中空麻奈氏:日本が金利のある時代に戻るということの意味
2026/07/08(水) 20:00
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マル激!メールマガジン 2026年7月8日号
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1317回)
日本が金利のある時代に戻るということの意味
ゲスト:中空麻奈氏(かんぽ経済研究所主席研究員)
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日本銀行は6月16日、政策金利にあたる無担保コール翌日物金利の誘導目標を、それまでの0.75%程度から1.0%程度へと引き上げた。政策金利が1%台に戻るのは1995年以来、実に31年ぶりのことになる。日銀は同時に、今後も経済・物価・金融情勢に応じて政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく考えを示している。
いよいよ日本にも「金利のある世界」が戻ってきたようだ。
しかし、そうであるならば、われわれはまず、この30年近く続いた「金利のない世界」とは一体何だったのかを総括しなければならない。そして同時に、金利が復活するとは何を意味し、それが企業、家計、財政、そして日本という国の将来にどのような影響を及ぼすのかを考えておく必要がある。
金利とは、単に住宅ローンや預金の利息の問題ではない。金利はお金を借りる際のコストであると同時に、時間の値段であり、リスクの値段であり、通貨に対する信認を示す指標でもある。景気が過熱し、物価が上がりすぎれば、中央銀行は金利を上げて消費や投資を抑える。逆に景気が悪く、物価が下がるデフレ局面では、金利を下げて経済活動を刺激する。これが金融政策の基本的な考え方だ。
ところが日本は、バブル崩壊後の不良債権処理の遅れやデフレの長期化の中で、1990年代後半以降、政策金利をほとんどゼロ近辺に張り付かせる時代に入った。1999年にはゼロ金利政策が導入され、2016年にはマイナス金利付き量的・質的金融緩和に踏み込んだ。そのマイナス金利が解除されたのは2024年3月であり、そこから2年余りを経て、今回ようやく1%という水準に戻ってきたことになる。
今の30歳前後以下の世代は、物心がついてから「金利のある社会」をほとんど経験していない。企業経営者も、政治家も、われわれ生活者も、いつの間にか金利がないことを所与の条件として行動するようになっていた。国はいくら借金をしても当面は利払い負担が大きくならず、企業は低いコストで資金を調達でき、家計は預金に利息がつかないことを当然のものとして受け入れてきた。
しかし、金利がなかったことには、当然ながら副作用もあった。
本来、超低金利は、痛みを一時的に和らげている間に、次の成長に向けて産業構造を転換するための猶予期間だったはずである。ところが現実には、その猶予は十分には活かされなかった。低金利は、資金繰りに苦しむ企業を救う一方で、本来なら退出を迫られるはずの低生産性企業を延命させる効果も持った。借り換えさえできれば何とかなるという環境が続いた結果、企業の新陳代謝は進まず、労働市場の流動化も遅れ、成長産業への人材と資本の移動も十分には起きなかった。
つまり、金利の復活とは、単に銀行預金に少し利息がつくようになるという話ではない。長く日本経済を覆ってきたモルヒネが切れ始めるということでもある。
今回の利上げが、日本経済の力強い成長を背景にしたものであれば、それは通常の金融政策の正常化として歓迎できる。しかし、今回の日銀の説明を見る限り、背景にあるのはむしろ、中東情勢による原油価格上昇、円安、食料品価格の上昇、そしてインフレ期待の上振れである。日銀自身も、物価上昇が幅広い品目に波及し、基調的な物価上昇率が2%目標を上回るリスクに言及している。
つまり今回の利上げは、「景気が強すぎるから冷やす」というよりも、「物価と為替と信認の圧力に押されて、利上げせざるを得なくなった」という側面が強い。ここに、今回の局面の難しさがある。
しかも、通常であれば日本の金利が上がれば、円を買う動きが強まり、円高に向かってもおかしくない。ところが実際には、円安が止まっていない。6月末から7月初めにかけて円相場は1ドル162円台後半まで下落し、39年半ぶりの円安水準を記録した。
