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記事 28件
  • カモフラージュフード|高佐一慈

    2022-05-16 07:00  
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    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。今回の舞台はスーパーマーケット。レジ打ちの店員さんに商品を見せるときにどうしても考えずにはいられないことについて綴っていただきました。
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第28回 カモフラージュフード
     何かいい手はないかと、さっきからずっと考えている。
     僕の横をいろんなお客さんが通り過ぎる。ビールとお弁当をカゴに入れた仕事帰り風の会社員、カートの下にトイレットペーパーを入れた年配の御婦人、お酒やおつまみを大量に買い込んだ仲良し学生3人組。それぞれが各々の列に並んでいく。  僕はといえば、レジより少し手前にあるパン売り場でさっきからずっと棒立ちだ。僕の持つレジカゴには、じゃがいも一袋、人参一袋、玉ねぎ一袋、牛肉300g、カレーのルー一箱が入っている。  こんな状況は今日が初めてではない。今までに何度も訪れた。そして何度も歯を食いしばりながらレジに並んだ。しかし、なんとか今日で終わりにしたい。そのためにスーパーの店内で、軽やかなBGMが流れる中、さっきからずっと考えあぐねているのだ。
     僕はレジカゴの中の品物から献立を想像されるのが嫌だ。なんとなく、頭の中を見透かされているみたいで恥ずかしい。  このままレジに進むと、店員さんがバーコードを読み取っては、レジカゴから精算カゴへと商品を移していくだろう。そして黙々とその手を動かしながら、「このお客さん、今晩カレー食べるんだあ」と思うはずだ。  だって、じゃがいも、人参、玉ねぎ、牛肉、カレーのルー。完全にカレーだもん。じゃがいも、人参、玉ねぎ、牛肉だけでもカレー感が醸し出されているのに、カレーのルーとなるとそれはもう紛れもない。丸裸にされる気分だ。きゃーー。  バーコードのピッ、ピッという音に合わせて、僕の服がスッ、スッと一枚ずつ脱がされていく。  カレーの時はまだいい。お手軽料理も困る。  たとえばクックドゥのような、パッケージに「キャベツと豚肉で簡単にできる!」と書かれた箱と一緒に、キャベツと豚肉が入っている。  そういう時にだけ発動する僕のテレパシー能力のせいで、頭の中に「このお客さん、今晩キャベツと豚肉で簡単にできる料理を食べるんだあ」という声がはっきりと聞こえてくる。聞こえたと同時に、僕はすっぽんぽんだ。  恥ずかし献立の頂点に君臨するのがすき焼きだろう。  牛肉、卵、長ネギ、木綿豆腐、しらたき、春菊、わりした。謎の怪人コンダテーは秘密のベールを剥がされ、ただの今晩すき焼きを食べる男として正体を現してしまう。  すき焼きがカレーよりもたちが悪いのは、「なんか奮発してるな」と思われるところにある。黙々とバーコードを読み取る店員さんは、僕の脳内をも読み取ってくる。合計金額のところに 「このお客さん、今日なんかいいことあったんだあ」と表示されてしまった。精算カゴに入れられた卵から雛が孵り、ピーチクパーチク言いながら僕の頭の周りをぐるぐる回る。『ストリートファイターⅡ』でいうところのピヨった状態だ。
     
  • 何もしないことの可能性|高佐一慈

    2022-03-08 07:00  
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    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。このエッセイも長らく続けてきた高佐さんですが、この春ついに「小説」を刊行するようです。今回は、残すところ発売を待つのみとなった高佐さんの心境を綴ってもらいました。
    高佐さんの書き下ろし短編小説集『かなしみの向こう側』が発売中です!https://sutekibooks.com/special/book005/
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第27回 何もしないことの可能性
     小説を書くことになった。
     きっかけは、一昨年に出版社を立ち上げた小説家の中村航さんから依頼されてのことだ。  中村さんとは、歌人の加藤千恵さん主催の飲み会で知り合った。もう10年くらい前の話だ。  ちなみに他にはテレビプロデューサーの佐久間宣行さん、歌手のmiwaさんがいらっしゃり、何者でもない僕は、目の前の錚々たるメンバーの中で、ただただ自意識を爆発させ、ひたすらに汗をかきながら黙ってお酒を飲むことしかできなかった。その時何を話していたか、どんな料理が出されていたかなど、全くもって覚えていない。  唯一覚えているのは、会の終わり際にmiwaさんが、リリースしたばかりのアルバム『Delight』を初対面である僕にプレゼントしてくれたことだ。CDジャケットにはご自身のサインとともに「高佐さんへ」というメッセージが書かれていた。キラキラと眩しすぎて、CDもmiwaさんも直視することができず、蚊の鳴くような声でかろうじてお礼を言うのが精一杯だった。CDを受け取った手は緊張でプルプルと震えていた。  羨むほどに活躍されている歌手、プロデューサー、小説家、歌人の方を前に何も話せなかった自分を思い出しながら、とぼとぼと家路についた。
