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今回のPLANETSアーカイブスは、「PLANETS vol.8」に掲載され好評を博した社会学者・水無田気流さんへのインタビュー「『産める自由』を獲得するために」を掲載します。これからの若者の〈働き方〉と〈結婚・家族〉の問題を考えるヒントになるかも――?(インタビュー:宇野常寛、構成:中野 慧)
※本記事は2014年3月28日に配信された記事の再配信です。
水無田気流(本名:田中理恵子)は二つの顔を持つ。気鋭の現代詩人としてのそれと、女性問題や少子化、世代間格差などについて精力的に発言する社会学者としてのそれだ。そして僕がこれまで付き合ってきたのはおもに詩人としての彼女だ。僕らは東京工業大学と朝日カルチャーセンターのコラボレーション企画としての連続講義「Jポップと現代社会」を一緒に担当し、SMAPについて、ドリカムについて、ミスチルについて、あるいは浜崎あゆみについてひたすら語り合った。
僕にとっての彼女、つまり詩人・水無田気流は乾いた言葉を好んで用いる、少し感傷的な詩人だった。そして言葉に対して驚くほど敏感な批評者だった。そんな彼女のもうひとつの側面、つまり社会学者・田中理恵子と付き合うようになったのは、そのしばらくあとの話だ。トークイベントやテレビの討論番組で顔を合わせる彼女は、「〜しなければならない」という義務感に全身を震わせながら発言しているように見えた。僕はその怒れる彼女の姿と、そして彼女の書く詩の言葉の裏側には同じものが渦巻いているのだと思った。それは何かを決定的に失ってしまったということへの「怒り」なのだと思う。それが静かな喪失感として表現されているのが詩人・水無田気流の仕事であり、少しでも間口を広げようという粘り強い局地戦への意志になって表われているのが社会学者・田中理恵子の仕事なのだ、と思った。
彼女にはひとり男の子がいる。好奇心が旺盛で、甘えん坊な子だ。仕事の打ち合わせや対談収録に水無田さんはよく彼を連れてきていて、そしてよく退屈しては駄々をこねて彼女を困らせていた。そんなとき、僕は仮面ライダーやアンパンマンの似顔絵を手元のメモ用紙に描いて彼に見せたりしたものだった。水無田さんはそのたびに「ごめんなさい」と本当に申し訳なさそうに言った。僕は謝る必要なんてまったくないじゃないですかと毎回口にしながらいつか社会学者・田中理恵子とがっつり仕事をしたいな、と思っていた。
僕と彼女が共有しているものは確実にある。でもそれがなくしたものの数を数えることではなくて、一緒に何かを積み上げていくものにつながればいい。そんなことを考えながら、僕は話していた。(宇野常寛)
■〈上野千鶴子的なもの〉の射程
――水無田さんは、2009年に出した『無頼化する女たち』(以下『無頼化』)を上野千鶴子さんに献本して感想をもらったんですよね。
水無田 そうですね。お手紙でお褒めの言葉をいただいた一方で、上野さんの『おひとりさまの老後』について私が書いた部分に関して、「高齢者って格差も大きいし、とくに低年金・無年金高齢者は大変なのよ。あなたたちの世代にはわからないでしょうけど」というニュアンスのことを暗におっしゃっていました。上野さんたち団塊世代は、戦後の日本社会で家族が負担にならなくなった最初の世代です。それまでは、都市部に働きに出た子どもは、「実家への仕送り」義務を負っている人も珍しくなかった。それが、年金制度の確立などにより、必ずしも家族の相互扶助だけでやっていかなくても済むようになりました。もちろん、背景には高度成長により日本社会全体が豊かになったことがあげられます。
ところが、私たち世代はちょうど社会に出るときに日本社会が低成長時代に突入し、先頭を切って就職氷河期を経験しただけではなく、「家族が負債化する」という問題に最初にぶち当たっている世代です。特に子育て世帯は扶養控除が廃止されたりと、すでに実質的に重税化していて負担が大きいですよね。もちろん、世代会計の問題も大きく、社会保障費の負担は重い。そのうえ、老親の介護の声も聞こえてきている。今後は非正規雇用者や未婚で、企業福祉や家族のケアの恩恵に与れないまま、親世代の介護をせねばならなくなる人も増加するでしょう。なので、「そんなこと私たちは(恐れながら)わかってらぁ!」というお返事を出してしまいました。
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最終更新日:2024-11-13 07:00
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