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ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。代表作『タッチ』の分析の第2回目は、物語全編で展開されるキャラクタードラマのあらましを辿るとともに、作品の看板とも言えるヒロイン「浅倉南」が果たした革新的な役割について掘り下げます。

ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春 
第12回 「浅倉南」とはなんだったのか──ラブコメ・ヒロインの転換点としての『タッチ』

80年代「少年サンデー」的スポーツ漫画の系譜

前回は「上杉和也」が死んだ日とそれをめぐる編集者とあだち充の関わり、そして連載前から決まっていた彼の運命について考察した。
「上杉和也」という存在は1970年代「劇画」ヒーローたちの系譜にあったために最初から死ぬことが運命づけられていた。物語の主人公である「上杉達也」は彼らからのバトンを引き継ぎながらも、80年代という新しい時代を象徴するヒーローとなった。

上杉達也というニューヒーロー像は、1988年に同じく「少年サンデー」で連載された河合克敏『帯をギュッとね!』にも引き継がれた。こちらは高校柔道を舞台にした作品だったが、従来のスポ根的で汗臭いイメージの強かった柔道を爽やかなスポーツ競技として描いた点が画期的で人気作品となった。主人公の粉川巧は第17回全国高等学校柔道選手権大会のポスターになるほど当時の高校柔道においては影響力のあるキャラクターになっていった。
どちらも中学時代から始まり、高校三年間がメインで描かれる。主人公も強力なライバルの前では限界値を超える力を出すが、そうでもない相手には簡単にホームランを打たれたり、いとも簡単に試合で負けたりする部分も共通している。
『帯をギュッとね!』においてのヒロインである近藤保奈美はずっと柔道部マネージャーとして主人公の粉川巧を応援し続ける。もう一人のヒロインと言える海老塚桜子は当初は保奈美同様にマネージャーであったが、後輩の女性選手の練習相手をするようになったため、自身も柔道を始めることになった。浅倉南を野球部マネージャーと新体操選手に分けたものが彼女たちに見えなくもない。

「少年サンデー」で70年代のスポ根漫画からのバトンをも引き継ぎながらも、80年代ラブコメとの融合によって新しいスポーツ漫画の金字塔となった『タッチ』。そこからラブコメにはあまり寄せないで、さらに新しいスポーツ漫画の可能性を模索しアップデートしたのが『帯をギュッとね!』だった。
どちらも主人公を陰から見守る従来の劇画的なヒロイン像からは遠く離れて、ヒロイン自身の自我もしっかりと描かれていくあたりも80年代的な新しい時代と呼応していた。

主人公を含め登場人物たちはほぼ顔の見分けがつかない「あだち充劇団」とも揶揄されるあだち充作品において、『ナイン』『みゆき』『タッチ』と主人公の顔はほぼ変わらないのにも関わらず、『タッチ』のヒロインの浅倉南だけはそのパターンからは少しズレているキャラクターだった。
『ナイン』の中尾百合は典型的な70年代劇画的なヒロイン像だった。そのせいもあって動かしにくいことからもう一人のヒロイン安田雪美が投入されることとなり、ラブコメ要素が増してヒット作となっていった。ショートカットでスポーティで元気な妹キャラである雪美によって物語が展開しやすくなったことは、あだちの中でも大きな意味をもった。ただ、『ナイン』においては中尾百合と主人公の新見克也は両思いでそのまま恋人となっていく。
『みゆき』においてはそのふたつのヒロイン像はそのまま引き継がれるが、メインヒロインは安田雪美の後継になる若松みゆきになった。もう一人のヒロインが中尾百合の後継となる鹿島みゆきである。ここでは主人公の若松真人と若松みゆきが結ばれることになった。
『タッチ』のヒロインである浅倉南は、前述した従来的な劇画ヒロインの系譜と活発で自我をしっかりだしていく新しいヒロインの系譜それぞれをミックス、あるいはフュージョンさせた存在だった。浅倉南についてはキャラクター紹介のあとに後述したい。

「あだち充劇団」のメジャー化

原作付きの漫画から自身のオリジナル作品となった『ナイン』、大ブレイク作『みゆき』、そして今回の『タッチ』においてあだち充作品の登場人物のパターンはほとんど完成されていた。
あだち自身が「あだち充劇団」というほどに見分けのつかない各作品の主人公や脇役たちの第一期完成形としての『タッチ』を見ることができる。
『タッチ』のあとに連載された『スローステップ』におけるメイン男性キャラや『ラフ』の主人公の大和圭介には、『H2』のメインキャラとなる橘英雄への萌芽が見られる。そして、その二作品が終わった後に連載された時代劇×SFというコメディ寄りな『虹色とうがらし』はそれまでの第一期総集編のようにそれまでのキャラクターが一堂に会するものとなった。
『タッチ』の登場人物たちについて、コミックス全26巻を五章に分けたものの流れに沿って触れていく。


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