お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。
このエッセイも長らく続けてきた高佐さんですが、この春ついに「小説」を刊行するようです。今回は、残すところ発売を待つのみとなった高佐さんの心境を綴ってもらいました。
高佐さんの書き下ろし短編小説集『かなしみの向こう側』が発売中です!
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高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ
第27回 何もしないことの可能性
小説を書くことになった。
きっかけは、一昨年に出版社を立ち上げた小説家の中村航さんから依頼されてのことだ。
中村さんとは、歌人の加藤千恵さん主催の飲み会で知り合った。もう10年くらい前の話だ。
ちなみに他にはテレビプロデューサーの佐久間宣行さん、歌手のmiwaさんがいらっしゃり、何者でもない僕は、目の前の錚々たるメンバーの中で、ただただ自意識を爆発させ、ひたすらに汗をかきながら黙ってお酒を飲むことしかできなかった。その時何を話していたか、どんな料理が出されていたかなど、全くもって覚えていない。
唯一覚えているのは、会の終わり際にmiwaさんが、リリースしたばかりのアルバム『Delight』を初対面である僕にプレゼントしてくれたことだ。CDジャケットにはご自身のサインとともに「高佐さんへ」というメッセージが書かれていた。キラキラと眩しすぎて、CDもmiwaさんも直視することができず、蚊の鳴くような声でかろうじてお礼を言うのが精一杯だった。CDを受け取った手は緊張でプルプルと震えていた。
羨むほどに活躍されている歌手、プロデューサー、小説家、歌人の方を前に何も話せなかった自分を思い出しながら、とぼとぼと家路についた。
その後、中村さんとは、オードリーの「ネタライブ」でお会いすることが何度かあった。毎回普通にお客として見に来ているようで、ライブ終わりに楽屋で挨拶をさせてもらった。
そこからギースのライブにも何度か足を運んでいただくようになった。
でもそれくらいの関係性である。
今回、どうして僕に小説執筆のお話をくださったのかは、いまだにわからない。
小説など、それまで一度も書いたことはなかったし、本が売れるような人気芸人でもない。それどころかほぼ無名に近い。新進気鋭の若手でもない。
百歩譲って、ギースのコントを好いてくれているとしても、コントは僕が一人で書いているわけでもない。相方、作家と三人で作っている。
お話をいただいた際、多分勘違いされているんだろうなと思い、そのことも説明させてもらったのだが、中村さんは「ああ、そうですか」と表情一つ変えずに言ったあと、「高佐さんの書く小説、絶対面白いと思うんですよね」とだけ言った。
きっと誰かと間違えているんじゃないか。今でもそう思う。
興味を持っていただけるのは嬉しい反面、本当に書けるのだろうか、そして期待にお応えできるのかという不安でいっぱいである。お断りしようかとも考えたのだが、僕の悪いところ、「危険なところへ丸腰で飛び込んでいく」気質、通称紐なしバンジージャンプ気質が発動してしまい、ついにお引き受けすることにした。
元々小説は好きだった。昔は電車の中やバイトの休憩中など、少しでも時間が空けばポケットから文庫本を取り出し読み耽るくらい好きで、今もまとまった時間が取れる時は、喫茶店をハシゴしながら一日中読んだりする。
しかし、まさか自分が書くことになるとは夢にも思わなかった。
中村さんとのリモート打ち合わせで、いくつか案を伝え、とりあえず短くてもなんでもいいので書くことになった。
取り掛かる前に、改めて好きな作家さんの小説を読み直してみる。
筒井康隆さん、今村夏子さん、村田沙耶香さん、前田司郎さん。
好きな作家さんだから当たり前だが、めちゃくちゃ面白い。
芸人さんの小説も読み返してみる。
又吉直樹さん、劇団ひとりさん、加納愛子さん。
才能を痛いほど感じる。
ひと月経ち、中村さんから「その後、どんな感じですか?」というLINEをもらった後、僕は正直に返信した。
「すみません……。一文字も書けてません……」
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