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リサーチャー・白土晴一さんが、心のおもむくまま東京の街を歩き回る連載「東京そぞろ歩き」。
今回は、都内のあちこちにある「知られざる水路」をたどります。暗渠(あんきょ)となった河川跡や調整池を見渡しながら、いたるところで水害対策が施されている東京の、普段とは違った姿を解説します。

白土晴一 東京そぞろ歩き
第16回 江古田公園から哲学堂ハイツ、上高田公園、落合公園へ

 東京をあちこち歩いていると、掘削されてコンクリートで川底まで覆われた河川がたくさんあるが、上部だけ蓋をした暗渠も多い。
 転落事故防止や交通の妨げにならないよう、水路に蓋などをして地下に埋設させてしまう工事が行われた水路を暗渠という。元々はどぶ川であったり、郊外ならば水田の用水路であった田川であったり。現在ではそうした水路の多くが地下に押し込められて、通行人の目にはなかなか入らないようになっている。
 しかし、あちこち歩いていると、「ここは元は水路、暗渠だ!」と気づくこともある。道が蛇行していたり、水路っぽい地形であったり、家の並びの雰囲気だったり、なかには橋の欄干が残っていてすぐに分かるところもある。
 こういう暗渠の痕跡が分かってくると、ついつい暗渠探しをしてしまう。
 例えば、下画像は南阿佐ヶ谷で撮影したものだが、これなどは U 型側溝にコンクリート蓋を被せている暗渠で、水路の上を覆うコンクリート蓋が並んでいるのですぐに気づいた。

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 鎌倉に行った時には、下馬交差点付近という場所で地上に残された欄干を見つけて、「ここは暗渠だ!」と一人で合点してしまった。

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 この欄干はもともとは下馬橋と呼ばれた橋。現在では暗渠化された「佐助川」に掛けられいた。こういう欄干が残っていると、暗渠であることがすぐに分かる。
 こういう暗渠の道を辿っていくと、暗渠ではない開渠(埋設されていない水路、河川)に行き着くこともがある。時間がある時にこういう暗渠を見つけて、どこに繋がっているかを調べる水路探索も楽しい。

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 ある時、杉並区の清水(そういう町名)を自転車で走行していたら、「あれ?この道は暗渠だな?」と気づいたことがある。蛇行している水路っぽい曲線の道で、あちこちに昔の側溝の際に作られる擁壁ものが残っているので、なんとなくそう感じた。
 とくに清水という場所は、その町名が示す通り、この周辺の旧家の敷地から湧水が出ていたことで名付けられたというのは知っていた。なので、こういう清水から湧き出た水は流れていた水路があったはずで、今では暗渠化された井草川の支流か何かではなかったかと推理した。
 そして、この暗渠を辿って自転車を走らせていくと、やはり大きな開渠(川)に行き着いた。

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 画像中央にある排水溝がコンクリートで塞がれているのがわかると思う。これがこの暗渠の終着点らしい。現在ではどうやらほとんど水が流れていないか、違う水路の方に流されているかで、塞がれてしまっているのだろう。
 この開渠は、一級河川の妙正寺川という川。
 妙正寺川のことは、付近に住んでいる人以外、東京に住んでいても知らない人は知らないだろう。名前は知っていても、どんな川かはよく分からない人の方が多いと思う。それくらいの知名度だと思う。
 妙正寺川は荒川水系で、杉並区の妙正寺公園の中にある妙正寺池を水源に、新宿区下落合あたりで神田川(正確には高田馬場分水路)で合流するまでの流路延長 9.7km の河川である。江戸時代は江戸の近郊農村を流れる川だったが、戦後の高度経済成長以降はその流域は都市化によってほとんどが住宅地になっている。掘削で川底を掘り下げ、護岸や川底すらもコンクリートで固められている典型的な都市河川という風貌の川である。

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 戦前に撮影された写真では田んぼの脇を流れている、のどかな田川という感じだったが、その後は周辺の景観含めて激変してしまった河川である。
 こうしたガチガチの河川整備が行われているのは、妙正寺川がかなりの暴れ川だからである。1958 年(昭和 33 年)の狩野川台風や 1966 年(昭和 41 年)の台風 6 号では氾濫し、 2005 年の首都圏大雨でも流域で浸水が発生しまっている。都市化によって住宅地が拡大したことで、その安全を保つために妙正寺川の治水事業は重要度を増し、行政は長年にわたって改修や拡幅工事を重ね、現在のような姿になったのである。
 下画像は、哲学堂公園付近の、晴天時の妙正寺川と 2016 年 7 月の局地的な集中豪雨が発生した後の妙正寺川である。この時は氾濫などは起こらなかったのだが、集中豪雨が発生すれば、かなりの水が妙正寺川に流れ込んでくるのが分かると思う。

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 近年では「ゲリラ豪雨」という言葉が使われるようになったが、環境の変化で都市部で短時間で集中的な豪雨が発生し、都市の下水道などの排水インフラの許容量を超える雨量のために、処理が追いつかずに浸水など被害が生じてしまう都市型水害が増えている。
 街全体で舗装やコンクリートなどが地面を覆っているために、地面に吸い込まれず、大量の雨水が都市河川に集中されてしまうという理由もある。
 この近年の都市型水害を考える上でも、東京の住宅地である杉並、中野から、 新宿まで流れるこの妙正寺川を歩けば、いろいろな治水対策を見ることができるだろう。
 そこで今回は、中野区松ヶ丘付近の江古田公園付近から下落合までの妙正寺川沿いを歩いていこうと思う。

 まず、江古田公園内を流れる妙正寺川、ちょうど江古田川との合流点から歩き始めてみる。
 画像手前の側溝のような流れがあるが、これが江古田川。
 一級河川で、練馬の豊玉からここまで 2km ほどの川である。しかし、画像でも分かるように普段の水量はそこまで多くはない。反対側の橋から見た風景を下に。ここに水害対策が一つ施されている。

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 水位観測用に色分けされたスケールが描かれているのが分かると思う。妙正寺川には水位観測用のライブカメラがネット上で公開されているが、この合流地点付近にもライブカメラが設置されており、画面上で水位がすぐ分かる工夫がなされているのである。

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▲中野防災・気象情報 ライブカメラ妙江合流

 水位観測用のライブだけでなく、江古田公園には電波を使った河川水位監視システムも設置されている。
 ラッパのような形で微弱な電波で水位を観測する電波式水位計で、九州の株式会社マツシマメジャテック製。レベルセンシングなどのセンサー機器のメーカーで、治水インフラなどでよく製品を見かける企業である。水位計はフロート式、投げ込み式、超音波式などがあるが、比較的水面から離して設置できる電波式水位計は増水に強く、いろんな都市型河川で見かけるようになってきている。

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 ライブカメラや電波式水位計のような監視ネットワークだけではなく、江古田公園には水害対策資材の保管場所である江古田水防倉庫も設置されている。

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 特に目を引くのは土のう倉庫。
 妙正寺川・江古田川流域には土のう配備箇所が 18 箇所あるが、「一時配備」と「長期配備」に分かれている。「一時配備」は「土のうステーション」などと呼ばれて、台風大雨が予想される 6 月上旬から 11 月下旬まで期間限定で土のうが置かれるが、「長期配備」は一年を通じて土のうが置かれている。


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