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マル激!メールマガジン 2026年8月19日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1323回)
イラン戦争がいつまでも終わらない理由
ゲスト:田中浩一郎氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)
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「イランを石器時代に逆戻りさせてやる」
 トランプ大統領が開戦直後に語った楽観的な見通しは、見事に裏切られ、それが壮大な誤算だったことが日に日に明らかになっている。イランの核開発を止めることが第一義的な目的だったはずのイラン攻撃は、いつの間にかホルムズ海峡の取り合いになり、今後戦況がどう変化したとしても、アメリカの立場は開戦前よりも大きく後退することが必至だ。そして、その間、日本を含めた世界経済はとてつもない損害を被っている。
 2月28日のアメリカとイスラエルによるイラン攻撃から間もなく半年が経とうとしている。6月17日にはイランとアメリカが停戦に向けた覚書に署名し、事態は収束するかに思われた。しかし、合意直後から双方が停戦違反をし、イスラエルも停戦合意を無視した行動を続けたために、結局、イラン戦争は元の木阿弥になってしまった。はっきり言ってアメリカにとっては泥沼の様相だ。あれだけの凄まじい爆撃を受けても、イランは体制転覆どころか継戦能力を維持しており、むしろ一刻も早く抜けたいアメリカが戦争に引きずり込まれている状態だ。
 イラン・中東情勢の第一人者で慶應義塾大学大学院教授の田中浩一郎氏は、イランの継戦能力がここまで持続している最大の理由は、アメリカ側の誤算にあると指摘する。破壊したと思っていた施設が実は破壊できていなかったことに加え、そもそもイランのミサイル発射能力の全体量、つまり分母の見積もりを大きく読み誤っていた。さらに、指導部を殺害した2月28日の攻撃で止めずに空爆を続けたことで、当初期待されていた体制転換を望む国内勢力が動けなくなり、結果的に体制を延命させることにつながっているという。
 ハメネイ亡き後のイランでは、軍部が統治の実権を握り、三代目最高指導者となった次男モジタバ師は軍の上に立つのではなく、むしろ軍に取り込まれ、その名前だけが統治の正統性のために使われている状態だと田中氏は見る。そのイランが今、最優先しているのは国民生活の回復ではなく、再攻撃をさせない体制の構築だ。そして、ヒズボラなどを使った従来の前進防衛戦略が機能しなくなった今、イランが「棚ぼた」のように手に入れた切り札がホルムズ海峡の封鎖だった。
 一方のアメリカは、パトリオットやTHAADなど高価な迎撃ミサイルの在庫を大量に消費し、米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)の推計では補充に4〜5年を要する弾薬枯渇状態に陥っている。軍事的にホルムズ海峡を解放するにはイラン全土の占領が必要だが、それは現実的に不可能だと田中氏は言う。
 しかもこの戦争の根底には、レジームチェンジを達成するまでやめたくないイスラエルが、アメリカが足抜けできない環境を作り続けているという構造がある。イスラエルにとって、イランの現体制は自国の安全保障に対する根本的な脅威であり、神話に根拠を持つ大イスラエル主義まで持ち出せば、イスラエルが安心できる条件を突き詰めた先に終わりはない。トランプ政権は、こうした思惑に引きずり込まれ、自国の国益を損ないながらも身動きが取れない状態に陥っているのだ。
 戦争の長期化は、世界経済の急所である中東の海上交通路に深刻な打撃を与えている。イランは現在、自国の要求を押し通すためにホルムズ海峡を通行不能な状態に置き、アメリカに対して圧力をかけている。8月8日、イランは「ホルムズ海峡解放のための6条件」を提示し、イランに対する脅迫や侮辱の停止や、米軍による海上封鎖の解除およびイラン周辺からの撤退、戦闘による被害の全額賠償、制裁および資産凍結の解除などを求めている。
 ホルムズ海峡の危機に加えて、イランが支援するイエメンの反政府武装組織フーシ派が紅海のバブ・エル・マンデブ海峡を封鎖する動きを見せている。これにより、中東の原油輸送ルートは事実上の「二重封鎖」状態に陥りつつあり、世界的なエネルギー供給網への懸念が急激に高まっている。
 出口の見えない戦争は、中東地域の地政図をも塗り替えつつある。イスラエルのカタール空爆を機に生まれたサウジアラビア・パキスタンの防衛協定はトルコを加えた「メッカ共同防衛協定」へと発展し、アメリカの域内影響力の低下と表裏一体で、新たなパワーバランスが形成されつつある。田中氏は、アメリカが折れない限り膠着状態は続き、ホルムズ海峡が2月28日以前の状態に戻ることは当面ない、場合によってはトランプ政権期内の正常化すらないかもしれないと予測する。
 現在、アメリカに残された選択肢は極めて少ない。イランの強硬な6条件を全面的に呑んで譲歩するか、あるいは数十万人規模の地上部隊を投入してイランを占領し、力ずくで海峡を解放するかのいずれかである。しかし、後者は莫大な人的・経済的コストを伴うため現実的ではなく、前者はアメリカの威信を決定的に傷つけることになる。
 11月のアメリカ中間選挙に向けて政治的な駆け引きが激化する中、両国が妥協を見出す糸口は未だ見えていない。トランプ政権が自身の戦略的誤算とイスラエルの路線に縛られ続ける限り、このイラン戦争は長期化を免れないだろうというのが、田中氏の見立てだ。下手をすると現在のような膠着状態が、この先何年も続く可能性があると言うのだ。
 石油・天然ガスの9割をホルムズ海峡経由に依存する日本にとって、これは決して対岸の火事ではない。既に日本経済は大きな打撃を受けており、早晩石油備蓄も底をつく。
 そして今回のイラン紛争が露呈させたのは、合理的計算を欠いた指導者を民主的に選出してしまうという、民主主義そのものが抱える構造的な脆弱性でもあった。
 8月15日、日本は81回目の終戦の日を迎える。先の大戦の後、不戦の誓いを立てたはずの日本は、今、憲法9条の改正も着々と準備が進む。高市首相の下、日本は武器輸出を再開させ、非核三原則すら絶対的なものではないとの考え方を見せるようになっている。
 なぜこれだけ爆撃を受けてもイランの現体制は持ち堪えられるのか、軍事的に圧倒しているはずのアメリカはなぜイラン戦争から抜けられなくなっているのか、そして日本は今のこの状況とどう向き合っていけばよいかなどについて、イランを中心とする中東地域の国際関係を専門とする田中氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・アメリカはイランの継戦能力を見誤った
・戦争から抜け出したくても抜け出せないアメリカ
・イスラエルが止まらない限り戦争は終わらない
・ホルムズ海峡は元通りにはならないかもしれない
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■ アメリカはイランの継戦能力を見誤った
神保: イラン戦争が一向に終わりません。軍事的にはアメリカとイスラエルが圧倒しているように見えますが、アメリカは引きずりこまれているようにも見えます。

