『現役官僚の滞英日記』の発売を記念した、著者・橘宏樹さんエッセイ、今回から第二部の中編をお届けします。コンサバの族長たちの力が弱まってきているように見えるーー。格差と多様化が進んでいると言われる現代で、私たちはどう生きれば良いのか。橘さんが戦後70年の日本経済社会史を振り返り、ポスト平成のコンサバのあるべき姿について検討します。
今回も全編無料公開でお届けです!
※『現役官僚の滞英日記』刊行記念エッセイ、配信記事一覧はこちら。(全編無料)
【書籍情報】
橘宏樹『現役官僚の滞英日記』好評発売発売中!
おはようございます。橘宏樹と申します。現在、「現役官僚の滞英日記」発売と「GQ(Government Curation)」の連載開始に際しまして、エッセイ・シリーズを展開しております。「良識ゆえに物を思うが、良識ゆえに物言わぬ、いや、言えぬ」と葛藤する方々に、「コンサバをハックする」という方法を提案しています。物言う人に良識がないと言っているのではありません。むしろ、いわゆる「良識」という概念の中身自体が動揺している、おそらく、コンサバ(保守)が守ろうとしているものの中身が変わろうとしている、転換期にあるからだと思います。僕はこのエッセイ・シリーズ第二部では、3つの社会的トレンドの変化を描写しつつ、過渡期において個人が葛藤をマネジメントする方法、コンサバに属する人々も、「良識」に反逆することなく社会の前進に加わっていける方法(コンサバをハックする)を提案しております。
「コンサバ」の定義ですが、ざっくりとは、いわゆる、日本の保守的な大企業や役所等の大組織の文化や組織人の性格のことを指しています。良い面悪い面あります。コンサバの中には、3種類の人がいると思います。依存、あまえ、傲慢、怠慢が批判される人々もいる一方で、良識ゆえに良識に苦しむ良識派(中堅・若手に多い)がいます。本稿はこのコンサバ良識派が主なターゲットです。(ちなみにPLANETS読者は、サブカル趣味という意味ではコンサバではなくとも、実は、コンサバなとこにお勤めの方が多いんじゃないかという感触をもっています。)そして、自ら革新もするみんなのことも考える優しくスゴい「コンサバの真の族長たち」もいます。心ある人は、この真のコンサバ族長たちとつるもうよ。でも見つけるにはコツがいるし、つるむにも条件があるよ。ということを第一部で書きました。はっきり言うと、コンサバのスゴい層、良識層、ダメ層のうち、良識層がスゴイ層と分断されていて、ダメ層に引きずられているのが問題だと僕は思っているのです。
さらに、現在の論壇では、コンサバ系論者は、「ケース・バイ・ケースですね」とか、「バランスを考える必要がある」だとか、わかり切った無難なことばかりを言ってる気がします。「じゃあ、どうすんだよ?」に公の場ではあまり答えたがりません。本当は内部で結構意思決定してるんだし、もう少し踏み込んだことを言った方が、むしろ聞く方も安心するし、言ったとてそんなに立場も危うくならないと思うんだけどなあ、って思います。
他方で、革新派の方も、面白いアイディアを提出するし要点も的を射ているように思えても、表現にいら立ちがにじみ過ぎるからか、浅はかに見えたり、批判論考の対象が局所的過ぎたりして、全体のバランスを考える良識派からは支持を表明しにくい感があります。コンサバ受けする言い方できればいいのに、惜しいなあ、ってよく思います。それから、革新派の言説に触れる都会の若者も、本人は都市の文化に染まっていつつも、故郷の未来のことも気になっている人も多いと思いますから、革新派がよく引く世界先進都市の最先端を基準にした話には、頭ではついていけても、後ろ髪を引かれる思いもつきまといましょう。さらに、革新派は革新派で、コンサバのダメ層への批判や良識層への苛立ちに時間を費やしたり、スゴい層とダメ層を「中高年以上」として、団塊バブルと戦中派を一括りにしたりしてしまってる傾向もまた強い気がします。
