本日のメルマガは、就労支援施設「ムジナの庭」施設長・鞍田愛希子さんと宇野常寛との対談をお届けします。
植物に触れること、手仕事をすること、人と触れ合い感情を表現することをつなげた心身のケアを通じて、就労へのサポートプログラムを実践するムジナの庭。施設利用者へのケアを実現する「居心地のいいみんなの庭」はどのように成り立っているのか、サービス・空間設計の両面から解説していただきました。
(構成:石堂実花、初出:2022年5月17日(火)放送「遅いインターネット会議」)
※本対談で登場する「ムジナの庭」へ訪問した詳細なルポルタージュは、『モノノメ#2』に掲載されています。詳細はPLANETS公式オンラインストアにて。
「ムジナの庭」では何が起きているのか(前編)|鞍田愛希子
居心地のいいみんなの「庭」を目指して〜「ムジナ」に込めた思い
宇野 本日のテーマは3月に刊行した雑誌『モノノメ』の第2号でも特集させていだだいた、就労支援施設「ムジナの庭」です。就労支援施設と聞いてピンとこない方もいると思うのですが、いろんな分野の障害を持っている方が働けるようになるために職業的な訓練を受ける施設のことです。
「ムジナの庭」は植物に触れたり、手仕事をすることで人と触れ合い、感情を表現することなどをコンセプトにした心身のケアのプログラムをユニークに展開されている施設です。今日は『モノノメ』2号の解説編のような形で、「ムジナの庭」の主宰者である鞍田愛希子さんをお迎えして、一緒に「ムジナの庭」について考えてみたいと思います。愛希子さん、今日はよろしくお願いします。
鞍田 よろしくお願いします。
宇野 「ムジナの庭」は完成してからまだそこまで日が経っていない施設なので、取材として踏み込んで話すのはもしかしたらちょっと迷惑なんじゃないかという迷いがあったんです。でも、非常におもしろい試みをしていることをパートナーの鞍田崇さんからも伺っていたので、ぜひともお願いしたいと思って取材させていただきました。
今日はまず愛希子さんのほうから改めて「ムジナの庭」の試みについてご紹介いただいて、そのうえで「ムジナの庭」の試みを通じて僕らが考えるべきことなどに議論を広げていけたらいいなと思っています。それではよろしくお願いします。
鞍田 ありがとうございます。こうやってお話しするのが初めてなので、ガチガチなんですが(笑)。よろしくお願いします。
いまご紹介いただいた通り、「ムジナの庭」は就労継続支援B型事業所と言って、一般企業での就労が難しい方のために働く場を提供したり、段階を踏んで就労へ向かっていくためのサポートを行う福祉施設になります。「ムジナの庭」は昨年の3月、ちょうど1年前に開設したばかりで、「何歳からでもリスタートできる社会へ」というスローガンをもとに立ち上がりました。このスローガンには、どんな生きづらさを抱えていたとしても、誰もが未来に安心し、何度でもチャレンジを続けられるよう、いつでも帰れる家のような場所でありたいという願いが込められています。
「ムジナの庭」にはいくつかコンセプトがあります。まずは「眠っている身体感覚を取り戻す」。ふと嗅いだ香りや、ふいに投げかけられた言葉、何気なく食べているもの、作業に没頭する時間、いつの間にか心や体に作用している要因をキャッチして、自分なりの暮らし方を見つけていきます。
私は大学を卒業して最初の仕事が植木屋だったんですが、学生時代は不眠症で気分も抑うつ気味だった私が、植木屋になったら急にぐっすり眠れたという経験があります。学生時代は、ただの運動不足だったんですよね(笑)。木を切っているときの香りや感触を通してメキメキと人間らしさを取り戻したという実感もあり、「ムジナの庭」でもそういうことを大事にしたいと思っています。
もう一つのコンセプトは、「居心地のいいみんなの庭」です。
「ムジナの庭」は武蔵小金井というJR中央線の駅から10分もかからない場所にあるんですが、ここは坂下(さかした)と呼ばれる地域で、近くに「はけ」と言われる崖が続いています。近くに「ムジナ坂」という坂があるんですが、この坂が「ムジナ」の由来のひとつでもあります。
このあたりは夜はとても暗くて、「女の子が通るとムジナに襲われるよ」といった感じで、「ムジナ」があまりいい意味で使われていなかったようです。この名前をつけるのも地域の方にすごく反対されました(笑)。でも、この坂が都道の建設で無くなってしまうかもしれないという話を聞いて、その土地の記憶として残しておきたいという思いもあり、この名前にしました。