     その後、中村さんとは、オードリーの「ネタライブ」でお会いすることが何度かあった。毎回普通にお客として見に来ているようで、ライブ終わりに楽屋で挨拶をさせてもらった。  そこからギースのライブにも何度か足を運んでいただくようになった。  でもそれくらいの関係性である。  今回、どうして僕に小説執筆のお話をくださったのかは、いまだにわからない。  小説など、それまで一度も書いたことはなかったし、本が売れるような人気芸人でもない。それどころかほぼ無名に近い。新進気鋭の若手でもない。  百歩譲って、ギースのコントを好いてくれているとしても、コントは僕が一人で書いているわけでもない。相方、作家と三人で作っている。  お話をいただいた際、多分勘違いされているんだろうなと思い、そのことも説明させてもらったのだが、中村さんは「ああ、そうですか」と表情一つ変えずに言ったあと、「高佐さんの書く小説、絶対面白いと思うんですよね」とだけ言った。  きっと誰かと間違えているんじゃないか。今でもそう思う。
     興味を持っていただけるのは嬉しい反面、本当に書けるのだろうか、そして期待にお応えできるのかという不安でいっぱいである。お断りしようかとも考えたのだが、僕の悪いところ、「危険なところへ丸腰で飛び込んでいく」気質、通称紐なしバンジージャンプ気質が発動してしまい、ついにお引き受けすることにした。
     元々小説は好きだった。昔は電車の中やバイトの休憩中など、少しでも時間が空けばポケットから文庫本を取り出し読み耽るくらい好きで、今もまとまった時間が取れる時は、喫茶店をハシゴしながら一日中読んだりする。  しかし、まさか自分が書くことになるとは夢にも思わなかった。  中村さんとのリモート打ち合わせで、いくつか案を伝え、とりあえず短くてもなんでもいいので書くことになった。
     取り掛かる前に、改めて好きな作家さんの小説を読み直してみる。  筒井康隆さん、今村夏子さん、村田沙耶香さん、前田司郎さん。  好きな作家さんだから当たり前だが、めちゃくちゃ面白い。  芸人さんの小説も読み返してみる。  又吉直樹さん、劇団ひとりさん、加納愛子さん。  才能を痛いほど感じる。  ひと月経ち、中村さんから「その後、どんな感じですか?」というLINEをもらった後、僕は正直に返信した。
    「すみません……。一文字も書けてません……」
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  • 究極の幸せ|高佐一慈

    2022-02-14 07:00  
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    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。今回は高佐さんの思い描く「究極の幸せ」について。夜眠る前にある料理を思い浮かべることが、キングオブコント優勝にも匹敵するほどの幸福なんだとか。
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第26回 究極の幸せ
     夕食におでんを作った。
     月に一度くらいのペースだろうか、時間に余裕のある日に作る傾向がある。  食材費は安く、簡単にできるので、週に一度でもいいくらいなのだが、これからも長く付き合っていきたいので、飽きないように月一くらいに収めている。  土鍋に水を入れ、昆布でダシを取り、白だしとめんつゆを入れ、火にかける。沸騰したら、大根、ちくわ、糸こんにゃく、たこ天、じゃがいも、ロールキャベツを鍋いっぱいに敷き詰め、蓋をして弱火でコトコト。  自分の好きなメンバーで具材を固め、できるだけたくさん作る。次の日の朝も食べれるようにだ。  土鍋の蒸気口から湯気がフンフン噴き出すのを横目に、箸や食器をこたつの上に並べる。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、グラスに注ぎ、こたつに入って、一口、二口と飲む。苦味のある爽やかな炭酸が喉を通っていく。  そうこうしている内に、おでんは出来上がる。  蓋を開けると、真っ白な湯気の塊で、一瞬視界が遮られる。その直後、さっきよりも膨らんだ具材たちがぎゅうぎゅうになりながら、大きな鍋の中でグツグツと踊っているのが目に入る。  僕は火を止め、器に装う。  食べる。つゆの染み込んだ大根、ホクホクのじゃがいも、ブヨブヨに膨らんだたこ天。  美味い。特に冬の寒い日に食べるおでんは格別だ。
     奥さんが帰ってきた。玄関のドアを開けるなり、鼻をクンクンと鳴らす。 「おでんだ!」  つゆが滴るちくわ、食感の良い糸こんにゃく、少しほつれたロールキャベツ。 器に装い、奥さんも食べる。  テレビを見ながら、二人でダラダラと過ごし、寝る時間に。 パジャマに着替えた僕は、電気を消して布団に入った。  目をつむると、土鍋に半分残ったおでんのことで頭がいっぱいだ。 おでんのつゆは、熱が冷めた時に、具材にぎゅーっと染み込んでいく。だから一晩寝かせると美味しくなるのだ。 「ああ、朝起きたら、鍋におでんがある!」
     人生で一番幸せだなと感じる瞬間は、どんな時ですか? と問われれば、僕は間違いなく 「二日目のおでんを残して布団に入った時」 と答える。考えれば考えるほど、この瞬間が最強なんじゃないかと思う。これ以上幸せな瞬間なんてあるだろうか?
