青井未帆氏:武器輸出の全面解禁で日本は何を得て何を失うのか
2026/05/06(水) 20:00
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1308回)
武器輸出の全面解禁で日本は何を得て何を失うのか
ゲスト:青井未帆氏(学習院大学法科大学院教授)
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日本は武器で稼がなければならないほど落ちぶれた国になるのか。
高市政権は4月21日、武器輸出に関する歯止め規定を撤廃した。「防衛装備移転三原則」とその運用指針を改定し、これまで認めてこなかった殺傷能力のある武器の輸出を可能にしたのだ。
政府は「防衛装備移転三原則」を閣議決定で、その運用指針を国家安全保障会議(NSC)で改定した。「防衛装備移転三原則」は、2014年に安倍政権が策定したものだ。安倍政権は1976年の三木内閣以来日本が堅持してきた武器輸出の全面禁止の方針を転換し、一定の条件のもとで輸出を認める枠組みを導入したが、ただ一点、殺傷能力のある兵器の輸出だけは禁止の対象であり続けた。
今回高市政権はその最後の条件をも解除した。長らく武器の輸出を禁止してきた日本にとっては、平和国家を象徴する看板ともいうべきその大方針が、いま大きく転換されたことになる。
日本の武器輸出禁止の歴史は古い。1967年、佐藤栄作首相が「武器輸出三原則」を打ち出し、共産圏や紛争当事国への武器輸出を禁じた。さらに1976年、三木武夫首相が「西側諸国への武器輸出も慎む」方針を示したことで、事実上の全面禁輸体制が確立した。
もっとも、その後は例外が積み重ねられ、徐々に緩和が進んできたのも事実だ。中曽根政権下ではアメリカへの輸出については例外とする方針が設けられたほか、民主党の野田政権では、国際共同開発や平和貢献を目的とする場合の輸出を認める基準が新たに設けられた。
そのような例外が設けられながらも、安倍政権までは「日本は武器を輸出しない国」という平和国家としての看板は掲げ続けてきた。2014年、安倍政権は「武器輸出三原則」に代わり新たに「防衛装備移転三原則」を定め、兵器の中でも「救難・輸送・警戒・監視・掃海」の5類型に該当するものに限って例外的に輸出を認める仕組みが設けられた。しかし、戦闘機やミサイル、軍艦など殺傷能力を持つ兵器の輸出だけは禁止が維持されたが、今回高市政権はその5類型の枠そのものを撤廃し、殺傷兵器の輸出を全面的に解禁した形だ。
もっとも殺傷兵器を除いた兵器の輸出が可能になった2014年以降の10年余、実際に日本が完成した装備品を輸出できたのは、2020年に三菱電機がフィリピンに輸出した警戒管制レーダーの1件だけだった。
今回の殺傷兵器の輸出解禁にあたり高市政権は、防衛産業の成長を大きな目標に掲げている。しかし、防衛ジャーナリストの半田滋氏は、武器輸出が大きな成長戦略になる可能性は低いとの見方を示す。その理由として半田氏は、日本製の兵器は市場価格よりも値段が高い傾向があり、また自衛隊という独自の運用思想に合わせて設計されているため、汎用性に乏しいことを理由に挙げる。結局、自衛隊の中古品を主に発展途上国に買ってもらう程度にとどまるのではないかというのが、半田氏の見立てだ。
1976年、三木政権の宮澤喜一外相は国会で「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」と答弁したが、今年3月17日の参院予算委員会でこの宮澤発言への感想を求められた高市首相は、「時代が変わった」、武器を輸出することが「落ちぶれたことだとは思わない」と答弁している。
学習院大学の青井未帆教授は、十分な根拠や説明が示されないまま、「時代が変わった」というだけでこれほど大きな方針転換が行われたことは「驚愕だ」と批判する。さらに青井氏は、今回の制度変更では武器の輸出先が日本と協定を結んだ国に限定されている点にも注意が必要だと語る。中国やイスラエルなどを対象外とすることで、日本の対外関係を敵味方に明確に色分けしてしまうことにつながるからだ。
今回の政策方針はその決定プロセスにも問題が多い。青井氏は、もともと武器輸出規制の議論は国会での議論を通じて形成されてきたものなのに、国会での十分な審議もなく、閣議決定や国家安全保障会議(NSC)のみであっさり方針転換が行われたことを問題視する。
問われているのは、日本がどのような平和国家像を掲げるのかだ。日本が作った武器によって人が殺されていいのかという直球の議論が必要だと青井氏は語る。
武器輸出の解禁は本当に日本の防衛産業の成長につながるのか。武器を輸出しない平和国家の看板を下ろしてまで、今ここで武器輸出を始めるメリットがあるのか。武器輸出三原則をなし崩し的に放棄してしまった日本を、次は何が待っているのか。学習院大学法科大学院教授の青井未帆氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・なぜいま武器輸出解禁なのか