目の前にある古いお寺には保存樹木にも指定されている大きな木が多く、毎日何十羽、何百羽といる鳥の声が聞こえてきます。「ムジナの庭」の2階は水平窓になっているので、180度緑が眺められる空間の中でぼーっとしたり、畳のある空間で寝転がったり、ハンモックで休んだりできます。そんな、みんなが共有できる庭やリビングのようなのびのびと暮らせる場所を作りたいという思いが立ち上げ当初からありました。
「ムジナ」という言葉を「同じ穴のムジナ」という言葉で聞いたことのある方も多いと思いますが、通常はアナグマのことを指します。ただ、古くはタヌキや狐、イタチなんかも、みんなムジナと呼ばれていました。巣穴を掘るのが得意で、とても大きな巣穴を掘るんですが、そこに勝手にタヌキや狐が居着いても、一緒に住んでしまうんです(笑)。この感覚がすごくいいなと思っています。穴を掘るのが得意な人は巣を作ったり、草を集めたい人は草を集めてくる。「ムジナの庭」という名前にはそんな、それぞれが得意なことで活躍しながら共に暮らしていける場を作りたいという思いを込めています。
ムジナは「害獣」と言われることもありますが、それは人間にとっての害であって、環境が変われば「害獣」ではありません。私は最近「障害」という言葉をあまり使いたくないという思いがあって、自分の中で「障害」と「害獣」が結びついて、「ムジナ」は象徴的な動物だな、と思っています。
「リバイブ=再活性化」をテーマとした活動
「ムジナの庭」では3つのプログラムを用意しています。就労支援施設なので働くことを通してお金を稼ぐことがベースではありますが、それに加えて「ケア」に力を入れています。
毎日一緒にご飯を食べる人がいれば自然と元気が出たり、昼間にしっかり体を動かせれば夜が眠りやすくなったり、日々誰かと顔を合わせれば笑う時間も増えますよね。そうした当たり前のことを一つずつ繰り返していく。これを毎日続けていくことで心と体の回復を促すようなプログラムを用意しています。
1つめのプログラムは「生活と仕事」です。これは主に手仕事の作業のことを指します。たとえば月に一度のオープンアトリエでは、お客様をお招きしてカフェを開いています。そこでは普段作っている雑貨やアロマ製品、庭で手入れしたハーブを使って作ったお菓子や、雑草を使ったコースターなどを販売しています。
こうした活動の裏側には「再活性化」という意味の「リバイブ」というテーマがあります。大学を卒業して植木屋として働いていたときに、剪定した枝をウッドチップとして再利用することが多かったんですが、ものすごくお金がかかるうえに、ウッドチップにした場合でもほとんどがゴミになってしまうのを見て「せっかくこんなにいい匂いがしているのにもったいない」と思っていました。その経験から、「ムジナの庭」では水蒸気蒸留というアロマを作る事業もやっています。
これからお話しする建築のリバイブもやっていますし、元気を失ってしまった人をどう再活性化させていくかという、人に対するリバイブもやっています。そう考えると、「ムジナの庭」のすべての活動のテーマが「リバイブ」であるとも言えます。
2つ目のプログラムは「からだプログラム」です。この写真に写っているのは鍼灸師のスタッフで、プログラムの一環でお灸をやっているところです。足つぼやアロマもやっているんですが、体に直接アプローチするので、たとえば「眠れないから薬を飲む」というよりは「眠れないときにどう体を使えば眠れるようになるか」ということがわかるように、みんなで確認しながら行っています。
3つ目の「こころプログラム」では北海道で有名な「べてるの家」の当事者研究や、SST(ソーシャル・スキルズ・トレーニング)などを取り入れた活動をしています。
最近ではヘアメイクとポートレート撮影をするプログラムもやりました。第三者が関わったり、普段しないアプローチによって変わっていく心の在りようもテーマとして挙げているので、クリエーターやアーティストの方々に関わっていただきながら、従来の自己理解やコミュニケーションのプログラムだけではない、少し変わったアプローチをしています。
これはプログラムの一環で木工作家の三谷龍二さんの指導のもと、みんなで作ったムジナのブローチです。三谷さんもいろんなブローチをこれまで手掛けられてきた方ですが、30年ぶりの新作としてこの形を考えてくださったそうです。
この日は参加者一人ひとりが、一匹のムジナを2時間くらいかけて仕上げました。彫刻刀自体握るのが小学生ぶりという方ばかりで、みんな黙々と集中して取り組んでいました。
これは三谷さんが最初に作ってくださった小冊子です。この中には、「ムジナが住んでいる土の中を想像してね」「森の中ってどんな感じかな」「ムジナってどんな形だっけ」と書いてあって、まずイマジネーションの世界からムジナを生き物として捉えるところからブローチに落とし込んでいくのが面白かったですし、とても温かい時間でした。
