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  • 我々はなぜ「生身のX」に居心地の悪さを覚えるのか?――X JAPANのドキュメンタリー映画『WE ARE X』を語る(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第9回)【不定期連載】

    2017-05-17 07:00  
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    【配信日変更のお知らせ】 毎月第2水曜日更新の古川健介さん『TOKYO INTERNET』は、諸般の事情により今月は配信日程を変更してお送りいたします。楽しみにしていた読者の皆さまにはご迷惑をおかけしますが、次回の更新まで今しばらくお待ち下さい。


    80年代以降の日本の音楽を「V系」という切り口から問い直す、市川哲史さんと藤谷千明さんの対談連載『すべての道はV系に通ず』。今回は、現在公開中のX JAPANのバンド・ヒストリーを追うドキュメンタリー映画『WE ARE X』を取り上げます。(構成:藤谷千明)


    ▲『WE ARE X』劇場パンフレット
    映画公式サイトはこちら
    〈雑誌〉の機能を代替し始めた音楽ドキュメンタリー
    藤谷 今回は市川さんたってのご希望として、番外編的にX JAPANのドキュメンタリー映画『WE ARE X』について語りたいと思います。
    市川 こらこら誰のたっての希望だよ(馬鹿負笑)。
    藤谷 (無視)この『WE ARE X』、初週の興行収入は3日で7432万円、ランキングは初登場10位とロックバンドのドキュメンタリー映画としては非常に良い滑り出しでした。「キネマ旬報」によると3〜40代の女性が中心とのことです。邦楽ミュージシャンのドキュメンタリー映画は「2週間限定上映」的な短期間公開のものも少なくないわけですけど、つまり短期間の間に劇場まで足を運んでくれる、DVDになったら購入するコア層に向けた映画ということですよね。この作品は3月に公開されて以降今でも局地的ではありますが上映が続いているのも、異例です(編注:東京や大阪では終了しているものの、それ以外の地域では上映が続いています。詳細は映画公式サイトの劇場情報をご覧ください)。《サンダンス映画祭》をはじめ各国の映画祭にも出品され、台湾やタイでの上映も決まっているそうです。
    市川 私は映画の存在をすっかり忘れていて、藤谷さんのメールで想い出したのが3月末。慌てて観ることにしたけど、もはや近場では大阪ぐらいでしか上映しておらず。それも一日1回の上映でしかも朝の8時20分スタート――週イチで教えてる女子大がある神戸から、「何が哀しくて月曜の早朝から、サラリーマンで満員の阪急電車に揺られ梅田まで行かなきゃならんのか」という。よりにもよって『WE ARE X』を鑑賞するために(醒笑)。
    藤谷 それはそれはお疲れ様でした(←おざなり)。
    市川 うわ、心ねぇぇ。ま、これはこれで私にとってはXに相応しいシチュエーションではあったんだけどね。
    藤谷 では『WE ARE X』本編の話に入る前に、まずは現在の音楽ドキュメンタリー映画にまつわる状況を整理させてください。
    市川 <無敵の議事進行マシーナ>と化しております。
    藤谷 <ましーな>?
    市川 ん、<マシーン>の女性形。適当に思いついた造語だから人前で遣っちゃ駄目だよ、きみが恥かくから。
    藤谷 ……近年、映画会社はODS(other digital stuff=非映画コンテンツ。映画館で上映される映画以外のコンテンツのこと)に力を入れており、ゼロ年代以降コンサートのライブビューイング中継やドキュメンタリー映画の上映が増えています。例えば『DOCUMENTARY of AKB48』シリーズや『Born in the EXILE ~三代目 J Soul Brothersの奇跡~』もODSですね。
    市川 うん。2011年から毎年公開されている<ODSの先駆け的存在>AKBシリーズに関して言えば、「総選挙やフランチャイズ化ばっか目立つけど、AKB48はこれだけ必死で頑張ってるんです!」的なCI戦略だよね。泣いたり倒れたり挫けたりいがみ合ったり励まし合ったり、のあの戦場ドキュメント感は。
    藤谷 ジャンルを邦楽ロックバンドに絞りますと、2010年公開の『Mr. Children / Split The Difference』、『劇場版DIR EN GREY -UROBOROS-』あたりから増え始め、12年に『劇場版 BUCK-TICK ~バクチク現象~』、14年にはSEKAI NO OWARI『TOKYO FANTASY』とか、『Over The L' Arc-en-Ciel』、15年にはhideの生誕50周年を記念して制作されたドキュメンタリー「JUNK STORY」も公開されています。
    この<ドキュメンタリー>には大きく分けて二種類あります――「映画館でライブを追体験する」タイプのものと「雑誌のインタヴュー記事の実写版」というようなタイプのもの。『WE ARE X』はどちらかといえば後者寄りの作品ですね。
    市川 かつては我々音楽評論家や音専誌が担ってきた機能が、アーティスト自前のドキュメンタリー映画で賄われるようになっちゃったね。EXILEの『月刊EXILE』みたいなもんで、第三者的視点や批評性が排除される分、アーティストの一方的な美化・神格化が過度に進行してしまった感はある。

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  • ヴィジュアル系「差別」の歴史を考える(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第8回)【不定期連載】

    2017-03-30 07:00  
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    80年代以降の日本の音楽を「V系」という切り口から問い直す、市川哲史さんと藤谷千明さんの対談連載『すべての道はV系に通ず』。今回は、ヴィジュアル系バンド・ファンに対する「差別」がテーマです。90年代の「J-ROCK」からゼロ年代の「邦ロック」へと至る過程で起きた〈分断〉とは――?(構成:藤谷千明)

    「90年代V系はアリ」という空気になってきた2010年代
    藤谷 前回予告したとおり、今回は〈ヴィジュアル系と差別〉といいますか、「ヴィジュアル系」という言葉やジャンルそのものに対しての反応の変遷を追ってみたいんですよ。
    昨年秋に開催された『VISUAL JAPAN SUMMIT』三日目にMUCCの逹瑯(Vo)がMCで「いつからヴィジュアル系がかっこ悪いとされるようになったんだろう」と言ってたじゃないですか。「ファンやミュージシャンもヴィジュアル系やってるって胸張って言えるような未来にしていきたい」とも。
    市川 うん。使命感を背負った者って、常に美しいねぇ(←遠い目)。
    藤谷 MUCCのメンバーと私は多分ほぼ同世代だと推測するのですが、私くらいの世代からしたら「よくぞ言ってくれた!」みたいな感覚なんです。けれども私よりずっと若い人、いわゆる〈ネオV系〉世代のファンの知り合いが「ちょっと言ってる意味がわかんない、だって私はこれまでヴィジュアル系をかっこ悪いと思ったことがない」ということを言ってて。
    市川 それは戦後生まれか戦中生まれで戦争の解釈が異なる、みたいな話なんじゃないの?
    ましてや私のようなV系における〈戦前生まれ〉だと、きっとそれ以上に違うわけで。
    (参考:金爆は「最後のV系後継者」!? "V系の父"市川哲史ロングインタビュー)
    藤谷 《J-ROCK》と呼ばれていた90年代のことを思い出すと、大概のリスナー側はXもLUNA SEAもイエモンもミッシェルもブランキーも普通に聴いてたと思うんですけど、これがゼロ年代に入って《邦ロック》と呼ばれる時代になると、分断されてしまったというか。そもそもゼロ年代ヴィジュアル系がインディーズばかりで外のジャンルから見えにくくなったからなのか、逆に「ジャンルの壁を超えていこうぜ!」みたいな話が出てくるようになるんですよ。〈異種交流〉的に銘打ったイベントで、V系とそうでないジャンルが同じステージに立ったり――でもぶっちゃけ、「どっちのCDもタワレコで売ってるじゃん?」ってことじゃないスか!
    市川 どーどーどー。というかその話、私にはぴんと来んなぁ。その昔、ジャパメタだったりV系だったりアイドルロックだったりが差別された時代はたしかにあったけども、そうした差別を生んだ諸悪の根源は雑誌メディア――音楽誌の存在だったと思う。総合系も専門系も「○○は本誌に合う/合わない」「載せる/載せない」と勝手に垣根を作ったからこそ、ファンもバンドもレコード会社もマネジメントも〈区別〉するようになった。でも時は流れて音楽誌文化もすっかり廃れ、強いて言うならフェスの時代なんだろうな。だってV系とその他のロックを未だに区別してるメディアは、もはや『ロッキング・オン・ジャパン』だけなんじゃない? その『ジャパン』が自社フェス頼みの現状っていうのがまた、象徴的だったりするんだけども。
    だから話は逸れちゃったけども単純な話、『ロッキング・オン・ジャパン』に載ることだったバンドやレーベルやマネジメントのかつてのゴールが、「フェスに出てるロックバンドが恰好いい」に変わっただけのことなんじゃないのかなぁ。風潮的に。
    藤谷 ヴィジュアル系バブルが終わった直後は、ヴィジュアル系に影響を受けたミュージシャン、たとえばORANGE RANGE(の周囲)がV系に影響を受けていることを伏せさせていたというエピソードが、市川さんの『私が「ヴィジュアル系」だった頃。』にもあったじゃないですか。それが2010年代に入ると、見るからに90年代V系の影響が濃く、後にLUNATIC FEST.(本連載第2回参照)にも出演することになる凛として時雨や9mm Parabellum Bulletだけじゃなく、Base Ball Bearみたいな一見音楽性も離れているようなバンドのメンバーも、Twitterで2010年のX JAPAN東京ドーム3DAYS公演やLUNA SEAのREBOOT宣言についてつぶやいたんですよ。さっきのORANGE RANGEの話のようにV系は黒歴史扱いされてたからこそ、凛として時雨のピエール中野さんのTwitter上での発言「LUNA SEAは日本のバンドマンに1番影響を与えているかもしれない」をよく憶えています。そして世の中的に、LUNA SEA・Xみたいな90年代V系はアリという空気になっていたわけですよ。
    市川 すべてが水に流れちゃったというか、流されちゃったというか。
    藤谷 そしたらメディアも掌くるりんぱしたというか。なんだかゼロ年代のヴィジュアル系冷遇時代を耐えてきたこちらとしては、「へぇ〜〜」みたいになるわけですよ。
    90年代、週刊誌によるV系茶化し記事の横行 
    市川 実は見落としがちなんだけどそもそもバンドブームの時点で、化粧してるバンドは沢山いたわけ。しっかり化粧してたもの、BOΦWYだってRED WARRIORSだってTHE STREET SLIDERSだって。たしかに日本のロック黎明期からRCサクセションとかYMOとか化粧してたけど、それまで洋楽畑で仕事してた私としてはびっくりぽん(←死語)だったね、「なんで?」と。だってあのデヴィッド・ボウイですら、地方都市の中高校生から〈化粧してる男はオカマ〉呼ばわりされてたのが日本の70年代の実情だもの。
    ところがやがて、メイクはヤンキー少年たちにとって〈希望〉そのものになった。だってどんなに細い目だって地味な顔だって化粧したら綺麗に見えるじゃん、女子みたく。まあ未だに全国で流行ってるYOSAKOIとかソーラン節とか、メイクすれば非日常に簡単に行ける素敵なヤンキー文化なわけでさ。誰だって恰好よくなれちゃうんだから。
    藤谷 それはわかるんですけど、「化粧をしてる」っていうことと「ヴィジュアル系というジャンルである」ってことって、微妙に重なってないと思うんですよね。中性的なメイクもですけど、ある種のナルシシズムが分水嶺になっているというか。
    ちょうど手元に1997年の『週刊プレイボーイ』の《いーかげんにしとけよ〈ヴィジュアル系〉自己陶酔バンド》というV系茶化し記事があるんですけど、いきなりリード文から〈BOΦWYまでは許せたけどRYUICHIのような自己陶酔ロックはダメ〉みたいな(苦笑)。合計4ページに渡って〈愛用ブランドはゴルチエとルナマティーノ〉〈少女漫画ロック〉と、今となってはDisなのかよくわからないDisが続く内容です。
    市川 内容以前に、よくそんなもんまで見つけてくるよねぇ藤谷さんは……。
    藤谷 違うんですよ違います違います! 国会図書館で〈ヴィジュアル系〉で雑誌検索するとこういうのばっかり出てくるんです!! 好きで探してるわけじゃないんです……。