とはいえ、コンサバはコンサバで、組織も自分も慎重に守らないといけないし、革新派もセンスを研ぎ澄ます情熱はコンサバへの苛立ちが燃料になってたりしますし、なかなか難しいですね。まさに囚人のジレンマ。
でも、僕はそこを乗り越えたいです。本当は、コンサバのスゴい層と良識層は革新派と連携できるのだから、「コネ・カネ・チエ」を受け継ぎあって社会を前に進めないともったいない、と思っています。
ゆえに、社会の覚醒を促す手順としては、コンサバのスゴイ層と革新派の結託(≒世代をジャンプした結託)が第一手、これにコンサバ良識層(≒社会的多数派)がドライブをかけるのが第二手でしょう、というのが僕の考えです。そういう問題意識から、革新系メルマガでコンサバを(内部から)解剖解説するエッセイを書いております。
そして、コンサバ受けもする革新派の議論、進んでいくスピードを緩めずに後ろも振り返るとような議論をしていくことで、言うなれば「みんなでみんなを経営する」(=コンサバのアップデート)を考えていきたいなと思っている、そして、その好機がやってきている、と思って筆をとっております。
本エッセイ・シリーズは三部構成になっています。「コンサバをハックするということ」という名の第一部から始まって、第二部は、「現代日本を『3つのトレンド』から読み解く」と題し、現代日本社会に生じている3つの動揺と、現在の主流を占めるコンサバが迎えている転換期の関係を描写していきます。第二部は、さらに前・中・後編の3編に分けて、3つのトレンドをひとつずつ述べています。本稿は中編です。
トレンド②:「大部分利益」の衰退
さて、第二部前編では、第一部の最後に残した問いのひとつ目に答えつつ、僕が重視する3つのトレンドのひとつめ「トレンド①:世代交代」に触れました。この中編は、第一部の最後に残した問いの二つ目に戻ることから始めていきたいと思います。
「最近は、コンサバの真の族長たちの力が弱まっているように見えることがあるのはなぜか。」
これについては、実は、「第二部前編」で述べた世代交代というトレンドからも答えのひとつは導かれると思います。「世代交代で、(1)原始太陽たち、(2)星を継ぐ者たちといった戦中派のエートスを持つ世代が引退してしまっていること」という内容は、コンサバの底力後退の大きな要因のひとつだと思います。現在では、多くの年功序列的大組織では、概ね団塊~しらけ世代が経営トップ層、バブル~団塊ジュニア世代が中間管理職層を構成しています。
中編では、二つ目の要因として、世代交代よりも上の次元で起きている変化を指摘したいと思います。コンサバ自体の影響力、すなわち、コンサバが世の中をグリップしているという状態自体が、崩壊しかかってきている、ということです。
コンサバの盛衰 ≒「同質性の高い中間所得層」の盛衰
さて、コンサバの支配力は、なぜ衰えてきたと言えるのでしょうか。どのように衰えてきているのでしょうか。
コンサバは、ある種のブランド力、すなわち権威を力の基盤にしています。エラければまともなのだろう、主流派なのだろう、権力を握っていくのだろう、だからそっちの意を汲んで自分も歩調を合わせた方が良かろう、という推定が働く収束点にポジショニングし続けていることが支配力や求心力を維持するカギになります。
こうしたイメージによる支配力は、影響力を受ける側である一般大衆の同質性が高ければ高いほど、効率的に機能します。この点、戦後の日本社会は、「同質性の高い」「分厚い中間層」を中心に構成されてきたと言われてますから、権威主義にとってはさぞかし都合が良かったと思います。というか、多数派の支持を得たものが権威を帯びてくるわけでもありますから、循環的です。循環を何周もするなかで、ファッションにせよ世論にせよ「日本では一度ひとつの方向に流れると、一気にものごとがそっちに向かう」と言われるような社会もまた成立してきたのでしょう。このように「同質性の高い中間所得層」が多数派を占めたことは、コンサバの支持基盤・下部構造となってきたのだ、と理解することができると思います。
