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英国総選挙2015――イギリスが日本に学ぶ日(橘宏樹『現役官僚の滞英日記』第8回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.320 ☆
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英国総選挙2015――イギリスが日本に学ぶ日(橘宏樹『現役官僚の滞英日記』第8回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.320 ☆

2015-05-12 19:00

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    英国総選挙2015
    ――イギリスが日本に学ぶ日
    (橘宏樹『現役官僚の滞英日記』第8回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.5.12 vol.320

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    先日5月7日に投開票が行われたイギリス議会総選挙。事前予測では保守党・自由民主党の連立政権と最大野党の労働党の二大勢力に、スコットランド民族党や英国独立党といった新興勢力が食い込み、英国議会の最大の特徴であった「二大政党制」が揺らぐのではないかと言われていました。しかし蓋を開けてみると、現政権の保守党が過半数を獲得したことが明らかになりました。なぜ選挙予測は外れたのか? その大きな「誤差」を生んだイギリス独特の選挙制度とは――?
    今回の連載では、移民政策の違い、スコットランド独立運動やEU離脱問題の解説を交えつつ、議会制民主主義発祥の地・イギリスの今後を考えていきます。

    橘宏樹『現役官僚の滞英日記』前回までの連載はこちらのリンクから。
     
     
     みなさんこんにちは。ロンドンの橘です。GWはいかがお過ごしになられたでしょうか。どこに行っても混雑していて、どこに行く気も失せてしまう、真ん中あたりの日くらいに学生時代の友達と会う程度に終わる、という過ごし方が多かったあの感覚が少し懐かしく感じられてきております。
     
     現在私が通う大学では、イースター休暇明けの4月末に期末試験の範囲や過去問について解説される補講が数日あったのを最後に、全授業・演習が終了しました。そして、5月半ば締切の各種小論文課題や6月に待ち受ける期末試験の準備に突入しています。私はさらに今秋からの2年目に通う大学院の受験も重なっていて、なかなかしんどい日々を送っております。
     
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    ▲春の陽光を楽しむ人々。バッキンガム宮殿近くの公園。
     
     最近のロンドンは、陽光もますます眩しく、芝生の緑も鮮やかに麗らかな日和が続いています。皇太子夫妻のシャーロット姫の出産のニュースで祝福ムードに包まれていました。ロンドンマラソンも賑やかに開催されました。そして、5月7日は5年ぶりの英国下院総選挙が実施されました。
     
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    ▲支持者の前で演説するキャメロン首相(保守党)
     
     選挙期間中の街中は大変静かでした。日本のような名前を連呼する選挙カー、街頭演説、は皆無です。何らのキャンペーンも見かけませんでした。旗が立っていたりもしません。選挙運動は戸別訪問と公開討論会が主です。私もせっかくなので地元の選挙区の候補者の集会があったら行ってみたいなと思っていたのですが、ぱっと探した範囲では探しきれず、残念ながら課題の締切に追われていたこともあり、体験できませんでした。残念ですがこれもまた留学生のリアルです。
     
     投票率は結局66.1%であったとのことで、(ちなみに、昨年末の日本の衆議院総選挙の投票率は52.66%)市民革命の発祥地の割に、だいぶ低めです。他のEU諸国には投票が義務化されている国などもあってそれらは90%前後にもなります。イギリスの選挙管理委員会もこれを憂いているようで、テレビで見たのですが、簡易便所やキャンピングカーを改造して投票所にするなどの涙ぐましい努力がなされているとのことでした。
     
     今回はこの総選挙を取り上げたいと思います。とはいえ、日本にも既にたくさんの報道が伝えられていますよね。それらによって、下馬評では、2大政党の支持率がどの党も30%程度で拮抗していたこと。したがって、どの党も過半数をとれないから3党以上の連立がないと政権がとれない、すなわち2大政党政治が崩れ多党間調整がすごいめんどくさい時代に入る、という予想がなされていたこと。しかし、それらの予想に反して、保守党が単独で過半数を獲り政権を維持するという結果となったこと、スコットランド民族党(SNP)が大躍進したこと、特にその女性党首の存在感にずいぶんスポットが当てられていたこと…などのことは既にご存知の方も多いのかなと想像します。
     
    【BBC】選挙結果。キレイでわかりやすいです。
     
    (抜粋)
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     しかし他方で、私が日本語の主なWEBニュースサイトで報道をぱっとみた限りでは、どの党はどのような公約を掲げ、どこが勝ちそうか、EU離脱はどうなりそうか、結果はどうであったかといった断片的な情報が多かったような気がしました。もちろん、これらのほかにも、有識者の方々のブログやレポートなど詳しい分析もまた発信されていました。そこで、私からは、それらの橋渡しになるようなお話、すなわち、今、イギリスはどういうストーリーの中にあるのか、ざっくりとした全体像を掴むためには、どこから考えればよいのか、をまずお伝えしたいと思います。次に、そうしたストーリーを背景に展開した、ゲームとしての選挙にはどのような特徴があったのか、そして最後に、選挙結果に関する私なりの暫定総括、について述べたいと思います。
     
