平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。今年も大好物の鮎を食べ歩いている敏樹先生。形が大きな京都の鮎がお気に入りのようですが、一方、お椀については最近は、京都よりも東京の方が「いい」とのこと。東西のお椀をめぐる美食談義が繰り広げられます。
男 と 食 21 井上敏樹
東京に限っての事だが、今年は鮎がよくない。行きつけの店を何軒か回ったが、総じて形が小さ過ぎる。天ぷらにした方がいいようなサイズである。ハラワタの香りも頼りなく、食べていて情けない気分になって来る。食べ頃の鮎というのは、実は川によって大きさが違う。その川で捕れる鮎の平均サイズよりやや大きめの物がうまいのだ。鮎というのは川に縄張りを持ち、その川底の苔類を食する。小さな鮎は要するに栄養価の低い縄張りで育ったわけで、当然、餌である苔藻類の影響を受けるハラワタの香りも悪くなる。東京の割烹は、客の要望もあるだろうが、産地に関わらず小振りな鮎を選ぶ傾向があり、そこに問題があるのかもしれない。東京では、最近、お椀がいい。これは、かなり、いい。ここ一、二年でオープンした新店など、私の知る限り、悉くいい。どういうお椀がいいかと言うと、鰹節の味も昆布の味もせず、飲み終わった後にふわりと出汁の香りが胃袋から漂って来る。こういうのを返り味とか戻り味とか言う。いいお椀は腹の満ち具合に影響しない。食べた前と後で胃袋に影響がない。食べていながら食べていない、そういうのがいいお椀なのだ。