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  • 愛すべき(?)ヤマ師の世界――V系シーンを育てたマネジメント(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第7回)【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.748 ☆

    2016-12-06 07:00  
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      愛すべき(?)ヤマ師の世界――V系シーンを育てたマネジメント(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第7回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.12.6 vol.748
    http://wakusei2nd.com



    今朝のメルマガは、市川哲史さんと藤谷千明さんによる対談連載『すべての道はV系に通ず』をお届けします。今回は、バンドマン、レコード会社に続く第三者「マネジメント」がいかにしてV系バブルを盛り上げていったかに迫ります。

    【お知らせ】市川哲史さんの〈V系〉論、最新刊が発売中です!(藤谷千明さんとの録り下ろし対談も収録!)

    『逆襲の<ヴィジュアル系>―ヤンキーからオタクに受け継がれたもの―』(垣内出版)
    ▼内容紹介(Amazonより)
    ゴールデンボンバーは〈V系〉の最終進化系だったーー?
    80年代半ばの黎明期から約30年、日本特有の音楽カルチャー〈V系〉とともに歩んできた音楽評論家・市川哲史の集大成がここに完成。X JAPAN、LUNA SEA、ラルクアンシエル、GLAY、PIERROT、Acid Black Cherry……世界に誇る一大文化を築いてきた彼らの肉声を振り返りながら、ヤンキーからオタクへと受け継がれた“過剰なる美意識"の正体に迫る。
    ゴールデンボンバー・鬼龍院翔の録り下ろしロング・インタビューほか、狂乱のルナフェス・レポ、YOSHIKI伝説、次世代V系ライターとのネオV系考察、エッセイ漫画『バンギャルちゃんの日常』で知られる漫画家・蟹めんまとの対談、そして天国のhideに捧ぐ著者入魂のエッセイまで、〈V系〉悲喜交々の歴史を愛と笑いで書き飛ばした怒涛の584頁!

    ▼対談者プロフィール
    市川哲史(いちかわ・てつし)
    
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント!」などで歯に衣着せぬ個性的な文筆活動を展開。最新刊は『逆襲の<ヴィジュアル系>―ヤンキーからオタクに受け継がれたもの―』(垣内出版刊)。
    藤谷千明(ふじたに・ちあき)
    1981年山口生まれ。思春期にヴィジュアル系の洗礼を浴びて現在は若手ヴィジュアル系バンドを中心にインタビューを手がけるフリーライター。執筆媒体は「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ総研」ほか。
    ◎構成:藤谷千明
    『すべての道はV系に通ず』これまでの配信記事一覧はこちらのリンクから。

    前回:プロデューサーの役割は〈こども電話相談室のおじさん〉である――90年代V系全盛期を支えた裏方たち(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第6回)

    ■愛すべき(?)ヤマ師たちの登場
    藤谷 前回、〈音楽的にV系を支えてきた人たち〉として、佐久間正英さんや岡野ハジメさんといった、名プロデューサーの話をしましたが、80年代後半から90年代にかけて〈V系〉シーンができあがるのに欠かせない人たちがいたと思うんです。
    市川 というと?
    藤谷 マネジメントです。ミュージシャンでありながら、自分でレーベル・事務所を立ち上げたYOSHIKIのエクスタシーレコードや、ダイナマイト・トミー【1】のフリーウィル、44MAGNUMやREACTION【2】といったジャパメタから始まり、L'Arc~en~CielやMUCCを擁するDANGER CRUEだったり、LUNA SEAを手がけて、SHAZNAが派手にブレイクした一方でLa’cryma ChristiやPlastic Treeといった音楽性の高いバンドも見出したSweet Child/Sweet Heart、PENICILLINなどが所属していたティアーズ音楽事務所などなど……例をあげたらキリがないほど「マネジメント」がシーンに影響を与えたのではないかと。ですので、今回は「V系とマネジメント」についてお話ししたいんです。

    【1】ダイナマイト・トミー:V系黎明期に人気を博したCOLORのVo。86年にフィリーウィルを設立。余談だがフリーウィル内に過去に存在したNEW HORIZONレーベルではマキシマムザホルモンの1stシングルと2ndアルバムをリリースしていた(本当に余談)。
    【2】REACTION:83年結成、ジャパメタブームの立役者のひとつ。1stアルバム「INSANE」はデンジャークルーから、メジャーデビュー以降はビクターからリリース。

    市川 ヤマ師だよヤマ師(激失笑)。そもそもなぜロックバンドにマネジメントの存在が必要だったかというと、端的に言えば〈レコード会社〉・〈マネジメント〉・〈アーティスト〉の三者契約がそもそも基本なわけ。歌謡曲の昔からずっとそうなの。まずプロダクションと歌手が契約をして、それからレコード会社を巻き添えにして「よろしくね」ってのが、日本の芸能ビジネスの伝統。タレントは事務所に所属するわけだから給料制だし、印税とか各種ギャラはバシバシ搾取されるシステムですね。で歌謡曲全盛時代はいわゆる〈大手芸能プロダクション〉の天下だったけども、フォークが流行ればヤマハがマネジメントを始めたり、バンドブームになればソニーみたくレコード会社がマネジメント業務にも乗り出すよねぇ。
    藤谷 なるほど。で、ヤマ師っていうのは一体。
    市川 V系に話を戻すと――そもそも勃興当時、V系が売れるなんて誰も思っていなかった。その前にジャパメタ・ブームもひっそりあった(らしい)けど、結局どこのレコード会社も本気で関わってない。無論、芸能事務所もロックなんかに力を入れるはずもない。だからロックバンドの地元のライヴハウスが面倒を見たり、地味に事務所もどきを作ったりしてた程度ですよ。
    で昔のV系バンドには諍い事がもれなくついてきたから、特にYOSHIKIとかライヴハウスから出禁食らってたわけで、いよいよ自分で事務所もレーベルも作るしかなかったんじゃないかと。いま思えば(失笑)。
    わかりやすい例を挙げれば、BUCK-TICKのパターンかしら。現在の《バンカー》は90年代半ばに独立して設立したセルフ・マネジメントだけども、そもそも彼らを発掘して時代の寵児にまでビルドアップさせたのは、《シェイクハンド》。そこの社長とチーフ・マネージャーの経歴は、たしかプリズムとかフュージョン・バンドのマネジメントなんだよね。つまり〈歌謡曲でもニューミュージックでもない音楽〉。
    藤谷 「既存の芸能界」の匂いがしない音楽?
    市川 日陰の音楽、つまりロックですけど(笑)。ヤマ師呼ばわりしたけども、所詮マイナーな存在だった80年代後半からV系に限らず国産ロックを生業にしてた者は皆、「歌謡曲でもニューミュージックでもないロックを、日本に根づかせてやるぜ!」的な理想と使命感をたぎらせてたんだよ、最初は。前回話したようなプロデューサーやレコード会社のディレクターも含め、我々のような活字メディアやラジオ・TVの映像メディアの人間も含め、皆が盛り上げる気満々だった。私利私欲というよりも、「自分が好きなロックが市民権を獲得すれば、自分も趣味を仕事として食っていける」といった、モラトリアム的幸福感の追求だったのかもしれない(苦笑)。
    藤谷 美しい話ですねー。
    市川 あくまでも途中までだけどね。わはは。でもたしかに美しかったよ、大の大人たちが雁首揃えて理想を語り動いてたんだから。まさに〈愛すべきヤマ師たち〉。
    たとえばアマチュア時代のBUCK-TICKは例の爆発アタマにど派手メイクなわけで、既存のメジャー・レーベルやマネジメントは当然相手にしない。そりゃそうだよね、唄も楽器も下手くそだったし。だけど彼らは《バクチク現象》と大書した謎のステッカーを自分たちで作り、渋谷中にゲリラ的に貼りまくったことで噂の存在になった。すると「こんなヤツら見たことない」とばかりに、固定観念を持たない好奇心旺盛で勇敢なシェイクハンドやビクターの連中が集まり、一丸となってBTを唯一無二のカリスマにした。だからV系がとても集金力が高い音楽ビジネスモデルとして認知された90年代突入以降は、巨大マネーが動きまくったから誤解されがちなんだけど、出発点は純粋で理想は高かったんだよ。ふ。
    ■億単位の契約金競争の時代へ
    藤谷 そこを強調しなくてもわかってますよ。やはりBUCK-TICKがスタートだったんでしょうか。
    市川 厳密に言えばV系バンドじゃないし、V系誕生以前に既に活躍してたけども、BUCK-TICKが売れたのは大きかったんじゃないかなあ。『B-PASS』や『PATi・PATi』のような総合音楽誌でも一般少女に人気を博したり、CDラジカセのテレビCMに出演したのも功績だよね。
    藤谷 ビクターの《CDian(シーディアン)》ですね。〈重低音がバクチクする〉というキャッチコピーで有名な。
    市川 お茶の間を初めて直撃したヴィジュアル・ショックですわ。

