• このエントリーをはてなブックマークに追加
マル激!メールマガジン 2026年10月14日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド (第1331回)
ナチスを克服したはずのドイツで極右が第1党になる理由
ゲスト:板橋拓己氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 2026年9月、ドイツ政治に激震が走った。極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、旧東ドイツ地域で行われた2つの州議会選挙で大躍進を遂げたのだ。9月6日のザクセン・アンハルト州では43.8%、9月20日のメクレンブルク・フォアポンメルン州では38.2%(前回16.7%)の得票率で、AfDはいずれも第1党となった。
 一方、メルケル元首相やメルツ現首相が所属する中道保守の「キリスト教民主同盟(CDU)」は2州とも大敗した。特にメクレンブルク・フォアポンメルン州では、得票率が4.9%と議席獲得に必要な5%に届かず、州議会の議席をすべて失うという歴史的惨敗となった。連邦レベルでも、今年5月頃から世論調査でAfDがCDUを上回り続けている。
 ナチスの過去を持つドイツでは極右は長くタブー視され、主要政党は極右との連立や協力を拒む「防火壁」を守ってきた。そのためAfDは単独過半数を取らない限り政権を握れない。しかしザクセン・アンハルト州では、すでに初のAfD出身の州議会議長が誕生し、12月にはAfDの州首相が生まれる可能性が高まっている。今後の焦点は、政策的にAfDに近いCDUが防火壁を守り続けられるかに移りつつある。
 なぜ旧東ドイツの人々は、こんなにもAfDに傾倒するのか。近現代ドイツ政治外交史が専門の板橋拓己氏は、旧東ドイツ地域住民の構造的な怒りや恨み、剥奪感が背景にあると分析する。
 1990年の東西ドイツ統一は、東のドイツ民主共和国が西のドイツ連邦共和国に編入される形で行われ、西の行政・経済システムや基本法がそのまま東に持ち込まれた。「対等な統合」とは程遠い、事実上の吸収合併だった。統一の瞬間に東のエリート層はごっそり入れ替わり、以来、行政や企業、大学の幹部の多くを西側出身者が占める構造が続いている。
 統一から30年以上が経った今も、東西格差は埋まらない。州ごとの平均賃金でも、全16州のうち上位10州は3位の首都ベルリンを除いてすべて旧西ドイツの州だ。経済格差以上に深刻なのが心理的な傷で、旧東の住民の多くは自らを「二級市民」のように感じ、自分たちの一票で政治が変わるという感覚も西側より著しく低い。そこに、63歳からの満額年金受給を見直すメルツ政権の年金改革が追い打ちをかけた。若い頃から働き始めた人が多い旧東では、これが「西による東いじめ」と受け止められたのだ。
 こうしたルサンチマンをすくい上げたのが、AfDの巧みな地域密着型の選挙戦術だった。地方の隅々まで足を運び、ビールやソーセージを振る舞う「家族祭」や旧東独製スクーター「シムソン」の集いを開いて、かつての共同体へのノスタルジーと「東の誇り」を刺激した。SNSでは笑顔の発信に徹し、批判的な既存メディアの報道さえネタにして返した。社会保障への不安を外国人問題にすり替える二分法も功を奏し、外国人比率が6%程度とドイツでも最も低い地域の1つであるザクセン・アンハルト州で、外国人問題が最大の不安に挙がるほどだ。
 一方、連邦政府や既存政党は、連帯税による巨額の財政移転やインフラ投資を行うなど旧東ドイツ地域は十分に支援してきたという自負があるため、東側住民の不満を十分に理解できず、CDUは旧東での地道な組織づくりも怠ってきた。この認識の齟齬が、有権者の既存政治への絶望をさらに深めていると板橋氏は語る。
 ドイツの変動は欧州の安全保障にも重大な影響を与えかねない。親ロシア色の強いAfDは、ザクセン・アンハルト州議会で左派ポピュリスト政党「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)」と組み、ウクライナ支援の停止と対ロ経済制裁の解除を求める動議をすでに出している。ロシアに対抗するために軍拡を急ぐドイツが、やがて親ロ政党の手に渡る可能性すらあるのだ。
 右派ポピュリズムの台頭は欧米全域で顕在化している。イタリアではメローニ首相率いる「イタリアの同胞」が22年から政権を握り、フランスでは27年の大統領選に向けた世論調査で「国民連合」のルペン氏が首位に立つ。オランダでは「自由党」が一時連立政権の中核を担い、フィンランドでは「フィン人党」が政権入りし、オーストリアでは「自由党」が第1党となった。アメリカでもトランプ大統領率いるMAGA派の声が大統領選や連邦議会選挙の結果を左右するまでになっている。
日本でも「日本人ファースト」を掲げた参政党が議席を増やした。板橋氏は、日本では欧米ほどリベラル化が進まなかったぶん反動も起きにくかったと見るが、民主主義の危機が対岸の火事でないことに変わりはない。
 一方、9月20日のベルリン市議会選挙では、AfDも議席を伸ばしたものの、トルコ系のエリフ・エラルプ氏を筆頭候補に家賃問題などを訴えた「左派党」が第1党となった。人々の不満の受け皿は、必ずしも右派である必要はないのだ。
 ベルリンの壁崩壊から37年。年々分厚くなっているようにも見える人々の「心の壁」を崩すには、ポピュリストが示す単純な二分法や耳触りの良いパッケージに対抗し、政策パッケージをいったん解きほぐして、生活世界のリアリティに根ざしたポリシーパッケージを再構築することが不可欠だ。ナチスの過去を反省し克服を目指してきたはずのドイツで起きた政治的地殻変動の背景と、近代民主主義が直面する限界について、ドイツ政治の第一人者である板橋拓己氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・ドイツ政治を揺るがすAfDの台頭
・ドイツに今なお残る東西格差の現実
・AfDはいかに不満とノスタルジーを支持につなげるのか
・右派ポピュリズムの波はどこまで広がるのか
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ ドイツ政治を揺るがすAfDの台頭
神保: 今日はドイツのAfDをテーマに、右派ナショナリズムの台頭がどこまで進むのかという話をしたいと思います。その前に一つだけ、いま話題になっている簗和生・農水大臣の発言に触れておきたいと思います。

