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碇本学 ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本社会の青春 第9回 劇画という〈父〉からの決別(後編)
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碇本学 ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本社会の青春 第9回 劇画という〈父〉からの決別(後編)

2019-10-29 07:00
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    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。第9回の後編では、『ナイン』よって確立され、以降のあだち作品を特徴付けることになる要素について掘り下げます。鍵となるのは2人のキャラクター、劇画を背景にしたライバル・山中健太郎と、後の妹ヒロインの原型となる安田雪美です。

    「劇画」を背負ったライバル・山中健太郎

    『ナイン』の第1話に色濃く残っていた「劇画時代の名残り」からの脱却が始まる第2話では、主人公・克也のライバル(恋敵)となる山中健太郎が冒頭から登場する。
    『ナイン』以降のあだち充作品における「主人公のライバル」の原型となるキャラクターが山中健太郎だ。彼は前年に甲子園に出場した強豪・武南高校のエースピッチャーであり、ヒロインの中尾百合とは小学校以来の幼なじみだ。

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    ▲山中健太郎

    通学中の新見克也と百合に、山中は「百合っぺ」と親しげに話しかけてくる。山中はわりと強引な男で、久しぶりに再会した百合をデートに誘い、高校生でありながら「嫁にするぜ」というキザな台詞を残している。

    劇画時代の原作付きあだち作品には、山中のような軟派なキャラクターは登場しなかった。山中は劇画的なニュアンスはあるものの、登場時に女子生徒たちにサインを求められるような、少女漫画におけるいわゆる「王子様」ポジションのキャラクターである。「女子にキャーキャー言われる王子様的ライバル」といえば、劇画『巨人の星』の花形満もそうだが、花形は飛雄馬との野球での勝負に情熱を注いでいた。一方、山中は野球の実力において勝負にならないほど克也に優っており、克也にライバル心を向けるのは百合との関係性においてのみ、という違いがある。

    あだち作品のライバル(恋敵)たちは、何かと理由をつけて、主人公たちの学校(練習試合や文化祭etc.)や、家の近所の喫茶店に現れるが、特に『ナイン』の山中健太郎から『タッチ』の新田明男まではバイクに乗って登場するという共通項がある。この「バイクに乗る高校生」は、現在の少年漫画ではほとんど見られなくなった光景の一つだろう。
    1970年代、バイク(オートバイ)は極めて高価で、誰でも買えるようなものではなかった。高校生でありながらバイクに乗っている時点で、山中家が裕福な家であることが分かる。バイクは70年代には若者たちの憧れの的であり、「二枚目でお金持ち」な王子様的キャラクターを象徴するアイテムだった。その後、80年代に入るとバイクの価格が下がり、大衆化するのに合わせて、全国に暴走族が広まっていくことになる。
    また、あだち充がデビュー前に石井いさみの元でアシスタントをしていたことも、これと関係しているかもしれない。石井の代表作『750ライダー』(1975−1985年)は「高校2年生の青春」を描いた学園漫画であり、当初は劇画風なキャラクターたちによるシリアスな作品として始まったが、連載を追うごとに恋愛を絡めたさわやかな作風へと変わっていく。この変化はどこか『ナイン』と重なるところがある。

    バイク同様、近年の少年漫画でめっきり見かけなくなったのが喫茶店だ。あだち作品といえば、なにかと主人公たちが喫茶店でお茶をしているシーンが多い。あだち自身が喫茶店でネームを書いていたことも無関係ではないだろうが、70〜80年代にの喫茶店は、物語において非常に使い勝手の良い舞台装置だった。当時の喫茶店は、同じ校舎にいながら交わらない不良と優等生、近所の住人や他校の生徒、さらに先生や親といった大人との交流を自然に演出できる第三空間であり、主人公やヒロインを試合以外の場面でライバルと会話をさせたいときに、手っ取り早く使えるロケーションだった。90年代以降、昔ながらの喫茶店は街から消えていくが、あだち充は時代が変わっても劇中に喫茶店を出し続け、現在連載中の『MIX』にも登場させている。

    山中の話に戻ろう。
    百合を強引に誘ったデートの際、山中は彼女が落とした定期入れを拾う。中に百合の意中の人物の写真が入っているのに気付いた山中は、自分の写真と入れ替えた上で、克也に「百合の忘れ物だ」と渡す。中の写真を見て落ち込む克也。定期入れは百合の元に戻るが、百合は中の写真が入れ替えられことに気付き、元の写真を返すよう山中に迫る。元の写真に映っていた人物は、克也だった。

    このエピソードでは、台詞による状況説明はほとんどないが、描写によって各登場人物の心情が分かる演出になっている。この時点であだち充的な表現技法は、ほぼ完成されていたことがわかる。こういった表現は少女漫画誌ではすでに使われていたが、劇画の説明過多なセリフに慣れ親しんだ当時の少年誌の読者には新鮮だったようだ。また、彼らの一部には少女漫画誌の読者もいて、あだち充の説明を省略した演出を理解できる素養が既にあったことも大きいだろう。

    山中は高校卒業の際、自分の想いを百合に伝える。そこでフラれた山中は「プロにいって稼ぎまくってやる」と、劇画のキャラクターにはありえないような捨て台詞を吐いて去り、以降は物語から完全に退場する。山中が去ったことで、物語の中で野球関連のドラマはほぼ発動しなくなり、以降は日常系ラブコメのテイストがより濃厚になっていく。


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