    ▲BUCK-TICKが出演したビクターのCDラジカセ「CDian」のCM。
    https://www.youtube.com/watch?v=JT2HHrEAc6o

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    市川哲史(いちかわ・てつし)
    
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント!」などで歯に衣着せぬ個性的な文筆活動を展開。最新刊は『逆襲の<ヴィジュアル系>―ヤンキーからオタクに受け継がれたもの―』(垣内出版刊)。
    藤谷千明(ふじたに・ちあき)
    1981年山口生まれ。思春期にヴィジュアル系の洗礼を浴びて現在は若手ヴィジュアル系バンドを中心にインタビューを手がけるフリーライター。執筆媒体は「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ総研」ほか。
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    前回:「小山田圭吾をカツアゲするhide」の構図はどのようにして生まれたか(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第5回)
    ■優秀なリスナーは優秀なパフォーマーになれる――今井寿、hide、SUGIZOの雑食性
    藤谷 ヤンキー文化の雑食性とV系の雑食性に、共通項はあるんでしょうか。
    市川 文字通りのヴィジュアル――視覚的な要素に関しては、特にオールドスクール勢にはヤンキー的な雑食性は明らかにあったでしょ(苦笑)。ただ音楽性に関して言うならば、リスナーとして、ヘヴィーユーザーならではの雑食性だよね。洋楽に対する「日本のリスナーをナメんなよ」的な、日本ならではの勝手なリスナー文化。例えば、好きなバンドを発見したら最後、もう遡るのは当たり前、「在籍バンド全部聴くぞ!」「1曲だけセッション参加のアルバムだって聴くぞ!」「仲がいいバンドも聴くぞ!」という、オタク的な探究衝動――蒐集癖ですわ。
    藤谷 とはいえ、あの人たちに渋谷系的なスノッブさはないじゃないですか。
    市川 そりゃそうだよ。V系におけるオタク性とは本能的なものであって、その生態は真逆だからスノッブさなんて無縁無縁。スノッブなヤンキーなんて見たことないぞ。
    藤谷 ……たしかに。
    市川 だろ? 例えばhideはまったくヤンキーではなく、成績優秀だけども屈折してるデブで内向的な小中学生だったわけじゃん。洋楽ロックにはKISS聴いて衝撃を受けてそこからのめり込むんだけども、そのパターンは典型的な〈聴きまくり/聴き漁り〉タイプで。
    私は彼がリスナーとして優秀だったから、信頼できたのかもしれない。「優秀なリスナーは優秀なパフォーマーになれる」とは私の長年の確信なんだけども、まさにhideはその典型で。今やまさかのベビメタ“ギミチョコ!!”の作者として知られるようになった(失笑)、上田剛士(AA=/THE MAD CAPSULE MARKETS)もそのパターンだよね。
    BUCK-TICKの今井寿だと、そもそも音楽的基礎が一切欠落した極めて普通の一般少年なのでギターは究極の我流だし、スターリンとYMOという聴き始めてた音楽そのものも突然変異ジャンル(失笑)だから、もう本当に〈基本〉から縁遠い男なわけ。で、聴いたことがない音が出るエフェクターやチェンジャーが開発される度に、買っては変な音を出して悦んでたというギタリストの風上にも置けない奴――いいよねぇ(爆苦笑)。海外の(当時の)最先端ノイズ・ミュージックやインダストリアル・テクノも、知識や情報ではなく店頭で勘とジャケットで片っ端から聴いてたら、それがいつの間にか血肉になってるというある意味天才タイプだよね。
    藤谷 理論に頼らず、その場で自分の手元にあるものを集めながら探究していく、という感じですね。
    市川 動物的勘だな、要は(愉笑)。今井に――あとhideとかもそうだよね。対照的にSUGIZOはやっぱり、その音楽を聴く理屈や情報がまず必要な男。それはなぜかと言うと、ヴァイオリン出身だからなのかもしれない。クラシックは知識と歴史の積み重ねだもんね? しかし初期LUNA SEAの頃は、SUGIZOが〈蓄積〉と〈様式美〉で書いた曲と、元々ノイズパンク野郎だったJが〈本能〉でワーッと書いた曲で、シングルにいつも選ばれてたのはJの曲という。
    藤谷 LUNA SEAの代表曲“ROSIER”も、作曲はJですからね。
    市川 うん。まあ、そういうタイプの違いはあるけども、基本的にV系バンドマンたちは音楽に関して真面目な奴が圧倒的に多いね。「自分たちが影響を受けたロックをファンの子たちにも聴いて欲しい」という気持ちも強くて、洋楽のアルバムをやたら雑誌やファンクラブの会報やラジオで紹介しまくってたし、ファンの子たちもまた紹介されたものを素直にちゃんと聴いてたんだよねぇ。真面目だよね両者とも。
    藤谷 実際に紹介されたものを聴いて「LUNA SEAの音楽と全然違う!」と驚いた経験も、今思うと面白かったなと思います。
    市川 もちろん音楽的な理論武装ばかりだけでなく、個人差はあるけど皆楽器をすごく練習していたなと思う。正確には、目茶目茶練習する奴とまったくしない奴に二極化してたわけ。LUNA SEAは全員すごく練習してたし、hideやPATAもよく練習していた。その一方で〈センスまかせ〉の今井は、練習する必要がなかったんだけども(爆苦笑)。

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  • 〈小山田圭吾をカツアゲするhide〉の構図はどのようにして生まれたか(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第5回) 【不定期連載】☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.644 ☆

    2016-07-15 07:00  
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      〈小山田圭吾をカツアゲするhide〉の構図はどのようにして生まれたか(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第5回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.7.15 vol.644
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガは市川哲史さん、藤谷千明さんによる連載『すべての道はV系に通ず』をお届けします。90年代V系ブームを下支えした今井寿・hide・SUGIZOらバンドマンたちの音楽性の源泉について、同時期の渋谷系と比較しながら語りました。
    ▼プロフィール
    市川哲史(いちかわ・てつし)
    
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント!」などで歯に衣着せぬ個性的な文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)。
    藤谷千明(ふじたに・ちあき)
    1981年山口生まれ。思春期にヴィジュアル系の洗礼を浴びて現在は若手ヴィジュアル系バンドを中心にインタビューを手がけるフリーライター。執筆媒体は「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ総研」ほか。
    『すべての道はV系に通ず』これまでの配信記事一覧はこちらのリンクから。 
    前回:地方局、ライヴハウス、ご当地フェス――80年代バンドブームを演出した「周縁の力」(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第4回)
    ◎司会:編集部
    ◎構成:藤谷千明
    ■〈小山田圭吾をカツアゲするhide〉の構図はどのようにして生まれたか
    ――前回はロックバンドがツアーを廻って全国にファンを増やしていき、最終的にバンドブームを起こした――という話をしましたが、バンドブーム後のヴィジュアル系も同じような経路で盛り上がっていったのでしょうか。
    市川 だってほら、V系はライヴを観ないと始まらないでしょ(苦笑)。「うわ、なんだこの恰好この演奏!」みたいなのが醍醐味だから。現在20歳ちょいの女子学生って当然、XもBUCK-TICKもLUNA SEAも観たことないわけ。でも授業で昔のXやらのライヴを観せるとウケてしまう。初体験なのに。1991年頃の、BUCK-TICKが“スピード”唄ってるライヴ映像なんかもう、〈魔王〉櫻井敦司に瞬殺されちゃって「この黒髪のカッコいい人誰ですかーっ♡」みたいな。すごいな日本女子の美形好きDNAは(呆笑)。
    藤谷 「美形」は普遍的なんですね……。
    市川 でまあ、ライヴハウスの敷居が低くなって〈普通の少年少女〉が通えるようになり、ライヴ人口が徐々に増え始めた結果、V系の洗礼を受ける機会も増したという流れですよ。バンドはバンドで、対バンで相手のファンを根こそぎ奪うのが勢力拡大の手っ取り早い手段なので、「対バンで目立ったもん勝ち」みたいな風潮になり。その場合田舎ではやはり、コジャレでイキったものより、おもいきりベタな方が単純明快だしヤンキーだし祭りだし、受け入れられるわけだよ。
    藤谷 全国区になるには「大衆性」が必要ということでしょうか。
    市川 うん、徹底的な大衆性が要るね。もう〈カッコイイ〉の解釈とボーダーラインが違うんだよ、地方と都会じゃ(失笑)。だって90年代の初頭に都心在住で普段洋楽しか聴かないお洒落さんが、Xの“紅”観て「わぁ、カッコいい!」って思うわけないじゃん! V系って、〈洗練〉から最も極北にあるわけだからさ。
    藤谷 90年代前半って、ビーイング、TKプロデュース、Mr.Childrenがミリオンヒットを飛ばす等々、色々なムーブメントがありましたが、その中でもV系が流行する一方で、スノッブの権化のような〈渋谷系〉も存在していたじゃないですか。
    でも90年代初頭って、ド田舎の人間からみると〈V系〉〈渋谷系〉という括りがまだあんまりなかったような。なぜかというと、雑誌メディアでは『FOOL’S MATE』の1990年5月号がここにあるのですが、筋肉少女帯が表紙、Xの渋公レポートを巻頭ぶち抜き、フリッパーズ・ギターと電気グルーヴが載っている……みたいな内容だったりして。
    市川 そりゃ田舎者が多数派を占める当時のV系村住人からすれば、「見る物聴く物みーんな好き」で渋谷系と一緒でも全然平気だろうけど、その逆はないから。渋谷系からすれば侮蔑の対象でしかなかったから、V系は(愉笑)。でね、渋谷系はLUNA SEAのデビュー(1992年)の頃から徐々に徐々に盛り上がり始めてって、その存在が一般に認知されたのはV系ブレイクのちょっと前という感じかなあ。私が『音楽と人』を創刊したのが1993年なんだけど、hideと小山田圭吾が胸ぐら掴みあってる〈V系vs渋谷系全面抗争勃発(失笑)〉の表紙号を作ったのが94年10月。