宮台: 隅から隅まで「こんなはずじゃなかった」感に満ち満ちしていますよね。

神保: アメリカは11月に中間選挙があり、トランプ大統領の支持率もこれまでで最低です。このままではとても選挙は戦えません。ガソリン価格も相変わらず高騰しています。

宮台: かつての3倍くらいの価格になっています。

神保: アメリカはインフレもあり政治的に苦しい状態になっていますが、イランはボコボコにやられても離してくれません。その一方で、あれだけ叩かれながらなぜイランがもっているのかも不思議です。戦争の前、イラン国内では反政府デモが起きていました。最初は経済状況に対するデモでしたが、それが反政府デモになり盛り上がっていた。死者がたくさん出たこともアメリカが軍事介入した理由の1つでしたが、爆撃が始まったらイラン国内は大人しくなったように見えます。

 日本ではホルムズ海峡がどうなったのかが中心的な話題で、ニュースにもなっていますが、一体イランがどうなっているのかはよく分かりません。本日のゲストは慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授で、イランを中心とした中東地域の専門家の田中浩一郎さんです。

 総論として、イランはなぜもっているのでしょうか。また、アメリカはイランのペースに引きずりこまれているという見立ては正しいのでしょうか。

田中: ここまでイランの継戦能力がもつとは私も考えていませんでした。アメリカとイスラエルの先制軍事攻撃は国際法上違法ですが、これをやられたことで最高指導者を含めた指導者が多数殺害されました。人的な損害だけではなく、ミサイル基地なども含めて軍事基地も潰されました。弾道ミサイルを撃ち返していくような能力は2週間くらいしかないと思っていましたが、結局そうはなっていません。今でも攻撃を受ければ米軍基地がある湾岸の国々に撃ち返すことができています。これには正直驚いています。

 理由は2つあると思います。1つ目はアメリカとイスラエルの算定がものすごく甘かったということです。去年6月にイスラエルが違法に先制軍事攻撃をやったときもミサイル基地を叩いていました。その後、約7カ月の間にどこまで修復できるのかということを考えた時は、それほどはできないだろうと思っていました。そこに新たな攻撃をしたので反撃能力は大きく減じられたと思っていましたが、そうではなく、取りこぼしていました。 
マル激!メールマガジン 2026年8月12日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1322回)
「寝てない自慢」が幅を利かせる社会はそろそろ卒業しないか
ゲスト:櫻井武氏(筑波大学医学医療系教授)
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 「総理就任以来0時間から3時間の睡眠が常態だったが、久々に5時間も眠れた」。
 高市首相のSNSへのこんな投稿が話題を呼んだ。
 日本では多忙な政治家や経営者が睡眠時間の短さを頑張りの証しとして自慢することは珍しくない。しかし、これは睡眠も自己管理の重要な一要素と考えられている欧米諸国では、あり得ない話だ。実際、首相のこの投稿には海外からの否定的なコメントが多く寄せられた。睡眠不足を自己管理能力欠如の反映と見る傾向の強い欧米では、3時間しか眠っていない首相に国の運営を任せられるのかといった疑問が出るのは自然なことだった。
 睡眠科学の世界的権威で、覚醒を維持する脳内物質オレキシンの発見者として知られる筑波大学の櫻井武教授は、人間は4時間未満の睡眠では判断能力が著しく低下することが実証されていると指摘した上で、「長距離バスの運転手が『昨晩3時間しか寝ていませんが大丈夫です』と車内放送をしたら、乗客は降りたくなるはずだ。日本という大きな船の舵を取る指導者が、その状態にあるとすればどうか」と首相の投稿に疑問を呈す。