私は1990年代に、いわゆる「箇所付け問題」を熱心に取材してきましたが、これは本当に古くて新しい問題です。鉛筆をほんの少し動かすだけで何億円ものお金が動く。大きな権力の源泉になっているのです。自民党を支持する首長がいる自治体には予算を多く配分し、そうでない自治体へは減らす。そんなことが行われれば、自治体側も自民党の議員を当選させようと必死になります。これは大きな問題ではないでしょうか。

宮台: 自民党は、ネトウヨのような方向に振り切らなくても、経済的な餌で人々を釣っているとも言えますね。

神保: ある意味、正体を現したというか、尻尾を出してしまったわけです。そもそも自民党政治とは何なのか。ポピュリズムの側面ももちろんありますが、英語で「ポークバレル」と呼ばれる利益誘導型の政治がずっと続いてきたわけです。

 ただ私としては、こうした発言が出てきたのは「われ幸い」という面もあります。箇所付けが実際にどのように行われているのかという問題に踏み込むきっかけになるからです。実は非常に人間的な要素によって予算配分が決まっている。そのことに今まであまりにも光が当たってこなかったと思うので、改めてしっかり取り上げたいと思っています。

 さて、本題に入ります。今日のテーマは、あの歴史を抱えるドイツで、ついに右派ポピュリズム勢力が台頭してきたという話です。

宮台: 英国の「リフォームUK」に続く動きですね。

神保: 「ドイツのための選択肢(AfD)」という政党です。この「選択肢」という名前は、当時のメルケル首相がギリシャ支援をめぐり、「われわれに選択肢はない」、つまり支援するしかないと発言したことに対し、「いや、選択肢はある」という意味を込めて付けられたそうです。

 そのAfDがついに2つの州議会選挙で第1党になりました。過半数にはかろうじて届きませんでしたが、いずれも旧東ドイツ圏の州です。ドイツでは歴史的な背景もあり、ヨーロッパの中では右派勢力の台頭が遅れていました。しかしついにここまで来た。これは何を意味し、ヨーロッパ全体にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
 
