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いま再編されつつある
「フィクションと人間の関係」とは?
――成馬零一、宇野常寛の語る『ど根性ガエル』
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.11.24 vol.457
今朝のメルマガはドラマ『ど根性ガエル』をめぐる成馬零一さんと宇野常寛の対談をお届けします。現代におけるファンタジーの機能・役割とは? 過去作『銭ゲバ』『最後から二番目の恋』『泣くな、はらちゃん』を経て、脚本の岡田惠和がこの『ど根性ガエル』の劇中で出した「結論」について語りました。
▼作品紹介
『ど根性ガエル』
脚本/岡田惠和 演出/河野英裕 出演/松山ケンイチ、満島ひかり(声)、新井浩文、前田敦子ほか 放映/7月11日~9月19日毎週土曜21:00~(日テレ)
原作マンガから16年後の世界を舞台に、ニートになって無為な日々を送るひろしといまだ張り付いているピョン吉、バツイチ出戻りの京子、パン屋の若社長になったゴリライモなど周囲の人々の生活を描く。しかしぴょん吉も平面ガエルとなって16年、その身に異変が起き始め、それが彼らにも影響を及ぼしていく。
▼対談者プロフィール
成馬零一 (なりま・れいいち)
1976年生まれ。ドラマ評論家。著書に、『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社)、『キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)ほか。
成馬 まずは何をおいても、脚本・岡田惠和【1】×河野英裕【2】プロデューサー(日本テレビ)というコンビについて語らないわけにはいかないですよね。この2人は2009年に『銭ゲバ』【3】を、13年に『泣くな、はらちゃん』【4】を作っている。そして、最新作がこの『ど根性ガエル』です。
技術的な評価から触れると、なんといってもピョン吉の描写が秀逸でした。VFXによる合成でアニメの動きを再現していたのはもちろんですが、実際に役者が現場で演技をしているときはピョン吉は存在しないわけで、そんな中で、さもいるかのように皆が信じないと成立しないわけです。役者が作り上げた“ピョン吉のいる日常”をどう映像に落とし込むのか、その手腕に感心しました。同時に、葛飾区の実在の風景の取り入れ方も面白かった。例えばピョン吉が干してある屋上からは、背景にスカイツリーやタワーマンションが見える。それが寂れつつある下町の風景と対比されていて、これから日本がどこに向かっていくんだろうか、という不穏さを醸し出していた。そういう風景の使い方はすごく見事だったと思います。こういった描写のひとつひとつは『Q10』【5】や『妖怪人間ベム』【6】の頃から河野プロデューサーを中心とするドラマスタッフが積み上げてきたひとつの成果だと思います。
【1】 岡田惠和:1959年生まれ。脚本家。90年代前半から活躍し、『イグアナの娘』、『ビーチボーイズ』、『彼女たちの時代』ほか代表作多数。
【2】 河野英裕:1968年生まれ。日本テレビプロデューサー。『すいか』『野ブタ。をプロデュース』『マイ☆ボスマイ☆ヒーロー』『妖怪人間ベム』『Q10』など。
【3】『銭ゲバ』放映/日テレ(09年1~3月):河野P×岡田惠和タッグの1作目。ジョージ秋山のマンガ『銭ゲバ』を現代に舞台を移してドラマ化。
【4】『泣くな、はらちゃん』放映/日テレ(13年1~3月):三崎のかまぼこ工場で働く地味で薄幸な女性・越前さんが、心の叫びを自作のマンガに描きつける生活と、そのマンガの中で生きるキャラクターたちの動きが同時に進行し、やがてその2つの世界が交わるようになったことから始まる現実と虚構の狭間を描く。
【5】『Q10』放映/日テレ(10年10~12月):『野ブタ。』等でコンビを組んだ河野P+木皿泉脚本作品。佐藤健演じる男子高校生とロボットQ10(前田敦子)と周囲の人々の物語。
【6】『妖怪人間ベム』放映/日テレ(11年10~12月):河野プロデューサー×脚本・西田征史で、往年のアニメを実写ドラマ化。『ど根性ガエル』同様当初は危ぶまれたが、結果として主演の亀梨和也の評価も高めた。
