今回のPLANETSアーカイブスは「京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録」。80年代のオカルトブームを取り上げます。70年代に始まったオカルトの流行は、『ぼくの地球を守って』など、「前世」や「転生」をモチーフにした一連の作品を生み出しますが、その影響を受けて、現実でも「前世の仲間」を探そうとする若者が大量に現れます(この原稿は、京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 2016年6月10日の講義を再構成したものです/2016年12月2日に配信した記事の再配信です)。
つのだじろうとサブカルチャーとしての「心霊」
「オカルト」というかつて存在したジャンルと、その隣接領域としてのマンガ・アニメについてもう少し考えてみましょう。
つのだじろうの『恐怖新聞』という作品があります。このつのださんは、ミュージシャンのつのだ☆ひろさんのお兄さんですね。彼は藤子不二雄コンビや石森章太郎と同じトキワ荘グループのマンガ家で、初期はギャグマンガやスポーツマンガで知られていました。この時期の代表作『空手バカ一代』はアニメにもなったヒット作です。
しかし70年代半ばからはオカルトブームを背景に、すっかり「心霊マンガ家」になってしまいます。この時期つのださんは『うしろの百太郎』『恐怖新聞』で大ヒットを飛ばすわけですがブームに乗っかったのではなくて、プライベートでも心霊研究をかなり本格的にやっていたので、いわゆる「ガチ勢」ですね。
では『恐怖新聞』を少し読んでみましょう。
平凡な中学生の鬼形礼(きがた れい)という主人公はある日、霊に取り憑かれ呪われてしまい、「恐怖新聞」という、読むと必ず寿命が100日縮まる新聞が毎晩配達されるようになります。この恐怖新聞には「明日誰々が死ぬ」という不吉なことが書かれている。未来を知ることができるから、鬼形礼は不幸なことが起こるのを阻止すべく奮闘して、失敗したり成功したりするんですね。で、読むたびに寿命は縮まっていくので、最後には死んでしまいます。
『恐怖新聞』は心霊マンガなんですが、だんだんストーリーが進むにつれて今読みかえすとおかしな方向にも向かっていきます。たとえば「円盤に乗った少女」という回がありますが、なぜかUFOネタが入ってくるんですよ(笑)。心霊とUFOは全然関係ないですよね。
あるいはこの鬼形くん。物語の後半でなぜか埋蔵金を探しています。埋蔵金っていうのは豊臣秀吉や徳川家康が子孫のためにどこどこの山中に大量の金銀を埋めておいた云々という、例のアレですね。もはやここまで来ると心霊マンガでもなんでもないんですが、当時としてはそれほど不思議なことでもないんです。
当時の、いや、今もいくつか残っているオカルト雑誌を読むとよく分かるんですが、「超能力」も「心霊」も「UFO」も「埋蔵金」もジャンルとしては同じ「オカルト」なんです。当時の「オカルト」は陰謀論や疑似科学によって当時日本社会を覆っていた終わりなき消費社会の日常から逃避させてくる装置だったわけで、その逃避機能を保証する非科学性というところでジャンルの統一性を保っていたんですね。
80年代オカルトブーム絶頂期と『ぼくの地球を守って』
さて、「オカルト」ブームとマンガ・アニメの関係を語る上で外せない作品があります。
1986年から1994年まで少女マンガ誌「花とゆめ」に連載された日渡早紀『ぼくの地球を守って』です。のちにビデオアニメにもなっています。
(『ぼくの地球を守って』映像再生開始)
超古代に、高度な文明で栄えた異星人たちが月に基地を作って、そこで科学者たち男女7人が働いているんですが、恋愛関係のもつれと基地内での伝染病の蔓延によって全員死んでしまいます。その7人が何千年か後に現代日本人に転生してもういちど恋愛をする。当時流行っていた『男女7人夏物語』のようなトレンディドラマに、転生要素を加えたストーリーですね。
これはマンガでもヒットしましたが、オカルト界では大ヒットしました。前世ではヒロインと相手役の男は同じぐらいの年齢なんですが、前世で死亡したタイミングがずれたせいで転生後の再開時にはお姉さんと少年になるわけです。いやあ、いろんな欲望を同時に満たしすぎですよね(笑)。前世ではオラオラ系のイケメン、現世ではインテリ系の美少年をゲット、的な。
彼らは前世で超能力を持っていたのですが、現代日本に転生した主人公たちはだんだん前世の記憶とその能力を取り戻していき、現代日本で起きる事件に立ち向かっていきます。
▲日渡早紀『ぼくの地球を守って(1)』白泉社文庫
実はこの時期、この国では「前世は超古代文明(ムー大陸とかアトランティスとか)の人間で、超能力を持っている」という自称転生戦士たちが現実世界に溢れかえったんです(笑)。この現象についてはインターネット上のサイトにまとまっていますので、それを見ていきましょう。
(参考)
『ムー』読者ページの“前世少女”年表 - ちゆ12歳