・平和国家の看板を下ろすわりに得られる経済的メリットは小さい
・国民的議論なく閣議決定だけで決めたことの問題点
・切り崩されてきた9条の理念
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■ なぜいま武器輸出解禁なのか
神保: 日本はこれから武器を輸出し、武器輸出大国を目指すということになっているようです。それによっていったい何が起きるのか。日本の対外イメージがどう傷つくのか、今となっては唯一と言ってもいいようなアセットを喪失するかもしれないということを、日本人はよく分かっていないのかもしれません。それが分からないと、経済が活性化するなら良いんじゃない?という話が平気で出てくることになります。
そもそも経済が本当に活性化するのかという問題もありますが、必ず出てくるのは「対外環境や安全保障環境が非常に厳しく、武器輸出三原則をやっていた時代とは全然違う」という話です。
今回もう1つ大事だと思うのは、武器輸出解禁についてあまり報道がないことです。国会での議論もしていないので、スーッと通り過ぎてしまう感じですね。それを含めて、一旦ここで立ち止まって考えたいと思います。
宮台: 歴史的文脈と同時代的な文脈の両方を考えたいですね。
神保: ということで今回は、「武器輸出の解禁は日本の形をどう変えるのか」をテーマに選びました。ゲストは学習院大学法科大学院教授の青井未帆さんです。青井さんには安保法制を扱った回などに出ていただきました。今回は殺傷能力のあるものも含めて、武器の輸出を全面解禁するということです。
青井: 以前番組に伺ったのは2014年と2015年でしたが、私の認識ではそこから今まではひとつながりです。2014年に道理を壊して無理を通したことの帰結を見ていると。そこから「安全保障」という言葉が広がり、経済も含めて全てが「安全保障」になってしまいました。AIや情報もそうですし、学術会議問題も軍事研究の問題でした。いま起こっていることは2014年の帰結だと思います。
考えてみると、2014年の閣議決定でも「切れ目のない安全保障」ということを言っていました。ただ当時、「切れ目がない」とは具体的にどういうことなのかは示されていませんでした。こういうことなのかということを今、あらためて見ているということです。
神保: 2014年、武器輸出三原則が崩れて殺傷能力のある兵器以外のものの輸出が認められました。さらに今年、殺傷能力のあるものも含めて何でもありになった。ホップステップジャンプのような感じです。これで済むのか、あるいはもう一段進むのでしょうか。その先に見えるものはやはり、自民党が党是として掲げている憲法改正だと見ていますか?
青井: そうだと思います。今はなし崩し的に変えていますが、最後の最後に残しているのが憲法9条です。これは規範として意外としぶとく強いということが分かってきているわけですが、9条改正が最終的な大きな区切りだろうと思います。
高野隆氏:人質司法における裁判官の責任を問うことの意味とは
2026/04/29(水) 20:00
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1307回)
人質司法における裁判官の責任を問うことの意味とは
ゲスト:高野隆氏(弁護士、大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」弁護団長)
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人質司法。被疑者が容疑を否認すれば容易には保釈を認めず、長期間身柄を拘束し続けることで自白や検察の描いたシナリオに沿った供述を引き出していく。世界に恥ずべき日本のこの異常な刑事司法慣行については、ビデオニュースでも繰り返し取り上げてきた。
国連の人権委員会からは「拷問」に当たるとして再三の改善勧告を受けてきたが、日本国内では今もこの慣行が当たり前のように続いている。
その人質司法をめぐって、これまでにない動きがあった。大川原化工機事件で勾留中に死亡した被疑者の遺族が、不当な身体拘束を決定した裁判官37人を実名で挙げて国家賠償を求める訴訟を提起したのだ。
長期勾留された元被疑者や元被告が、警察・検察の捜査が違法だったとして国家賠償を求める訴訟はこれまでも繰り返し提起されてきた。しかし、勾留令状の発付や保釈請求の却下を行った裁判官個人の責任を、判決ではなく身体拘束の判断について、しかも実名で問う国賠訴訟は、おそらく前代未聞である。
訴訟を起こしたのは、大川原化工機の元顧問・相嶋静夫氏の遺族だ。相嶋氏は勾留中に末期がんと診断されながら、なお身体拘束を解かれることなく勾留中の身のまま死亡した。遺族は4月6日、相嶋氏の保釈を認めず、あるいは勾留を継続する判断を下した裁判官37人を名指しで挙げ、国に対し約1億6800万円の損害賠償を求めて提訴した。