これは何を意味しているのか。
もちろん、日米の金利差はなお大きい。しかし、ゲストで経済アナリストの中空麻奈氏が指摘するように、より深刻なのは、円という通貨そのもの、ひいては日本の長期的な国力に対する市場の信認が揺らぎ始めていることではないか。金利が上がっても円が買われないということは、金利差だけでは説明しきれない日本売りの要素が入り始めている可能性がある。
奇しくも、日本の政策金利が最後に1%台にあった1995年は、日本の生産年齢人口がピークを迎えた年でもある。内閣府などの資料によれば、日本の15歳から64歳までの生産年齢人口は1995年をピークに減少に転じた。金利が低下していく過程と、働き手の数が減っていく過程は、ほぼ同じ時間軸で進んできたことになる。
人口が減り、働き手が減り、需要も供給力も細っていく。その中で、金利だけが復活する。これは、きわめて厳しい組み合わせである。
さらに、財政の問題もある。低金利は、日本の巨額の政府債務を支える最大の前提でもあった。財務省資料によれば、普通国債残高は2026年度末に1,145兆円に上る見込みとされている。金利が上がれば、当然、国債費、すなわち利払いと償還の負担は重くなる。巨大災害や有事に備えるためにも、財政に余力を持っておくことは国家の基本的な安全保障である。
にもかかわらず、政治の側では消費税減税や給付、あるいは大型投資の話ばかりが前面に出がちである。もちろん、成長投資そのものが悪いわけではない。高市政権は17の戦略分野に対し、2040年度までに官民合わせて累計370兆円超の投資を想定する成長戦略を打ち出しているが、問題は、その投資が本当に日本の稼ぐ力につながるのかということだ。
対象分野を広げれば広げるほど、政策は総花的になりやすい。AIも半導体も宇宙も量子もバイオも防衛も、すべて重要だというのはその通りだ。しかし、すべてが重要だという政策は、往々にして、どこにも十分な資源を集中できない政策になってしまう。
ここで問われているのは、単なる金融政策ではない。日本はこれからも右肩上がりの成長を目指すのか。それとも、人口減少を所与のものとして、より小さく、しかし持続可能な国の形を選ぶのか。強い日本を取り戻すために痛みを伴う構造改革を行うのか。それとも、石橋湛山的な小国主義の発想に立ち、限られた資源をどう分かち合うかを考えるのか。
どちらの道を選ぶにしても、金利のある世界では、ごまかしが利きにくくなる。
金利は、政治の先送りにも、企業の延命にも、家計の錯覚にも、いずれ価格をつける。借金にはコストがかかる。リスクには値段がつく。通貨への信認は無限ではない。その当たり前の現実が、約30年ぶりに日本社会の前に戻ってきたのである。
われわれは金利の復活を、日本経済を作り直す最後の警告として受け止めることができるのか。金利のある時代に戻るとは、単に金融政策が正常化することではない。それは、日本という国が、これ以上現実から目をそらすことを許されなくなるということである。金利の復活が意味すること、そして日本がこれからどのような国として生き残るべきなのかについて、かんぽ経済研究所主席研究員の中空麻奈氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・利上げしても円安が止まらないのはなぜか
・「金利のある世界」に戻ることの意味
・高市政権の経済政策をどう見るか
・利子の起源
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■ 利上げしても円安が止まらないのはなぜか
神保: 今日のテーマは金利です。金利そのものをテーマにするのは初めてかもしれません。「ゼロ金利」「マイナス金利」のように、われわれは「失われた30年」と言われている1995年以降、ほとんど金利のない世界で生きてきました。
宮台: 金利の低さについては論じましたよね。
神保: 金利が低い間、何かしなければいけないはずなのに何もしなくて良いのかということは論じてきましたが、ついに金利のある時代に入ってしまいました。
金利の話はどうしてもテクニカルになりがちなので、社会学的にどう考えたら良いのかということも含めて話していきたいと思います。本日のゲストはかんぽ経済研究所主席研究員の中空麻奈さんです。中空さんは経済アナリストですが、多くの政府委員もされています。今日はそもそも金利とは何かという入門的な話もできればと思います。
