閉じる
閉じる
×
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
山田玲司のヤングサンデー 第95号 2016/8/1
人を笑わせる人になる方法
───────────────────────────────────
僕をとにかく笑わせてくれた人に「Kちゃん」という江戸っ子のおじさんがいる。
先週の放送の終盤でのことです。
番組に寄せられた相談のメールに回答する事になったんだけど、僕はそのメールで久しぶりに考えこんでしまいました。
これがそのメールです。
質問です。
ヤングサンデーいつも興味深く拝見しております。
質問です。
人を笑わせるにはどうしたら良いんでしょうか?
私は昔から目立ってこず、日陰にいます。人を笑わせてみたいなあといつも思っています。
お笑い芸人の漫才やテレビをみて面白いですが、それを自分が同じにやったとして笑いがとれるという感覚がまったくありません。
例えば、音楽だったら。ギターであのリフを弾けば人は盛り上がるだろうと簡単に想像できます。
私はウディ・アレンの映画が好きです。モテ男に対して皮肉のオンパレードで、観ていてすごく笑ってしまいます。ただ、これも私が同じように言ったらウケるのかと考えるとなんだかウケる気がまったくしません。
なので、軽いインプットはできてもそれを人に出すことができません。
ユーモアの構造とは一体なんなんでしょうか?
ミチシタ 26歳 男性
うーん・・・
どうすれば人を笑わせられるか?
ギターの演奏の様に「それが上達する練習方法」みたいなものはあるんだろうか?
桂枝雀さんが生前おっしゃっていた「笑いとは、緊張と緩和から生まれる」みたいな「お笑いの理論」ってのは確かにあるんだとは思う。
でも「笑わせる」という事に関しては、どうも理屈で説明がつきにくい気がする。
80年代の漫才ブームなんかの映像を見ると「え、これでこんなにウケるの?」みたいな漫才のギャグで観客は死ぬほど笑っていたりする。
数年前まで盛んだった「今年の1発芸」も同じで、少し経てばなんであの時「ムーディー勝山」にあれほど笑っていたのか理解できなくなったりする。
それは勝山さんの芸に問題があったわけではなく、単にそれが時代の空気なのだとも言える。
「笑いを生む空気」
僕をとにかく笑わせてくれた人に「Kちゃん」という江戸っ子のおじさんがいる。
彼は僕が子供の頃から、常に面白い人で、年がら年中バカなことばっかり言ってふざけている。
僕が今、人前でバカなことを言ってふざけていられるのは、この人を見ていたからだと思う。
彼はみんなが真剣な顔をしている時にかぎって、本当にくだらないことを言ってその場を温めてくれる人だった。
そういう人がいると、その場は「くだらないことを言ってもいい」という空気になる。
僕はそういう空気の中で「あーくだらない」と言いながら、バカな話をする感覚を身につけさせてもらったのだと思う。
そんなわけで、僕にとって「人を笑わせる」ということは、技術を磨いて到達する「芸」ではなくて、「バカを言っても許される空気を作ること」から始まる、と今更気がついた。
バカを言える空気を作れば、場は温まるし、暴走しがちなヤツも出てくるので、それに突っ込みを入れればさらに笑いは膨らむし、そこでなら自分もバカを言ってふざけられるので、本来の面白さが発揮される、というわけだ。
そんな場を作ろうと思うなら、まずはそこにいる人を緊張させてはいけない。「サムい」とか「スベってる」とかいうマイナス評価なんかは完全にNGだ。
誰が何を言っても「お、そうきた?」「いいねえ」みたいに全部拾う。
こんな空気さえ作れれば、そこにいる人達はみんな少しづつ「笑える話」ができるようになっていくだろう。
僕が今回のメールで悩んでしまったのは、自分の知っている下町にはそういうふざけていい空気が自然にあったのに対して「今は本当に殺伐としてしまっているんだな」と思ってしまったからです。
プロの生き様に学ぶ
この記事は有料です。記事を購読すると、続きをお読みいただけます。
入会して購読
この記事は過去記事の為、今入会しても読めません。ニコニコポイントでご購入下さい。