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分断を埋める「洒落」をアップデートする | 丸若裕俊
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分断を埋める「洒落」をアップデートする | 丸若裕俊

2020-05-26 07:00
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    工芸品や茶のプロデュースを通して、日本の伝統的な文化や技術を現代にアップデートする取り組みをしている丸若裕俊さんの連載『ボーダレス&タイムレス──日本的なものたちの手触りについて』。今回のテーマは「洒落」です。新型コロナウイルスによって多くの分断が露呈してしまった現状を前に、茶が提供する「和やかさ」は、人々にどんな影響をもたらすのでしょうか。日本的な美意識と、そのアップデートをめぐる対談です。
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    丸若裕俊 ボーダレス&タイムレス――日本的なものたちの手触りについて
    第12回 分断を埋める「洒落」をアップデートする

    コロナであらわになった「分断」

    丸若 まず、先が見えないなかの話にはなるんですが、ある程度視野を広く持っている人ってこのコロナ禍が起きたことって、すごく大きな転換期として捉えていると思うんです。 
     僕も、今まではまずはとにかく「1人でも多くの人にお茶を飲んでもらいたい」と考えていたけど、正直言うとそれだけではいられなくなってしまった、というのが今の正直な心情です。
     たとえばいま、何事もなかったかのように街に出ている人たちがたくさんいる。もちろん、理由があって街に出ている人もいると思うんですが、そうじゃなくて、単に気にせずに、いつも通り徘徊してしまう人もたくさんいるじゃないですか。そしてそういう人とどうコミュニケーションを取っていいか、僕にはわからないなって痛感しちゃったんです。同じ日本人で同じ地域に暮らしてるってところは一緒でも、こうも違うんだっていうのがもろにわかってしまった。

    宇野 今回のできごとで、いわゆる社会の分断というものが大きく加速してしまったことは間違いないと思います。まず受動的にテレビやTwitterを眺めている人たちと、もう少し能動的に自分から公的な情報と専門家がそれにどう反応し、議論が別れているかを調べている人たちに大きく別れている。そして前者の人々の中にも、自粛していない人々をまるでウイルスのように警戒する人々もいれば、逆にびっくりするくらい気にせずに「今日はよく晴れてるから鎌倉に行こう」と出かけてしまう人々もいる。
     もちろん、最低限の知識が共有できていなくて、無防備に出かけてしまう人たちはベタに、そして徹底的に啓蒙しなきゃいけないと思うんだけれど、それがいわゆる「自粛警察」的なインターネットリンチによってなされるのは、後世のために絶対に認めちゃいけない。しかしこの警鐘自体が、リンチの対象になりかねないところまで事態はエスカレートしているように思えます。

    丸若 だから僕も、以前は本心で「より多くの人にお茶を」って思ってたんだけど、もうそれが変わってしまって。

    宇野 たとえばいまアメリカでは健康保険に入っていない人たちが困ってると言われています。その人たちの何割かは確実にトランプに投票してるわけです。彼らはトランプが「アメリカらしいアメリカを取り戻す。お前たちの仕事がなくなっているのは移民のせいだ、だからグローバル化を制限して、壁を作ります」って言ったから、投票したわけです。要するにこれって、みんな承認の問題を解決するためにトランプに投票しているわけですよね。トランプの政策が自分たちの生活にプラスになるかどうかを、彼らは冷静に判断してなかったと思うし、その能力もなかった。その結果、彼らは実際にオバマケアを外されて、生命の危機に瀕しているわけですよ。
     言い換えれば彼らは効率と安全よりも、承認と安心を取ったわけですよね。同じようなことがおそらく世界中で起こっていると思う。ウイルスってよくわからないものが流行っていて、不安だからテレビ、Twitterを見る。情報を探しているときだけは不安を忘れられる。その結果として不確かな情報をいっぱい吸収して、うち何割かは再拡散する。
     つまり、同じようなことがいまも繰り返されているわけです。人間って心の安定のためだったら平気で命も売るんだ、ということがよく分かる。このような状況に、丸若さんがコミットしてきた日常に句読点を打つ行為がどうコミットできるのか、を今日は考えたいです。

    日本の美意識は「和やかさ」にある

    丸若 日本の美意識って、よく「繊細さ」「研ぎ澄まされてる感じ」「緊張感」「引き算」という言葉で語られますけど、最近「ちょっと違うな」と思っているところもあるんです。いま僕が注目しているのは「和やか」というキーワードです。茶道にせよ、日本美術といわれているものにせよ、緊張感だけじゃなくてちょっと笑顔になるとか、気持ちが安らぐというところが、美しさの頂点にあるんです。
     それは日常的に飲まれてきた茶の話でも同じで、茶は安らぎや穏やかさを与える飲み物だったからこそ、みんなに重宝されてきたと思うんですよね。もちろん、茶の美味しさが美食家の舌を唸らせることもあるんだろうけど、世の中には他にいくらでも舌に対してアプローチする飲み物がある。この和やかさが、いま日本人だけじゃなく世界中にすごく求められていると思っています。
     でも、この「和やかさ」は実は経済と反比例したところにあるのかもしれない。みんなその感覚を麻痺させられてきたから、どうやってそれを取り戻していいのかわからなくなってしまった。

    宇野 「和やかさ」は確かにいま、もっとも求められているけれど、もっとも足りていない成分かもしれないですね。でもこれは難しい問題で、たとえば戦争中に「お前、なんでスカート履いてるんだ。もんぺ履けよ」みたいなことを注意して回るおばちゃんがいたと思うんですよ。あの人たちは別に本当に彼女が空襲にあったときにスカートだと逃げられないから注意してるんじゃなくて、空気を読んで我慢しない人がいるのが嫌で攻撃してるんだと思う。そしてそういう、本当はどうでもいい他人の人生に干渉することによって自分が死ぬかもしれない不安から逃げたかったんだと思うんです。
     この、スカートを履いて歩いているお姉ちゃんを注意するもんぺのおばちゃんみたいなものと、「和やかさ」を大事にする日本的な美って実はコインの裏表なんだと思うんです。そして残念ながら、このコロナ禍は日本的なものの悪いところの方が出ちゃってる気がしている。なんとかして恒常性を維持したいという気持ちが、ソーシャルネットワークではデマの温床になっているし、休日の小町通りはごった返すということにつながっている。
     そこに対して、和やかであることを求める日本的な美のポジティブな面でいかに対抗するかですよね。「毒を以て毒を制す」じゃないけれど。

    丸若 だから僕はこの前お話したとおり、茶を配って「みんな家で飲もうよ」というところから、その次のステップのティータイムというものを考えたいと思っていて。「間」っていうのは和やかさのことだと思うんです。良い間があるということは、和やかな状態のこと。今は隙間のないところに無理やり隙間を作ろうとしてるから、みんな変に必死になっている。それって滑稽じゃないですか。

    宇野 はい、滑稽ですよね。


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