鶴見太郎氏:意味不明な戦争の帰趨のカギを握るのはやっぱりイスラエル
2026/07/01(水) 20:00
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1316回)
意味不明な戦争の帰趨のカギを握るのはやっぱりイスラエル
ゲスト:鶴見太郎氏(東京大学教養学部准教授)
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当初、3日で決着が付くはずだったアメリカとイスラエルによるイラン攻撃は、当初の目的だったイランの体制転覆も実現しないまま、イランによるホルムズ海峡の封鎖によって世界経済を巻き込んだ大迷惑な戦争に発展した挙げ句、どうやらイランの全面勝利で終わることになりそうだ。
もともと攻撃の意図や目的がはっきりしないまま始まった戦争だったが、石油の世界への出入り口となるホルムズ海峡をめぐる情勢に、世界中の株式市場は乱高下を繰り返した。そして開戦から約4カ月が経過した6月17日、アメリカとイランは戦闘終結に向けた14項目の覚書(MOU)に署名した。今回、停戦合意の覚書がアメリカとイランの大統領によって電子署名されたことで、とりあえず戦闘状態が終わり、一時的にはホルムズ海峡が開放されることが期待されている。
しかし、停戦の覚書が発効した今も、予断を許さない状況が続いている。なぜならば、この戦争の真の主役であるイスラエルが、停戦の覚書に署名していないからだ。それどころか、イスラエル国内では主戦論が圧倒的多数を占め、イスラエルの意向を無視したまま中途半端な停戦に合意したアメリカやトランプ大統領に対しては、容赦のない批判や誹謗中傷がイスラエル国内のメディアから浴びせられている。もともと自身も主戦論者で強硬派のネタニヤフ首相率いる現政権が、このまま黙って引き下がるとはとても思えないのが実情だ。
現にイスラエルはレバノン南部への駐留を継続する意思を明確にしている。ここでイランが支援する民兵組織のヒズボラとの戦闘が再び激化すれば、イランはアメリカとの停戦違反を理由に再びホルムズ海峡の閉鎖に踏み切る可能性がある。そうなると話はまったく元の木阿弥だ。
そもそもアメリカがイランとの間で署名した14項目の覚書も、その内容はひどいものだ。アメリカはイスラエルによって必ずしも望んでいなかったイランとの戦争に引きずり込まれ、何とかそこから抜け出そうと今回の覚書を捻り出したわけだが、外交の専門家に言わせれば、これは戦争終結の文書として史上最悪の部類に入るもので、アメリカの完全なスコンク負けだという。
この覚書でアメリカが得たものは、60日間の核交渉期限とその間の停戦、そして60日間はホルムズ海峡を無料で船を通すという約束だけだ。これに対してイランは、石油輸出の再開や凍結資産の解除、そして3000億ドルの復興資金まで獲得している。満額回答に近い。アメリカのトランプ政権としてはホルムズ海峡の封鎖によってガソリン価格が未曾有の1ガロン4ドル超にまで跳ね上がったまま11月の中間選挙に突入すれば、共和党の敗北は必至な情勢だ。
そうなるとトランプ政権は残る2年の任期を、ほとんどやりたいことが何もできないままレイムダック化してしまう可能性が大きい。トランプとしてはガソリン価格を下げて物価を落ち着かせるためには、どんな譲歩をしてでもホルムズ海峡を開けてもらう必要があったのだ。
しかし、全面的にイランに有利なこの覚書を、イスラエルがのめるはずがない。これがそのまま実現してしまえば、イランの力が戦争前よりも強大化してしまい、イスラエルにとっては単に脅威が増すことになる。6月のヘブライ大学などの調査では、今回の覚書の内容について、92%が「イランの利益のほうが大きい」、83%が「イスラエルの安全保障が低下した」と答えるなど、イスラエルの市民はまったくこれに納得していない。
実はイスラエルも10月に総選挙を控え、このままでは連立与党は過半数割れに追い込まれネタニヤフ氏は首相の座を追われてしまう可能性が高い。もともと収賄の嫌疑がかかるネタニヤフ氏としては、首相の座を追われれば逮捕される可能性すらある以上、この選挙には負けられない。そんな国内的な事情からも、ネタニヤフ政権としても何があっても弱腰を見せられないのだ。
今回のイラン攻撃は、世界経済を巻き込んだ割には、誰にとっても得るものがない不毛な戦争だった。唯一得るものがあった国があるとすれば、それはイランだ。今回の合意の結果、イランはより強大化し、ホルムズ海峡の封鎖の旨味も知ってしまった。そこに残るのは、戦争前よりも不安定な中東情勢だ。
