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〈夜の世界〉の想像力が、〈昼の世界〉の実用産業やライフスタイルを
かつてない規模で変えてきた最前線の現象「ゲーム」。
その技術文化の歩みを批評的な視点から丹念に検証しながら、
あらたな未来像へのヒントを探る本格通史!
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第1回 「汎ゲーム史観」の立場から
■はじめに
1983年の任天堂ファミリーコンピュータ発売から30年、いまやデジタルゲームはあって当然の娯楽の一つとして、私たちの生活に違和感なく根づいています。プレイステーション3やニンテンドー3DSといった家庭用・携帯用のゲーム専用機だけでなく、近年はモバゲーやグリーといった携帯電話向けのSNSを利用したソーシャルゲームの分野が急成長し、さらに高機能化したスマートフォンではほとんどゲーム機のソフトと遜色ないほどのゲームアプリが多数登場して市場を賑わせていることは多くの方がご存じでしょう。
改めて考え直してみると、ゲームという分野が置かれている社会的な立ち位置は、きわめて特異なものです。それはまず普遍的な意味でのルールや達成評価のシステムなどを備えた遊戯形態であり、その経験をもたらす玩具やレジャーの場であり、漫画や映画、アニメ等とならぶカルチャー表現のジャンルのようでもある。さらにはテレビやインターネットといった情報メディアの形態をめぐるテクノロジーでもあり、家電製造業からFacebookやLINEのようなITサービス業にまで広がる複合産業としての側面もあります。
こうしたハードとソフトが交錯する鵺のようなハイブリッド性をもつ領域であるために、ゲームに関する批評や研究は、どうしても一定世代の感性と密着したカルチャー論に限定されたり、作り手や受け手の体験性は切り捨てたビジネス論に特化したりと、ひとつの側面にのみクローズアップするスタイルのものにならざるをえませんでした。その範疇があまりにも広漠であることに加え、本気で全容を捉えるためには、情報技術に関する理工学的な知見や、作品の遊戯性や文芸性を読み解くための人文学的なセンス、さらには制作と消費の環境となる業界や市場の構造とそれを取りまく時代条件を把握するための社会科学的な視点など、非常に多岐にわたるアプローチが必要だったためです。
そして、ごく一部のマニアや業界関係者の好事家的な興味を除いて、そうまでして「たかがゲーム」にそれだけの知性と労力を費やす意義が、これまではほとんど見出されなかったからでもあるでしょう。
しかしながら、社会の隅々にまで情報技術が進展し、あたかもゲーム機をいじるような感覚で人々の暮らしが営まれるようになった21世紀社会の情報環境は、まさに日本が先導したデジタルゲーム産業の発展を重要な駆動源にして築かれたと言っても過言ではない側面を有しています。
そして、政治の未成熟による不公正や経済政策の不具合による相対的な貧困危機や社会不安、環境や災害のリスクなど変わらぬ問題は多々あれど、20世紀社会に比べれば、少なくとも先進国における基本的な衣食住といった物質次元の資源の生産分配体制は、相対的に大きく改善されました。その上で、いかに情報的・精神的な次元で人間の生物学的特性に適合したクオリティの高い生存を提供するかというかたちにシフトしたのが私たちの社会の課題ですが、それは本質的にはまさに人生サイズのゲーム体験をデザインするということに他なりません。
別の言い方をすれば、20世紀文明においては生存に必要不可欠な実用物資の生産労働と消費を担う産業が〈昼の社会〉で、実用性の低い余暇を蕩尽するための文化が優先度の低い〈夜の世界〉として劣位に置かれていたのに対し、21世紀文明においては、それまでの〈夜の世界〉こそが基幹産業に移行する。そのシフト現象が最もわかりやすく起きている産業分野であり、技術的・文化的な原動力ともなっているのが、ゲームだということなのです。
こうした「汎ゲーム史観」とも呼びうる立場で21世紀文明の原理的特質を明らかにするという目的意識のもと、本連載では技術と文化と社会にまたがる極力総合的な観点から、第二次世界大戦後の日本ゲームの勃興以来の通史の展開を試みます。
もちろん、デジタルゲームそのものの発祥は戦勝国アメリカに由来しており、これが日本に上陸して1978年の『スペースインベーダー』のブームに結実する以前の時代として全3章にわたる議論をすでに展開してあるのですが、一般的な日本読者にはいささか馴染みのない話題が長く続くことになるため、本連載での掲載は見合わせることにしました。したがって、次節より始まる叙述は「第4章」にあたり、本稿でもその前提の表記のままで連載を進めていきたいと思います。
本連載が読者諸兄にとって、積み重ねられてきた現在までの軌跡の中に、望ましい未来をデザインするための何かしらの具体的な補助線を提供できるものとなれば幸いです。
■日本ゲームの揺籃~インベーダーブームへの道程を語るために
『スペースインベーダー』。
それは事実上、日本発のゲームタイトルが本場アメリカをはじめとする世界市場で覇権を握り、最終的に産業全体を一変させた初の事例であった。ここでは、その登場までに至る日本ゲームの技術文化の脈絡を遡ってみたい。
〈夜の世界〉の想像力が、〈昼の世界〉の実用産業やライフスタイルを
かつてない規模で変えてきた最前線の現象「ゲーム」。
その技術文化の歩みを批評的な視点から丹念に検証しながら、
あらたな未来像へのヒントを探る本格通史!
