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あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(後編)|橘宏樹
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あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(後編)|橘宏樹

2022-10-04 10:19
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    【訂正とお詫び】
    本記事において編集部のミスにより画像の一部訂正があるため、再配信を行いました。読者の皆様にはご迷惑をおかけし、深くお詫び申し上げますと共に、再発防止に編集部一同努めて参ります。このたびは大変申し訳ございませんでした。

    現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。
    安倍元首相の外交姿勢と、これまで論じてきたユダヤ系アメリカ人の経済的影響力から、これからの日本の国際社会での立ち位置について考察します。

    橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記
    第6回 あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(後編)

     おはようございます。橘宏樹です。今年のニューヨークの夏は去年に比べてもかなり暑かったです。35度を超える日も少なくありませんでした。日差しが強く目を射られるので、通勤時はサングラスをかけて電動キックボードに乗っていました。

     さて、四十九日も過ぎましたが、7月初旬の安倍元総理の暗殺は大変な衝撃でした............。あらためて振り返っても信じられない事件ですし、個人的には、なんというか、今でも実感が湧いてきません......。演説や国会答弁の動画をついつい見てしまいます。もちろんニューヨークでも多くのメディアが報じました。深い悲しみと日本人への同情とともに、日米関係を一層盤石にした功績を讃える内容がほとんどです。特に、真逆のキャラクターであったオバマとトランプの両方とうまく付き合うことができた稀な指導者としての評価が高いです。私の仕事上のカウンターパートからも一斉に弔文が送られてきました。事件直後には99歳のヘンリー・キッシンジャー元国務長官までもが自ら足を運んでNY総領事館に記帳に訪れていました。現在、国葬が妥当かどうかについて国内で議論があることも報道されています。

    安倍元首相死去 米の日本大使館などに元閣僚や外交官らが弔問(2022年7月12日 NHK)

    ニューヨーク・タイムズ紙の安倍元総理関連記事一覧

     また、7月末には岸田総理がニューヨークの国連本部でのNPT(核兵器不拡散条約)運用検討会議に出席して演説を行いました。日本の総理として初めてのことです。5項目からなる「ヒロシマ・アクション・プラン」を発表し、核の傘の下に居ながらも核不拡散を希求する、という難しい立ち位置については、国際社会から批判も理解もある中、広島選出の岸田総理の「核兵器のない世界」への強い思いが、出来る限り国際社会に示されたかたちです。グティエレス国連事務総長もこれに呼応して8月6日に広島を訪問してくれましたし、2023年に被爆地・広島でG7サミットを開催することにもなりました。

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    ▲ニュージャージー州側から見るウォール街。中央の最も高い建物がワン・ワールド・トレード・センター。

     さて、ニューヨークの力強さの源としてのユダヤ人コミュニティについて、2回にわたって考えてきました。文面からは伝わりにくかったかもしれませんが、どう描出するか非常に苦しみました。「ユダヤ人は~」というトピックは、そう書き出しただけで、人種差別として誤解されるリスクすら生じてしまうほど、国際社会において非常にセンシティブな話題ですし、そもそも、ルーツも所得も宗派慣習も非常に多様な彼等を一括りにして議論することも困難です。そこで前編では、まずその多様さや分布についてデータで確認し、中編では、勝ち組ユダヤ人の「勝利の方程式」について、彼らの歴史を振り返りながら、これからの日本が学べそうなポイントにしぼって、なんとか洞察を試みてみました。

     三部作最終編となる本稿では、ユダヤ人と日本人の間の「縁」についてお話ししたいと思います。両者の間には共闘や助け合いの歴史があるだけでなく、特にニューヨークで、イノベーションを興すパートナーとして、とても相性が良い面があると思います。これからの日本の生存戦略の提案も含めて論じてみたいと思います。

    対露戦争での共闘

     日本・ユダヤ関係史で最初の重要なエピソードは、やはりなんといっても、日露戦争時のユダヤ系銀行家ジェイコブ・シフと日本政府の「共闘」だと思います。

     1904年、日露戦争開戦を決意した日本政府は、巨額の軍事費用(当時の日本の国家予算の約9年分に比敵)を公債の発行によってまかなおうと考え、高橋是清日銀副総裁(当時)らをロンドンに派遣し、引受先を探す交渉に当たっていました。しかし、当時、いかに評価急上昇中の日本(ちょうど「坂の上の雲」の時代)とはいえ、円の信用力への疑問、最後は超大国ロシアが勝つだろうという観測、英露王室同士は姻戚関係にあることなどから、当初、ロンドンでの日本国債発行は極めて絶望的な状況でした。

     しかし、とある晩餐会の席上、高橋是清の隣に、当時の米国ユダヤ系経済界のリーダー的存在であった銀行家のジェイコブ・シフが座り、意見交換を行いました。その翌日、シフが巨額の日本国債の引き受けとアメリカでの転売を決めたことから、形勢が一気に好転します。