外交の素人が交渉に当たってきたトランプ政権がイスラエルによって無謀な戦争に引きずり込まれ、世界経済を大混乱に陥れた挙げ句、イラン側に全面的に譲歩することによってしかそこから抜け出すことができなくなってしまった。しかも、もはやイスラエルはアメリカの言うことを聞かない。と言うよりも、イスラエル国内の政治情勢がそれを許してくれない。
この閉塞をどう打ち破ることができるのか。アメリカが調整役としての機能を完全に喪失した今、中東で手を汚していない日本や東アジアの国々にこそ、その役割を果たす余地があると、ユダヤの歴史が専門の鶴見太郎・東京大学教養学部准教授は語る。そして、エネルギー源を中東からの石油に9割以上依存している日本にとっては、中東情勢が安定することは、国家安全保障上の必須条件でもある。
日本は長期的には中東産石油への依存度を下げ、化石燃料への依存度そのものを下げる努力を急ピッチで行う必要があるが、それが実現するまでの間も、中東の安定化のために自分たちにできることは何があるかを真剣に考えるべきではないか。この3月にイスラエルでの研究生活から帰国した東京大学の鶴見氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・事実上アメリカ全面降伏の停戦合意
・与野党ともに主戦的なイスラエル国会
・米イスラエル関係は悪化しているのか
・日本は中東における紛争の調停役になれるのか
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■ 事実上アメリカ全面降伏の停戦合意
神保: 今日のテーマはイスラエルです。イラン戦争をめぐっては、ホルムズ海峡しだいで株が上がったり下がったりといったことが現在進行形で起こっていますが、その中で不確定要素というには大きすぎる要素として「イスラエル」という変数があります。さらに言えば、あの戦争の本当の主役はイスラエルだったのではないのか。アメリカは外交下手であるがゆえに引っ張り込まれただけで、何とか抜け出すために例の14条の覚書に署名しました。
ただ外交の専門家から見るとこれは歴史上一番出来の悪い戦争終結の覚書ではないかと言われるほどで、アメリカのスコンク負けだという評価もあります。
宮台: 戦争のスタイルも占領統治による支配ではなく意思決定の支配を目指し、ピンポイント暗殺をAIによって行いました。ヨルダン川西岸地区やレバノンではずっとそれをやってきました。
神保: もちろんアメリカには地上軍を送って犠牲を出すような理由もありません。アメリカは11月に選挙があり、それまでに戦争を終結させなければアメリカの経済が戻らないので、タイムリミットだと判断してほぼ無条件降伏という形をとりました。交渉している人物はアメリカ側はウィトコフやクシュナー、イラン側はガリバフやアラグチです。外交のプロが見れば、世界中から叩かれながら何とか生き抜いてきたイラン側の手だれに対し、アメリカ側の不動産屋2人では、話にならないそうです。
おそらくアメリカ国務省の中にはイランの歴史も分かっている専門家がまだいるはずですが、その人たちが政権の意向に反することを言えば、その瞬間に飛ばされたりクビになったりします。その結果、不動産屋が外交の専門家と交渉して出てきたものが、恥ずべき内容だったということです。
14項目の覚書で停戦が決まりましたが、不思議なのはイスラエルが交渉当事者ではないということです。アメリカとイランの間だけで決めたので、イスラエルは相変わらずヒズボラへの攻撃を続けている。そのあたりのダイナミズムをもう少ししっかりと見なければなりません。今日はイスラエルの話をメインでしますが、さらにイスラエルとイランの話、イスラエルとアメリカの関係も扱いたいと思います。
本日のゲストは東京大学教養学部准教授の鶴見太郎さんです。鶴見さんは今年3月までサバティカルで、イスラエルのハイファ大学で研究をされていました。2月28日はイスラエルにいたんですよね。
鶴見: はい。大学の寮にいました。特に最初の3日くらいは、数時間おきに空襲警報が鳴っていました。