    ▲『音楽と人』1994年11月号(当時の発売元はシンコー・ミュージック・エンタテイメント)。hide・小山田対談は、hideがコーネリアスを愛聴していたということから起ち上がった企画だった。お互いに洋楽少年だったことで盛り上がり、小山田がhideに対して「人に舐められないようにするには?」と相談するエピソードも。市川氏は当時、『ロッキング・オン・ジャパン』→『音人』誌を通じてV系のことを〈美学系〉と呼んでいた。
    ――hideが文化系男子の小山田圭吾をカツアゲしている絵面にしか見えないですね(笑)。
    藤谷 これって「文化系=渋谷系/ヤンキー=V系」という構図が、94年末の段階ではすでに成立していたってことなんですよね。ただ、「ロッキング・オン」のインタビュー(1994年1月号に掲載)で実は小山田圭吾はティーンの頃はいじめっ子だったということを語っているので、あくまでイメージの話というか。

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  • 地方局、ライヴハウス、ご当地フェス――80年代バンドブームを演出した「周縁の力」(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第4回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.631 ☆

    2016-06-30 07:00  
    540pt

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     地方局、ライヴハウス、ご当地フェス――80年代バンドブームを演出した「周縁の力」(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第4回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.6.30 vol.631
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    今朝のメルマガは市川哲史さん、藤谷千明さんによる連載『すべての道はV系に通ず』をお届けします。前回(第3回/昨年8月25日配信)から引き続き「地理と文化(V系)の関係」がテーマ。90年代V系ブームを準備した80年代のバンドブーム、そして地方ライヴハウスとメディアの関係について論じます。
    ▼プロフィール
    市川哲史(いちかわ・てつし)
    
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント!」などで歯に衣着せぬ個性的な文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)。
    藤谷千明(ふじたに・ちあき)
    1981年山口生まれ。思春期にヴィジュアル系の洗礼を浴びて現在は若手ヴィジュアル系バンドを中心にインタビューを手がけるフリーライター。執筆媒体は「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ総研」ほか。
    『すべての道はV系に通ず』これまでの配信記事一覧はこちらのリンクから。 
    前回:"YOSHIKI 2.0"としてのEXILE・HIRO――ヤンキー文化とV系(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第3回) 
    ◎司会:編集部
    ◎構成:藤谷千明
    ■ 80年代アンダーグラウンドシーンの胎動
    ――久しぶりの配信になりますが、前回まではヴィジュアル系カルチャーが郊外・地方発ならではの「ヤンキー性」を持っているということについて語ってもらいました。今回は、「地理と文化(V系)の関係」についてさらに掘り下げて整理していければと思います。
    藤谷 まず、市川さんが著書でも書かれているように、例えばX JAPANは千葉、LUNA SEAは神奈川や東京の町田市出身ですが、「東京(23区)」出身じゃない人たちによる文化だからこそ大衆性を獲得して全国区のブームになりえたわけですよね。
    でも、そもそも90年代のヴィジュアル系バンドを育んだ「場所」って、大まかに「ライヴハウス」と、テレビ・ラジオ・雑誌などの「マスメディア」の2つだったということでいいんでしょうか?  私はリアルタイムでは経験していないので、よく分かっていないところがあるんですが。
    市川 まず、前回話したように日本の80年代のアンダーグラウンドな音楽シーンには<メタル(ジャパメタ)>と<パンク(ハードコア・パンク)>という2つの部族がおり、両者は本当に不毛な暴力的抗争を繰り広げておりました。そしてそんな野蛮な不良たちとは距離を置いて、ニューウェイヴの連中が自分たちの居場所をこっそり確保しておったのです。
    ――日本昔ばなしですか(笑)。あの、そのパンクとニュー・ウェイヴって一括りにされてる場合もあればきっちり区別されてる場合もあるんですけれど、この2つの違いや機微ってどういうものだったんですか?
    市川 誤解を怖れずものすごく単純に比較すると<パンク×ニューウェイヴ>は、ヤンキー×オタク、衝動×感性、開放×閉鎖、馬鹿×小利口、みたいな(爆笑)。そもそもは衝動一発の「皆死んじまえ」全否定ロックだったパンクにどうしても体質が合わない文系者たちが、センスと理屈を頼りに始めた一見スマートなパンクが、ニューウェイヴ@ロンドン&NY。だからファッションでもアートでも映画でも文学でもテクノでも、お洒落で頭よさそうに見えるものなら何でも食べちゃう雑食性が武器だった。日本に置き換えれば、ヤンキー的な不良に「絶対なりたくない」けど、とにかく他人とは違うことを「ポップ」にやりたかった草食系かしら。
    で、後のV系との絡みでいえばこの時期に<男なのに化粧>が始まっているわけ。メジャー処だとイエロー・マジック・オーケストラ【1】が1978年頃に出てきて、その後の1982年に坂本龍一と忌野清志郎がコラボした「い・け・な・いルージュマジック」のPVでは化粧した男同士でキスしたりして、やたら話題になる。それで「ああ、バンドの人って化粧するんだ」ということが、世間に一応、どうでもいい情報として潜在的に刷りこまれたわけ。するとニューウェイヴ者がモード系に向かうのをよそに、ハードコア・パンクの連中は動物の示威行為のようにモヒカンとピアスを突き詰めて「人間凶器」的ヴィジュアルを志し、ジャパメタのほうもハノイ・ロックス【2】みたいな洋楽ロックバンドを見て、こっちはとにかく派手でグラマラスな化粧に邁進していったよねぇ。

    【1】イエロー・マジック・オーケストラ(YMO):1978年に結成された細野晴臣・高橋幸宏・坂本龍一の3人による音楽グループ。80年代のテクノ / ニュー・ウェーヴのムーブメントを牽引した。アメリカやヨーロッパで受け入れられ、その後に逆輸入のかたちで日本でもヒットを飛ばし、79年には2ndアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』がオリコン・チャートの最高1位にランクインした。
     【2】ハノイ・ロックス(HANOI ROCKS):フィンランド出身のロックバンドで、1980年代前半に活躍。ガンズ・アンド・ローゼズやスキッド・ロウ、日本ではZIGGYなどに影響を与えたと言われる。音楽性は「グラム・ロック」「グラム・メタル」などと言われるもので、長髪にメイク、個性的なファッションも後代のバンドに多大な影響を与えた。


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  • "YOSHIKI 2.0"としてのEXILE・HIRO――ヤンキー文化とV系(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第3回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.395 ☆

    2015-08-25 07:00  
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    "YOSHIKI 2.0"としてのEXILE・HIRO――ヤンキー文化とV系(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第3回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.25 vol.395
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    今朝のメルマガは市川哲史さん・藤谷千明さんによる好評連載『すべての道はV系に通ず』第3回をお届けします。今回のテーマは「ヤンキー文化とV系の関係」。V系はヤンキー文化だとよく言われますが、それはどれぐらい正しいのか? そして、ヤンキーをビジネスにした先駆者・YOSHIKIの正統なる後継者とは? 今回もヴィジュアル系の文化的側面に焦点を当てて語ります。
    『すべての道はV系に通ず』これまでの記事はこちらから。
    ▼対談者プロフィール
    市川哲史(いちかわ・てつし)
    
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント!」などで歯に衣着せぬ個性的な文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)。
    藤谷千明(ふじたに・ちあき)
    1981年山口生まれ。思春期にヴィジュアル系の洗礼を浴びて現在は若手ヴィジュアル系バンドを中心にインタビューを手がけるフリーライター。執筆媒体は「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ総研」ほか。
    ◎構成:藤谷千明
    ■ そもそもV系=ヤンキーなのか?
    藤谷:今回のテーマは「ヴィジュアル系とヤンキー文化」です。前回の対談のときに市川さんが「文化的なことばかり書いて音楽的な部分を語ってこなかった」とおっしゃっていましたが、これまでに市川さんが中心となって語ってきた「ヴィジュアル系≒ヤンキー論」を今一度おさらいしつつ、2015年現在の視点も入れて新たに語りなおす必要があるんじゃないかと思います。たとえば20歳前後のファンたちに話を聞くと「V系とヤンキーって言われてもあまりピンと来ない」と言うんですよ。
    市川:90年代においては<V系≒ヤンキー>が共通認識として誰もが見なしてたんだけども、いまや<V系=オタク文化>って感じだもんねぇ(←しみじみ)。
    藤谷:そうなんです。この20年でゆるやかに変化してきたものだと思うんですが、そこを検証してみたいと思います。例えばですね、斎藤環の『ヤンキー化する世界』に、ヤンキー文化の重要な項目というものがあって、そこに「バッドセンス」「キャラとコミュニケーション」「アゲアゲのノリと気合い」「リアリズムとロマンティシズム」「角栄的リアリズム」「ポエム的な美意識と女性性」とあります。これってもう、完全にヴィジュアル系、というかYOSHIKIのことじゃないですか(笑)。