マル激!メールマガジン 2026年10月7日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド (第1330回)
機能不全となっている国連にそれでも期待するわけ
ゲスト:植木安弘氏(元国連広報官・上智大学国際関係研究所客員所員)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 9月下旬に始まった国連総会では、紛争当事国の首脳の間で非難の応酬が相次いでいる。
 第2次大戦後に国際協調を求めて創設された国連は、世界の平和と安全のために活動してきたはずだった。しかし、ウクライナ、ガザ、イランと続く紛争に対応できず、今でも多くの命が奪われている。超大国の自国第一主義と国際法違反が横行し、国連、特に安全保障理事会は国際紛争の平和的解決ができずに機能不全を起こしている。
 グテーレス国連事務総長も9月22日に始まった一般討論演説の冒頭の発言で、大国のダブルスタンダードを許さず国連憲章を守ることを主張した上で、安全保障理事会を、今日の世界を反映し、現代の課題に見合う正当性と実効性を備えた組織とするために改革する必要があると指摘した。
 ただし、改革は容易ではない。国連広報官として30年あまり国連で勤務した上智大学名誉教授の植木安弘氏によれば、安保理改革の議論は冷戦終結後の1993年から行われており、常任理事国、非常任理事国の拡大など様々な案が出ているが、何一つ進んでいないのが実情だ。
 しかし、だからといって国連がまったく機能していないというわけではない。安保理における常任理事国の拒否権行使の問題ばかりがクローズアップされるが、安保理自体は毎日のように開催され、様々なテーマが議論されていると植木氏は言う。昨年1年間に安保理で採決された決議は40件余りにのぼるという。
 こうした中で、国連で演説した高市首相の敵国条項を国連憲章から削除するよう求めた発言が、波紋を引き起こしている。第2次大戦が終結する前の1945年6月に調印された国連憲章には、当時の連合国と敵対している国に対して安保理決議がなくても対抗できる例外規定として「敵国条項」が設けられていたが、それは1995年の国連総会の決議で死文化が確認されている。
植木氏は、高市氏が演説であえて敵国条項を持ち出したのは、おそらく国内的アピールが目的だったと指摘するが、結果的にそれが日中間に不必要な摩擦を引き起こす事態となっていることを懸念する。
 安保理改革では日本はかねてから常任理事国入りを主張しているが、国際政治の場では実績を積み重ねて長期的な視点で考えるほかなく、外交での地固めをしつつ、安保理改革の具体的な提案をしていく必要があるのではないかと植木氏は語る。
 肥大化した国連自体の問題も無視できない。これに対しては昨年、国連創設80年を機にグテーレス事務総長の主導のもとでUN80イニシアチブが動き出しており、予算削減、職員削減、低コスト国への事務所移転などを挙げている。どこまで官僚組織を効率化できるかも問われている。それでもなお、PKO活動、人道支援、持続可能な開発など、さまざまな現場で国連は他ではできない地道な活動を続けている。地球温暖化対策やAI規制などについても、国際協調は欠かせない事態となっている。
 国連という国際社会で活躍してほしい若い人たちへの期待も含め、国連改革の道筋について、ナミビア、イラク、といったフィールドでの活動経験もある植木安弘氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。ニューヨーク在住の植木氏はオンラインで参加した。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・各国は国連総会で何を訴えたのか
・高市首相の「敵国条項」削除要求が逆効果になる可能性も
・国連の財政危機と「UN80」が目指す組織改革
・分極化する世界を国際協調によって立て直す
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ 各国は国連総会で何を訴えたのか
迫田: 今日は10月2日の金曜日、第1330回のマル激トーク・オン・ディマンドです。戦後81年になり、9月下旬から第81回国連総会が始まっています。この番組ではつい最近ICCを取り上げましたが、国連そのものを取り上げたことはありませんでした。

宮台: 国連とは、国際法秩序を前提にした、主権国家がプレイヤーとして活動する国際社会という「ゲーム」に影響を与える存在、つまりインフルエンサーですね。

迫田: さて、本日のゲストは元国連広報官・上智大学国際関係研究所客員所員の植木安弘さんです。植木先生は国連広報局で1982年から32年間勤められ、その後、上智大学グローバル・スタディーズ研究科教授を経て、現在は上智大学名誉教授です。国連で長く勤めてこられた植木先生は、国連総会の時期にはやはり色々な思いがあるのでしょうか。