事件の発端は、2020年3月、警視庁公安部が大川原化工機の幹部3人を外為法違反の容疑で逮捕したことに遡る。同社が輸出した噴霧乾燥機が、生物兵器の製造に転用可能な軍事関連物資にあたるとして、無許可輸出の疑いがかけられた。
相嶋氏は勾留中に胃がんと診断されたが、保釈請求はことごとく却下された。最終的に勾留執行停止で入院が認められたものの、すでに手遅れだった。同時に逮捕された大川原正明社長と島田順司氏も相嶋氏と同じく容疑を全面的に否認し続けたため、その勾留は332日間に及んだ。
ところが、その後の調査で、この事件は警察が無理筋のストーリーを仕立て上げたものであることが明らかになる。検察は公判前に起訴を取り消すという、極めて異例の対応を取らざるを得なかった。
大川原化工機側が警察・検察の捜査の違法性を問うた国家賠償訴訟では、すでに国の責任が認められ賠償が確定している。しかし、事件のもう一方の当事者であるはずの令状を発付し、保釈請求を繰り返し却下した裁判官たちの責任は、これまで一度も問われてこなかった。
弁護団長の高野隆氏は、末期がんと診断された相嶋氏に対してすら「罪証隠滅のおそれ」を理由に7回も保釈請求を却下した裁判所の判断は、著しく不当だったと語る。
刑事訴訟法89条は、保釈請求があれば原則としてこれを認めなければならないと定めている。例外として保釈を却下できるのは、「罪証隠滅のおそれ」などが認められる場合に限られる。ところが実務では、被疑者が否認しているという一事をもって「罪証隠滅のおそれあり」と判断され、原則と例外が事実上逆転しているのが現実だ。
長期勾留は被疑者・被告人やその家族の生活、職業、社会活動に甚大な打撃を与えると同時に、無理矢理自白を引き出すための、いわば「検察の武器」として機能してきた。
ビデオニュースのインタビューに応じた元ベテラン裁判官の藤井敏明氏は、自身の経験を振り返りながら、裁判官は身体拘束が当事者に及ぼす負担や不利益を十分に認識しないまま「罪証隠滅のおそれ」を広く解釈し、安易に保釈請求を却下していると、自省を込めて語る。また藤井氏は、たとえ最終的に有罪判決が下されたとしても、判決確定前の長期勾留は終わりが見えないという意味で、刑の執行そのものよりも当事者に大きな負担を強いる場合があると指摘する。
今回、裁判官個人を被告とする国賠訴訟が起こされた意義はどこにあるのか。日本の裁判官はなぜこれほどまでに容易に保釈を認めないのか。相嶋静夫氏のような悲劇を繰り返さないために何が必要なのか。そして、裁判官の判断に対する責任追及はなぜこれほどまでに難しいのか。数々の著名な刑事事件を担当し、その多くで無罪判決を獲得してきた歴戦の刑事弁護士で、大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」の弁護団長を務める高野隆氏とともに、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・「裁判官の責任を問う」前代未聞の訴訟が始まった
・日本の裁判官はなぜ容易に保釈を認めないのか
・広すぎる「罪証隠滅のおそれ」の解釈が保釈を阻んでいる
・裁判官が裁判官を裁くことは果たしてできるのか
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■ 「裁判官の責任を問う」前代未聞の訴訟が始まった
神保: これまで人質司法については何度もテーマにしてきましたが、変わりませんね。記者クラブ問題と人質司法問題は表裏一体の関係ですが、これらは本当に変わりません。
宮台: 変わっていないように見えても、それなりの積み上げにはなっているかと。
神保: どこかで堤防は決壊するはずなのですが。さて今回、刑事司法の問題の中で大きな動きがありました。長期勾留の問題で、どうしても怒りの矛先は厳しい取り調べをする警察や検察にいきますが、実は勾留を許しているのは裁判官です。令状がなければ逮捕すらできません。裁判官は吟味しているのか、また法律的にはどういう基準があり、それにきちんと従っているのかということは、これまで必ずしも検証されてきませんでした。今回はこれが大きく動くような裁判が行われました。
日本では、検察が起訴すれば99%以上が有罪になります。裁判官からすると、どうせ有罪になるのであれば、判決前の勾留期間は判決後の刑期に算入されるので、同じだと思ってサインしているという話も聞きました。
宮台: 推定無罪の原則は、「100人の罪人を放免するも1人の無辜の民を刑することなかれ」というものです。なぜそういう非対称的な原則があるのかというと、統治権力は一般市民と比べて圧倒的に多いリソースを持っているので、政治的あるいは何らかの組織内的な目的で一般市民を犠牲にするのは容易だからです。それを放置すると統治権力をいただくような社会秩序は、見かけはともかく、ズタボロに崩れていきます。