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    ▲SNP躍進著しいスコットランドの首都エジンバラの象徴エジンバラ城。側面から。静かで美しい街です。
     
     
    ■「移民」との付き合い方
     
      まず、イギリスが置かれているストーリーですが、誤解を恐れずに言ってしまえば「移民が大幅増加している」ということを出発点にして考えれば、だいたいの重要論点は説明がつくのではないかと思います。
     
    《財政:移民増→NHS出費増→財政赤字増→国の借金増→どうする?》
     
     イギリスはこのところ財政赤字に苦しんできました。理由は、移民の増加によって、NHS(国民医療保険サービス。原則無料)の支出が増大したからです。2010年からのキャメロン政権はこの改善に取り組んできました。歳出削減によって財政収支はある程度改善しているのですが、政府債務残高はどんどん積み重なっているのが実情です。この危機感から、政権を取る可能性のある保守党と労働党は、両方とも今回のマニフェストでは歳出削減を掲げていました。
     しかしスコットランド独立を掲げるSNPは、簡単に言えば、保守党とイングランドに支配されることが嫌いなので、「締めつけは嫌だ」「あいつらから金を引っ張ろう」ということなのか、歳出拡大を訴えています。こうしたことからSNPは責任政党だとは思われておらず、またスコットランドが本気で独立するのは(少なくとも原油の安い今は)経済的に得策ではないと思われていることもあって、結局のところSNPは、保守党または労働党から何かにつけてスコットランドへの分権、利益誘導を引き出す「ゆすり」政党だと一般的に思われているようです。ゆえにスコットランド以外の地域で支持が広がるようにはあまり思われていません。
     
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    ▲「パーティー・バイク」で遊ぶ人々。漕いでる人はお酒を飲んでますが、ハンドルを握ってる人はおそらく不可なのかな。それでも公道を走れるのがすごい。
     
     
    《経済:移民増→住宅不足→不動産価値増加→消費堅調》
     
     また、イギリスの経済はこの5年間、EU全体が不況に陥っているのに対し、堅調でした。理由は主に、住宅価格が上昇しているので、資産価値が上がったことから、その分の余裕が出来た人々の個人消費が増大していたからとされています。なぜ住宅価格が上昇したかというと、移民がたくさん入ってきて、住宅不足になっているからです。ロンドンは非常に酷い有様で、私たちも高い家賃に辟易としています。だいたい今の東京で月7、8万円で住めるような部屋がロンドンでは15万円かかるというようなイメージです。
     これに対処するべく、保守党も労働党もいつまでに何万戸の住宅を建設するというような計画を発表しています。他方で輸出は相変わらず弱く、キャメロン政権は中国市場の開拓を頑張っています。スコットランド経済は北海油田の原油輸出が主軸なのですが、現在原油の値段が安いため、経済的自立が難しいことから、少なくとも今は本気の独立はできないだろうと思われています。
     
    《EU政策:移民増→失業者増→移民追い出したい→EU離脱!?》

     それから、増えた移民に仕事を取られた失業者が増えています。こうした不満から、移民を追い出そう、EUに入っているから移民が簡単に流れ込んで来るのだ、だからEUから離脱しよう、ということで、EU離脱を掲げる英国独立党(UKIP:ゆーきっぷ)という排外的右翼政党の存在感が高まっています。今回の総選挙でもUKIPの政党支持率は12.6%にも及んでおり、保守党36.9%、労働党30.4%に次ぐ第3位です。しかし全国に薄く広く散らばっているので、小選挙区制での選挙ではたったの1議席しかとっていません。(対して、今回56議席をとり第3党となったSNPの政党支持率はたったの4.7%です。これらの人々がみなスコットランドに固まっているため小選挙区制度ではこのような結果になるわけなのです。この違和感についても後で述べます。)

     UKIPに支持基盤を侵食されていた保守党は、これを防ぐための妥協案として、2017年にEU離脱に関する国民投票を実施することをマニフェストに掲げています。しかし、EUから離脱すると経済に悪影響が出るということで、労働党とSNPは国民投票の実施からして反対しています。キャメロン首相も個人の本音ではEU離脱に反対で、なんとか運動して国民投票で離脱否決に持ち込もうと考えていると言われています。ある種の真っ向勝負というか、「賭け」に出ているわけです。しかし、この手法は、まさに昨年9月のスコットランド独立を決める住民投票を実施して、あまりの僅差に冷や汗をかいた状況と酷似しています。独立は阻止されたものの、なぜ住民投票の実施を約束してしまったのだ、とかなり批判を浴びていました。
     このように、財政、経済、EUという3大論点は移民という観点から考えると、ぼちぼち説明がつくのかなと思います。各党のマニフェストの違いは、移民の増加によって生じる各種のデメリットに対してどのように向かい合うかという違いが最も大きい点であったのではないかと思います。移民を拒絶しようというのがUKIP、移民の受け入れは維持したままデメリットへの対症療法のメニューはこちらです、とずらり並べるのが責任政党である保守党と労働党、移民歓迎または無関心がSNPという違いが最大の相違点であったように思います。
     

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