     例えば、子供の頃。クリスマスイブの夜、布団に入った時。  明日の朝、目が覚めたら枕元にプレゼントがあることを想像し、ワクワクして眠りにつく。希望に満ちた幸せな瞬間だ。  しかし、どうだろう。サンタさんからのプレゼントが、確実に自分の欲しているものである保証はどこにもない。ガッカリする可能性だって孕んでいる。  現に僕が子供の頃、サンタさんに当時流行っていた「人生ゲーム」をお願いしたのだが、彼からのプレゼントは、「人生ゲーム平成版」という、僕が思っていたものとは少し違うものだった。友達の家で夢中になって遊んだそれとは、色や形、仕様が違っていることに「これじゃないんだよなあ」と、首をひねりながら遊んだ記憶がある。  その点、【二日目のおでんを残して布団に入った時】には絶対的な安心感がある。台所の、コンロの上の、鍋の中に鎮座するおでん。まるで聖母マリアのようだ。次の日の朝、蓋を開けたら、中におでん平成版が入っていた、なんてことはない。思い描くおでんがちゃんと入っている。
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  • 周りの目を気にしすぎるあまり、乗りたくない高速道路に乗ってしまう|高佐一慈

    2022-01-12 07:00  
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    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。高佐さんが日常で遭遇する「引くに引けなくなった」状況の対処法について、さまざまなエピソードを語りながら、中学生のころに体験したある出来事を思い出します。
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第25回 周りの目を気にしすぎるあまり、乗りたくない高速道路に乗ってしまう
     引くに引けない状況に立たされることはないだろうか? 多かれ少なかれ、誰にでもそんな経験はあると思う。  彼女と最近上手くいっていない。本当は全然好きなのに、ちょっとしたことで喧嘩をしてしまう。何度目かの言い合いの末、つい「別れよう」という言葉が口をついて出てしまった。本当は別れたくなんてない。売り言葉に買い言葉がエスカレーションしていった末のフレーズだったが、案外すんなりと相手に受け入れられ、自分の思いとは裏腹に、結果本当に別れることになってしまった友人を、僕は知っている。  彼は、自分が言い出した手前、すぐに発言を撤回するのがカッコ悪いと思ったのか、引くに引けず、乗るつもりのなかったさよなら高速道路を爆走するはめになった。だいぶ走ってから、これはマズいと思い直し、なんとかインターで降りようとしたのだが、時すでに遅し。彼女からの「別れようって言ったのはそっちでしょ。もう気持ちが冷めちゃった」というとどめの一言で、目的地「離別」に向かってそのまま泣きながら爆走することになってしまった。
     世の中、引くに引けない状況に立たされることがよくある。  特に僕は、日常茶飯事だ。それは大抵、周りの目を気にしすぎるがあまり、起こってしまう。ほんの些細なことでも、勝手に引くに引けなくなってしまうのだ。  電車に乗っていて、駅に着いたと思って立ち上がったら、停止信号のため一時停止しただけだった時なんかがそうだ。  決して座り直すことはない。扉付近に移動し、さりげなく、扉上部に貼ってある路線図をまじまじと見たりする。それっぽく、駅の数を指で「1、2、3、4……」と数えてみたりもする。あくまで、間違えて席を立ってしまったわけじゃなく、始めから路線図を確認したかったんですよー感を出すためだ。そして、時計を気にするフリをし、一番早く乗り換えられる車両へ移動しないと乗り換えに間に合わないんだよ感を出し、別の車両へと移動する。  そうまでして、「間違えて立ち上がっちゃった罪」の証拠をカモフラージュしようとしても、周りからの『あの人、停止信号なのに立ち上がっちゃったわよ、ぷぷぷ』という声を完全に拭い去ることはできない。拭い去るには、本当にそのつもりで席を立った人になりきるしかない。なりきると、本当に自分のことが、そのつもりで席を立った人に思えてくる。すると恥ずかしさは消えていく。  たまに、黙って座り直す人を見ると、純粋にすごいなあと思う。心の強さがただただ羨ましい。僕にはそんな勇気はない。僕は、偽りの思い込みで自分を塗り固める。
     先日、お昼過ぎに、家で電話をしていたら、玄関のチャイムが鳴った。電話の内容がまあまあ込み入った内容だったので、一瞬無視しようと考えたが、もしも宅配だったら再配達は面倒だなと思い直し、一旦電話を切って玄関へ向かった。ドアを開けると、もう誰もいなかった。  急いで追いかければまだ間に合うと思い、エレベーター無しの4階に住んでいる僕は、ダッシュで1階まで駆け下りた。  すると、ちょうどエントランスから出ていく人の後ろ姿が見えた。何やら荷物を抱えている。完全に宅配の人だ。急いで追いかけてよかったと思い、僕は息を切らしながら声を掛けた。 「すみません! 401の高佐です。よかった、間に合いました!」  エントランス内で思った以上に反響してしまった僕の声を聞き、配達の方はくるっと振り返った。 「ええっ!? わざわざすみません! ありがとうございます!!」と、申し訳なさそうに、しかし喜びの表情を浮かべ、丁寧にお辞儀をした。ずいぶんオーバーなリアクションだ。そこまで感謝されることか?