ちなみに、「コンサバの真の族長たち」は、この基盤を築いた人々。保守盤石体制の確立者、再配分のデザイナー、執行者。でした。彼等は、共産主義が入り込む隙間をなくすために、社会主義的に再配分をどんどん行って先手を打つという作戦を展開しました。この再配分作戦は人口の急増にもかかわらず、デザインをぶらさずにきちんと実行されていきました。この足並みを揃えた仕組みが、いわゆる「護送船団方式」というやつです。今日では、その非効率や不自由さ、リーダーらの傲慢さなどが批判され、昨今はほぼ解体された制度です。しかし、その下で、船団を護送するべく、全体から細部までよくよく見渡して手配した、経営者としての目配りと甲斐性を備えたコンサバの真の族長たち(=(1)原始太陽、(2)星を継ぐ者たち)もまた育ったんだと思います。僕が言論NPOで目の当たりにしたのはまさしくそのど真ん中の方々でした。護送船団方式は、少なくともその初期には、みんながちゃんと幸せかどうか、全体をよく見渡せる経営者を育くむ構造もあったんだろうと想像するわけです。結果として、日本流経営は、会社の利益=役員報酬=株主利益中心主義といったアングロ・サクソン流経営とは異なるものが育ちました。なにせ日本では「会社は誰のものか」という議論が沸き起こるくらいですから。欧米では、株主のものに決まっている、として争点にすらなりにくいでしょう。労働者も概して会社に忠誠心がないので自分のものだとあまり思わないようですし。
格差と多様化
しかし、最近では「格差が広がってきた」「価値観も多様化してきた」「人口が減ってきた」と言われます。証左となる様々な統計データへの言及は本稿では割愛しますが、僕も基本的にはそのようなトレンドにあると思います。(他国に比べたらまだまだ同質性が高い社会のようにも見えますし、一国での人口は国際順位としては多い方ですけれど。)
ですから、上記の上部・下部構造を考えると、「同質性の高い中間所得層」の衰退と軌を一にして、コンサバも衰えていくはずです。ですが、現代日本では、この衰えるスピードや程度、コンサバの真の族長たちの分布や力量などが、都市や地方、各種業界、世代などなど、様々なカテゴリーごとにバラバラなのだと思います。ゆえに、革新派とコンサバがそれぞれに大同団結しにくい(地域、業界、世代を横断した亀裂が入りにくい)のだろうと思います。結果として、「同質性の高い中間層」(=マス)の価値観が、慣性としてまだ共有価値観として通用しているのです。半ば幻想として。ゆえに、この価値観から出ない方が良さそう、というのが、慎重なコンサバの良識としてまだ機能していたりもします。誰もがそれぞれに多少の違和感を抱きつつ、この良識に縛られる慣性の上で暮らしている、というのが、現在のコンサバ良識層のリアルではないでしょうか。
(ちなみに、僕は拙著『現役官僚の滞英日記』のなかで、日本の「同質性の高い中間層」の価値観を中心とした社会を、英国の上流階級の価値観を中心とした社会と対比しつつ「庶民主主義」と呼んで描写しました。)
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さて、では、これからどうしていきましょう。そのヒントを得るために(第三部の伏線とするために)、歴史から学ぼうと思います。「同質性の高い中間所得層」の盛衰とコンサバの盛衰の関連性を、もう少し高い精度で確認するべく、戦後70年の日本経済社会史を駆け足で振り返ってみます。
戦後日本のコンサバ史
富の再配分ツールとしての自動車と建設
ざっくり言うと、戦後1950~60年代は、いわゆる「太平洋ベルト」を中心とした製造業の輸出で稼いでいました。その後の本格的な高度成長期では、そうして得た富が、一部の産業や階層が独占されることなく、ベビーブーム世代によって大幅に増えた労働人口・消費人口に「富の再配分」がなされました。これによって「分厚い中間層」が育ち、世界有数に巨大な国内市場が形成されました。
