小谷賢氏:日本はいつまでスパイ天国を放置するのか
2026/09/16(水) 20:00
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マル激!メールマガジン 2026年9月16日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1327回)
日本はいつまでスパイ天国を放置するのか
ゲスト:小谷賢氏(日本大学危機管理学部教授)
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ウクライナに撃ち込まれたロシアのミサイルやドローンから、日本製の電子部品が見つかっている。ロシアへの制裁に加わり、ウクライナを支援している日本が、結果としてロシアの戦争継続を支えているとすれば、これは看過できない事態だ。そこから見えてくるのは、輸出管理にとどまらない、日本の情報活動と政治の意思決定の弱さである。
米紙ニューヨーク・タイムズは、日本がロシアの軍事転用可能な技術や物資の調達拠点になっていると報じた。欧米から追放されたロシアの情報機関員が、監視の緩さとハイテク産業の集積に目をつけ、日本に活動の場を移しているという。記事では、航空会社職員の身分で日本に入ったロシア軍情報機関の将校が、第三国を経由する調達に関与していたと指摘されている。
日本はロシアに対する国際的な制裁の一環として、半導体などのハイテク製品の輸出を禁じている。しかし、中国やベトナム、中央アジアなどの企業を通じた迂回輸出を防げなければ、制裁は実効性を失う。ウクライナ側は日本に対応を繰り返し求めてきたが、番組で紹介した経済産業相の説明は、輸出管理に穴があるとの認識を否定するものだった。規則に従っているという説明だけで、実際に流出している部品の問題を片づけてよいのだろうか。
インテリジェンス研究を専門とする日本大学危機管理学部の小谷賢教授は、第三国の取引先がロシアとどのようにつながり、物資がどこへ運ばれているのかを調べる能力が、日本政府に欠けていると指摘する。民間企業だけで取引先の背後関係まで把握することには限界がある。政府が情報を集め、軍事転用の可能性を見極め、危険な取引先への輸出を止めるために企業を支える必要がある。
では、国家情報会議と国家情報局の設置によって、事態は改善するのか。小谷氏は、これらは情報を集約して方針を決める司令塔であり、現場で調査や情報収集を担う組織の能力が、自動的に高まるわけではないと指摘する。外務省、警察、公安調査庁、防衛省などは、それぞれの業務に必要な情報を集めてきた。省庁の壁を越えて情報を共有し、国家の判断に生かす運用が伴わなければ、新しい組織も十分に機能しない。
国家安全保障会議とは別に国家情報会議を設けた構造にも、小谷氏は官僚組織の論理を見る。政策判断と情報活動をどう結びつけるかよりも、組織同士の格付けや縄張りが優先されてはいないか。情報を集約した後、誰がそれを使い、どのような行動につなげるのかが問われる。
その中心にあるのが、政治家の役割だ。日本では官僚による事前調整や根回しが意思決定を支え、新しい情報が入っても、一度まとまった方針を変えることが難しい。小谷氏は、全員でキャンプに行くと決めたために、台風の予報が出ても中止できないようなものだと例える。本来は政治家が、何のためにどのような情報を必要としているのかを示し、状況が変われば自らの責任で判断を変えなければならない。