植木: 世界の指導者が集まり、総会の議場で自国の政策をアピールします。また国内向けにも「国際的な場で演説した」というアピールになります。世界の指導者が集まり討議できる場所は国連しかありませんから、9月の下旬になるとニューヨークも騒々しくなり、色々な意味で熱狂しますね。

迫田: それぞれの首相や大統領が何を言うかということが色々な形でピックアップされて放送されますが、その背景には色々な意味があるということですね。植木さんは1982年から国連にいましたが、現在、機能不全と言われる国連を見てどのような思いを持っていますか。

植木: 私が国連に入った頃は、いわゆる冷戦時代でした。当時の国連は、アメリカを中心とする西側社会と、旧ソ連を中心とする東側社会の対立の場でもありました。そのため、国連の本来の役割はあまり機能していませんでしたが、冷戦時代にも13のPKOができているので、全く機能していなかったわけではありません。

 しかし冷戦が終焉する過程で、1990年代の末頃から、国連はだんだん本来の役割を果たすようになりました。その頃は世界各地で様々な国連の活動が展開されるようになり、私も1989年、ナミビア独立に向けたPKOに初めて参加しました。その後、南アフリカでの活動や、1999年に独立の是非を問う住民投票が行われた東ティモールでの活動などにも参加しました。

 1990年にはいわゆる湾岸危機が起こり、その後、湾岸戦争がありました。また、1990年の中頃には3年間、安保理で拒否権が行使されない時期もありました。その頃は「国連のユーフォリア」のような状態で、やっと国連が機能し始めたという時期でした。しかしそれ以降、国連は様々な困難に直面し、現在は国際平和と安全の維持で中核的な役割を果たすべき安保理が分断してしまっている状況です。

 アメリカはトランプ政権下で「アメリカ第一主義」を掲げ、国連をグローバリストだと批判をすることで、その機能不全に加担しています。また、ロシアによるウクライナ戦争では、大国ロシアが自ら国連憲章に違反し、安保理の機能不全が具体的な形で表れてしまったという状況です。

 そうした国連を見ていると、確かに国連には一体何ができるのだろうかと思ってしまいます。しかし、言われている国連の機能不全には、安保理の機能不全と、アメリカやロシアのような大国が自国第一主義の立場を取りながら国連の中核にいるということが背景にあります。これは非常に残念な結果ですが、だからといって、国連全体が全く機能していないというわけではありません。

