先進国は1970年頃を境にGATTの下で交渉するようになり、70年代はどちらかというと、関税はもうかなり下げたので非関税障壁の話をしようということになっていました。途上国はもう少し遅れて始まっているのでまだまだ関税が残っている場所もありますが、北東アジアや東南アジアではGATT交渉よりも前に各国が関税を下げていたのでどんどん下がっています。しかし平均関税率ではまだ5%から10%くらいはかかっています。5%や10%という数字は為替レートの変動と大して変わりません。
宮台: 私がカード手数料の3%を空気のように意識しないようなものですね。
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