メディアが果たしている役割も見逃せない。事前に質問と回答を調整する首相会見の慣行は、政治家自身の判断を見えにくくする。官僚間で調整された方針を伝えることと、その方針が妥当かを検証することは別だ。政治の主体性を問うべきメディアも、同じ仕組みの一部になってはいないか。
戦後、安全保障をアメリカに依存してきたことも、日本が独自の情報活動を育てる必要性を弱めてきた。しかし、アメリカの政策自体が日本に不利益をもたらし得る時代に、同盟国から与えられる情報だけに頼ることはできない。情報を使いこなす政治家と、必要な情報を集めて分析できる専門家を、継続的に育てる必要がある。
AIが普及しても、政治の責任は軽くならない。公開情報の収集や分析が効率化する一方、人的接触でしか得られない情報は残る。また、攻撃目標を正確に選ぶことと、戦争を始めるべきか、どう終わらせるかを判断することは別の能力だ。歴史や社会への理解を欠いたまま、技術的な優位を政策の正しさと取り違えれば、精密な情報を持ちながら大局を見誤ることにもなる。
防諜の実効性を高めるための法整備も必要だ。外国代理人の登録やロビー活動の公開に加え、小谷氏は、尾行中心の監視から通信情報の活用へ踏み込む必要性を指摘する。しかし、通信の秘密や市民の権利を制限し得る権限を政府に与える以上、その乱用を防ぐ仕組みが不可欠になる。
第三者による審査や、国会の情報監視審査会の権限強化は、そのための具体策だ。行政の活動を政治が十分に統制できず、不正があっても責任が曖昧なままでは、情報機関への信頼は育たない。情報活動を強化するためにも、誰が、何の目的で、どこまで権限を行使したのかを検証できる仕組みが求められる。
日本が「スパイ天国」から抜け出すためには何が必要なのか。情報を政策に生かせない政治の構造をどう変え、情報活動の強化と民主的な統制をどう両立させるのか。日本大学危機管理学部教授の小谷賢氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・日本製の部品がウクライナ攻撃のロシア兵器に使われていた
・霞が関の論理で作られた国家情報会議は機能するのか
・インテリジェンスとは何か
・インテリジェンス強化とともに権力の暴走を防ぐ仕組みが必要
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■ 日本製の部品がウクライナ攻撃のロシア兵器に使われていた
神保: 今日のテーマはスパイです。スパイというと映画のように聞こえますが、日本がスパイ天国になっているのではないかという疑惑が海外で出てきています。しかし国内の反応は鈍い。ウクライナはいまも精密ミサイルなどの攻撃を受けて人が死んでいますが、彼らがそれを回収して中を見ると、日本製のハイテク部品が大事なところに使われていると。日本はロシアに制裁を科しているのでそういうものは売れないはずですが、実はスパイが暗躍し、それを第三国経由でロシアに送るルートがあるということが指摘されています。
また、輸出管理の問題もあります。しかしなぜか日本ではこれが話題になりません。
本日のゲストは日本大学危機管理学部教授の小谷賢さんです。小谷さんは国際政治の中でもインテリジェンスの研究がご専門です。今回ニューヨーク・タイムズで大きな記事が出て、実際にロシア人のスパイであるフィルチェンコフという個人まで特定され、アエロフロートの職員として活動していることも分かりました。彼はもう身分が明かされたのでいなくなりましたが、情報がそこまで出ているのにもかかわらず日本の反応は鈍い。小谷さんはこの一連の日本の反応をどう見ていますか?