宮台: アメリカ自身が「武力による現状変更」という明白な国際法違反をしました。そうなると、アメリカは同じように武力による現状変更を行うロシアや中国を、国際法違反だとして非難することができなくなります。「向こうがそうするならこちらもこうする」という状況になれば、そもそも合意ができません。合意が成り立つには、そういうことを言わないことが条件になります。子どもから見ても分かるような状況が露呈している感じがします。 
マル激!メールマガジン 2026年9月30日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド (第1329回)
都市水害から命と暮らしを守るためにいま知っておくべきこと
ゲスト:古米弘明氏(中央大学研究開発機構教授)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 豪雨で道路が瞬く間に水につかり、マンホールから水が噴き出す。川から離れた市街地でも、わずかな傾斜の底にあたる一角だけが短時間で冠水する。そんな光景が珍しくなくなっている。
 今年8月13日から14日にかけて千葉県を襲った記録的な豪雨では、線状降水帯が発生し、道路の冠水や住宅の浸水が相次いで13人が亡くなった。千葉市では、冠水したアンダーパスで車に閉じ込められた男性が命を落とした。現場では排水ポンプが停電で作動せず、水位は最も深いところで約3メートルに達していた。それから1カ月もたたない9月8日には、名古屋市で1時間に104.5ミリの猛烈な雨を観測し、市内30カ所のアンダーパスのうち19カ所が冠水で通行止めとなった。
 これらの豪雨が改めて浮き彫りにしたのが「内水氾濫」と呼ばれる現象だ。川の水があふれる「外水氾濫」に対し、内水氾濫は町に降った雨を下水道や排水路で処理しきれなくなることで起きる。だから大きな川から離れた場所でも浸水する。特にリスクが高いのが都市部だ。東京都心では地表の8割以上がアスファルトやコンクリートで覆われ、雨がほとんど地中に浸透しない。地方なら6割程度で済む場所もあるが、同じ雨でもより多くの水が短時間で下水道に集中する。そのうえ地下街や地下鉄、アンダーパスなど、水が流れ込みやすい低い空間が多い。
 では、都市の下水道はどれほどの雨を想定しているのか。日本の下水道は「5年に1度」程度の雨を排除できることを基準に整備されてきた。それが平均して1時間50ミリ前後だった。
ところが気象庁の観測では、1時間50ミリ以上の雨も100ミリ以上の雨も、この50年で明らかに右肩上がりに増えている。かつて5~6年に1度だった雨が、今では3年、場合によっては2年半に1度の頻度で降る。5年に1度を想定した施設で、その想定を超える雨が想定より頻繁に降れば、氾濫は必ず起きる。
東京都は目標を1時間85ミリに引き上げたが、整備には長い時間がかかる。国が「想定最大」とする関東の雨は1時間153ミリ、気象庁が「猛烈な雨」とする1時間80ミリの約2倍にあたる雨量だ。
 それなら下水道や地下貯留施設を、もっと大きな雨に耐えられるように造り替えていけばいいのではないか。都市の雨水管理が専門の古米弘明・中央大学研究開発機構教授によれば、現実はそう簡単にはいかない。地下にはすでに地下鉄やガス、水道などが張り巡らされ、既存の下水管を拡張したり新たな貯留施設を造ったりできる余地は、再開発や大規模施設の新設がある場所にほぼ限られる。しかも巨大インフラには莫大な費用と時間がかかる。
渋谷駅周辺の再開発に伴って造られた約4000トン(400万リットル)の貯留施設も、100ヘクタールにわずか10ミリの雨が降れば1万トンの水が出ることを考えれば、ピークを抑えるバッファーにはなっても、100ミリの雨をのみ込めるものではない。激しくなる雨に合わせて地下の施設をどこまでも大きくしていくことには、物理的にも財政的にも限界がある。
 そこで重要になるのが、雨を下水道だけに集めず、町のあちこちで受け止めるという「雨水管理」の発想だ。公園や学校、駐車場、住宅で雨水を一時的にためたり、地中に浸透させたりして、下水道に入る前に雨水を分散して受け止める。東京都の計画でも、目標の85ミリのうち下水道で受け持つのは75ミリで、残る10ミリは流域全体の努力に委ねられている。緑地を残すことも、景観や温暖化対策のためだけでなく、雨水管理の上で欠かせない。
小金井市では建て替え時に雨水を地中に浸透させる「雨水マス」の設置が広がり、オーストラリアのメルボルンでは「水を意識した都市設計」の下、駐車場や道路の中央に雨を浸透させる緑の水路や、屋根の雨水を庭に落とす「レインガーデン」が整備されている。
海外では雨水処理料金を下水道料金とは別に徴収し、浸透施設を設けた家庭を優遇する制度も定着しているが、日本では古米氏が下水道政策の審議に加わった際に同様の制度を提言したものの、実現には至っていない。
 われわれ一人ひとりには何ができるのだろうか。まずは自分の身を守るための備えだ。古米氏は、自治体の内水・外水両方のハザードマップで、自宅だけでなく勤務先や通勤経路、いつも通る道路や駅のどこが危ないのかを知っておくことが大切だと話す。危ない場所を知っていれば、豪雨の際に別のルートを選ぶという発想が生まれる。
 同時に、大雨の際には家庭から下水道へ流す水を減らすことも大切だ。東京や大阪、名古屋などの大都市の中心部では、整備を急ぐために雨水と生活排水を1本の管で流す合流式下水道が採用されている。雨水だけで管があふれそうなときに、各家庭が200リットルの風呂の水を流せば、氾濫を悪化させる側にまわることになる。
激しい雨が降っている間は風呂の水を流すのを控えるだけでも、一定の効果があると古米氏は指摘する。自宅に雨水タンクを設置し、降った雨を一時的にためる方法もある。
 一つ一つの効果は小さくても、地域全体で取り組めば大きな効果が期待できる。古米氏の試算では、200リットルの雨水タンクを1万戸が設置すれば200万リットル、それだけで渋谷の巨大貯留施設の半分に相当する容量になる。ただし大雨の前にタンクを空にしておくという住民側の意識が伴わなければ、この計算は成り立たない。
だからこそ、行政が巨大インフラだけに頼るのではなく、雨水タンクや浸透施設への補助にもっと力を入れ、地域が共通の問題意識を持つことが必要になる。これは行政に依存するだけでなく、多様な主体がそれぞれにできることを組み合わせるしかない問題であり、それゆえに地域の自治を取り戻す契機にもなり得る。
 地震に比べると死者数は少ないが、実は洪水がもたらす経済的被害は世界的に見ても地震を上回る。想定を超える豪雨が相次ぐ中、どのように都市水害を防ぐのか。都市水害から命や暮らしを守るためにわれわれは何を知り、どう備えるべきなのかなどについて、中央大学研究開発機構の古米弘明教授と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・豪雨の頻発で相次ぐ都市型水害
・貯留槽の設備には限界がある
・水に対する感受性を持つことから始めよう
・水害対策では1人ひとりの心がけが非常に大きな意味を持つ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ 豪雨の頻発で相次ぐ都市型水害
神保: 今日は2026年9月25日の金曜日、第1329回のマル激です。今日のテーマは水害です。今回はあえてこれまでとは違う意味で考えたいと思います。われわれは川の氾濫についてはやってきましたが、最近のニュースを見ていると、それとは違うものが問題になっています。