では、どのように富の再配分がなされたか。社会保障政策もさることながら、将来性のある雇用を創出し続けることができたことが大きかったと思います。特に、建設業と自動車産業は重要な役割を果たしたと思います。自動車は一台つくるのに約3万点もの部品が必要です。したがって、親工場の下に子会社がたくさん連なる「ケイレツ(系列)」構造ができあがる産業です。これによって多くの雇用を生むことができました。建設会社も、大手ゼネコンから多くの下請、孫請会社が各作業を受けていくので、多くのガテン系労働者の雇用を生みだすことができました。
そうして所得を増した人口が、テレビや新聞など大手マスメディアの影響力も手伝って、東京の「進んだ」文化をある種の共通コンテンツとしつつ「マス(大衆)」として育った、70年代から80年代には、都市部ホワイトカラーに富が偏らない形で、日本全土に大きな国内市場を形成する「同質性の高い」「分厚い中間層」がほぼ完成した、ということだと思います。単純化しすぎかもしれませんが、ざっくりとはこう捉えてよいのではないかと思います。
「大部分利益」とは
富の再配分チャンネルを非常に広く抱えた建設業と自動車産業に代表される製造業の発展が「分厚い中間層」の形成に果たした役割は大きかったと思います。ゆえに政府も、こうした基幹産業には外交含めて政策的な後押しをしてきたと思います。例えば、多くの公共事業を実施し、道路建設を(特に地方で)どんどん発注しました。すると、建設業界に仕事ができて雇用も消費も生まれます。道路ができると車が走れる場所が増えますから、車もどんどん売れていきます。急峻な地形で寸断されていた国内各地の間でも人と物の交流が進みます。朝鮮戦争等の巨大な外需も他の機械系産業を伸ばしました。
もし一部の利害関係者たち(部分利益)を政府がえこ贔屓したのであれば、それは不公平であり、良くないことです。しかし、当時の政府は、「限られた資源は、なるべく波及効果の大きい産業に投下することで日本社会全体に富が行き渡るようにしよう、基幹産業の育成は公益に限りなく近い」と考えたものと思われます。すなわち、基幹産業の利益は部分利益というよりは「大部分利益」として捉えていたのでしょう。他方で、すそ野の広さは票と献金にも直結するからこそ、これらの産業(及びこれらの産業で働く労働者組織)と政治は強い関係性を有してきたと言えます。
良識としてのコンサバの確立
そして、この「大部分利益」を念頭に置きながら生きる、という生活が、戦後日本人の人生観や価値観にも大きな影響を与えてきたのではないかと、僕には思われてなりません。(以下は、エッセイという形式にあまえて、シロウト社会学を引用もなく展開してしまうのですが、大目に見ていただければと願います。。。)
資源が少なく人口が急増した時代、そして富の再配分が行われて急速に同質化していく時代にあって、みんなで助け合って生きていく上で、互いに都合のよい生き様とは。再配分をしてくれる族長たちに好まれる生き様とは。多数派にいじめられない生き様とは。
ちょっとデフォルメして描写すると、こんな感じじゃないでしょうか。
「全体効率を考えていかなくてはならない。だから、人に迷惑をかけないようにしなくちゃいけない。つまり、我慢しなくちゃいけない。迷惑に思われていないか、世間の目を意識しなくてはならない。世間に好まれる人間像を演じられているか。礼儀やマナーは大事。譲りあって遠慮しあって生きましょう。調整と連携。空気を読んで従おう。マメに動いてくれる人には感謝してエラくなってもらおう。個性は我である。我は出さない。慎ましい方が美しい。だから意見はみんなの前ではっきり言わない。」
「景気が良すぎる。戦で男が少ない。人手が足らぬ。子供は多い。稼がにゃならぬ。仕事が第一、男が第一。嫁は家事。だから滅私奉公。我慢はみな互いに承知。忠勤すればきっと会社や地域がオレたち家族の面倒をみてくれる、はず。面倒をみてもらえないのは貢献が足りないからだ。故郷恋しい。忍び合おう。演歌が沁みる。溜まるとロックもスカッとする。国内景気はずっといいのは前提。とりあえず目の前のことに集中。遠くは見ない。まず周りのひとに好かれる人になりなさい。」