小谷: スパイ報道と同じ7月に、国家情報会議と国家情報局の立ち上げがありました。しかしそれも軽く、ニュースではほとんど話題になりませんでした。例えば安倍政権が特定秘密保護法を導入するとなった時は国会の周りに反対派の人が集まり、ニュースでも取り上げられましたが、今回の国家情報会議設置法の時はほとんど反対が出ず、野党も多くが賛成し、すんなり通りました。ニュース的な話題性に欠けるのかなと思っています。
実はニューヨーク・タイムズの記事が出る前日に、NHKでロシアスパイの特集をやっていました。これは偶然なのかとNHKのディレクターの方に問い合わせましたが。NHKは一切知らず、合わせたのは向こうだとおっしゃっていました。
神保: NHKの特集を見て、ニューヨーク・タイムズが記事を出すのを早めた可能性も否定はできませんよね。さて、これがニューヨーク・タイムズの記事の概略です。
藤井広重氏:トランプの圧力に揺れる国際法廷ICCを守るために日本がすべきこと
2026/09/09(水) 20:00
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1326回)
トランプの圧力に揺れる国際法廷ICCを守るために日本がすべきこと
ゲスト:藤井広重氏(宇都宮大学国際学部准教授)
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世界は今、完全に無法地帯と化してしまうかどうかの瀬戸際に立たされている。そのせめぎ合いの最前線が国際刑事裁判所をめぐる攻防だ。そして、今回ばかりは日本も傍観者でいることは許されない。
トランプ米大統領は8月18日、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長と、セネガル出身のアブドゥライ・セイ弁護士を制裁対象に指定した。2人はアメリカに入国できなくなり、アメリカ国内の資産は凍結される。さらにアメリカ企業との取引が制限されることで、クレジットカードをはじめとする金融サービスが使えなくなり、日常生活にも影響が及ぶ。
赤根所長が制裁対象となった背景には、ガザでの軍事作戦をめぐりネタニヤフ首相とガラント前国防相に対して出された逮捕状に、判事として関与したことがある。ICCは2024年11月、ガザで飢餓を戦争の手段として用いた疑いや民間人への攻撃を意図的に指示した疑いなどを理由に、戦争犯罪と人道に対する罪の容疑で両氏の逮捕状を発行した。ガザでの犠牲の甚大さから、これをジェノサイドに相当する行為だと見る向きも国際社会には根強い。
アメリカによるICC関係者への制裁は昨年から拡大しており、2025年2月以降、これまでにICC関係者13人が制裁対象に指定された。そのうち判事は9人で、ICCの裁判官18人の半数を占める。
いったいなぜ一国の政府が、国際裁判所の裁判官個人にこれほど強力な制裁を科すのか。
そしてこれは日本にとっても他人事ではない。赤根所長は日本政府がICC裁判官候補として送り出した人物であり、日本はICCを資金面でも支える主要な加盟国だ。その赤根所長が職務を忠実に遂行した結果、アメリカから制裁を受けている。日本はこの事態にどう向き合うべきなのか。
ICCは、戦争犯罪やジェノサイドなど重大な国際犯罪を犯した個人を裁くため、2002年に設立された常設の国際裁判所だ。現在125カ国・地域が加盟しており、日本も加盟国だが、アメリカやロシア、中国、イスラエルなどは加盟していない。
アメリカは、ICC非加盟国である自国やイスラエルの国民にまでICCの捜査や訴追が及ぶことに強く反発してきた。アメリカはICCの根拠となる条約「ローマ規程」を批准しておらず、ICCの権限を受け入れていない。アメリカからすれば、自分たちが参加していない条約によってつくられた裁判所が、なぜアメリカ国民を裁けるのかということになる。
一方、ローマ規程では、容疑者の国がICC非加盟国でも、犯罪がICC加盟国で行われた場合、ICCは権限を行使できる。ICCからすれば、加盟国で起きた重大犯罪であれば、容疑者がアメリカ人やイスラエル人だからといって対象外になるわけではない。アメリカが「誰を裁くのか」を問題にするのに対し、ICCは「どこで犯罪が起きたのか」を重視しており、ここの主張の違いが対立の根底にある。