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  • 手品とナンパと新聞購読|高佐一慈

    2021-12-02 07:00  
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    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。今回は、じつは高佐さんの特技でもある「手品」について。手品には、人の気持ちをあっさり変えてしまう魔力が潜んでいるんだとか……。
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第24回 手品とナンパと新聞購読
     子供の頃から手品が好きだった。  最初に手品に触れたのは、小学生の時だったと思う。クラスメートの男子が輪ゴムを親指と小指に引っ掛け、一度拳を握り、パッと開くと人差し指・中指・薬指へと移動しているというものだった。タネを聞くと、なーんだそんなことかと思うようなものだったが、最初に見せられた時は本当にびっくりした。  それを家に帰って、妹に見せる。妹も僕と同じように「えぇーなんでー!?」とびっくりした。 人を驚かせることが面白くて、そこからどんどんのめり込むようになり、図書館で手品の本を借りてきては、新しい知識を仕入れ、親戚の集まりなんかがあると、いとこ相手に見せたりもしていた。  人を驚かせたり、喜ばせたり、怖がらせたりすることに楽しさを感じる僕のルーツは、もしかすると手品にあるのかもしれない。  一人で黙々と練習するのが好きな性分も相まって、大人になった今でも、ふと思い立った時に部屋で一人、誰に見せるわけでもなく、コインを消したりしている。気づいたら時間が過ぎ去っていて、一体俺は何をやっていたんだろうと不安になったりすることもしばしばだ。  最近ではコント中に披露することもある。  ある日、舞台でちょっとしたトランプマジックをした。それは、お客さんの言ったカードを当てるといったものだ。  トランプがケースに入ったままの状態で、お客さんに好きな数字とマークを言ってもらう。例えば「スペードの3」とお客さんが言ったとしたら、そこでケースからトランプを取り出し、扇型に広げる。すると一枚だけカードが裏返しになっている。それを引いてもらうと、なんとそのカードこそが「スペードの3」という手品だ。ちなみに「ダイヤのQ」と言われればダイヤのQ、「ハートの7」と言われればハートの7が裏返しになって出てくる。お客さんからも「えーーーっ!」と声が上がった。  舞台終了後、見に来ていた知り合いの男性が、「あれ凄かったですねー!」と目を輝かせながら話しかけてきた。そしてタネを教えてくれ、タネを教えてくれと執拗にせがんだ。あまりにもしつこかったのと、訴えかける彼の目の真剣さに、僕はついに教えてしまった。彼は目をキラキラさせながら、「ありがとうございます! 早速トランプ買ってきます!」と言い、その足で百貨店に向かっていった。  後日、その男性から「高佐さん、マジであの手品すごいですね! 本当にありがとうございました!」と感謝された。  聞くと、ナンパした女性にその手品を披露したことで、見事ワンナイトラブに持ち込めたというのである。  僕は複雑な気持ちになった。
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  • 2年ぶりにした打ち上げ|高佐一慈

    2021-11-17 07:00  
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    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。今回はライブ終わりの「打ち上げ」をめぐる、とある先輩芸人とのエピソード。「売れてる芸人の基準」について議論に花を咲かせながら、彼の別れ際にこぼした「ある一言」に、高佐さんが思うことは……。
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第23回 2年ぶりにした打ち上げ
