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【対談】三宅陽一郎×中川大地 モンスターが涙を流すとき——ゲームAIの哲学をめぐって(後編)
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【対談】三宅陽一郎×中川大地 モンスターが涙を流すとき——ゲームAIの哲学をめぐって(後編)

2018-10-30 07:00

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    身体論からのボトムアップで「人間」の構築を目論む西洋哲学的AIと、超越的な存在を仮構しようとする東洋哲学的AI。2つのアプローチが融合した先に、虚構のキャラクターが「涙を流す」ような情緒は宿るのか。ゲームAIが可能にする新しい想像力のあり方について語り合いました。(この対談は『人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇』刊行記念トークイベントとして、2018年6月28日にジュンク堂書店池袋本店で開催されました)(構成:大内孝子)※本記事の前編はこちら

    三宅陽一郎さんの連載「三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき」の記事一覧はこちら

    知能を形成する2つの流れをメタAIが補完

    中川 三宅さんの「人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇」のセミナーにも何回か参加しているんですが、何回目かのときに「東洋哲学は人間の主体の側だけではなくて、それをもう少しメタな視点から見返す視座がある」という話をされていたと思います。

    三宅 知能を探求すると、2つの流れがあるんですね。「実世界と一緒に同期して動こうとする流れ」と、もう1つは「周りの環境世界とは別に自分を恒常的に保とうとする内面の流れ」、世界とともにありたいという欲求とむしろ世界を超越したいという人間のもう1つの欲求、この2つがいつも流れているというようなところが知能の本質なのかなと思います。

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    ▲知能の場の形成

    実際のゲームAIを作るときも、片方を作った後にもう一方のほうを作らないと、どんどん壊れていくんです。60分の1秒で回さなきゃいけないとか、いろいろな計算途中のスレッドがたまってきて、なんか汚い感じになってしまう。ですが、たとえば人工知能を眠らすように内面の流れだけを流すというようにクリーンアップして、自分の形を整えていくみたいなところがあります。
    生物学的に言うと、この2つの流れはアポトーシスとホメオスタシスと言います。自分を変えてまで環境に適応しようとするアポトーシス的な流れ、自分をある一定の形に保とうとするホメオスタシス的な流れ、この2つの力が生物の中で拮抗しているんです。知能を探求していくと、実は生物的な細胞レベルの話になる。知能の中にそういう2つの力が宿っているわけです。

    中川 アポトーシスとホメオスタシスと生命科学用語が出てきたので、一応解説しますと、まずホメオスタシスというのは、自己同一性を保つための秩序形成の話です。たとえば、何かものを食べてそれが身体の成分に変換されて……という形で、人間の細胞は入れ替わってるけど構造は変わらない。いわゆる動的平衡を保つ仕組みがホメオスタシスです。一方、全体の秩序形成のために部分的に壊れることをアポトーシスといいます。たとえば、人間が胎児からだんだん赤ん坊に育っていくときに、受精卵の段階からだんだん人間らしく形成されていく。初期は指の間に水かきがあったりするんですが、途中でそういうのがなくなっていく。
    トップダウン的にこうなるべきだというふうに一つの秩序を保っていくのがホメオスタシス、それに対して、部分的に壊していくのがアポトーシスという意味ですね。

    三宅 極論すると、物理世界からの流れは極めて西洋的(機能的)なもので、物理世界と時間的に同期しながらボトムアップに自分が築かれます。一方、自分を超越した何かがコアにあり、そこに向かって自分自身が保たれているという流れは極めて東洋的です。

    中川 三宅さんの本を読むかぎり、環世界からボトムアップ的に自意識みたいなものができていく動きというのは、東洋哲学を導入しなくてもある程度説明できるという印象でした。以前の『人工知能のための哲学塾』(西洋篇)でフィーチャーされていたのは、ユクスキュルが定義した環世界から現象学、メルロ=ポンティの身体論などに至る流れが、デカルト的な自意識の構成原理を補完的に説明していくということだったと思いますが、そのへんの捉え方はいかがですか?

    三宅 そうですね。この図でいうと、どちらかというと、身体から出発しているほうが西洋篇で説明したこと、上のほうは東洋的、東洋哲学篇で語っていることです。超越的な何かから出発するというのは、あまり西洋では許されない思考だったりします。自分の存在の起源みたいなものが自分の中にあるみたいな神秘主義的なところなんですが、結局、自分自身を作り出しているものは身体からできるというのと、そんなこともないだろうという話もあって、僕はそこを補完するような理論を探求してきました。
    もう1つ東洋哲学篇から図を引用します。井筒俊彦先生の回で書いたものですが、この構造は東洋思想には共通してあって、単にイスラムの神秘主義だけではなくて、実は、いろいろなところに出てきます。

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    ▲上昇過程・下降過程

    イスラム哲学では「上昇過程」「下降過程」、仏教では「向上」「向下」、「向上門」「却来門」と言ったり、いろいろな呼び方がされています。そして、この一番上、いろいろな呼び方があるんですが、バルトは「存在の零度」、老子は「道」、イスラムでは「絶対的一者」、華厳教では「空」というように、同じことをいろいろな人が東洋的な存在の起源みたいな不思議な言葉で示しています。
    これは西洋の人工知能には絶対に出てきません。これを人工知能に取り入れようとすると、先ほど言ったような、人工知能の存在の起源みたいなものを人工知能の中に組み込まなければいけない。昔の僕が使っていたモデルはどちらかというと「こちらから入ってきて、インフォメーションフローをぐるぐる回して終わり」というような単純なものだったんですが、この東洋思想を入れると、下からの環境世界からの流れ、上からの一なる全からの流れが交差するということになります。やはり、存在の起源というのがないといけないので。自分自身を修復している流れ、超時間的な流れが2つ存在する、そういうことです。

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    ▲エージェントアーキテクチャの2つのフロー 
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