    ▲斎藤環『ヤンキー化する日本』KADOKAWA/角川書店、2014年
    市川:その通り(爆嬉笑)。でもね、かつてのV系バンドマンが皆ヤンキー出身ではなかったわけ。ほら、ヤンキー的なヴィジュアルとライフスタイルに憧れる、地方の少年みたいなのが大半だったと思うよ。YOSHIKIはボンボンならではのヤンキーだけど、hideは美容院のぼっちゃんだし。まあTAIJIに至ってはヤンキーではなく単なる暴れ者(苦笑)。
    社会の状況にしても、90年代の段階で暴走族は廃れていたし、当時のヤンキーがV系のメイクしてたかっていうとそういうわけではない。V系は、ヤンキー文化の中心ではなく亜流だったんだよね。YOSHIKIを含め、そもそもV系バンドが自らヤンキーと名乗ったことは一度もないはず。のちの氣志團じゃないわけよ。
    ただ僕がV系にヤンキー的なマインドを初めて感じたのは、もしかしたらファンからかもしれない。だって90年代初頭のXのライヴ会場ってなぜか皆、バンド名やメンバー名、歌詞を背中一面に金糸で刺繍した特攻服や長ランを着てくるという。
    藤谷:ヤンキーが地元の祭で派手な格好をしてくるノリに近いですよね。90年代に暴走族は廃れたと言っても、なぜか祭りの日にはすごい派手な頭の人が沢山集まってくるような……。
    市川:でもV系の会場においてはそれが全員女子で、開演の何時間も前から「気合いだー!!」って円陣組んで叫んでるという(懐笑)。
    藤谷:外部からみたヴィジュアル系のイメージってそこだと思うんです。で、それがだんだんオタク的になっていったわけですよね。ゴールデンボンバーなんてその極北ともいえる。
    そもそもブレイクのきっかけがニコニコ動画に上げた『女々しくて』のセルフパロディ動画「パクられる前に自らパクってみた」で、これは2010年当時のネットユーザーの気分に合致してバカ受けしたんです。ここから『女々しくて』のブレイクにつながっていくわけなのですが、他にもGLAYやtheGazettEなど様々なバンドをネタにしたり――それまでにもネタっぽいバンド、メタっぽいバンドはいたれど、徹底的にメタ視点でネタをやるというスタンスはこれまでにないオタク的な視点だったと思います。

    ▲ゴールデンボンバー/パクられる前に自らパクってみた
    市川:もしゴールデンボンバーが1992年にデビューしてたら、間違いなく東京湾に沈んでたな。Xが直接手を下さずとも、周りの舎弟たちが自主的に処分してたと思う(愉笑)。
    藤谷:だから今回は鬼龍院さんが海の藻屑にならなかった理由を考えたいわけです。
    市川:むかしむかしライヴハウスは「不良の溜まり場」だと思われていました。ヤンキーじゃないよ不良だよ。
    藤谷:その時代は体験していないのですが、「パンクとメタルが仲が悪くて暴力沙汰になった」というような都市伝説はよく聞きますね……。
    市川:都市伝説じゃないんだよこれが。パンクスがメタラーを<メタル狩り>、メタラーがパンクスを<パンク狩り>――アンダーグラウンドなシーンの片隅で、バンド同士が不毛な暴力的抗争を繰り拡げてたの。にもかかわらず、そのどっちサイドからも「同じ村の住人」視された稀有な立ち位置の男がYOSHIKIだったわけ。hideが「ヨっちゃんハードコアパンクもジャパメタもOKだったから」と感心しきりで。
    藤谷:そうなんですか。そういうコミュ力あるところもヤンキー的ですよね。
    市川:コミュ力というか、単にメタルもパンクも好きでどっちか選べなかっただけというか(失笑)。するとYOSHIKIの中で両者の境界線が曖昧になっていく。たとえば当時のメタルは絶対上半身裸なんかにならなくて、すぐ裸になっちゃうのはパンクスだった。さてYOSHIKIはすぐ肌を露出するじゃん。髪の毛をダイエースプレーで角状に立ててたのも、メタルよりはパンクス。
    藤谷:頭の半分がツノで半分ウェーブのYOSHIKIの「ウニ頭」ヘアスタイルはそういう意味も込められているかもしれないんですね。
    市川:藤谷さんの解釈は優しいなぁ。初期のXの音は、構造的にはハロウィン(ドイツのヘヴィメタルバンド、84年結成)みたいなメロスピ(メロディックスピードメタルのこと。ヘヴィメタルのサブジャンルの一つ)だから、メタル色が濃かったわけよ。なのにヴィジュアルは裸でウニ頭だから、<自分勝手なハイブリッド>だったんだと思う。だけど同時にTVのバラエティ番組に出て運動会なんかやったりするもんだから、結局最終的には両方からバッシングされちゃったという。わははは。
    藤谷:『天才・たけし元気が出るTV!!(日本テレビ)』ですね……。当時はミュージシャンのTV出演は音楽番組ですらどうなの? という空気があった中、バラエティ番組に出演して食堂でライブをしたり運動会に出たりして、物議を醸していました。『ロッキンf』(リットーミュージック)にYOSHIKIが「自分たちがTV番組に出ることについて」というテーマで手記を寄稿したこともあったそうですね。
    市川:彼はどんなことにおいてもイノベーターであることに、価値を見い出してたと思う。言い換えればそれはまさに「飛び道具」的価値観なんだけども、メタルにもパンクにもなかったその独特な痛快さがV系という独立した社会を生んじゃった。単純明快でわかりやすい美意識って、ヤンキー的だもんね?
    ■ヤンキーV系の衰退とオタクV系の台頭はなぜ起こったのか?
    市川:とはいうものの、V系がヤンキー的な「オラオラ」ロックだった時代は実は短くて、95年くらいには早くもヤンキー性が希薄になってた気がする。既にその頃にはV系がお金を沢山稼いでくれる音楽ビジネスとして確立したもんだから、良い意味でも悪い意味でもスマートに高級に巨大になってしまった。そうなってくると、がむしゃらな創造衝動もヤンキー色も薄れてきてしまう。そしてヤンキー性が希薄になった最大の「裏」理由は――YOSHIKIが本拠地をLAに移して日本からいなくなったこと。だははは。
    藤谷:そんな地理的な問題で済ませてしまっていいんですか!
    市川:うん(←あっさり)。結局そういうことなんだよ。皆勘違いしてるようだけども、Xって四半世紀以上存在しているにもかかわらず、オリジナルアルバムがインディーズ時代のを含めても4枚しかないのよ? 百歩譲ってミニアルバムの『ART OF LIFE』加えてもたったの5枚。後輩のLUNA SEAやGLAYの方がよほどちゃんとリリースしてるし、CDだってはるかに売れてるんだから。実は。
    藤谷:それでも、ジャンル全体の話になるとYOSHIKIの話になってしまうというのがなんとも――。
    市川:アルバム単位で見ても、LUNA SEAが平均100万枚超。ラルクアンシエルが最高300万枚でGLAYのベスト盤に至っては500万枚と、Xの3倍4倍も売れてたわけさ。すると当然、雨後の筍のように出てきた若手もかなりの確率で売れていく。そうなってくると「V系」というブーム自体は活気があって盛況だけども、初期にあったような緊張感は急速に薄まっていったんじゃないかな。
    94〜95年頃からか、それまでV系を扱ったことのないレコード会社や芸能事務所の連中が、私をがんがん訪ねてくるわけ。で「V系バンドを始めようと思うんですが……」って相談されるの。知らんがな(激失笑)。まあ、日本全国にアマチュアV系バンドが溢れてたのは事実なんだけども。
    藤谷:そこで『BREAK OUT!』(※テレビ朝日系列の音楽番組。全国のインディーズバンドをランキング形式で紹介し、V系ブームの隆盛に一役買った)のような、インディーズバンドを取り上げるといいつつも実質は「ヴィジュアル系のための番組」が成立したということでしょうか。
    市川:アレは志の低ーい番組だったよなぁ。青田刈りしたアマチュアV系バンドたちを番組で推してやる代わりに、系列の音楽出版社であるテレ朝ミュージックが「その原盤権を掌握して儲けるぜ!」みたいな大人の欲望丸出しだもの。キリト(PIERROT/Angelo)のような<V系テロリスト>がキレたのはもちろん、あの温厚なyasu(JanneDaArc/Acid Black Cherry)ですら「アレは最低です」と全否定してたくらいだから。
    90年代後半のV系バンドはそれほど金儲けの論理にまみれていたわけだけど、でも言い換えるとそれだけV系が有望なマーケット=ポップ・カルチャーとして成立してた側面もあるんだろうね。
    藤谷:市川さんの『BREAK OUT!』に対する評価は厳しいですけど、少なくとも今35歳以下のヴィジュアル系ファンはあの番組を見て育ったと言っても過言ではないですからね。
    市川:そうなんだよなー。あの番組がV系を日本全国に広めちゃったのは事実だからなー、節操なく。でまあ私は当時、「もうV系はほっといてもいいや」と思っちゃって見限ったのは事実です。だってバンドマンも背広組も、人として加速度的につまんない奴ばかりになっちゃったんだもん。ほら、徳川将軍家と同じでさ、初代の家康から代を重ねてって最後の方になればなるほど小者感が激しく漂うじゃない。やっぱり。
    藤谷:そんな状況を象徴するかのように現れたのが、96年デビューのSHAZNAですよ。徹底的にポップ、徹底的にキャラクターを立てていったことでブレイクしたじゃないですか。私はヤンキー→オタクへのある種の転換点ってSHAZNAだと思っていて。ああいうふうに自分をキャラクター的に表現するというのは、現代の2.5次元的なヴィジュアル系に通じているというか。
    市川:うん、「必要悪」SHAZNAを契機にオタク的な奴らが増殖していくわけですよ。恐竜の時代が終わって哺乳類の時代が始まるようなもんです。いや、ヤンキー漫画がアニメに駆逐されたというべきか? というか、そもそもオリジナルV系が廃れたのはいつからになるんだろう。
    藤谷:私は99年から下降線をたどっていったのかなと思います。98年から99年にかけて何十バンドもデビューしてますから。DIR EN GREYやPIERROTを筆頭にD-SHADEやLastierといった『BREAK OUT!』バンドや、もう名前も思い出せないようなバンドもたくさんいます。
    とはいえ20万人も動員した、今から考えるとワンマンライブとしてはありえない規模で行われた《GLAY Expo》も、99年です(幕張メッセに併設されている巨大駐車場で行われた。会場の総面積は東京ドーム約4個分に相当)。それにラルクが起こした通称「ポップジャム事件(ラルクがNHKの音楽番組『ポップジャム』に出演したさい「ヴィジュアル系」と呼ばれて激怒したとスポーツ新聞やワイドショーで報道された事件)」や、IZAMと吉川ひなのが結婚してすぐに離婚したのもこの年でした。
    だから「終わりの始まり」といいますか、ピークを迎えたのも99年ですし、芸能ニュース的にオワコン扱いされだしたのも99年なんじゃないでしょうか。
    市川:そして最後に残ってたのが、実は作品的にまったくV系じゃないGLAYと、誰がどう観ても聴いてもV系のくせにV系であることを頑なに拒否し続けたラルク――よりにもよってこの2バンドだったことが何かを象徴しているというか、<ブームの終焉>感をより醸しだした気がする。
    藤谷:そしてですね、ブームも終わって「ヴィジュアル系・冬の時代」と呼ばれていた00年代前半に早稲田にヴィジュアル系研究会ができ、一方で慶応のインカレサークルのメンバーが中心になって結成されたのが後の「彩冷える」です。個人的にこれがすごく興味深くて。もちろん高学歴のヴィジュアル系ミュージシャンは昔からいましたけど、それを公表していた最初の世代なんじゃないかと。
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  • LUNA SEA主催フェス「LUNATIC FEST.」はV系の「反撃の狼煙(のろし)」か?(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第2回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.376 ☆