神保: イスラエルを中心に中東を見ている鶴見さんからすると、総論として現状をどう理解していますか。一応アメリカとイランの間で覚書が署名されました。電子署名だったということですね。それ自体は有効ですが、隠れた主役であるはずのイスラエルはそこには入っていません。ただ今回の合意内容の中には「レバノンを含む全戦線で戦闘終結」というのも含まれています。レバノンで戦っているのはイスラエルなので、サインをしていないイスラエルも縛るような内容になっています。それも含めて、イスラエル国内は穏やかではないという話も聞きます。
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<フリップ>
アメリカとイランの戦闘終結に向けた覚書
木村草太氏:同志社国際高校への教育基本法14条違反認定が投げかける教育の政治的中立とは何かという問い
2026/06/24(水) 20:00
550pt
マル激!メールマガジン 2026年6月24日号
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1315回)
同志社国際高校への教育基本法14条違反認定が投げかける教育の政治的中立とは何かという問い
ゲスト:木村草太氏(東京都立大学法学部教授)
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これを機に教育がもっぱら政治的に当たり障りのないテーマしか扱わない方向へ向かってしまうとしたら、それは由々しき事態ではないか。
沖縄県名護市辺野古沖で、研修旅行中の同志社国際高校の生徒らを乗せた小型船が転覆し、生徒と船長が亡くなるという痛ましい事故が起きた。この事故を受け、文部科学省は同校の事前計画、当日の対応、安全管理、教育活動のあり方などに重大な問題があったとして、学校側の責任を厳しく指摘した上で、教育基本法14条違反があったとして同校を指導したことを明らかにした。教育基本法違反の認定などを受け、京都府では私学助成金の減額の検討に入ったという。
今回、学校側に安全管理上、重大な瑕疵があったことに疑いの余地はない。しかし、文科省があわせて、同校が行っていた辺野古移設工事に関する学習について、教育基本法第14条第2項に反するとの見解を示したことについては、大いに疑問が残る。安全管理上の責任と、教育内容への行政介入は明確に分けて考えるべきだ。
教育基本法14条は、第1項で「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」とする一方で、その第2項では、法律に定める学校が「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動」をしてはならないと定めている。つまり同条は、学校における政治教育そのものを禁じているわけではなく、むしろ政治的教養の重要性を認めたうえで、特定政党への支持・反対を目的とする活動を制限しているだけだ。
ここで問われるのは、そもそも辺野古移設問題という政治的争点を扱うこと自体が14条違反に当たるのか、それとも、特定の政治的立場を持つ人や団体と行動を共にした場合に限って問題となるのかという点だ。ただ、いずれにしても文科省は今回、「特定の見方・考え方に偏った取扱い」があったと判断しているが、それが直ちに法律が禁じている「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育」に当たるのかについては、慎重な検討が必要だ。
この扱いを誤ると、今後の教育現場に対して「政治的にデリケートなテーマは扱わない方が無難だ」というメッセージとして受け止められる可能性がある。それを避けるためにも、まずどこが問題でそのような判定が行われたのかについては、基準が明確にされる必要がある。
また、今回の14条違反の判定にはもう一つ重大な問題がある。それは文科省という政府の一機関が政治的中立性に対する事実認定を自ら行っていることだ。文科省は内閣や大臣の指揮監督下にあり、独立した第三者機関ではない。政治的な中立性の判定には、独立した専門家や審査員が介在する仕組みが必要だ。プレイヤーである政治家やその指揮下にある行政機関が審判を兼ねる構造での事実認定は、結論がどうであれ、その正当性自体に重大な疑念が生じると、東京都立大学法学部教授で憲法学者の木村草太氏は指摘する。
辺野古への米軍基地移転問題に限らず、原発、憲法、安全保障、ジェンダー、入管、気候変動、貧困など、現代社会の重要な課題の多くは政治的争点でもある。学校がそうしたテーマを扱うことを避けるようになれば、主権者教育は形式的な制度説明にとどまり、それでは現実社会を自分で判断する力は育たたない。