建築としての「ムジナの庭」
鞍田 「ムジナの庭」はもともと「小金井の家」と呼ばれていた住宅を改装した施設です。もとは1979年に建てられた家で、設計は建築家の伊東豊雄さんです。
実はもともと建築家の安藤忠雄さんに話があったそうなのですが、予算の規模が少なかったために当時まだ若手だった伊東さんへお電話し、代わりに伊東さんが作られたという経緯があるそうです。断熱材が入っていないので、夏は暑く、冬は寒い倉庫のような作りの建物になっていますが(笑)、当時は水平窓が珍しかったのもあり、建築家のなかでは話題になったお家だったようです。
これは竣工当時の写真ですが、いままたこの同じような造りに戻しています。この黄色の柱もグレーになっていた時期があったり、床がクッションフロアになっていたり、寒すぎたり暑すぎたのか、途中仕切りとして壁や扉を作っていた時期もあったりと、かなりの回数の改装を重ねてきた建物のようです(笑)。
これが2021年時点の写真です。建築家の大西麻貴さん、百田有希さんの建築設計ユニット、「o+h」さんに改修をお願いしました。百田さんはもともと伊東事務所で働いていた方で、大西さんは大学生の頃から伊東さんとコラボレーションされていて、二人は師弟関係でもありました。せっかくなので伊東さんの建築をよく知った方にお願いしたいと思い、たまたまご縁あったこともあって改修をお願いしました。
これが改修前ですね。1階がまだ子供部屋のままです。
これは高野ユリカさんという写真家の方が撮り下ろしてくださっている写真です。「小金井の家」が「ムジナの庭」になる、その変遷を追った書籍を、伊東さんとo+hさんが一緒に作ってくださっていて。改修前から撮りためていただいたものになります。
この頃は柱の色が違いますよね。壁が真ん中にあって、子ども部屋を二つに分けていた時期のようです。私たちが入る直前に手直しされてグレーにわざわざ塗られたそうなんですが、直後に私たちが戻してしまって、工務店さんががっかりしていました(笑)。
これが今の状態です。一番変わっているのが窓ですね。今は四角い窓が吹き抜けの上のところにあります。本当はこれを腰高で全部抜いてスタッフがみんなの様子を見られるようにしたい、とお願いしていましたが、o+hさんが伊東さんに相談に行ったときに、すごく緻密な模型を作ってくださって「この壁はあったほうが良いな」とおっしゃったみたいで。「好きにしたらいい」と言ってくださったみたいなんですが、この壁は残したほうが良いという判断があって、最終的に四角に抜くというかたちに収まった感じです。
宇野 空間設計に人間関係というか、コミュニケーション観の違いが見えますね。ある空間と別の空間が、もっときっちり分けられている空間が良いのか、それともある空間と別の空間の境界が曖昧で、どこかでゆるゆるとつながっている空間がいいのかという。
鞍田 そうですね。今はあそこの窓から「ごはんできたよ」という会話が上下で生まれたりするんですが、上を全部取らなかったことで向こう側に隠れられる、心理的な安全性が保てるような空間にもなっていると思います。畳のスペースなので、「からだのプログラム」でお灸をしたり、足ツボをするスペースになっています。
これが、くり抜いた窓から見た2階のキッチンですね。こちらは1階で、もともとの子ども部屋が改装されてキッチンになった部分です。
これは2021年の2月、「ムジナ」を開設する1ヵ月前に伊東さんが来てくださったときの様子です。o+hのお二人も来られて、この小金井の家を担当されていた泉さんという方も一緒に来てくださって、当時の話を伺いました。伊東さんも四十年ぶりに遊びに来られたということで、すごく喜んでくださっていました。
実は「ムジナの庭」をお願いするより前から、伊東さんと大西麻貴さんが東日本大震災の後に作られていた「東松島こどものみんなの家(以下、みんなの家)」にとても共感していたところがあったので、今回改修をお願いすることができてとても嬉しかったです。
「みんなの家」は、まだ被災者の方々が仮設住宅に住んでたときに「みんなのリビングのような、共有できるスペースがあるといいよね」という発想のもとにデザインされた空間です。それぞれが別々に暮らしながら、セミパブリックな共有できるスペースがあるというところがとてもいいなと思っていました。「ムジナ」も、たとえばそれぞれひとり暮らしをしている人にとって、暮らしの中で一緒に共有できる「庭」やリビングのような場所であればいいな、と思っていて、そういう場の在り方を体現したいということを伊東さんにもお伝えできたのは、とても嬉しかったです。