 実際、日本人の睡眠時間はOECD加盟国中で最短で、アメリカとは1時間以上も開きがある。加えて日本人は、睡眠時間を実際よりも短く自己申告する傾向があると櫻井氏は言う。長く眠ることを怠惰とみなし、短く眠ることを勤勉の証しとする価値観が、社会に根強く深く染み付いているようなのだ。
 しかし、日本人が短い睡眠を勤勉の証しと考えるようになったのは、比較的最近のことのようだ。江戸から明治にかけて鎖国が解かれた日本にやってきた外国人たちは、こぞって日本人の悠長さと怠惰ぶりに驚きと不満を書き残していた。時刻の概念すらなかったこの国に、学校教育と富国強兵を通じて時間規律と勤勉を刷り込んだのは明治国家であり、その延長線上に全国的な二宮尊徳像の建立や、戦後の経済大国化の下での「24時間戦えますか」が連なり、現在に至っている。
寝ない=勤勉という考え方は日本人が元々持っていた価値観ではなく、国家目的を遂行するために上から押しつけられた人工物としての側面が多分にあるようだ。
 しかし、睡眠不足が人間のあらゆるパフォーマンスを低下させることは、十分すぎるほど科学的に立証されている。毎日1時間の睡眠不足を10日間続けると、認知機能が徹夜明けと同水準まで低下することもわかっている。もし慢性的に3時間未満しか眠れていないというのが本当だとすると、日本の首相は毎日徹夜明けのようなパフォーマンスしか発揮できていないことになる。そう考えると恐ろしいことではないか。
 睡眠不足で最も損なわれるのは、判断や意思決定を司り、感情を制御する前頭前野の機能だ。睡眠不足が重なった結果、睡眠負債が大きくなればなるほど、感情の抑えが効きにくくなり、判断ミスが起きやすくなる。スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故の背景に、意思決定者たちの深刻な睡眠不足があったことをNASAの報告書は指摘している。また、睡眠時間4時間の人は7時間の人に比べ、認知症の発症リスクが3倍以上に達するというデータもある。まさに睡眠不足は百害あって一利無しなのだ。
 睡眠中の脳は、日中に溜め込んだ情報を整理し、シナプスを刈り込み、記憶を定着させる。これらはいずれも人間が健康で文化的な生活を送る上で不可欠な、いわば脳のメンテナンスと言うべき重要な工程だ。しかし、日本は未だに「惰眠を貪る」、「早起きは三文の得」、「不眠不休の努力」、「蛍雪の功」等々、よく眠ることを蔑み、眠らないことを尊ぶ風潮に支配されているようだ。もうそんな軛からは卒業しても良いのではないか。
 なぜ日本人は眠らないのか。人はなぜ、そして何のために眠るのか。睡眠不足は人体にどのような影響を与えるのか。今週のマル激は、睡眠研究の第一人者である櫻井氏をゲストに迎え、睡眠の科学の最前線と、眠らない国ニッポンの病理について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
 また、番組の前半ではとどまるところを知らない検察不祥事の連鎖を取り上げた。大阪地検トップによる部下の検事に対する性暴力、16歳の少女を死に追いやった不適切な捜査と長期勾留に加えて、担当検事が捜査対象の女性と不貞関係にあったことまで明らかになるなど、検察を巡る状況は目を覆うばかりだ。それにもかかわらず検察は、自民党の議員連盟からの第三者委員会の設置要求をあくまで撥ねつけている。
この検察の唯我独尊・隠蔽体質と、平口法務大臣が与党の政治家でありながら検察をまったく制御できないでいる日本の民主政の根本的欠陥について、神保哲生と宮台真司が議論した。