    2015-07-29 07:00  
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    LUNA SEA主催フェス「LUNATIC FEST.」はV系の「反撃の狼煙(のろし)」か?(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第2回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.7.29 vol.376
    http://wakusei2nd.com



    去る6/27-28日に幕張メッセで行われたLUNA SEA主催フェス「LUNATIC FEST.」は、その多彩なラインナップで大盛況となり、様々なメディアにも取り上げられました。今なぜ「ヴィジュアル系の祭典」が行われたのか? そして、その熱気はどうして生まれたのか?
    「幾つになっても音楽評論家」市川哲史と、ヴィジュアル系ライター藤谷千明の2人が、この大規模イベントから「ヴィジュアル系の現在」を考えていきます。


    ★LUNATIC FEST.(以下ルナフェス)とは?
    LUNA SEA主催で先月の6月27-28日にかけて幕張メッセで行われた音楽フェスティバル。X JAPANやDIR EN GREY、MUCC、GLAYといったいわゆる「ヴィジュアル系」バンドだけではなく、その影響源たるBUCK-TICKやDEAD END、D’ERLANGERから近年のラウドロックシーンを引っ張るcoldrainやROTTENGRAFFTY、凛として時雨や9mm Parabellum Bullet、Fear,and Loathing in Las Vegasや[Alexandros]、the telephonesなどの若手バンドまでが出演し、その幅広いラインナップで話題となった。(詳しくは公式ホームページ http://lunaticfest.com/ を参照。)

    公式ホームページ(http://lunaticfest.com/)より。
    ▼対談者プロフィール
    市川哲史(いちかわ・てつし)
    
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント!」などで歯に衣着せぬ個性的な文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)。
    藤谷千明(ふじたに・ちあき)
    1981年山口生まれ。思春期にヴィジュアル系の洗礼を浴びて現在は若手ヴィジュアル系バンドを中心にインタビューを手がけるフリーライター。執筆媒体は「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ総研」ほか。
    ◎構成:藤谷千明
    前回記事:第1回「元祖・フィジカルエンターテイナーとしてのYOSHIKI」 
    ■ LUNATIC FEST.とはなんだったのか
    藤谷 今回は、先日開催され話題になったLUNA SEA主宰の「ルナフェス」というイベントのインパクトを振り返りつつ、「そもそも、2000年代以降の国内のフェス文化からなぜかヴィジュアル系がパージされてきた」という問題についても考えてみようと思います。

    ▲『MOTHER』:LUNA SEAが1994年に出した4thアルバム。収録された「ROSIER」や「TRUE BLUE」などの楽曲は後世のV系バンドに大きな影響を与えた。
     改めて説明すると、ルナフェスは後続のヴィジュアル系バンドに絶大な影響を及ぼした代表格LUNA SEA主宰のロックフェスです。
     LUNA SEAは00年に終幕(※LUNA SEAは「解散」ではなく「終幕」と表現する)後、各自ソロ活動や別ユニットで活動していましたが、07年末に東京ドーム「GOD BLESS YOU~One Night Dejavu~」で一夜限りの再結成を果たしたのち、08年のhide memorial summit出演を経て、10年にREBOOT(活動再開)宣言とともにドイツ、香港、台湾、アメリカを廻る世界ツアーを発表、以後セルフカバーアルバムやシングルのリリースを経て13年末にはオリジナルアルバム『AWILL』をリリースしました。昨年は結成25周年記念イヤーとして全国ツアーを行い、その記念イヤーのラストイベントがこのフェスになります。
     当日ボーカルのRYUICHI(河村隆一)も「ロックの地層」と表現したように、DEAD ENDやX、BUCK-TICKといった”シーンの始祖”や後続のヴィジュアル系シーン出身のバンドだけでなく、いわゆる「ロキノン系」に括られる凛として時雨や9mm Parabellum Bulletも出演しました。

    ▲凛として時雨 『Who What Who What』。男女ツインボーカルの3ピースロックバンド。メンバーがLUNA SEAファンを公言している。
     彼らはバンドの佇まいや音で「LUNA SEA直系でしょ!」ということがすごくよくわかるんですよ。LUNA SEA終幕後にPSカンパニーやアンダーコード(どちらもヴィジュアル系の事務所)のバンドではなく、UKプロジェクトや残響レコード系のバンドに行った人は多かった。あのあたりのバンドの音って、当時2000年代半ばのヴィジュアル系よりも「ヴィジュアル系っぽさ」があったんです。

    ▲9mm Parabellum Bullet - 生命のワルツ
    市川 私は今回、そんな非V系バンドたちを「すごい爽やかだなー」と思って聴いてたなぁ。つくづくV系というのは不思議なもので、孫引きになればなるほど具体的なサウンドはもちろん変貌してるけども、「あの」ノリとコンセプトだけは妙に生きてるんだよねこれが。だから、90年代V系の尻尾が、後の世代のバンドでは「こういう形でこういう場所に生えてんのか」という驚きがあった。
     一方で、21世紀突入後のもっとオーソドックスなV系後継機にあたるはずの<ネオV系>バンドがあまり出ていなかったけども、今回に限っては出さなくてよかったと思う。だって、お化粧の変遷みたいなのを見せられてもしょうがないじゃない。LUNA SEAは「メイクをしてようがしてなかろうが、見かけがV系っぽくなくても俺達の影響を受けてくれた連中はこれだけいるんスよ」ということを示したかったんだと思うし、そういう意味ではきっと達成感があったと思う。
     それと今回は若い世代を中心に、XやLUNA SEAを初めて生観戦した人もかなり多かったと思うんだよ。それは観客のみならずメディアの若いスタッフたちまで、フェス全編通じて「出音がすごい!」とやたら驚いてて――とにかく新鮮で衝撃的だったみたい。V系バンドのレジェンドたち(苦笑)って、「他の誰よりも音はデカく演奏は速く濃く、どんな手を遣っても目立つ!」的な強迫観念で自らを追い立ててたわけでさ。考えてみたらその本気感って、いまの音楽シーンからいつの間にか失われてるものだったりするじゃない? そんな自意識過剰なプロフェッショナル魂が、きっと恰好よく映ったんだと思うよ。