しかも、その判断を政権の指揮下にある文科省が単独で下せるということになれば、学校の教育現場は厭が応にもその時々の政権の政治信条に忖度しなければならなくなる。実際、今回の文科省判断については、全国の主権者教育や平和学習に萎縮効果を及ぼしかねないとの懸念が指摘されている。
これは総務省が放送法4条の政治的中立性を単独で判定することの是非を巡る議論と同根の問題でもある。
重要なのは、政治的争点を学校から排除することではない。むしろ、対立する意見や歴史的背景、権力関係を含めて現実を複眼的に学ぶことこそ、教育基本法がいう「良識ある公民として必要な政治的教養」に適うはずだ。
近年、デリケートな問題に対する政治的なスタンスを表明した瞬間に、「偏っている」と指弾される風潮が国全体を覆っているように見える。しかし何かを真剣に考えることは、必然的に何らかのスタンス、すなわち偏りを持つことだ。それを否定した先にあるのは、バランスの取れた考えではなく、何も考えていない状態や無関心にすぎない。
教育基本法の違反認定をもとに、プレイヤーが審判を兼ねることを許してしまうことの問題と、それが社会にどのような影響を及ぼすかなどについて、憲法学者の木村氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
また番組では、日本の刑事司法における人質司法が、16歳の少女の命を奪った悲劇的な事件と、皇室典範の改正問題も取り上げた。
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今週の論点
・人質司法が奪った16歳少女の命
・文科省による「教育基本法違反」認定プロセスの問題点
・教育基本法違反認定と高市元総務大臣「停波」発言の共通点
・皇室典範改正問題――男系男子維持派の熱量はなぜ高いのか
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■ 人質司法が奪った16歳少女の命
神保: 今日は高市政権がやっているいくつかのことをテーマにしたいと思います。メディアがきちんと報じていないことに不満や危機感を持っているので、そこをしっかり拾っていきたいと思います。また法曹関係でもあまりにもひどいことがたくさん起きているので、最近のニュースもいくつか取り上げたいと思います。本日のゲストは東京都立大学法学部教授の木村草太さんです。木村さんに前回出演していただいたときは共同親権の話を、その前は天皇の人権の話をしました。
さて今週、神戸である国家賠償訴訟が提起されました。16歳の女性が母親の経営する知的障害者の施設で働いていたのですが、あるイベントの会場で、知的障害のある参加者が人に噛みつこうとしたり自分のことを噛もうとしたりしたところ、それをやめさせるために口元を押さえるということがありました。それを見ていた別の知的障害のある参加者が行政に話をし、最終的に警察まで行き、16歳の女性と、別の男性が逮捕されました。
その結果、16歳の少女は例の「人質司法」で18日間勾留されました。詳しいことはビデオニュースのサイトにも記事が出ています。本人はもちろん否認しましたが、その間は親との接見も禁止され、18日間取調べを受けたことでPTSDを発症してしまいました。ご飯が一切食べられなくなり、最初に捕まった時は37キロだった体重が、最終的に20キロまで減ってしまいました。18日後に釈放されたのですが、その5か月後に亡くなりました。
その間も医療を受けていたのですが、栄養を一切取れない状態になってしまい、事実上の低栄養症になり餓死してしまいました。これは去年の12月のことです。
ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、毎週の主要なニュースの論点を渦中のゲストや専門家らと共に、徹底的に掘り下げるインターネットニュースの決定版『マル激トーク・オン・ディマンド』。番組開始から10年を迎えるマル激が、メールマガジンでもお楽しみいただけるようになりました。
神保哲生/宮台真司
神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。
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