     シフは、もともと新興国への投資に熱心なタイプであった上に、仲間が持ち掛けてきた、日本の外国債をロンドンからニューヨークに転売して、金融市場としてのニューヨークの地位を高める起爆剤として利用しようという計画にも関心を寄せていました。
     同時に、シフは、熱心な政治活動家でもありました。中編でも触れましたが、当時、帝政ロシアは大規模なユダヤ人迫害(「ポグロム」)」を行っており、シフはこれに強い反感を抱いていて、セオドア・ルーズベルト大統領にも働きかけるなど、同胞の救済に尽力していました(シフは、世界的に大きな影響力を有する「米国ユダヤ人委員会(AJC:ユダヤ人の市民権向上のための国際的なアドボカシー団体)」の創設メンバーのひとりでもあります)。こうして、シフは、銀行家としての経済的動機とユダヤ人としての政治的動機から、莫大な額の日本国債を引き受け、日本政府に資金を提供し対露戦争を支援したわけなのです[1]。
     この軍資金調達の成功がなければ、日本はおそらく日露戦争に負けていたでしょう。明治天皇も、シフのハイリスクな決断と支援に感謝し、皇居で会う初めての外国民間人として単独で謁見し、旭日大綬章の叙勲を行っています。
     シフの思い切った新興国への投資や、日本債のニューヨークでの転売構想、米欧をまたぐ豊富な人脈には、中編で触れた「チャレンジへの執着」「あなたが持っていないものを、欲しがっていない人に売る」「ユダヤ人ネットワーク」の破壊力の真骨頂が見出せますね。

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    ▲グッゲンハイム美術館の外観。ユダヤ人富豪の「鉱山王」ソロモン・R・グッゲンハイムのコレクションを収蔵。

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    ▲グッゲンハイム美術館内観。らせん状階段に沿って絵画が展示されている。この日はカンディンスキーの特別展が開催されていました。

    ホロコーストと「命のビザ」

     そして、日露戦争から約40年後、今度は日本人がユダヤ人を助けることになります。第二次大戦中、ナチスによる大迫害(「ホロコースト」)から逃れようと海外脱出を試みるユダヤ難民に対して、杉原千畝(ちうね)リトアニア領事代理、根井三郎在ウラジオストク総領事代理、建川美次駐ソビエト連邦大使らは、人道上の使命感から、時に外務本省の訓令に背きつつ、ビザを発給して出国を助けます。特に、6000人ものユダヤ人を救出した「東洋のシンドラー」杉原千畝氏の美談は映画化され、欧米でも”Persona Non Grata(「好ましからざる者」の意)”の英名で上映されています。

    杉原氏以外にも「命のビザ」(週刊NY生活 2021年2月24日)

    映画 Persona Non Grata(「杉原千畝」) (2015)

     また、杉原千畝が発給したビザで命を救われたユダヤ難民の一部は、リトアニアからウラジオストクを経て、福井県・敦賀港に上陸しました。命からがら逃れてきた彼らに、敦賀市の人々は、着物や食べ物、寝床などを提供して生活をサポートしました。温かい庇護を受けたユダヤ難民の感謝の思いは深く、敦賀の街が「天国(ヘブン)に見えた」と語る声も伝えられています。敦賀市にはその際のエピソードや史料を展示する施設「敦賀ムゼウム(ポーランド語で資料館の意)」があり、ホロコースト・サバイバーの子孫を始め、多くのユダヤ人の来訪を受けています。敦賀市からニューヨークに渡ったユダヤ難民も多く、とあるユダヤ系ニューヨーク市議会議員は敦賀ムゼウム来訪の折、祖父の名前が入った史料を見つけたとのことです。

    ユダヤ系住民、敦賀市に感謝状=杉原氏「命のビザ」避難民迎え入れ-NY

    ユダヤ難民の遺族が日本側に謝意 NY総領事と面会(Daily Sun New York 2020年7月23日)

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    ▲人道の港敦賀ムゼウムで展示されている大迫辰雄氏のアルバム。外交官のみならず、ウラジオストクから敦賀市への移送を担当したJTB大迫辰雄氏なども、心を込めて彼らを遇したことが伝えられています。(人道の港敦賀ムゼウム ウェブサイトより

    JTB職員 大迫辰雄の回想録 ユダヤ人輸送の思い出

     ユダヤ人社会には、両親や祖父母の命を救ってくれた多くの日本人に対する感謝の念が、今も根強く残っています。我々の先祖に深い恩義を感じてくれているということ、その想いが子孫にまで受け継がれているという事実は、多くの日本人も知っておいてよいことだと思います。

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    ▲杉原千畝氏(wikipediaより)

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    ▲建川美次氏(wikipediaより)

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