平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。今回は鰻(うなぎ)のエピソードです。鰻が大好物の祖母と、鰻が大の苦手な父の間で育った敏樹先生。鰻屋ではなく割烹で食べる鰻についての薀蓄から、小学生の頃、家族と外食で鰻を食べたその日に起きた出来事に思いを馳せます。
男 と 食 15 井上敏樹
さて、今回は鰻のお話。鰻と言えば死んだ祖母の事を思い出す。祖母は鰻が大好きだった。八十九歳で死んだ祖母だったが、死ぬ少し前まで、母が買って来た鰻を食べ、さらにもうひとつ好物だった無花果のデザートを楽しんでいた。鰻に無花果と言うと、随分健啖家のように思われるかもしれないが、祖母は痩身で腺病質、そして背中に大きな生まれつきの青痣があった。そのせいで、鰻と無花果と青痣は私の中でひとつのイメージとして繋がっている。父はこの祖母のひとり息子として甘やかされて育ち自己中心的な人格破綻者になったが、鰻が大の苦手であった。あの皮が気持ち悪いと言うのである。きっと子供の頃にひどい鰻を食ったのだろう。皮はなきが如く焼く、のが、鰻を焼く極意だと言うが、群馬の山奥で育った父にはそんな名店に行く機会はなかったに違いない。