江戸・明治期に武家教育などによって一定階層以上の人々に仕込まれていた東洋的な美学・倫理をベースとしたコードが、一層ハイコンテクストな集団生活のコードとして強化され、浸透したんだろうと思われるのです。結果として今日「日本人は概して規律がとれ礼儀正しく、マナーやモラルが高い」という国際的な評判を得るにも至りました。こうして良識としての現代日本コンサバも、だいたい確立したんだろうと思うわけです。その後は、男女平等や環境権など、様々なリベラルな価値観の影響を受けて修正されてもいきます。
大部分利益の崩壊とレガシー
しかし、80年代以降は、オイルショックや経済摩擦などを引き金に、中間層を形成してきた上記の構造が足元からボロボロと崩れていきました。例えば、自動車産業は部品工場を海外に求めるようになって国内の中小企業は仕事が減りました。道路建設などの公共事業も、国家財政の悪化や贈収賄事件の指摘に伴って縮小されました。90年代のバブル崩壊を経て低成長時代に入るまでには、波及効果を考えれば公益に同視し得るほどに巨大な「大部分利益」はほとんど消えてしまったと言ってよいでしょう。2000年代に入るとIT産業の台頭もあって、製造業では雇用者数も減り、生き残った会社とそうでない会社の差が広がっていきます。これらの変化が、いわゆる55年体制と呼ばれ政治体制にも動揺を導き、政権交代にも繋がっていったのだと思われます。
このように、「大部分利益」が「同質性の高い中間層」を育み、前者が後者を権威的にリードしたのが昭和の40年間、全体が縮小分裂したのが平成の30年間、というのが、コンサバ史を軸に見る僕の超ざっくり戦後70年の日本経済社会史解説です。
昭和の40年間は、コンサバにとって陽の時代。すなわち、みんなを幸せにする実力がある「真の族長たち」を養い、オトナの良識としてのコードが確立して、ブランドとして完成していった時代。平成の30年間は、陰の時代。すなわち、陽の時代が残した、非効率や傲慢や視野狭窄などの要アップデートな残滓に対して、解決力のある真の族長たちは後退し、多数派もコード(良識)が邪魔をしたり、力量(メンタルと経験等)が不足していたりして、改善が進まない...。
ポスト平成期のコンサバはどうあるべきか。
コンサバの来し方行く末を考える上で僕が重要だと考える日本社会のトレンドの2つ目とは、この「大部分利益の衰退」なのです。
「同質性の高い中間所得層」の解体については、誰もが言及します。しかし、その「同質性の高い中間所得層」を権威的にリードしてきた「大部分利益」の衰退を理解する必要があるのです。
英国流の間接統治に引き付けて描写するならば、「大部分利益」が護送船団やケイレツを通じて国土の隅々まで影響力を及ぼし、同時に、滅私奉公的日本人を大量育成することを通じて、日本社会全体を間接支配してきたのが戦後昭和の40年間、その崩壊が平成の30年間として眺めてもよいかもしれません。護送船団の「なかの人」たちが、コンサバ人なわけです。
「オレ達の利益は、ほぼほぼ公益だ」という「大部分利益」概念が、コンサバの本質です。コンサバの正の面と負の面が導かれる始原なのです。ここから、「ゆえに、頑張らねばならぬのだ。みんなのことを考えねばならぬのだ。」という頼もしく責任感にあふれたものに転べば、それは、「(1)原始太陽たち」「(2)星を継ぐ者たち」といった「真の族長たち」の系譜に属していく、正の面が出ます。逆に、「だから、これまで通り特別なのだ。オレ達は潰されない。なぜなら優秀だからだ。」といった傲慢や怠慢に(無意識のうちに)転ぶならば、負の面が出ます。冒頭のコンサバ3類型に即して簡単に言えば、前者がスゴい層であり、後者がダメ層です。