神保: 日本の今の色々なシステムがズタボロに崩れている要因の1つに、正義の貫徹ができない司法システムがあります。この社会は「出るところに出ればちゃんと正義が貫徹できる」と思って生きていて良いのかどうか。「社会は綺麗事じゃない」ということになれば、やはり色々な行動原理が変わってくるじゃないですか。そこが重要だと感じているので人質手法の問題をずっとやってきているのですが、この件で少し動くのであれば、僕らもやってきた甲斐があるのかなと思います。
その新しい動きとは何かも含め、見ていきたいと思います。刑事司法の話をするには適任の方をゲストにお呼びしました。弁護士で大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」の弁護団長をつとめる高野隆さんです。
大川原化工機事件という世紀の冤罪事件で、相嶋静夫さんという当時顧問の方が勾留中に亡くなられました。不当な拘束を受けたということで、ご遺族が訴訟を起こしました。検察と警察に対してはすでに国家賠償訴訟をして勝っているのですが、今回は高野さんを弁護団長とした弁護団を組み、裁判官の責任を問うています。裁判官の責任や役割を考える良い機会だと思います。
今回の訴訟は、長く刑事弁護に関わっている高野さんにとってどういう意味を持つのでしょうか。
高野: 裁判で無罪が確定すると、冤罪の犠牲者たちが、捜査をした人たちや訴追した人たちの権力行使が違法だったとして国賠訴訟を起こすことはしばしばあります。しかしよく考えてみると、警察や検察は自分の意思で被疑者を逮捕することはできません。これは憲法にも書いてありますが、彼らは裁判官が令状を発行して初めて被疑者を逮捕し、取り調べることができます。
森信茂樹氏:永田町と霞が関に翻弄され続けた給付付き税額控除がようやく実現するのか
2026/04/22(水) 20:00
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マル激!メールマガジン 2026年4月22日号
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1306回)
永田町と霞が関に翻弄され続けた給付付き税額控除がようやく実現するのか
ゲスト:森信茂樹氏(東京財団シニア政策オフィサー、法学博士)
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20年越しの政策課題が、ようやく動き出すのだろうか。給付付き税額控除のことである。
高市首相肝いりの社会保障国民会議で、給付付き税額控除の制度設計をめぐる議論がようやく始まった。給付付き税額控除とは、税額から控除しきれない分を現金で給付することで、中低所得者の負担軽減を図る仕組みのことだ。欧米の多くの先進国ではとうの昔に導入されている、ごく当たり前の制度である。
日本でも2008年のリーマンショック後にその必要性が指摘されるようになり、麻生政権でも民主党政権でも検討され、法律にも書き込まれてきた。先の総選挙では与野党がそろって公約に掲げてもいる。それなのに、なぜ20年も店晒しになってきたのか。
20年にわたりこの制度の導入を提言し続けてきた元財務官僚で東京財団シニア政策オフィサーの森信茂樹氏によれば、最大の理由は第2次安倍政権下でこの議論そのものが事実上封印されていたことにあるという。もともと給付付き税額控除は、2012年の民主・自民・公明の3党合意で軽減税率と並行して検討されることになっていた。
ところがその後の安倍政権下では公明党が強く主張する軽減税率の導入が優先され、給付付き税額控除は「民主党案件」の烙印を押される形で棚上げされた。民主党政権を「悪夢」と呼んで憚らない安倍政権の下では、永田町からも霞が関からも、この議論を本気でやろうとする動きが出てこないのも当然だった。
それがなぜいま動き出したのか。高市首相自身がもともとこの制度に関心を持っていたからだと森信氏はいう。自民党総裁選後、野党案を取り込む形で自民党が公約として押し上げ、ようやく制度設計のテーブルに載った。
もっとも、給付付き税額控除と一口に言っても、国によってこの制度の目的はワーキングプアの若年層の救済や子育て世帯の支援、消費税の逆進性の緩和など、大きく異なる。森信氏は2008年の著書『給付つき税額控除』の中で各国の制度を4類型に整理し、日本で導入するなら目的と対象をまず明確にせよと主張していた。ここが曖昧なまま制度だけを入れると、結局誰のための制度なのか分からなくなってしまう。
では、日本はどこに照準を合わせるのか。高市首相は施政方針演説で中低所得者の負担軽減を掲げた。しかし同時に、制度導入までの2年間のつなぎ措置として食料品の消費税をゼロにするとも言っている。これでは目的の方向があべこべになっている、と森信氏は指摘する。消費税減税は金額ベースでは高所得者ほど恩恵が大きい。中低所得者支援のための給付付き税額控除に至るまでのつなぎだというなら、消費税減税はそもそも筋が悪い。