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今週の論点
・検察の不祥事はなぜ繰り返されるのか
・寝ないことはいつから日本人の美徳になったのか
・覚醒を維持する物質「オレキシン」とは
・寝ている間に人の脳は何をしているのか
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■ 検察の不祥事はなぜ繰り返されるのか
神保: 高市首相がSNSに「寝ていない」ことを書きました。日本では大した話題になっていませんが、海外ではあり得ないとされ大きな話になっています。「0時間~3時間しか寝ずにやっている」ということを、自慢とまでは言いませんが、頑張っているアピールとして書いたものでした。

 今日のメインテーマは睡眠ですが、冒頭では検察の問題を扱いたいと思います。先週、今週と立て続けに、とんでもないことが検察で相次いでいるからです。検察はそれでも頑なに組織防衛に走っている。しかし、日本のメディアも政治家もなかなかそれに触れられません。
これには日本の法制度の問題もあります。政治資金規正法と公職選挙法はあえてグレーゾーンをたくさん作っています。実際には地盤培養行為と買収の境界線はないので、検察の裁量次第でグレーは黒にもなります。

宮台: 裁量の余地があればあるほど官僚組織の権力が強くなるんですよね。

神保: やはり政治家は簡単には手出しできません。はたけば埃が出るという言い方もできますが、他の候補がグレーゾーンでやっている時に自分だけ白いところまでしか入らなければ、全く選挙に勝てなくなってしまいます。そうしてグレーゾーンに入ってしまえば、その瞬間に餌食になるということですね。
ある種、作為的にそういうふうになっている面もありますが、政治家にとってもグレーゾーンはありがたいんです。そこに癒着の構造があるのですが、いざ検察に問題が起きた時、それに対して政治が全く無力であることが露呈しているのが今の状況です。

