お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。
今回のテーマは「怒り」です。日常の些細な出来事で怒りを覚えてしまうとき、高佐さんは(芸人として)どのようにその思いを鎮めるのでしょうか?
高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ
第21回 視点を変えると抱っこしておんぶしてあげたくなる
実は、僕は短気な性格だ。
子供の頃から、よく些細なことで癇癪を起こし、母親から「短気は損気!」となだめられたものだ。
実は、と言ったのは、僕はよく見た目や雰囲気から、優しそうだとか、人当たりが良さそうだとか、怒ることってあるんですか? とか言われることが多いからだ。でも実は、怒りっぽい性格なのだ。なるべくそう見られないようにしているだけで。
先日、僕の部屋のエアコンが水漏れを起こし、真下に置いてあった衣装ダンスに水が染み込んで、中の服がぐっしょり濡れてしまった時など、僕はその場で
「あぁ、もうっ! なんなんだよ、クソがっ!」
と一人で怒り、濡れた服を床に叩きつけたりしていた。
何事かと思ってやってきた奥さんが、部屋の入り口でそんな僕を尻目に、ずっと下を向いて歯を食いしばっていた。必死で笑いを堪えていたのだ。人が怒っているのに、何を笑いを堪えることがあるのか。
聞くと、普段乱暴な言葉遣いをしない僕が、中学生男子みたいに「クソがあっ!」と言っているのが、可笑しくてしょうがなかったらしい。それを知って、急に怒っていることが恥ずかしくなり、怒りがどこかへ消えてしまった。
世の中、怒りのスイッチを押される場面は多々あり、その都度、僕は色々な方法でなんとか怒りを収めている。
僕が怒りを覚える場面でよくあるのは、自分のことしか考えていない人を見た時だ。多分、僕自身も自分のことしか考えていない奴だからなのだろう。
この間、ある大通りの交差点を、赤信号で堂々と渡っている若者を見た。金髪でイカつい格好をした兄ちゃんだ。スマホを耳に当て、電話をしている。
見ていていい気持ちはしない。ルールを守らず、自分のことしか考えずに行動してるものに対する不快感があった。
でも……、と。ふと考えを巡らせる。もしかしたら、その男も自分の思いとは裏腹に、渡りたくない赤信号を渡ってしまうハメになってしまったのではないか。
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