ICCをめぐる対立や反発は、アメリカとの間だけで起きているわけではない。実際、ブルンジやフィリピンは、自国内の問題に対するICCの捜査などに反発し、ICCから脱退している。また、ICCがアフリカやグローバルサウスの国々を選択的に扱ってきたとの批判もある。ニジェールやブルキナファソ、マリ、ベネズエラ、チャドも脱退を通告しており、来年脱退する予定だ。
ICCの問題に詳しい宇都宮大学国際学部の藤井広重准教授は、こうした状況のなかで、アメリカによる制裁がICCへの不信や反発をさらに強め、加盟国の減少につながる可能性を危惧する。
ICCには自前の警察組織がない。容疑者の逮捕や身柄の引き渡しなど、ICCの実効性は加盟各国の協力に依存している。それだけに、ICCを支える国が減っていけば、裁判所としての機能そのものが弱まりかねない。
それでもICCのような国際法廷が必要とされるのは、国家による裁きだけでは重大な国際犯罪の責任を追及できない場合があるからだ。ロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエルによるガザでの軍事行動をめぐっては、戦争犯罪や人道に対する罪などが問われている。国家が自ら裁こうとしない重大犯罪を誰が裁くのか。ICCはまさにそのために作られた仕組みだ。
ではなぜトランプ政権はICCにこれほど強硬なのか。11月3日に中間選挙を控えるアメリカ国内の政治事情も一因とみられ、共和党が連邦議会の多数派を維持できるかどうかは、残る任期の政権運営を大きく左右する。今回のICC制裁も、こうした選挙戦を意識した動きという見方が番組内で示された。
では、日本はどうするのか。
スペインやフランスなどが強い言葉でアメリカを非難する一方、日本政府は「大変残念」「大変深刻に受け止めている」と表明するにとどまり、制裁を強く非難したり、制裁の撤回を求めたりはしていない。
政府の対応に対しては日本国内からも批判の声が上がっている。国会議員による「人権外交を超党派で考える議員連盟」は8月24日、制裁をめぐる日本政府の対応に対する非難声明を発表した。日本政府の対応は「諸国と比べて段違いに弱い」とした上で、日本政府に対し、制裁に明確に抗議し即時撤回を要求するよう求めた。また、議連の共同代表の中谷元衆院議員は9月4日、日本外国特派員協会の会見で「言うべきことを言わずに忖度ばかりしているとアメリカからも評価されなくなる」と批判している。
日本から輩出されたICC所長が同盟国であるアメリカから制裁を受けているにもかかわらずだ。
藤井氏は、重大犯罪を国際的に裁こうと、20年以上にわたり国際社会が積み重ねてきたICCの歩みをここで止めてしまうのはもったいないという。ICCが絶対的な正義だというつもりはない。だからこそ、様々な批判と向き合いながら、より普遍的な国際法廷へと育てていくことが重要だ。藤井氏は、そこでリーダーシップを取れるのはまさに日本ではないかと指摘する。
国際的に重大犯罪を裁く仕組みを大国の圧力からどう守るのか。まだ不完全なICCをより世界に根づいた国際法廷へとどう育てていくのか。その時にアメリカの同盟国であると同時にICCを支える主要国でもある日本はどのような役割を果たすべきなのかなどについて、宇都宮大学国際学部准教授の藤井広重氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・ICCとは何か
・赤根所長への制裁をめぐる双方の主張を冷静に見る
・ICC所長の出身国で、最大の分担金拠出国でもある日本の役割
・ICC所長制裁をめぐる日本政府の対応は不十分だ
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■ ICCとは何か
神保: 今日はわれわれにとってあまりなじみのない国際刑事裁判所の問題を取り上げます。端的に言うと、日本の外交に主体性があるのかどうかが問われている、という話になると思います。ですが、普通はICCといっても何のことか分からず、国際司法裁判所ICJと、国際刑事裁判所ICCがあるということも、もしかしたら教わっていないかもしれません。
これまで番組では、ウクライナ戦争や、ガザに対するジェノサイドとも言えるようなイスラエルの軍事作戦も扱ってきました。しかしそれが何にも裁かれないのかという問題が出てきてしまいます。そこで最後の砦としてICCがあり、例えば今回はイスラエルのネタニヤフ首相に対して逮捕状を出しています。しかし今回、アメリカがICCに対して制裁措置を取りました。ネタニヤフ首相に逮捕状を出したことは、アメリカからすればICCが自分たちのジュリスディクションを超えているということです。