宮台: 数年前から内水氾濫というものがよく取り上げられていました。下水道のキャパシティをオーバーしてマンホールの蓋が飛び、間欠泉のようになっている映像などがあります。しかし今はそれではなく高台でも傾斜があると、そこだけで冠水してしまうということがありました。

神保: 今までの内水氾濫とは違うことも起きていて、それによって実際に車が水没したり家の中に水が入ってきたりして、死者も出ています。死者という意味では地震や津波の方が大きいのかもしれませんが、これによる経済的なダメージが非常に大きいということも保険会社のサイトで分かっています。工事をすれば何とかなるというものでもないということも分かりました。本日のゲストは中央大学研究開発機構教授の古米弘明さんです。

古米さんのご専門は都市環境工学・雨水管理ですが、災害以外でも雨水管理がカバーするエリアがあるのでしょうか。

古米: 都市の中で水に関わる部分で水道は皆知っていると思います。もう1つ重要なものは下水道です。もちろん海に排水することもありますが、下水道は必ず中小河川につながっています。市街地で雨が降ったとき、地表に降った雨はまず下水管に入っていきますが、その雨水がどう流れていけば浸水しない状態で排水できるのかということです。言い換えると、排水するだけではなく、いかに降った雨を浸透させたり溜めたりできるのかということを、総合的に考えるということです。

 20~30年前まではとにかく下水道を整備し、いち早く水を集めて川や海に出すという、速やかに排除する雨水排除の計画でした。しかし今はそうではなく、下水管に入ることがないようにしようということで、雨水流出抑制という考え方が出てきました。

神保: 下水管に流れていかない雨水はどこに行くんですか。

古米: 地表面に降ったものがそのまま道路に入っていくのではなく、地面を通して浸透したり、貯留槽を地下に作って溜めておいたりする方法があります。それはまた利用しても良いものです。流出するための下水管の容量は限られているので、それを助けることによって、排除するだけではなく、流出抑制もしながら都市における水害をいかに防止し、軽減するのかという意味で雨水管理という言葉が出てきました。
 
マル激!メールマガジン

ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、毎週の主要なニュースの論点を渦中のゲストや専門家らと共に、徹底的に掘り下げるインターネットニュースの決定版『マル激トーク・オン・ディマンド』。番組開始から10年を迎えるマル激が、メールマガジンでもお楽しみいただけるようになりました。

著者イメージ

神保哲生/宮台真司

神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。

http://www.videonews.com/
メール配信:ありサンプル記事更新頻度:毎週水曜日※メール配信はチャンネルの月額会員限定です

月別アーカイブ