     先日、オードリーネタライブという、オードリーの二人が不定期で開催しているライブに出させてもらった。ネタライブという名の通り、オードリー含め数組の芸人がネタを披露するだけの至ってシンプルなライブだ。特別な企画コーナーなどはなく、ある意味ストイックなライブでもある。  僕らザ・ギースは、どういうわけか毎回このライブに呼んでもらっていて、下手したら初回から一度も欠かさずに出演しているかもしれない。若林さんが本当にどういうわけだか僕らのコントを好いてくれていて、僕らがキングオブコントの決勝に残るとか残らないとか、今上り調子だとか下り調子だとか、そんな世間の風向きなど一切お構いなしに呼んでくれるのだ。同世代ということもあるかもしれないが、こんなにも義理堅い人がいるだろうか。損得勘定という概念が欠如しているのではないだろうかとさえ思う。  僕らと同じく毎回出演している芸人さんに、TAIGAさんというピン芸人がいる。  TAIGAさんは、オードリーの二人とは古くからの付き合いで、ショーパブでの下積み時代からずーっと一緒に苦楽を共にしてきた仲だ。厳密に言えばオードリーの先輩に当たり、芸歴も年齢も上になる。最近では「アメトーーク!」の「40過ぎてバイトやめられない芸人」という括りの回に出演し、苦労人として注目されたことで、今じわじわと認知度が高まり、いろんな番組に出始めている。  そんなTAIGAさんと僕らは、他のライブでもたまに会って喋ったりするのだが、正直どんな人なのか、そこまで深くは知らない。なんとなく、カッコつけてるけど抜けてるところもある、よく後輩からイジられてる先輩、といった印象だ。発言や行動に隙がある人なので、そこを突かれて笑いが起こるという、いわゆる愛されるタイプの芸人さんだ。その日のネタライブでも、歌ネタの途中で歌詞が飛んでしまい、必死に思い出そうとするが、無情にも曲は流れ続け、一向に思い出せずにあたふたする姿に客席は大爆笑だった。自分のミスで爆笑が起こるというのが不本意だったのか、相当凹んで袖に戻ってきた。大爆笑の後に、あんなに凹んだ姿で袖に戻ってきた人を初めて見た。そしてライブのエンディングでその様子を周りにイジられる。  自分に置き換えて考えてみるとゾッとする。多分僕が同じようにミスをしてもあそこまで笑いは生まれないだろう。そしてエンディングでも腫れ物に触る感じになってしまい、イジられるということはないだろう。そう考えると、人(にん)というのはお笑いにおいて本当に大事で、これこそが才能だろうなあとも思う。
     ライブが終わり、楽屋でみな着替えたり、帰り支度をしていると、TAIGAさんが誰に向けるわけでもなく言った。 「打ち上げ行きたいなぁ」  今はご時世的に、どのライブでも打ち上げは解禁されていない。もちろん演者の内の数人で行く分には、2021年10月現在、規制緩和もされてきているので構わないだろうが、大人数での打ち上げはやれないのが現状だ。もうこの状況になって2年近くになる。  インドア派の僕にとっては、この打ち上げ無しの風潮はとりわけ辛くも苦しくもなかった。どちらかというと、居心地の良ささえ感じていた。人と飲むこと自体は嫌いではないが、人数が増えれば増えるほどかかってくるストレスは増える。人が揃うまで飲食に手を付けてはいけなかったり、後輩は率先して働かないといけない。気が合わない人と席が一緒になることもあるし、自分の好きなタイミングで帰りづらい。そもそも、うるさい場が苦手だ。よく「打ち上げは自分たちのためじゃなく、スタッフさんを労うためにやるものなんだよ」と言う人がいるが、仕事が終わったらすぐに帰りたいと思うスタッフさんも確実にいるはずで、その人たちのことはどう考えてるんだろう。色々考えると、人と会うより一人の方が楽だよ。  愚痴が止まらなくなってきたので、話を元に戻します。  TAIGAさんの「打ち上げ行きたいなぁ」に、その場にいた芸歴4年ほどの若手が答えた。 「僕たち、まだライブ後の打ち上げって体験したことないんですよ」  コロナによって時代の流れはこんなにも変わるのか。聞くと、これまでは当たり前のようにあった、ライブ後、劇場入り口付近にファンの方が集まる「出待ち」も経験したことがないという。  そんな新鮮な話に、僕らが一様に驚いたり、興味を惹かれたりしている中、TAIGAさんは 「オードリーネタライブも、前までは打ち上げがあったんだよ……」  と、『ALWAYS 三丁目の夕日』でも見るかのような顔つきで声を漏らした。 「あ、そうなんですね! 打ち上げという感覚がないので一度行って──」と言葉を続けようとする若手の声が耳に届かなかったのか、TAIGAさんはもう一度 「打ち上げしたいなぁ」  と、言った。そこから5分置きに「打ち上げしたいなぁ」と漏らすTAIGAさんこと打ち上げしたいなぁおじさんに、誰かが「いや、TAIGAさん。打ち上げないで今日のネタ反省してくださいよ」ともっともなことを言う。楽屋内が笑いに包まれ、この話はもうおしまい。TAIGAさん自身も参ったなぁ的な感じで笑っている。打ち上げしたいなぁおじさんの打ち上げ欲は無事、空へと打ち上がった。そしてTAIGAさんが言った。 「あぁ、打ち上げしたいなぁ」  空へと打ち上がった打ち上げ欲はUターンしてもう帰還していた。