    ▲D’ERLANGER 『Spectacular Nite -狂おしい夜について-(通常盤) 』
     さらに誤解を怖れず言っちゃえば、当事者であるこのフェスに出演した若いバンドたち自身が、レジェンドたちの生命力漲る音に驚かされてたフシさえある。
     ほら、V系の基本はあくまでも<足し算の論理>だから、そんな「出したもん勝ち!」みたいな生命力の差だよ。「あえて退くことで自分を際立たせる」的な技はV系じゃ通用しないから。わははは。
     たとえば今回のLADIES ROOM(※セクシャルな歌詞とルックスから「エクスタシーレコードのセクサー集団」、サウンドからは「和製モトリー・クルー」と称されたバンド)なんかもう、素敵じゃない。自分たちの楽曲より「Anarchy in the UK」(セックス・ピストルズのカバー)と「酒と泪と男と女」がメインというね。しかも楽曲以上に呑みまくり酔いまくり、そしてそこで唄わされているRYUICHI(嬉笑)。
    藤谷 美声でしたね……。
    市川 アレが原因で声枯らしたね。RYUICHIの唄が肝心のLUNA SEAで調子悪かったの絶対、LADIES ROOMのせいだよ。だははは。
    藤谷 それ以外にも、DEAD ENDのステージにはRYUICHIとSUGIZOが登場。SUGIZOは他にもDIR EN GREYのステージでヴァイオリンを演奏したり、KA.F.KAにも飛び入りしたり。しかもやったのがJoy Divisionの「Transmission」!
    市川 ほとんど杉原祭り。
    藤谷 あははは。Jは先輩のAIONやBUCK-TICKだけでなく後輩の9mm Parabellum BulletやROTTENGRAFFTYとも競演してましたし。
    市川 Jは宿願であるBUCK-TICK兄さんとの共演が、しかもあの“アイコノクラズム”で実現しちゃってもう、至福の笑みだったもんねぇ。
    藤谷 INORANは崇拝するD'ERLANGERの、真矢は弟子の淳士がいるSIAM SHADEのステージに……と書ききれないくらい「サプライズ」がありましたね。LUNA SEAメンバーの、あのオーガナイザーとしてのサービス精神は凄いと思います。
    市川 うん。私の想像をはるかに超えて、LUNA SEAのホストとしての献身は素晴らしく、おもてなし魂が炸裂してたよ。「炸裂」しなくてもいいんだけども(苦笑)。
    ■ ルナフェスは90年代の「エクスタシーサミット」「LSB」のオマージュ?
    藤谷 このルナフェスの意義としては、今まで誰もきちんと評価できていなかった「LUNA SEA以前・以後」という軸を見せることができたということが大きいのかなと思います。
     今回のルナフェスのラインナップって実は、市川さんがリアルサウンドの記事(『LUNATIC FEST.』が蘇らせる、90年代V系遺産 市川哲史が当時の秘話を明かす - Real Sound|リアルサウンド )で書かれていたように、1日目は《エクスタシーサミット(91・92年)》、2日目は《LSB(94年)》のオマージュなわけですよね。
    市川 エクスタシーサミットってそれこそエクスタシー所属バンドの祭典だったけど、実際に売れてるバンドはまだXだけで、Zi:kill(エクスタシーレコード出身でLUNA SEAとは先輩後輩にあたる。今回のフェスでもSUGIZOから再結成を望む発言があったが実現はしなかった)やLUNA SEAがメジャーデビューしたばかり。要は、<YOSHIKIと愉快な仲間たちwith舎弟たち>の集会だったわけ。
    藤谷 それが若手のフックアップの場でもあったわけですよね。ヒップホップでいうところの「さんピンCAMP」(96年に日比谷野外音楽堂で開催された日本初の大型ヒップホップフェス)に近いのかも。
    市川 結果論としてはね。でも実際は何も考えてなかったと思うよ。とにかくYOSHIKIが、「エクスタシーの大きい團旗を持って裸でわーっとステージを駆け回りたい」ってだけで始まったんだから。
    藤谷 無邪気か!!!
    市川 一方、BUCK-TICKとLUNA SEAとSOFT BALLET(※インダストリアルテクノユニット。今回のフェスにもメンバーである森岡賢と藤井麻輝によるminus、森岡賢が参加しているKA.F.KAが出演)が一緒に全国を廻ったLSBは、いわゆるスプレッド・ツアーの日本での走りだったんだよね。しかもラルクやイエモンやマッド・カプセル(・マーケッツ)など当時の「若手注目株」も、公演地ごとに客演するというショーケース的機能も併せ持った画期的なイベントだった。
     当時のファンはやはり、「自分の推しバンドこそ命♡」と一組のアーティストだけに深く狭くのめりこんでたわけ。だけども、私の『酒呑み日記』(※市川さんが『ロッキングオンジャパン』『音楽と人』誌で連載していたロックミュージシャンとの交遊録的エッセイ。当時は神秘のベール(笑)に包まれていたV系ミュージシャンの素顔や本性や生態が見られると大人気だった)や掟破りの対談やFMを通じて、「今井寿と藤井麻輝は仲がいいんだ」とか「今井とhideがTAKESHIとの座談会出席を自ら買って出るほど、マッド・カプセルを応援してるんだって」とかそういう、バンドの枠を越えた横の人間関係がV系には存在するということを、一般の女子たちも知るに至ったわけさ。我田引水だけども。
     そういう意味では、日本のロックシーンにも縦の上下関係のみならず横断する<ロック村>が初めて誕生した上に、またそれが世間に知られるようになったところで、LSB。そこでファンの子たちは初めて、名前とキャラだけよぉーく知っている自分の推しバンドの仲間の生のライヴを観て、「あ、恰好いいんだーっ」とか「私にはわからないー!!!」とか、一喜一憂したらしいよ。知識が経験へと昇華したんだねぇ(←しみじみ)。
    藤谷 当時はネットで試聴できるわけでもないですから、LSBでのライブが「試聴」の代わりでもあったわけですね。
    市川 そう、人力YouTube状態(失笑)。だからLSBは、「名前しか知らないバンドを体験する」という機能を果たしていたんだよね。しかも、どこかの事務所やレーベルの思惑ではなく、アーティスト自身の主導で実現したことも大きかった。前宣伝も地味だったし、冠スポンサーも一切ないし、ライブビデオもリリースされなかったし、そういう意味では「ただこんなライヴをやりたかっただけ」という潔さが美しかった。
    藤谷 私は当時見に行けてなくて、映像がリリースされてないことが悔しかった記憶があります。
    市川 そりゃ無理(←きっぱり)。
    藤谷 しかしなんでまたLUNA SEA25周年とはいえ、20年以上前のイベントを半分踏襲するようなフェスをやることになったんですかね。
    市川 そもそも再結成LUNA SEAを、えらい長く引っ張っちゃったわけで。しかも新曲シングル連発して新作アルバムまで出して全国ツアーまで実現させてしまい……本気でやりすぎだろう(愉笑)。<バンド再結成に新作不要>論を唱える私には、LUNA SEAは真面目すぎる。
     要するに真面目に再結成し過ぎてしまっただけに、その巨大な風呂敷をいったんたたむには大きな花火が必要だったんじゃないかな。というわけでV系の歴史を総轄しちゃうとこがまた、相変わらずLUNA SEAらしくて微笑ましい。
    ■ XとBUCK-TICKの「現在」
    市川 今回の出演バンドで最も得したのは、BUCK-TICKじゃなかろうか。<伝説の元祖V系バンド>として昔から評価が高いわりに、実際に楽曲聴いたりライヴ観たりされてなかったと思うのよ実は。イメージと評価ばかりが一人歩きしてて。
    藤谷 「最近のBUCK-TICK」を知らない上の世代は多かったかもしれませんね。どうしても世間的なイメージだと「JUST ONE MORE KISS」や「惡の華」で止まっている。そこからちょっと難解なデジロック路線を経て、05年のゴシックをコンセプトにした『十三階は月光』をきっかけにして若いファンがけっこう入ってきたんですよ。
    市川 とはいえごく少数じゃない。やはり今回初めて動くBUCK-TICKを生で観たら、「うわやっぱ本当に恰好いいじゃん!」と驚いた声をすごくたくさん聞いたよ。
    藤谷 ライブ終了後にTwitterのホットワードに「BUCK-TICK」が上がってましたからね(笑)。セットリストも完全に「現在」のもので。潔いくらいナツメロ的サービスがなかった。

    ▲昨年行われた「TOUR2014 或いはアナーキー -FINAL-」の映像
    市川 初期のあのヤンキー・デカダンス的なヴィジュアル(失笑)が災いして、ずっと差別的に過小評価され続けたけども、実はBUCK-TICKって早い時期から音楽的に成熟してたんだよね。たとえば『狂った太陽』は1991年リリースにもかかわらず、海外に先んじてクールなデジロックを実現させていた。また『darker than darkness-style 93-(93年)』『Six/Nine(95年)』と、「とにかく変てこな音を造りたい」という今井寿の少年並みの執着心が、偏執的な「おいおい」エレクトロニカを既に聴かせてくれちゃってたし。新しく購入した化け物エフェクターが内臓する440種の音色を、いちいち全部試してレコーディングしたりしてたもの――ガキに刃物渡しちゃ駄目だって。わはは。
     でも本当に、BUCK-TICKが音楽的に正当に評価される場がなかったと思う。
    藤谷 そんなワンマンかのようなステージをみせたBUCK-TICKと対照的だったのが、「通常営業」だったXですよね。「Rusty Nail」「紅」「Endless Rain」「X」といった代表曲を中心にしたセットリストで、さらには「(ずっと出ないことがネタになっている)ニューアルバムに収録するから」と観客を巻き込んだレコーディングまでやる、という。

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  • 【新連載】市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第1回「元祖・フィジカルエンターテイナーとしてのYOSHIKI」 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.338 ☆

    2015-06-05 07:00  
    216pt

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    【新連載】市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第1回「元祖・フィジカルエンターテイナーとしてのYOSHIKI」
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.5 vol.338
    http://wakusei2nd.com


    本日は、新連載の第1回をお届けします! テーマは、「ヴィジュアル系(V系)」。
    90年代の黄金期にアーティストたちとシーンを並走した音楽評論家の市川哲史さん、そして現代のヴィジュアル系に詳しいライターの藤谷千明さんの二人で、過去と現在を往復しながらこの日本独自のポップカルチャーの本質を考えていきます。
     
    ■ はじめに
     
     「ヴィジュアル系 (ビジュアル系)」という言葉が誕生して四半世紀以上が経ちました。そもそもこのジャンルが世の中に認知され始めたのは〈1990年〉前後だと言われています。プログレ&ニューウェイヴ雑誌だった『フールズメイト』(13年に休刊)がXやBUCK-TICKといった”ヴィジュアル系”バンドを中心にした編集方針へと大きく舵を切り、”ヴィジュアル系”専門誌『SHOXX』(音楽専科社・現在も刊行中)が誕生した年です。その後、奇抜な衣装やメイク、独特の美学や世界観をもったロックバンド”が世間的にも注目され始め、シーンが形成されていきました。
     〈ヴィジュアル系の始祖鳥〉といわれるBUCK-TICKがメジャーデビューしたのが、1987年。そして89年にX(92年にX JAPANに改名)が、92年にLUNA SEAが、94年に黒夢やL’Arc~en~Ciel、GLAYが続々とメジャーデビューしていきます。
     そして97年にSHAZNAがメジャーデビューと共に大ブレイクし、「ヴィジュアル系ブーム」はピークを迎えます。ちなみにヴィジュアル系が「新語・流行語」にノミネートされたのもこの年です。
     
