80年代以降の日本の音楽を「V系」という切り口から問い直す、市川哲史さんと藤谷千明さんの対談連載『すべての道はV系に通ず』。近年、LUNA SEAやX JAPANなど、V系全盛期を築いたバンドの再結成が相次いでいますが、約10年ぶりの再起動をどう捉えるべきなのか。V系バンドの「再結成」のあり方を議論します。(構成:藤谷千明)
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本メルマガの内容に大幅な加筆を加えて、8月6日刊行予定。
『すべての道はV系へ通ず。』
著者:市川 哲史、藤谷 千明
発売日:2018年8月6日
価格:1944円
版元:シンコーミュージック
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LUNA SEAとX JAPANの再結成をどう考えるか
藤谷 そもそも〈復活バンド〉という呼び方そのものが失礼なんですけど、ゼロ年代後半、90年代に活躍したバンドたちが立て続けに復活しました。なかでも、2007年のD’ERLANGER再結成、LUNA SEAの一日限定復活ライヴ、X JAPANの再結成、09年には無期限活動休止状態だった黒夢の〈解散〉ライヴなどなど。この《再合体ムーヴメント》の契機は、私は間違いなくD’ERLANGERだったと思うんです。なんていうか……〈誰が観てもカッコいい再結成〉だったんです!
市川 このブームの口火を切ったのは、D’ERLANGER再結成だったと?
藤谷 ええ。D’ERLANGERの復活に関しては、06年の末に公式サイトで発表されたんですよね。たしか仕事の昼休みを待ちわびて、チケットのFC申し込みに郵便局へ突撃したのを憶えてます! それから再結成ライヴの前に復活第一作『LAZZARO』をリリースして、なんと17年前のラスト・ライヴと同じ日比谷野音で復活するというドラマチックさ! 何から何まで美しかったんですよ!!(口角泡)。
市川 うわ、D’ERLANGERらしい悪意に満ちた配慮がまた、いやらしいわ(苦笑)。それにしても藤谷さんの世代なら、それが初D’ERLANGERなんじゃない?
藤谷 そうです。リアルタイム世代ではなかったです。解散中のkyoのソロやCRAZEもFCに入るほど好きでしたから当然、既に伝説となっていたD’ERLANGERのライヴを観てみたいじゃないですか。だから正直、彼らが超恰好いい復活をしていなかったら、その後のLUNA SEAの復活も無かったと思うんですよね。
市川 そのLUNA SEAは最初の復活ライヴに際して、「本当に一回こっきり」って言及してたはずなんだけどなぁ。
藤谷 なんたって《One Night Déjàvu》でしたからね、最初のライヴ・タイトル。
市川 完璧主義を徹底的に貫いたあのLUNA SEAなら、「いくら一夜限りだろうといいかげんな復活ライヴを見せるはずがない」と皆が皆思ってたし、実際おそろしく〈ちゃんとした〉公演だったから、さすがだった。私の《輝け☆再結成ライヴ歴代完成度ランキング》の、堂々第2位に輝いてるからさ未だに。
藤谷 へ? あんな素晴らしいライヴだったのに、1位じゃないんですか!?
市川 第1位は、1995年5月18日キング・クリムゾン@英ロイヤル・アルバート・ホール公演に決まってるだろ。
藤谷 ……どうでもいいです。
市川 第一報を最初に知ったとき、私は正直「日和りやがったな」と失望したの。だってSUGIZOにせよJにせよ、20世紀末に空中分解しちゃうほどの、チョモランマより高い理想とプライドをLUNA SEAに抱いてたのを知ってるから、絶対再結成なんかしない――いや、できるわけがないと思ってた。実際、JもSUGIZOも終幕後、再結成を嫌がってたからそれだけに違和感があったよ。
藤谷 それでもすごくいい、これぞLUNA SEAなライヴでしたよね(嬉笑)。
市川 あの夜は楽屋打ち上げの場所がブルペンだったんだけど、すごくニコニコしてたJや清々しさ全開のSUGIZOの姿に、かつて頂点を極めたバンドマンの性(さが)というか業を見た気がしたな。
藤谷 裏側のことは知る由もないですが、SUGIZOが最後の最後までステージに残っていて、ずっとお辞儀をしていたことが印象に残っています。それが答えなのかな、と。
市川 かつて熱狂した元スレイヴたち全員が納得した出来で、しかも当事者であるメンバー5人がニコニコ笑えているのならいいじゃん、みたいなね。
藤谷 LUNA SEAの再結成はそれに尽きます。その後の2010年《REBOOT宣言》以降もずっと定期的にライヴ観ていますけど、相変わらず皆ニコニコがちで。
市川 再結成に至るまでの紆余曲折は大変だったけども、いざ踏み切ったら新作リリースに国内外ツアーと現役復帰に意味を見い出せたことが、本人たちを笑顔にしてるわけじゃない? に較べて同じケースでも、Xの方は〈笑顔なき再結成〉だったよね、しばらくの間は。
藤谷 またそんな。
市川 だってフロントマンの自己啓発洗脳問題は全っ然解決しておらず、頼みの綱のhideは二度と還ってこないうえに、そもそも再結成する大義も見当たらないまま、でも再結成せざるをえない諸事情を抱えた〈袋小路への見切り発車〉だったんだから、翌年のHEATH脱退未遂事件やらも含めて、そりゃ笑えないよなぁ。当時、日本で活動しづらい事情があって苦肉の海外進出だったとも聞いたし。
藤谷 ぱ、パスいち。
市川 結局、当のYOSHIKIが心から愉しめるようになれたのは、〈働き者の後輩〉SUGIZO正式加入や瓢箪から駒の海外〈visualkei〉ブームでやっと手応えが感じられた、2010年代突入以降なんじゃないかと思うよ。