     数人で駅へ向かい、それぞれが家に帰るべく自分の路線の電車に乗る。僕とTAIGAさんと僕の事務所の後輩・ラブレターズの塚本の3人は、帰る方向が一緒だったので同じ電車に乗り、横並びで吊り革に捕まった。 「どこで乗り換えるんですか?」  TAIGAさんが聞いてきた。 「僕は乗り換えずにこのまま」  塚本が答える。 「あ、じゃあ俺と一緒だ。高佐さんは?」 「僕は新宿で乗り換えます」 「あれ、でも高佐さん、僕と家近いですよね? このまま乗ってった方がいいんじゃないですか?」 「あ、今日外寒いんで、なるべく家に近い方の駅から帰りたくて」 「少しだけ打ち上げ行きません?」  剣豪が少しの隙も逃さずに刀で斬ってくるような間合いだった。あたふたしながら僕は答えた。 「いや、どんだけ打ち上げ行きたいんですか!」  しかしその声はマスクの中で響いただけで、TAIGAさんの心には全く響かなかった。 「俺、本当に打ち上げしたいんすよ……。なんかこういうご時世になって、インドア派の人たちからはむしろありがたい、なんて声も聞くんですけど、俺本っ当にダメで。人と会って飲みたいし話したいんすよね」  後輩の芸人100人集めてバーベキューをするスーパーアウトドア派のTAIGAさんにとって、この状況は本当に苦痛らしかった。小学生が新品のサッカーボールを持ってサッカーがしたいと訴えかけるように、純粋に打ち上げがしたいと願うTAIGAさんの目に僕は心が揺らいだ。そしてそのまま3人で、たどり着いた駅前の屋外広場で、打ち上げをすることになった。
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  • 物語の主人公になれない|高佐一慈

    2021-10-06 07:00  
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    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。ドラマチックな人生に憧れながらも、自分のことを「主人公になれない」人間だと認識している高佐さんは、日常のちょっとした事件からどんなことを考えるのでしょうか。
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第22回 物語の主人公になれない
     真っ暗な深海から、体がスーッと浮き上がってきたかのように、まぶたの中が徐々に光で満たされてきた。明るくなってくるにつれて、先ほどからうっすらと感じていた頬の痛みも、だんだんとはっきりとしてくる。 「……さん。……高佐さん。高佐さん!」  誰かに呼びかけられているようだ。  細い横線一本だった視界が上下に広がりを見せ、景色がぼんやりとした状態で目に飛び込んでくる。  僕は意識を取り戻した。  白い天井をバックに、お医者さんと看護師さんが、視界の左右からニュッと顔を出し、僕を覗き込んでいた。どうやら僕は硬いベッドの上で仰向けになっているようだ。お医者さんは、ペチペチペチ、ペチペチペチと、一定のリズムで僕の頬を叩いていた。 「先生、高佐さんの意識が戻りました!」 「よかった!」  二人の顔が安堵でほころぶ。僕はガバッと起き上がろうとするや、まだ身体が追いついていないようで、目眩を感じ、右手で頭を押さえた。 「あ、高佐さん、無理しないでください」  看護師さんが優しい口調で、僕をそっとベッドに寝かせる。
     なぜこんなことになったのか、僕は思い出す。たしか……。
     たしか、僕は渋谷の大通りを歩いていた。すぐ後ろで「あーん!」という声が聞こえたので、ふと声のする方に目をやると、転がるゴムボールを追っかけて、小っちゃい女の子が車道に飛び出していた。女の子はボールに夢中で周りが見えていない。そこへトラックが猛然と向かってきていた。 「危ないっ!」と声を出すより先に、僕はガードレールを飛び越え、女の子に向かって走り出した。女の子がボールをキャッチした瞬間、僕もその女の子ごとキャッチし、抱きかかえたまま、反対側の歩道へと逃げ込もうとしたところで、「パーーーーーーッ!!」と、けたたましい音が鳴り響いた。見ると、トラックがもう寸前のところまで迫っていた。大きくなっていくクラクションの音とともに、ヘッドライトの光が僕の視界いっぱいに広がり、そして……。  でもこうして今、意識がある。見たところ体も無事みたいだ。  そうだ、女の子はどうなったんだろう! 「先生、あの子は? あの女の子は無事ですか?」 「それが……」  先生が僕から視線を外す。
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  • 視点を変えると抱っこしておんぶしてあげたくなる|高佐一慈

    2021-09-02 07:00  
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    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。今回のテーマは「怒り」です。日常の些細な出来事で怒りを覚えてしまうとき、高佐さんは(芸人として)どのようにその思いを鎮めるのでしょうか?