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第1回 「汎ゲーム史観」の立場から
■はじめに
1983年の任天堂ファミリーコンピュータ発売から30年、いまやデジタルゲームはあって当然の娯楽の一つとして、私たちの生活に違和感なく根づいています。プレイステーション3やニンテンドー3DSといった家庭用・携帯用のゲーム専用機だけでなく、近年はモバゲーやグリーといった携帯電話向けのSNSを利用したソーシャルゲームの分野が急成長し、さらに高機能化したスマートフォンではほとんどゲーム機のソフトと遜色ないほどのゲームアプリが多数登場して市場を賑わせていることは多くの方がご存じでしょう。
改めて考え直してみると、ゲームという分野が置かれている社会的な立ち位置は、きわめて特異なものです。それはまず普遍的な意味でのルールや達成評価のシステムなどを備えた遊戯形態であり、その経験をもたらす玩具やレジャーの場であり、漫画や映画、アニメ等とならぶカルチャー表現のジャンルのようでもある。さらにはテレビやインターネットといった情報メディアの形態をめぐるテクノロジーでもあり、家電製造業からFacebookやLINEのようなITサービス業にまで広がる複合産業としての側面もあります。
こうしたハードとソフトが交錯する鵺のようなハイブリッド性をもつ領域であるために、ゲームに関する批評や研究は、どうしても一定世代の感性と密着したカルチャー論に限定されたり、作り手や受け手の体験性は切り捨てたビジネス論に特化したりと、ひとつの側面にのみクローズアップするスタイルのものにならざるをえませんでした。その範疇があまりにも広漠であることに加え、本気で全容を捉えるためには、情報技術に関する理工学的な知見や、作品の遊戯性や文芸性を読み解くための人文学的なセンス、さらには制作と消費の環境となる業界や市場の構造とそれを取りまく時代条件を把握するための社会科学的な視点など、非常に多岐にわたるアプローチが必要だったためです。
そして、ごく一部のマニアや業界関係者の好事家的な興味を除いて、そうまでして「たかがゲーム」にそれだけの知性と労力を費やす意義が、これまではほとんど見出されなかったからでもあるでしょう。
しかしながら、社会の隅々にまで情報技術が進展し、あたかもゲーム機をいじるような感覚で人々の暮らしが営まれるようになった21世紀社会の情報環境は、まさに日本が先導したデジタルゲーム産業の発展を重要な駆動源にして築かれたと言っても過言ではない側面を有しています。
そして、政治の未成熟による不公正や経済政策の不具合による相対的な貧困危機や社会不安、環境や災害のリスクなど変わらぬ問題は多々あれど、20世紀社会に比べれば、少なくとも先進国における基本的な衣食住といった物質次元の資源の生産分配体制は、相対的に大きく改善されました。その上で、いかに情報的・精神的な次元で人間の生物学的特性に適合したクオリティの高い生存を提供するかというかたちにシフトしたのが私たちの社会の課題ですが、それは本質的にはまさに人生サイズのゲーム体験をデザインするということに他なりません。
別の言い方をすれば、20世紀文明においては生存に必要不可欠な実用物資の生産労働と消費を担う産業が〈昼の社会〉で、実用性の低い余暇を蕩尽するための文化が優先度の低い〈夜の世界〉として劣位に置かれていたのに対し、21世紀文明においては、それまでの〈夜の世界〉こそが基幹産業に移行する。そのシフト現象が最もわかりやすく起きている産業分野であり、技術的・文化的な原動力ともなっているのが、ゲームだということなのです。
こうした「汎ゲーム史観」とも呼びうる立場で21世紀文明の原理的特質を明らかにするという目的意識のもと、本連載では技術と文化と社会にまたがる極力総合的な観点から、第二次世界大戦後の日本ゲームの勃興以来の通史の展開を試みます。
もちろん、デジタルゲームそのものの発祥は戦勝国アメリカに由来しており、これが日本に上陸して1978年の『スペースインベーダー』のブームに結実する以前の時代として全3章にわたる議論をすでに展開してあるのですが、一般的な日本読者にはいささか馴染みのない話題が長く続くことになるため、本連載での掲載は見合わせることにしました。したがって、次節より始まる叙述は「第4章」にあたり、本稿でもその前提の表記のままで連載を進めていきたいと思います。
本連載が読者諸兄にとって、積み重ねられてきた現在までの軌跡の中に、望ましい未来をデザインするための何かしらの具体的な補助線を提供できるものとなれば幸いです。
■日本ゲームの揺籃~インベーダーブームへの道程を語るために
『スペースインベーダー』。
それは事実上、日本発のゲームタイトルが本場アメリカをはじめとする世界市場で覇権を握り、最終的に産業全体を一変させた初の事例であった。ここでは、その登場までに至る日本ゲームの技術文化の脈絡を遡ってみたい。
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最終更新日:2024-11-13 07:00
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