ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。今回は2005年放送の『タイガー&ドラゴン』を取り上げます。前作『マンハッタンラブストーリー』の失敗からヒットを義務付けられた本作は、第一期クドカンドラマの集大成であると同時に、「笑い」が宮藤官九郎の思想として確立される最初のきっかけでもありました。
2005年の4月に金曜ドラマ枠(TBS系夜10時~)で放送された『タイガー&ドラゴン』は、落語を題材にした一話完結のドラマだ。
▲『タイガー&ドラゴン』
『マンハッタンラブストーリー』(以下、『マンハッタン~』)から約一年ぶりとなった宮藤官九郎×磯山晶コンビの作品だが、宮藤は売れっ子脚本家としての地位を確立し、04年に脚本を執筆した映画は『ドラッグストアガール』、『ゼブラーマン』、『69 sixty nine』の三作。舞台はウーマンリブシリーズ「vol.8 轟天VS港カヲル~ドラゴンロック!女たちよ、俺を愛してきれいになあれ」、第49回岸田國士戯曲賞を受賞した『鈍獣』の二本。俳優としては、堤幸彦演出のドラマ『ご近所探偵TOMOE』(WOWOW)の主演を務めたりと、多方面で活躍していた。
それだけに、04年にドラマが一本もなかったことは寂しかったが、年明けしてすぐにSPドラマ『タイガー&ドラゴン 三枚起請』が連続ドラマに先駆けて放送されたことは、素直に嬉しかったと同時に、宮藤はまだテレビドラマを描き続けるのだなと安堵した。
物語は借金取りを生業としているヤクザの山崎虎児(長瀬智也)が、借金回収に向かった落語家の林家どん兵衛(西田敏行)に林家亭子虎として弟子入りをするところからはじまる。
虎児は笑いのセンスがなく、話が苦手。一方、もうひとりの主人公・谷中竜二(岡田准一)は、裏原宿で洋服屋「ドラゴンソーダ」を営んでいる。しかし、ファッションセンスがないため、借金がかさんでいた。
虎と竜が交差するノンフィクション落語
『タイガー&ドラゴン』は物語の冒頭に劇中の落語家が枕として本編にまつわる話をするのだが『三枚起請』は、林家亭どん吉(春風亭昇太)のこんな語りからはじまる。
昔から実力が伯仲する者同士が争う事を『竜虎にらみ合う』などとを申します、竜と虎、しかしこれには大きな矛盾がございまして、竜てぇのは想像上の生き物で誰も見たことないんです、一方、虎は別に珍しくもない、上野行ったら会えるんで、つまり虎と竜は住む世界が違うから勝負になんない、これはそんな違う世界に住む虎と竜の話で……(宮藤官九郎『タイガー&ドラゴン(上)』(角川文庫)「三枚起請」の回)
この語りのとおり、本作は“虎”児と“竜”二が主人公の一種のバディものとなっている。物語は毎回、虎児がどん兵衛に「三枚起請」や「芝浜」といった落語の演目を教わるところからはじまる。江戸時代の専門用語が多いため内容を理解できない虎児が七転八倒していると、周囲でその演目と似た事件が起こる。虎児は、「面白いこと」が大好きな竜二といっしょに事件を探偵のように調べていき、事件が解決することで、自己流の「三枚起請」や「芝浜」といった実話を元にした“ノンフィクション落語”を作り上げ、それを寄席で披露するという流れとなっている。
さながら「落語ミステリー」とでも言うような本作だが、現実の生き物である“虎”と想像上の生き物である“竜”という対比は虎児と竜二の対比だけでなく、現実と落語、あるいは現実と虚構の関係になっている。
こういった虚実の相関関係、虚構の世界のキャラクターを演じることで現実の問題を乗り越えていくという物語は、宮藤が得意とするものである。
『木更津キャッツアイ』(以下、『木更津』)なら北条司の漫画『キャッツ・アイ』(集英社)から名前が取られた怪盗団・木更津キャッツアイに主人公たちが扮し、何かを盗むことが結果的に困っている人を助けるという物語となっていた。
一方、『マンハッタン~』の最終回では、恋愛に悩む主人公が劇中で放送されていた恋愛ドラマ『軽井沢まで迎えにいらっしゃい』の登場人物たちの台詞によって後押しされ、ヒロインに告白するという展開となっていた。
『タイガー&ドラゴン』はそういったクドカンドラマに内包されていた虎(現実)と竜(虚構)の関係が、落語というモチーフを使うことで、より自覚的に打ち出されるきっかけとなった作品だ。