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第21回 視点を変えると抱っこしておんぶしてあげたくなる
     実は、僕は短気な性格だ。  子供の頃から、よく些細なことで癇癪を起こし、母親から「短気は損気!」となだめられたものだ。  実は、と言ったのは、僕はよく見た目や雰囲気から、優しそうだとか、人当たりが良さそうだとか、怒ることってあるんですか? とか言われることが多いからだ。でも実は、怒りっぽい性格なのだ。なるべくそう見られないようにしているだけで。  先日、僕の部屋のエアコンが水漏れを起こし、真下に置いてあった衣装ダンスに水が染み込んで、中の服がぐっしょり濡れてしまった時など、僕はその場で 「あぁ、もうっ! なんなんだよ、クソがっ!」  と一人で怒り、濡れた服を床に叩きつけたりしていた。  何事かと思ってやってきた奥さんが、部屋の入り口でそんな僕を尻目に、ずっと下を向いて歯を食いしばっていた。必死で笑いを堪えていたのだ。人が怒っているのに、何を笑いを堪えることがあるのか。  聞くと、普段乱暴な言葉遣いをしない僕が、中学生男子みたいに「クソがあっ!」と言っているのが、可笑しくてしょうがなかったらしい。それを知って、急に怒っていることが恥ずかしくなり、怒りがどこかへ消えてしまった。
     世の中、怒りのスイッチを押される場面は多々あり、その都度、僕は色々な方法でなんとか怒りを収めている。  僕が怒りを覚える場面でよくあるのは、自分のことしか考えていない人を見た時だ。多分、僕自身も自分のことしか考えていない奴だからなのだろう。  この間、ある大通りの交差点を、赤信号で堂々と渡っている若者を見た。金髪でイカつい格好をした兄ちゃんだ。スマホを耳に当て、電話をしている。  見ていていい気持ちはしない。ルールを守らず、自分のことしか考えずに行動してるものに対する不快感があった。  でも……、と。ふと考えを巡らせる。もしかしたら、その男も自分の思いとは裏腹に、渡りたくない赤信号を渡ってしまうハメになってしまったのではないか。
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  • 恐怖は突然やってくる|高佐一慈

    2021-08-10 07:00  
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    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。今回は、高佐さんが最近感じたある「恐怖」について。だれもが経験するかもしれない、あの恐怖と痛みにまつわるエピソードを語っていただきました。
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第20回 恐怖は突然やってくる
     「この世で一番怖いものは?」  こう聞かれて真っ先に思い浮かぶものといえばなんだろう?  昔から言われているのは、地震・雷・火事・親父だが、これは平成を通り越して昭和の怖いもの四天王だろう。少なくとも令和の世において、親父は決して怖いものではなく、なんならランキング圏外に位置しているはずだ。  おばけ。人によってはこれが本当にダメだという人がいる。ちなみに以前僕は、引っ越しをしようと色々と部屋を探しているとき、あまりの安さにつられ、曰くつきの物件を見に行ったことがある。不動産屋の方に「そういうのは大丈夫ですか?」と聞かれ、「僕全然平気なタイプなんで」と豪語したあと、その部屋に入り、室内を見回していると、遅れてやってきた大家さんが玄関から入ってくるなり数珠を取り出し、必死の形相で拝み出した。あ、だめだ、と思った。  人間。結局生きてる人間が一番怖いなんて言葉もある。人間は優しさも持っているし、調和もする。けれど、どの人間にも狂気はひそんでいて、その狂気が膨れ上がることで発揮される不条理な行為。人は簡単に人を裏切るし、欲望には限度がなく、そのために嘘を塗り重ね、人を貶める。一番怖いのは生きてる人間だ、と僕も思う。 他にも、猛獣や兵器など怖いものはたくさんある。  しかし現時点での僕が一番怖いもの。  それは……、そう、腰痛だ。  今これを書いている最中も、いつ腰痛に襲われるんじゃないかとハラハラドキドキし、「腰痛」という言葉を見ただけで、震えとともに飛び上がりそうになる。でも決して飛び上がりはしない。なぜなら、そのせいでまた腰痛に見舞われる可能性があるから。じっとする。