制度導入の障壁としてかねて言われてきた金融資産の把握については、ようやく状況は変わりつつある。今国会で議論されている後期高齢者医療制度の保険料について、金融資産を考慮して負担を求める仕組みが導入される見通しだからだ。同じ仕組みを使えば、給付付き税額控除の所得・資産把握も技術的には十分射程に入る。
これまで日本が物価高対策と称して行ってきた給付は、結局のところ住民税非課税世帯や児童手当受給者に一律いくら、という粗い方法しか実行できなかった。政府が全世帯の所得を把握できていないため、本当に困っている人を支援する手段がなかったのだ。収入に応じて、本当に必要としている人に支援が届く制度を、この国はようやく手にできるのか。問われているのはそこだ。
それにしても、制度設計に時間がかかりすぎではないか。新しい制度である以上、ある程度の準備期間が必要なのは当然だとしても、実はここまで話が進まない背景には、別の事情もあると森信氏はいう。この制度の実施には煩雑かつ膨大な事務負担が伴うため、どの省庁も所管したがらないというのだ。霞が関内部で押し付け合いが起きている、というのが実情らしいが、であるならばこの制度の実現には強い政治のリーダーシップが不可欠となる。まさに高市政権にとってはこれが試金石となる。
年収の「崖」と呼ばれ、働き始めの若者に重くのしかかる社会保険料負担をどう軽減するかという論点も含め、この制度を20年見続けてきた森信茂樹氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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今週の論点
・なぜこれまで給付付き税額控除は実現しなかったのか
・各国の導入例
・人々の就労を促す給付付き税額控除
・給付に不可欠な「ガバメント・データ・ハブ」とは
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■ なぜこれまで給付付き税額控除は実現しなかったのか
迫田: ここ最近、社会保障や消費減税の話をしてきましたが、今日は「給付付き税額控除」がテーマです。社会保障国民会議で議論が始まっています。
宮台: 制度の目的がよく分からないので、税に関する制度なのか福祉の制度なのかよく分からず、良さそうでもあり良くなさそうでもあり、多くの人がぼんやりした頭で考えているのではないでしょうか。僕もそうです。
迫田: 今日は給付付き税額控除を20年以上ずっと提言されてきた、まさに第一人者の方に来ていただきました。東京財団シニア政策オフィサーの森信茂樹さんです。もともと大蔵省で官僚としてずっと税の問題に関わってこられ、財務総合政策研究所長などをされました。
森信: 私が課長の時、民主党の先生から、カナダにはRefundable Tax Creditというものがあり、消費税の逆進性を緩和しているのだが、これについて主税局長の所感を問うという質問が入りました。Tax Creditsは税額控除ですが、減税してもしきれない人に対しては返すということが一体になっていて、すごい制度だと思いました。それから皆で議論をして、「給付付き税額控除」という名前で翻訳をしました。これが日本では初めてだと思います。
迫田: 森信さんが翻訳されたと。
森信: 私というか、課ですね。ですが名前がとっつきにくいとも言われ、ある政党は「日本型ベーシックインカム」という名前で同じ制度を公約に掲げたりしていました。
この制度の言い出しっぺは、保守的な考え方を持ったミルトン・フリードマンという有名な経済学者です。所得税には累進性があり、ある一定の段階を超えた分から課税をしていくことになっています。そこで、社会保障については税金を取らない人には返していけば良いのではないかということで、課税と給付を分けた図を作ったんです。それが給付付き税額控除につながりました。これは良いというということでニクソン政権を経てフォード政権で導入されました。これを大きくしたのはクリントンで、まさにリベラルな民主党でした。
ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、毎週の主要なニュースの論点を渦中のゲストや専門家らと共に、徹底的に掘り下げるインターネットニュースの決定版『マル激トーク・オン・ディマンド』。番組開始から10年を迎えるマル激が、メールマガジンでもお楽しみいただけるようになりました。
神保哲生/宮台真司
神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。
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