 新聞やテレビは捜査機関からリーク情報をもらい報じることによって、雑誌やネットなどに対して優位性を確保できます。その中にも競争はあるかもしれませんが、大きなくくりで言えば、記者クラブメディアとそうでないところがある。そこには制度上の問題がありますが、制度上の問題はすぐに変わりません。
いま検察はめちゃくちゃなことになっています。これはある意味で当たり前のことです。誰からもチェックを受けていないことの結末が起きていると思います。

 まず、検事のひかりさん(仮名)が、大阪地検の検事正から性暴力を受けたとして刑事事件にもなっている問題があります。それとは別の件で、検事が上司から捜査資料を捏造せよ、あるいは不利になるような消極証拠は揉みつぶせという指導や命令を受けたことで精神を病んでしまい退職をしています。その退職された方が完全に匿名で手記を書いたのですが、ひかりさんが公益通報者となって、手記を記者の前で読み上げました。 
マル激!メールマガジン 2026年8月5日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1321回)
5金スペシャル映画特集
世界が完全に壊れた時、人は何を頼りに生きるのか
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 ロシアが隣国に軍事介入したかと思えば、アメリカはよくわからない理屈でイラン攻撃を続ける、そうかと思えば、他国の国家元首をいきなり拉致したり暗殺までするようになっている。
 どうやら世界は本当に壊れ始めているのかもしれない。もしそうだとすれば、私たちはこれから何を頼りに生きればいいのだろうか。
 月の5回目の金曜日に特別番組を無料でお送りする5金スペシャル。今回は「壊れた世界でどう生きるか」をテーマに映画特集をお送りする。
 今回取り上げたのは現在劇場公開中の3作品。いずれも、因果応報や予定調和といった私たちが無意識に信じている前提がまったく働かず、不条理や理不尽がまかり通り、世界が終わりに向かう予感の中で、人はどう生きるかを問う秀作だ。
・『シラート』(2026)オリベル・ラシェ監督
・『デッドマンズ・ワイヤー』(2026)ガス・ヴァン・サント監督
・『大統領のケーキ』(2026)ハサン・ハーディ監督
 『シラート』は、砂漠のレイブパーティに参加したまま失踪した娘を捜す父ルイスと息子エステバンが、モロッコの砂漠の奥地へと分け入っていく物語だ。タイトルの「シラート」はアラビア語で、天国と地獄の間に架かる針のように細い橋を意味する。しかし、その意味が回収されるのは終盤になってからで、観客は最初から「自分は何を見せられているのか分からない」という不思議な体験の中に投げ込まれる。
カンヌ国際映画祭でサウンドトラック賞など4つの賞を受賞した本作の白眉は、重低音を軸にした特異なサウンドデザインだ。音響が観客の精神状態そのものを作り変えていく。
この作品で死は、善悪や行いの報いとしてではなく、誰に訪れるかも分からない偶然として描かれる。因果応報と予定調和に溢れた物語に慣れ親しんだ日本人には消化しにくい映画だが、まさにその消化しにくさこそが、この作品の仕掛けなのだ。分かりやすい救いは提示されない。しかし終盤、登場人物たちが同じ世界の同じ流れに乗るように踊る姿には、チクセントミハイのいうフローに通じる、救いとは別の形の感受性が確かに映っている。
 『デッドマンズ・ワイヤー』は、1977年にインディアナポリスで実際に起きた人質立てこもり事件を題材にしたガス・ヴァン・サント監督の最新作だ。不動産ローン会社に全財産を騙し取られたと訴えるトニー・キリシス(ビル・スカルスガルド)は、同社に押し入り役員を人質に取る。自分の首と人質の首をショットガンとワイヤーで固定し、自分と人質が引き離されれば自動発砲される「デッドマンズ・ワイヤー」という装置を自ら考案し、警察すら手を出せない状況を作り上げた。