     どのバンドも100万枚単位でアルバムを売り、ドーム公演はもちろん10万人以上の観衆を集めるライヴまで次々と実現させました。しかし97年12月にX JAPAN、00年12月にLUNA SEAが解散(※LUNA SEAは「終幕」と表現)していく中、徐々にブームも沈静化したーーというのが「世間一般」の”ヴィジュアル系”認識ではないでしょうか。
     思えば98年5月、X JAPANのギタリストでシーンの牽引者でもあったhideが急逝したことも、象徴的な出来事だったと言えます。
     
     「もう”ヴィジュアル系"は終わった」という人もいる一方で、今日も都内のライブハウスでは新しい”ヴィジュアル系”バンドと、それを求める沢山の女の子(と少数の男の子)がライブに熱狂しています。
     また、この十数年の間にヴィジュアル系バンドの海外公演も当たり前になりました。単発ライブはもちろんのこと、ヨーロッパからアジア、南米まで回る長期ツアーに行くアーティストも少なからず存在し、Instagramなどで「JROCK」と検索すると出てくるのはtheGazettEなどのヴィジュアル系バンドが目立ちます。他ジャンルのアーティストの海外進出がニュースになるなかで、それより以前から成功していたヴィジュアル系については、あまり国内メディアから注目を浴びないまま、海外での人気を拡大しているといういびつな状況も起こっています。  
     
     ”ヴィジュアル系”といってもいまだに定義は曖昧ですし、X JAPANとゴールデンボンバーの映像を並べるだけでもそのカテゴリーのおそるべき広さは理解できると思います。
     

    ▲X Japan Rusty Nail from "The Last Live" HD
     

    ▲GOLDEN BOMBER 武道館LIVE千秋楽「女々しくて」【ゴールデンボンバー】
     
     そして”ヴィジュアル系”という言葉を積極的に使うメディア、アーテイストもいれば、逆にその言葉を使うことに慎重になっているケースもいまだに存在します。
     
     この四半世紀、”ヴィジュアル系”は存在しているのに、そのシーンの総体を語ろうという試みはほとんど行われてきませんでした。そこでこの連載では、ヴィジュアル系黎明期〜黄金期にアーティストたちとシーンを並走した音楽評論家の市川哲史氏とともに、過去と現在を往復しながら、”ヴィジュアル系”という日本独自のポップカルチャーの本質を考えていこうと思います。(藤谷千明)
     
    ▼プロフィール
    市川哲史(いちかわ・てつし)
    
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント!」などで歯に衣着せぬ個性的な文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)。
    藤谷千明(ふじたに・ちあき)
    1981年山口生まれ。思春期にヴィジュアル系の洗礼を浴びて現在は若手ヴィジュアル系バンドを中心にインタビューを手がけるフリーライター。執筆媒体は「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ総研」ほか。
     
     
    ■「V系の文化史」を語るために
     
    藤谷 この連載を始めるにあたって、ヴィジュアル系の歴史を語っていくとしたら時系列でやっていくのが普通だと思います。たとえば「ヴィジュアル系シーン」が成立したの90年前後だと言われていますが、その前段階としてはメジャーシーンにBOOWY、ジャパメタ(ジャパニーズ・メタル)シーンにはDEAD END……だったりが固有名として挙げられるわけですよね。
     でも90年以前の「ヴィジュアル系前夜」の時代って、「BUCK-TICKが人気ある」とか「Xはジャパメタとして人気がある」というかたちで個々のバンドとして認識されているのに留まっていて、「ヴィジュアル系シーン」というものはまだ輪郭がハッキリしていなかったんじゃないかと思うんです。
    市川 たしかにV系を通史として語るのは難しい、というかあまり意味がない(苦笑)。たとえばBUCK-TICKは〈V系の始祖鳥〉として崇められてるけど、そもそも彼らが現われたときV系なんて存在しなかったし、本人たちもV系の自覚はないし、世間的にも「チェッカーズに続くアイドルバンド!」的な捉えられ方だったから(失笑)。文脈も何もあったもんじゃないよねぇ。
     それよりは、「90年代にはヤンキー文化の最新型だったはずのものが、現在ではオタク文化の象徴になっている」という、V系の特異なスタイルと本質についてしっかりと語ったほうがいいと思う。「日本人はヤンキーとオタクに二分できる」じゃないけども、その両極端をこの30年間で渡り歩いているという、他に類を見ないストレンジなポップカルチャーですから。だははは。
    藤谷 そもそもヴィジュアル系の成り立ちって「80年代に文化系の人たちがやっていたゴシックだったりニューウェーブの耽美の園にヤンキーがズカズカ踏み込んできた」という側面が強いですよね。
    市川 そう。80年代後半、東京には繊細な耽美系のロックが存在してたんだけども、そんな文科系特有の感性と知識で丹念に手入れした花壇を、ヤンキー的感性でドカドカと土足で踏み荒らして蹂躙したのがV系。外来文化ならではの繊細で粋なスタイル性を「ウチの美学が最高だから、矛盾上等!」的なアバウトさで駆逐したところ、踏み荒らした花壇の土壌が逆に強くなり、新たな雑草や毒々しい花々を大量に咲かせちゃったんだね。
    藤谷 身も蓋もない言い方ですね(苦笑)。
    市川 「闇」とか「絶望」とか「破滅」とか「堕落」とか「破壊」とか、要するに〈ネガティヴィティーの大博覧会〉状態なのに、具体的な美意識はサウンド同様ひたすら過剰な〈足し算の論理〉だった。その発想はやはりヤンキー的だし、その大雑把さというか勘違い具合が日本人ならではで、素敵だったわけです。
     そんなヤンキー文化直系だったはずのV系がなぜ、オタク文化の象徴へと変容していったのか考えると、要するにアーティスト本人たちが自発的に変わったというより、おそらくファンの子たちがどこかでチェンジしたから。それに合わせて、出てくるバンドも変わっていったんじゃないかと思う。本末転倒だけども(失笑)。
    藤谷 そうですね。市川さんはヴィジュアル系の草創期から90年代の黄金期に評論家兼呑み仲間として彼らに接してきて、私は00年代〜10年代の最近のバンドを取材していますし、現役のバンギャルの友人も多いので、この連載ではそういった環境の変化について相補的に語っていければと思います。
     
     
    ■ 2.5次元演劇とフィジカル・エンタ
     
    藤谷 ヴィジュアル系という文化をきちんと語るためには、今で言う「2.5次元」の感覚が大事だと思っているんです。いわゆるネオヴィジュアル系以降のバンドって衣装ひとつとっても「キャラっぽさ」が顕著じゃないですか。昨年フランスのJAPAN EXPOに行ったんですが、アニメ中心のイベントということもあって現地のファンはアニメキャラと同列にV系ミュージシャンをみてるような印象を受けたんです。
     たとえば最近だと己龍(きりゅう)というバンドが面白いと思っていて、今度武道館でライブをやるんですよ。近年の若手ヴィジュアル系バンドで武道館公演をやったのはゴールデンボンバー(12年に初公演)くらいですね。
    それぐらいにヴィジュアル系バンドにとってハードルが高い場所になっていたなかで、これは快挙と言っていいと思います。
     

    ▲己龍「悦ト鬱」MUSIC VIDEO:08年結成の己龍。ネット&現場双方の水も漏らさぬ全方位戦略が功を奏して、インディーズながら今年の7月31日に武道館公演を敢行。
     
    市川 現在54歳のおっさんには、アニメの実写版にしか見えない(愉笑)。
    藤谷 正確には「和製ホラー・痛絶ノスタルジック」というコンセプトです。先ほどおっしゃっていたように「ヤンキーからオタクになった」ということも影響していると思いますが。
     ここ数年で、ミュージカル「テニスの王子様」や舞台「弱虫ペダル」(以下ペダステ)といった「2.5次元演劇」はすっかり人気ジャンルとして定着しました。俳優さんやキャラクター人気だけではなく、ロードバイクやテニスを舞台上でいかに表現するかということがよく考えられているんですね。
     
    ▼参考記事
    ・「2.5次元って、何?」――テニミュからペダステまで、「2.5次元演劇」の歴史とその魅力を徹底解説
     
    市川 あのー、その「2.5次元感」ってよくわかんないんだけども、最近やたら増えてきたいわゆる生身のリアリティーが希薄な映画やドラマ、みたいなあの感じ?(焦笑)。
    藤谷 まあ、遠くはないです(笑)。要は、ヴィジュアル系の文脈でいうとゴールデンボンバーがわかりやすいんじゃないかと思います。彼らも、「演奏していない」のに、どうやって生のドラマを生み出すかにものすごい労力を注いでいる。ゴールデンボンバーのライブで歌広場(淳)さんが弦の一本無いベース抱えてヘドバンしたり、喜矢武(豊)さんが身体を張って熱湯風呂に入っていたら、爆笑しつつもなぜか心が動かされますよね。
     

    ▲ゴールデンボンバー「抱きしめてシュヴァルツ」Live at 大阪城ホール 2012/6/10 (Live DVDより)【GOLDEN BOMBER】:ゴールデンボンバーのライブ映像。MCで前振りされたダジャレを体を張ってストレートに表現する。くだらないことに全力を注ぐ姿にファンは心を動かされる。
     
     たとえば『ペダステ』もハンドルしかない状態なのにロードバイクを漕ぐ演技、つまり中腰で足踏みをずっとしている状態だから、汗がダラダラ落ちてきていて、そこに説得力が宿る。2.5次元的な感覚って単にアニメやマンガのキャラの格好をしてる舞台のことではなくて、キャラクターを生身の人間が引き受ける過程のことだと思うんです。
     
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