宮台: 皮肉なのは、クリントンからオバマまで、特に民主党大統領のときには人権外交を旗印にしていたことです。当時から色々な国が人権外交に反発していましたが、特殊な国の特殊な概念的建付けに過ぎないものを振りかざしていました。ICCには脆さがあるのですが、それは人道に関する罪が中核にあるからです。アメリカは人道に関する罪は許されないとしていたかつての筆頭国だったので、そこに皮肉があります。
神保: アメリカがそちら側にいってしまった時にどうするのかという問題は、日本にとっては唯一の同盟国の問題なのでデリケートですね。国際社会にとっても大変で、これまではロシアや特定のアフリカの国、あるいは東ヨーロッパの旧東欧諸国に対してICCが実際に判決を出して逮捕状を出し、あるいはそれによって制裁の対象にするといったことができていましたが、アメリカまで向こう側ということになると大変です。
プーチンのウクライナ侵攻も第2次トランプ政権になってからの世界秩序も、ありとあらゆるものが壊れているということは言ってきましたが、その結果、破壊者に対して何もできないのかどうかということが、今ICCの問題で問われている局面です。もしICCが何もできないとなれば本当に終わりで、やりたい放題になってしまいます。
さて、本日のゲストは宇都宮大学国際学部准教授の藤井広重さんです。
藤井: 国際刑事裁判所を考える時には国際法だけではなく、いわゆる国際刑事裁判所が活動している地域をもっと知っていかなければなりません。そこの地域の理解が足りないがゆえに、国際刑事裁判所と現地社会との間に亀裂が起きたり、今回のように、もしかしたらアメリカのやっていることが正しいと思っている方々の理解につながっていったりします。
内田良氏:9月1日問題、子どもたちのSOSを大人はどう受け止めるのか
2026/09/02(水) 20:00
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1325回)
9月1日問題、子どもたちのSOSを大人はどう受け止めるのか
ゲスト:内田良氏(名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授)
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夏休みが終わり、新学期が始まる9月1日を挟んで、子どもの自殺が突出して増える。いわゆる「9月1日問題」だ。
「夏休み明けが危ない」ということは、以前から現場では指摘されてきた。しかし、それはあくまで実感の域を出るものではなかった。それが誰の目にも明らかな事実として可視化されたのが2015年だった。過去約40年分の18歳以下の自殺を日別に集計したデータが公表され、9月1日に突出した山ができていることが白日の下に晒されたのだ。
しかも山は9月1日だけではなかった。ゴールデンウィーク明けにも春休み明けにも、休みが明けるたびに数字は跳ね上がっていた。学校に行くことがそれほどまでに子どもたちにとって過酷なものになっていることを、この統計は残酷なまでにはっきりと示していた。
日本の自殺者数そのものは、2006年の自殺対策基本法の制定以降、相談窓口の整備やゲートキーパーの養成、生活困窮者支援や就労支援など、政府を挙げた対策が積み重ねられた結果、年間3万人を超えていた時期から減り続け、2025年にはついに統計開始以来初めて2万人を下回った。
ところが大人の自殺が減る一方で、子どもの自殺は増え続けている。小中高生の自殺者数は2024年が529人、2025年が538人と、2年連続で過去最多を更新した。しかも名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授の内田良氏が子どもの数の減少を加味して自殺率として計算し直してみると、実は1990年代からすでに子どもの自殺率の上昇は始まっていたことがわかったという。危機は30年前から始まっていたのだ。
とりわけ深刻なのが女子の自殺者の増加だ。教育問題は概して男子の件数が多く、自殺もかつては男子が女子を大きく上回っていた。ところが近年、女子が男子を追い越している。2025年は女子280人に対して男子258人で、小中高のいずれでも女子が男子を上回った。しかし、それが何を意味するのかを分析するためのデータは十分に公開されておらず、研究者ですら手を出せない状態にあると内田氏は言う。