80年代当時はインターネットがなかったので、オカルト雑誌の「ムー」の投稿欄で「ペンパル」といって要は文通相手を募集したんです。そこに自称転生戦士が「こういう記憶を持っている人、お友達になりませんか?」という募集を出すわけです。というよりも、『ぼく僕の地球を守って』はそのオカルト雑誌の読者投稿欄に着想を得て作られているんです。
実際『ぼく僕の地球を守って』の序盤は「前世にこういう記憶を持っている人いませんか?」とペンフレンド募集をして生まれ変わった仲間が再会するというストーリーです。『幻魔大戦』が代表する転生戦士というサブカルチャーのトレンド、物語フォーマットが流行してオカルトブームにも影響を与え、「ムー」の投稿欄も先鋭化して、さらにそこから『ぼく僕の地球を守って』が生まれ大ヒットしたことで、自称転生戦士がまた増えるというサイクルだったんですね。
この当時、転生戦士はたくさんいました。さきほどのサイトを見てみましょう。
「戦士、巫女、天使、妖精、金星人、竜族の民の方、ぜひお手紙ください」
「前生アトランティスの戦士だった方、石の塔の戦いを覚えている方、最終戦士の方、エリア・ジェイ・マイナ・ライジャ・カルラの名を知っている方などと」
こういった手紙がたくさん「ムー」には掲載されていたわけです。すごいですね。
1979年 『ムー』創刊。創刊号から「自分が地球以外の宇宙人だと思う人と文通がしたいので~す」という14歳の女の子はいますが、まだ前世少女からの投稿はありません。
1980年 まだ前世少女はいません。
「あたし‥‥実は異星人なんだ‥‥」「異星人の仲間どこかにいない‥‥?」(3月号)という15歳の女の子はいますが、本気度は不明。
イラストがいいですね。当時のアニメブームのテイストの絵になっています。
1981年 この時期、「超人ロックが好きで、ロックのようなESPERになりたいとがんばっています」(5月号)という14歳の女の子など、エスパー志望者がやや目立ちます。
1982年 「転生、超能力、SFに興味がある女子」との文通を希望する18歳(4月号)や、「転生について異常なほど興味があり、明るすぎるほどのぼくにお手紙ください」という16歳(10月号)など、転生に関する投稿は少し増えました。
1983年 この頃、「人類救済を目的とするサークル」のメンバー募集(5月号)など、終末を意識した投稿が増加します(たぶん、3月公開の『幻魔大戦』劇場版の影響が大きかったと思われます)。
『幻魔大戦』の映画版がこの年に公開されています。
9月号では、「自分が宇宙とかかわる“光の戦士”か“救世主”だと思う方、連絡してください」という中3の女の子が登場。
10月号には、「前世の記憶がもどり、超常現象の体験がありま~す」という中3の女の子。
ここから、こういう手紙がだんだん増えてきますね。
1984年 「不思議な夢をよく見ます。私には何かの使命があるような…」という高2の少女(3月号)。
「この風景に見覚えのある方おまちしてます」と、イラストを投稿する18歳の女の子(7月号)。
……見覚えがあったら衝撃的ですね。
「古代ギリシアの地中海にいたころの過去世の記憶がある方で、自分の魂、もしくは守護神がギリシア神話に出てくる神々である方と。私の守護神はアポロンですが、同じ系列の仲間を捜しています」という23歳の男性(12月号)。
これもなかなかいい感じですね。当時23歳だと、現在は還暦に近いですよね。1985年だから、これは僕が小学校1年生の頃です。
1985年 「前世の記憶が“平家一門”だったのではと思われる方…そして“葵”という名の源氏方の若い武将にお心当たりの方」からの連絡を待つ17歳の女性(3月号)。
「あたしは幽体離脱、幽体分裂、時間をもどしたり、遅くすすめたり、タイムリープができます。100年に1度の天使のハネを持つ妖霊です」という18歳の女の子が、「マヤ出身の人(白い魂の子)」との文通を希望(3月号)。
※「弥生時代か飛鳥時代に生きた記憶のある方、ご連絡ください」という高校3年生や、「毛利元就の2男・吉川氏の家系の前生をもたれる方、おききしたい事があります」という17歳(5月号)など、この頃までは、前世が異星や異次元なのは少数派でした。
7月号では、「自分がミヤリア一族だと思われる方、または、ソディラ、セカ、スィール、ミヤ、セヤ、ジィン、マラ、リヤ、トルファン、オルキムの名に心あたりがあるか、自分の魂の名がこのいずれかの方」を探す15歳の女の子が登場。これ以降、カッコイイ名前の尋ね人が増えます。
魂の名とはいったいなんでしょう。当時の文通覧は、住所も公開しているんですよね。これ、なかには実際に「俺が前世の恋人だ」とか言って押しかけてくるケースもあったと思うんですよね。そこでイケメンが来ればいいけれど、そうじゃなかったらどうしたんでしょうね……。
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