     それは突然やってきた。  晩ご飯の支度をし、ちゃぶ台にご飯とおかず、そしてコップに缶ビールを注ぐ。テレビをつけ、箸を進める。ビールが半分ほどなくなったところで、残りの冷やしているビールを取りに冷蔵庫へと向かい、右手で缶ビールを取り出し、左手でちゃぶ台に置かれたコップを持ち上げようと手を伸ばした瞬間、背後から暴漢に鉄パイプで腰を強打された。どうやらいつの間にか部屋に入ってきてたみたいだ。 「鍵はかけたはずなのにどうやって……?」と、後ろを振り返ろうと体に力を入れた瞬間、さらなる激痛が走る。「痛でぇぇぇーーーー!」 人の気配はない。ご察しの通り暴漢などいない。  床にうずくまろうにも、少し体のポジションを変えただけで激痛が走る。しばらくその姿勢のまま身動きが取れなかった。右手に持ってる缶ビールがどんどん汗をかいていく。痛みと焦りと不安で立ちくらみがしてきたので、このまま倒れたらマズいと思い激痛に耐えながらその場になんとかうずくまった。  30分ほどして奥さんが帰ってきて、老人の介護さながら、1時間くらいかけて僕をベッドへと連れてってくれた。なんとかベッドに横になったはいいものの、とにかく痛い。ずーっと痛い。腰に雷を飼っているみたいだ。姿勢を変えようと1ミリでも動こうものなら、稲妻が落ちる。  なんでこんなことになったんだろう。疲れだろうか。ふと最近のことを思い返した。
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  • 睡眠銀行|高佐一慈

    2021-07-06 07:00  
    550pt

    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。今回は、誰しも経験したことがあるだろう「寝溜め」について。休日になるとつい普段より長く寝すぎてしまう高佐さんが、理想の睡眠環境を語ります。
    6/30に開催されたザ・ギースの「60分漫才ライブ」はアーカイブでも配信中だそうです(本日までチケット販売中)。詳しくはこちら。
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第19回 睡眠銀行
     次の日が休みの時は、自然とお昼まで寝てしまうことがよくある。  9時間とか10時間とか平気で寝てしまう。僕の平均睡眠時間は7時間だ。  なので2時間から3時間、余分に寝てしまっている。寝ること自体はとても好きなのだが、9時間も10時間も寝てから起きた後は、いつも「しまった! こんなに寝てしまった!」と思ってしまう。寝ていた時間がもったいないという感覚だ。  「この3時間があれば、あんなことやこんなこと、あれもできたしこれもできたではないか!」と自己嫌悪に陥り、気分が落ちてしまう。まあでも失った時間ほど輝いて見えるだけで、結局は起きていたとしても大したことはしない。どうせボーッとテレビでも見て無為に時間が過ぎていくだけだ。
     逆に、全然寝られない時もある。  次の日大事な仕事がある時などは、そのことについてあーでもないこーでもないと、色々と考えを巡らせたり、うまくいかなかったらどうしようと緊張して眠れない。いつの間にか小鳥のチュンチュンという声が聞こえてきて、窓の外が明るんでくる。そして寝不足のまま仕事に行く時間になる。  そんな時にいつも思う。ただ無駄に寝てしまった時の睡眠時間をここに持ってこれればなぁと。皆さんもこう思うことは一度や二度じゃないはずだ。
     「寝溜め」という言葉がある。予想される睡眠不足にそなえ、ひまを見計って寝ておくことだ。  ただ、これは超短期的な範囲の中での有効な手だ。明日は徹夜で仕事をするハメになるから、今のうちにできるだけ寝ておこう、とか。
     いつも思う。睡眠銀行というものがあればなぁと。そしてそれは24時間いつでも預眠できたり、引き出したりできるのだ。預眠額に応じて利子もつく。残高を見て、まだこんなにあるぞとニヤつくこともありそうだ。  逆に消費者眠融というのも出てくるだろう。後で返眠する代わりに、先に借眠することができる眠融機関だ。ただし借眠が重なって、他の消費者眠融にも手を出してしまい、あれよあれよという間に多重債務者になり、借眠の取り立てに追われ、首も回らなければ、目も瞑れない日々を過ごすことになるのは避けなければならない。
     このシステムがあれば、たとえば、10時間寝てしまった時に、睡眠銀行に行き、窓口でもATMでもいいが、3時間だけ預眠する。すると3時間分の睡眠を削られることになるので、少しだけ眠くなったり、ちょびっとだけ疲労がのしかかってきたりするが、平均睡眠時間7時間の僕にしてみれば、別に大したことはない。むしろこれが普通だ。  これで4時間しか寝られなかった時に、預眠した分の3時間を引き落とすことが可能となる。  想像する。  今日は大事な仕事だ。でも眠い。ボーッとしてパフォーマンスが低下しそうだ。非常に眠すぎる。あれこれ考えすぎたせいだ。いや、それはウソで、本当は昨日徹夜でゲームしてしまったせいだ。でも大丈夫。わざと徹夜したのだ。
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