警察庁の統計で自殺の原因を見ると、小中高生では「学校問題」が多くを占めている。ところがその内訳を見ると、われわれの予想を裏切って、いじめはごくわずかしかない。最も多いのは学業不振や進路の悩みだ。そして全体で圧倒的に多いのは「原因不詳」だった。にもかかわらず、メディアで語られる子どもの自殺はほとんどが「いじめ」と結びつけられている。
内田氏は、いじめも不登校も、まずは「わからない」ということから始めなければならないと語る。当の子ども自身が自分に何が起きているのかをわかっていないことが多いのに、大人の側が先回りして答えを決めてしまう。それこそが最大の問題なのだという。
大人の側の見え方の歪みを浮き彫りにしたのが、不登校のきっかけについて、子ども本人と保護者と教員の三者にまったく同じ質問をぶつけた調査だった。当事者である子どもが平均7〜8個の項目にチェックを入れるのに対し、教員は2〜3個しか選ばない。そして最も差が大きかったのが「教員との関係」と「いじめ」で、教員はほとんどこれを選んでいなかった。
一方、学業不振については三者の回答はほぼ一致していた。つまり、自分に責任が及ばない原因だけが、大人にはよく見えているということだ。「何かあったらいつでも相談に来なさい」と言う大人のもとに、子どもがなかなか行けないのも当然だろう。
不登校もコロナ以降増え続け、いまや35万人を超えた。これは小中学生のおよそ26人に1人にあたり、1クラスに1人以上が不登校という計算になる。しかもこれは学校からの報告に基づく数字であり、年間30日以上の欠席という「不登校」の定義からこぼれ落ちる子どもや、しんどさを抱えたまま登校を続ける「隠れ不登校」まで含めれば、実態はさらに大きいと見られる。
そして、しばしば見落とされるのが家庭の問題だ。「学校がつらいなら家にいればいい」と言われるが、家が安全な場所だという前提そのものを疑う必要があると内田氏は言う。中学生に「自分が最も落ち着ける場所」、その保護者に「自分の子どもが最も落ち着ける場所」を尋ねた内田氏の調査では、保護者の93%が「家」と答えたのに対し、子どもでは74%にとどまり、「SNS」を挙げる子どももいた。しかも不登校になれば親子関係が悪化し、子どもは家にも居場所がなくなっていく。
さらに、子どもが学校に行かなくなった後に家庭が直面する困難、たとえば母親が仕事を辞めざるを得なくなるといった負担については、教育行政の調査対象にすらなっておらず、20年前から指摘され続けながら、いまだにブラックボックスのままだ。
スマホとSNSの普及の時期が子どもの自殺率の上昇と重なっている点も気になる。大人にとってのSNSが会社の外に広がる「解放」として機能するのに対し、子どものSNSは学校の人間関係の中に閉じており、むしろ「閉鎖」として働く。SNSのせいで、物理的に学校から離れているはずの夏休みでさえ、24時間学校の中にいるような感覚から逃れられなくなる。
アメリカではメタやTikTok、YouTubeなどを相手取り、無限スクロールやアルゴリズムによるフィードが青少年に依存的な行動を促す設計になっているとして訴訟が相次いでいる。今週も、メタが全米の州司法長官との間で今後10年で最大180億ドル、日本円にして約2兆9000億円を支払うことで合意したことが明らかになったばかりだ。自分で選んで見ているつもりの行動が、実はアーキテクチャによってあらかじめ方向づけられている。しかし日本では、この問題はほぼ野放しのままだ。
日本の学校制度の構造も再検証する必要がある。そこでは固定されたクラスで、気が合うかどうかにかかわらず同じ顔ぶれと朝から晩まで席を並べて過ごすほかなく、そこから離脱する方法がない。保護者も教員も学校的な価値を内面化し、部活動の指導から生徒指導まで、あらゆるものを学校と教員が丸抱えする。その結果、教員の長時間労働は限界に達し、ついに教壇に立つ教員がいないという教師不足まで現実になっている。部活動の地域移行に反発が起きるのも、結局は部活でいい思いをしてきた大人が多数派だからだ。
自殺対策は、どうしても「死ぬ理由」を取り除くことに向かう。しかし、かつてライフリンクの清水康之氏が本番組で語ったように、本当に必要なのは「生きる理由」を作ることだ。不安を取り除くだけでは人は生きられない。そして希望は、自分がワクワクした経験を持たない者には語れない。