そして、公益とほぼ同一視されたがゆえに特別扱いされてきた「大部分利益」達は、今や、既得権益と呼ばれて批判されたりする一方、相変わらず全体利益における占める割合は相対的に大きかったりするので、潰すと悪影響がもっと広がることから、マズい行いがあっても潰されなかったりもしています。このように、大部分利益の支配力の衰退スピードと分布には各所でバラつきがあり、ゆえに、危機感にもアップデートにもバラつきが出ています。かといって、第一部で述べたように、コンサバに丸ごと取って代わる新興勢力もありません。結果、コンサバも革新派も、みんなそれぞれに不満で、不安で、イライラしています。
では、このトレンドをどうしましょうか。平成が終わろうとしている今、ここからが我々みんなの思案のしどころです。すなわち、価値観バラバラでOKか。格差社会でOKか。それとも、「同質性の高い中間層」を再構築するか。または、そのどちらでもない第三の道か。
仮に、あの頃のように、多くの人が同じように貧しく、同じように豊かだった「平等」な時代を取り戻したいのであれば、どうすればいいでしょうか。ひとくちに「平等」と言っても、結果としてみなの所得が等しい結果の平等が大事か、努力と比例した結果が得られるような機会の平等が大事か、は伝統的な論点です。もしも所得における結果の平等を図りたければ、ほっといても稼げるような人々以外にも富が波及するようにできる構造をデザインできるかがポイントになると思います。例えば、この点、雇用創出以外にもベーシック・インカムの議論などがありますね。
行政としては、政権によって方針が多少異なったとしても、基本的人権が中心に据えられた憲法を戴いている限りは、いわゆる下層階級が増えたり、その生活水準が下がったりすることは好ましくないと考えて行動することになります。では、具体的に、どのようにして中間層の厚さを維持=上下への分裂を抑制しましょうか。その方法は、色々あると思います。事実、現在の様々な省庁が展開している補助金事業や各種施策の多くは、概ね格差是正を目指したものであると言えると思います。しかし、配るお金もどんどん限られていっていますから、配るお金の元手づくりや稼ぎ頭づくりもしなくちゃいけないし、自立できる人は自立していけるようにしないといけません。ここで今、政府内のみんながチエをしぼっています。(ちなみに、僕にも私案があるのですが、それは第三部で触れられたらと思います。)
それらの進捗や行く末を、きちんとみなさんと共有しなくちゃいけない。だって僕もみなさんも主権者なんだから。ゆえに、政府動静のレポートは、断片的ではなく大所高所に立った形がよいだろう。ポジショントークに惑わされない独立中立公正な内容でなくちゃならないだろう。というのが、橘宏樹名義で「Government Curation(GQ)」という新連載企画を行う僕の使命感なわけなのです。
(続く)
橘宏樹(たちばな・ひろき)
官庁勤務。2014年夏より2年間、英国の名門校LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス)及びオックスフォード大学に留学。NPO法人ZESDA(http://zesda.jp/)等の活動にも参加。趣味はアニメ鑑賞、ピアノ、サッカー等。twitterアカウント:@H__Tachibana
【イベント情報】
2月20日(火) 橘宏樹×宇野常寛『現役官僚の滞英日記』刊行記念 特別対談 & サイン会
19:30 open /19:30 start @CAMPFIRE内イベントスペース(渋谷)
『現役官僚の滞英日記』の刊行を記念して、著者の橘宏樹さんと宇野常寛(評論家・批評誌『PLANETS』編集長)の対談イベントが決定しました。対談後には橘さんのサイン会を予定しています。
書籍購入者限定・無料イベントです。事前予約不要!チケットがわりに書籍を持って、直接会場へお越しください。橘さんに直接会える、貴重な機会をお見逃しなく!
詳細はこちら。
『現役官僚の滞英日記』刊行記念エッセイ、配信記事一覧はこちらのリンクから。
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