宇野 脚本の岡田惠和さんはここ数年、テレビドラマの中で横綱相撲とでもいうべき仕事をしてきた人だよね。テレビ自体が斜陽であることは間違いないけど、実はここ数年はドラマファン的には素晴らしい作品が目白押しだった。それを代表するプレイヤーが岡田さんで、この時期の代表作が『最後から二番目の恋』【7】と『はらちゃん』の2つだといっていいと思う。
岡田さんは一度、09年の『銭ゲバ』で“壊れて”いる。それまでの代表作だった『ちゅらさん』【8】のような、戦後的な日常性をユートピアとして描くために、それを掘り下げてその成立条件を問うということを彼はずっとやってきた。それを『銭ゲバ』では自分でぶち壊してしまった。松山ケンイチ演じる、孤独で共同体を持たない主人公が、そういうものをお金の力で壊していって、最後は自殺する。あるいは、その後に書いた『小公女セイラ』【9】はその裏面というべき作品で、そういうヌルい共同体を必要としない高貴な少女がいかに生きるか、を描いていた。この2つは岡田さんにとって自己否定だったと言っていいはずで、だからそこからしばらくは代表作といわれるものが生まれなかった。それが『最後から二番目の恋』で、華麗に復活を遂げるわけです。
あの作品は、登場人物のほとんどが中年以上でそれも難病だったり引きこもりだったり、半分死んでいるような人ばかりが出てくる。主人公と相手役のどちらも50代で、子どもを作るどころかセックスもしない中距離の関係を保っている。かつての岡田作品のようなユートピアを描いているんだけど、死の匂いが色濃く漂っている奇妙さがあった。終わりが見えているのに気持ちのいいユートピア像というものを、鎌倉を舞台に再獲得していく。そこからは快進撃が続いて、次にドラマファンをうならせたのが『泣くな、はらちゃん』だった。
『はらちゃん』は、岡田惠和が描いてきたユートピア論をフィクション論に置き換えることで、また世界が拡大していったんだと思うんですよ。ヒロインの越前さん(麻生久美子)は、友達もいなくて寂しく暮らす工場勤務の女性で、自分でノートに描いていたマンガのキャラクターと交流を持って生きていくようになる。つまり『銭ゲバ』の風太郎や『小公女』のセイラのようには激しく生きられない人のために物語がどうしても必要なんだという、自己言及的というかメタフィクショナルな展開になっていた。ユートピアものを得意としていた岡田惠和が、『最後から二番目の恋』を経由することで人間と物語の関係を描くというところに変わっていった時期があって、その中で傑作が生み出されていた。
そして今回の『ど根性ガエル』は、そのストレートな続編になっている。平面ガエルがいる世界で人々は暮らしていて、でもピョン吉は消えかかっている=その物語が成立しなくなりつつある。フィクションというものが世界から消滅しかかっている状態を描いているのが本作だった。まず最初に思ったのは、舞台になっている立石が、どう見てもゆっくり終わっていく世界なんだよね。この先、この世界がすごく発展したり、いきいきとした活力を取り戻すことは絶対なくて、むしろ不吉な予感すら漂っている。だけどそこには非常に温かい共同体がある。『最後から二番目の恋』の鎌倉のアップデート版というか、アレンジバージョンだと思うんだけど、その世界にまずはアテられた。そして主要キャラクターは、ひろし(松山ケンイチ)はニート、京子ちゃん(前田敦子)はバツイチ、ゴリライモ(新井浩文)は社会的には成功しているけどコミュニティの中心に入っていけなくてコンプレックスを抱えて鬱屈している。あの微妙さみたいなものがすごく魅力的で、「これはとんでもないものが始まったな」と思わされた。
【7】『最後から二番目の恋』放映/フジテレビ(12年1~3月):古都・鎌倉の街を舞台にした、アラフィフ男女の恋愛劇。小泉今日子と中井貴一のダブル主演。
【8】『ちゅらさん』放映/NHK(01年4~9月):NHK連続テレビ小説枠。沖縄と東京の2つの土地を舞台に、国仲涼子演じるヒロインの成長を描く。
【9】『小公女セイラ』放映/TBS(09年10~12月):フランシス・バーネットの『小公女』を原作に、全寮制女子高校での生活を描く。主演は志田未来。
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