9月1日を前に、大人は子どもたちのSOSをどう受け止めるべきなのか。内田氏は、大人が自分一人で何とかしようと思わないことが大切だと語った。自分には受け止めきれないこともあることを認めた上で、世の中にはほかにもさまざまな人がいて、電話でもLINEでもさまざまな相談の方法があるということを子どもに示していく。教員も保護者も、しんどいことはしんどいと口に出し、大人と子どもという役割の仮面を外して同じ目線に降りていく。それこそが、今われわれが取るべき方向ではないかというのだ。
データから見えてくる子どもの自殺と不登校の実像と、それを取り巻く学校と家庭の構造的な問題について、ゲストの内田良氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
※本番組はWHOの「自殺報道ガイドライン」を踏まえて制作しています。
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今週の論点
・子どもの自殺の多くは原因が分からない
・辛い時の逃げ道をいくつも子どもに伝えておくことが重要だ
・子どもの生きづらさとSNSの関係
・誰もが当事者になりうる不登校の問題
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■ 子どもの自殺の多くは原因が分からない
神保: 今日は2026年8月28日の金曜日、第1325回のマル激です。夏休みが終わる最後の週末ということもあり、それに関連したテーマを選びました。今回は9月1日問題を真剣に考えたいと思っています。ゲストは名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授の内田良さんです。夏休みが終わり、学校が始まるのは9月1日前後に小中高校生の自殺者が顕著に増えます。それが9月1日問題と言われています。
内田: 自殺問題のご遺族とも接点がありますが、いろいろなところで夏休み明けは危ないという感覚はありました。しかし統計がありませんでした。ただ2015年に自殺対策白書で発表されたときは、9月1日の自殺者数は突出して増えていました。それまでは年間の数字しかなかったのですが、日別で発表されました。ゴールデンウィーク明けや春休み明けなど、休みが明けた時に増えるということがあり、学校に行くことの辛さは相当大きいだろうということが見えてきました。
感覚が数字になることで、これは緊急の課題だということが見えてきた統計です。本当は自殺の統計はいろいろな出しようがあるので、多くの分析が可能だと思います。
神保: これすらもつい最近までは分かっていなかったということですよね。おそらく現象自体は前から起きていたのでしょうが、これ自体が分かったのも最近だということです。今までも自殺者数が2万人を大きく超えるという問題があり、さまざまな施策が功を奏して自殺者数自体は減りました。1995年くらいには3万を超える時もありましたが、いろいろな対策をしてきたので40年ぶりに2万人くらいに減りました。それでも決して少ないとは思いませんが、その一方で子どもの自殺が増えてしまっているという問題があります。
内田: 子どもの自殺者数の推移は1980年からずっと出ています。2020年頃にそれまでの最高を超えたということで報道が始まりました。その後は過去最多水準を更新していて、子どもの自殺件数が増えているということは非常に重要なポイントです。
2020年頃にそれまでの過去最多になりましたが、これは子どもの自殺者数なので率ではありません。子どもの数は減っているので、自殺率で出してみると、実は90年代頃からずっと上がっています。90年頃には率での過去最多を超えてしまっていて、それがずっと上がっています。コロナの時期に自殺者数が増えたことは間違いありませんが、それだけで説明することは難しく、90年代から率が増えているという意味では、30年近くの大きな課題だと思います。
ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、毎週の主要なニュースの論点を渦中のゲストや専門家らと共に、徹底的に掘り下げるインターネットニュースの決定版『マル激トーク・オン・ディマンド』。番組開始から10年を迎えるマル激が、メールマガジンでもお楽しみいただけるようになりました。
神保哲生/宮台真司
神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。
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