トニーはラジオやテレビの生中継に次々と登場し、事件は劇場型の様相を呈していく。メディアが犯人に同情的な文脈を作り、視聴者が犯人側に傾いていく構図は、半世紀前の話とは思えないほど今日的だ。働いて得るのではなく投資と金融操作で利益が生まれる金融資本主義の歪みが、追い詰められた個人を暴発させる。この社会の立て付けは50年前から大きくは変わっていない。事件の結末でトニーが心神喪失により無罪となる展開は、英語圏の「not guilty」と日本語の「無罪」の語感の違いも含め、罪と責任をめぐる論点を私たちに突きつける。
 『大統領のケーキ』の舞台は、1990年代、経済制裁下のイラクだ。独裁者のフセイン大統領は自身の誕生日を祝うケーキを作るよう国内の各学校に命じており、9歳の少女ラミアはくじ引きでその係に選ばれてしまう。用意できなければ重い罰が待っている。日々の食材すら手に入らない極端な物資不足の中、ラミアはクラスメイトのサイードとともにケーキの材料を求めて町を駆け巡る。イラク出身のハサン・ハーディ監督が自らの体験をもとに描いた本作は、カンヌ国際映画祭で監督週間観客賞とカメラドールの2冠に輝いた。
西側諸国による経済制裁の実害は独裁者本人にはほとんど及ばず、最も弱い立場の貧困層を苦しめる。しかも制裁が奪うのは物資だけではない。生き延びるために人が人を騙し、子どもまでもがその不条理に巻き込まれていく。制裁は人々の倫理を奪うのだ。爆撃下の逃避行が悲劇へと傾く終盤に、分かりやすい救いはない。それでもカテゴリーを超えて結ばれていく関係の中に、かすかな光が宿る。
 3作品に共通するのは、世界がすでに終わりに向かっている、これまでわれわれが当たり前と考えてきた想定がとうに崩れているという前提だ。戦争、国家、金融、官僚制といった巨大な力の前で、個人は交換可能な部品のように扱われ、ほとんど無力だ。しかし3作品はいずれも、その無力さの中でなお、倫理や人間関係や身体の感覚を通じて生き方が変わり得ることを描いている。
誰もが入れ替え可能な「当たり前」を回すだけの自明性の檻に安住し、平和ボケしたままでいる私たちにとって、これらの作品は檻の外の世界を垣間見せてくれる。大量動員型ではないこうした作品が今も映画館で観られること自体が貴重であり、ぜひ劇場に足を運んでほしい。
 3つの作品を題材に、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・『シラート』が問う、終わりが近づく世界でわれわれはどう生きるのか
・『デッドマンズ・ワイヤー』――半世紀前に予見されていた社会システムの歪み
・『大統領のケーキ』が描くイラク独裁政権下の不条理
・平和ボケにならないために必要な、あらゆる文芸体験
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■ 『シラート』が問う、終わりが近づく世界でわれわれはどう生きるのか
神保: 今日は5金の無料放送で、映画特集をお送りします。今回取り上げる映画は『シラート』『デッドマンズ・ワイヤー』『大統領のケーキ』の3作品。どれもネタバレありでやりますが、ネタバレをしなければまともな議論はできません。

宮台: 傑作といえるような作品は、ネタバレによって価値が下がることは全くないんです。

神保: どうしてもネタバレが嫌だという方は、先に映画を観てから番組を見た方が良いかもしれません。

宮台: 『シラート』が面白いのは、僕よりも先に観た人に話の内容を聞くと、みんな口を濁すんです。物語を話してもほとんど伝わらないと思いますし、重要なことは物語ではなく神話的な構造なので、全くネタバレに問題はない作品です。

神保: 「シラート」とはアラビア語で天国と地獄の間を通る細い橋という意味です。作中では細い橋や細い道なども出てくるので、それがシラートなのかと思ったら、また違う天国と地獄の橋が出てくるんですね。 
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著者イメージ

神保哲生/宮台真司

神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。

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