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稲田豊史
『ドラがたり――10年代ドラえもん論』
第4回
のび太系男子の闇・後編
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.11.05 vol.444

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今朝のメルマガは稲田豊史さんによるドラえもん論『ドラがたり』の第4回です。今回は3回連続シリーズとなった「のび太系男子の闇」最終回をお届けします。
のび太とドラえもんの関係を「ホモソーシャルの典型」と捉え、「さようなら、ドラえもん」「帰ってきたドラえもん」「ションボリ、ドラえもん」といった有名エピソードの例を挙げつつ、「のび太系男子の闇」がどのようにして発生するのかを考察します。

稲田豊史『ドラがたり――10年代ドラえもん論』これまでの配信記事一覧はこちらのリンクから。


 前回(第3回)、のび太の欠陥人格は藤子・F・不二雄の独善的な自己肯定の結果であると述べた。ダメでも、残念でも、変わらなくていい。弱さをさらけ出し、無邪気に欲求を表明すれば、いつか誰か(ドラえもん)が助けてくれる。美少女(しずか)をモノにできる。そんな大甘な受け身思考が骨の髄まで染み付いてしまったのが、『ドラえもん』を読み、見て育った30〜40代男性を中心とした「のび太系男子」というわけだ。
 さて、そんなのび太系男子が多感なティーンエイジャー〜大学生だった頃、その後20年以上にもわたってジャパニーズサブカルチャーに大きな影響を及ぼすTVアニメが放映された。ご存知『新世紀エヴァンゲリオン』(1995〜96年TV放映)である。
 「大甘な受け身思考」というOSがインストール済みののび太系男子予備軍は、おそらく高確率で『エヴァ』にハマり、「逃げちゃダメだ野郎」こと14歳の主人公・碇シンジに自己を投影した。まるで、のび太に自己投影した藤子・F・不二雄のように。自分の弱さを素直にさらけ出し、女性全般に母性を求め、本能に基づいて甘えるシンジは、言わば精神的成長を経ないまま中学生になった野比のび太。のび太系男子予備軍が親近感を抱くに値するキャラクターだ。
 そのシンジには、自分を救ってくれると確信した精神的パートナーにして、超のつくホモソー的バディが存在する。第17使徒タブリスこと、渚カヲル少年だ。
 「ホモソー」すなわち「ホモソーシャル」とは俗に、「異性愛者である男性同士に発生する強い連帯関係」のことを指す。仲が良すぎて女性が入っていけない男子同士の友情関係、といえば聞こえはいいが、ネット界隈でもよく見かけよう。『スター・ウォーズ』や『ガンダム』や『仮面ライダー』や『ダークナイト』や女性グループアイドルを喜々として語り合う男性たちの間に漂う、「女人禁制」の空気を。彼ら全員の顔には「女には、我々が愛でるものの素晴らしさの本質を絶対に理解できない」と書いてある。その強い排他性と閉鎖性が、男だけで満たされた空間の快適性に直結しているのは明らかだ。
 『エヴァ』でカヲルはシンジを導き、シンジはカヲルに絶対的な信頼を寄せた。……この構図には既視感がある。そう、シンジにとってのカヲルと、のび太にとってのドラえもんは、立ち位置が似ているのだ。のび太にとってドラえもんはもちろん「親友」だが、単なる友情を超えた絶対的な信頼と図抜けた精神的依存が、そこにあるからだ。

 のびドラのホモソーエピソードとしてもっとも有名なのは、「小学三年生」1974年3月号の最終回として描かれた「さようなら、ドラえもん」(てんコミ6巻)と、同じ読者が進学して翌月に読むことになる「帰ってきたドラえもん」(「小学四年生」1974年4月号に掲載/てんコミ7巻)である。どちらもドラファンには説明不要の名編だ。
 「さようなら、ドラえもん」では、ドラえもんが未来に帰らなければならなくなる。野比家のお別れ会を済ませた最後の夜、普段は別々に寝ているふたりは、今夜だけ“同じ布団で”床に就く(端的に、ここは萌えである)。しかしなかなか眠れない。そこでふたりは夜の散歩に出かける。

ドラえもん「できることなら……、帰りたくないんだ。きみのことが心配で心配で……」
のび太「ばかにすんな! ひとりでちゃんとやれるよ。やくそくする」

 感極まるドラえもんが涙を見せまいと姿を隠した隙に、ねぼけて徘徊するジャイアンに見つかってしまうのび太。いつもどおり絡まれ、ドラえもんを呼ぼうとするも、すんでのところで声を抑える。「けんかなら、ドラえもんぬきでやろう」。あんのじょうボコボコにされるのび太だが、いつもと違ってひるまない。何度殴られても、立ち上がる。

「ぼくだけの力で、きみに勝たないと……。ドラえもんが安心して……、帰れないんだ!」

 ボロきれのようになりながらも、ジャイアンに爪を立てて粘り勝ちするのび太。そこにドラえもんが現れる。「勝ったよ、ぼく」と誇らしげに報告するのび太に、無言で滂沱の涙を流すドラえもん。その表情は安堵に満ちている。『ドラえもん』全エピソード中、ベスト・オブ・ベストと呼ぶにふさわしい名シーンだ。

 一方の「帰ってきたドラえもん」は、ドラえもんが未来に帰ったあと、部屋でアンニュイに佇むのび太のコマからはじまる。気晴らしに外へ出た折、ジャイアンに「ドラえもんに会った」と聞かされ、狂喜乱舞するのび太。貯金をはたいてどら焼きを買い込もうとする姿には、もうこの時点で涙を禁じ得ない。しかし、それはエイプリルフールの嘘だということが判明する。
 怒ったのび太はドラえもんの置き土産である「ウソ800(エイトオーオー)」という薬を飲み、ジャイアンとスネ夫に仕返しする。飲めば言ったことが「嘘」になるという道具だ。しかしやっぱり心は晴れない。ドラえもんはもういないからだ。泣きながらのび太が言う。

「ドラえもんは帰ってこないんだから。もう、二度とあえないんだから」

 そう言って勉強部屋のドアを開けると、なんとドラえもんがいる。「ウソ800」の効能によって、「二度とあえない」が「嘘」になったのだ。抱き合って喜ぶドラえもんとのび太。ほとんど恋人同士のように強い絆を感じさせるエピソードだ。


●“お姫様”はしずかではない

 ここで、ひとつの問いを立てたい。果たしてのび太は、ドラえもんとしずかちゃん、どちらのほうが大事なのだろうか?

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