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身分の振り分け制としての受験
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身分の振り分け制としての受験

2016-12-13 15:30
     

    わしの感覚から言えば、大学受験は身分の振り分け制度
    だと思うから、ほんの一握りの人間が東大・京大などの

    頂点身分になれるのであり、東大に行くなら官僚になって
    国を動かさなければ意味がない。
    あとの東大・京大生はノーベル賞級の学者にならなければ
    意味がない。 

    大学にもランク付けがあるのだろうから、そこで身分は
    振り分けられる。
    ランク下位の大学に入る者は、どうしたって中間層の下位、
    いつでも貧困層に落ちる危険性のある者たちだろう。 

    高卒では転職のときに履歴書ではねられるから、
    ランク下位でも一応大学に入りたいのだろう。 

    平成26年には年収300万円以下の人口が全給与所得者の
    4割を占めているそうだ。
    日本全体が貧しくなっていて、日本の貧困率は世界第4
    という。 

    現在は、1%の超富裕層、9%の富裕層、50%の中間層、
    40%の貧困層のどこに入るかという競争になっているのだろう。

    昔は中間層が80%くらいいたのだろうが、今は非正規が
    4割だから、暮らしが安定しない時代になっているのは
    間違いない。 

    一般庶民の母親は、自分の子供を50%の中間層に
    入れたいのである。
    40%の貧困層に入れたくないから必死なのだ。
    貧困は親から子へ連鎖するから、無理をして子供を塾に
    通わせている。 

    中卒・高卒で職人として安定した暮らしができる者は、
    わしから見れば大したものだと称賛したくなる。
    誰もが低学歴で職人になって中間層に入れたら、そんな
    嬉しいことはない。 

    そもそもほとんどの人間が、中学でも高校でも大学でも、
    何をしたいか分からない、特技もなければ、好きなことも
    なければ、何になりたいかも分からない。
    そんなものだろう。
    ただ平凡な暮らしがしたいだけだ。
    結婚して、子を産んで、家族を作って、平凡に暮らしたい
    というのが大多数だと思う。
    人生の目標が小・中学生の段階で決まっている子供は
    恵まれているが、そうでない者が大半だから難しい。

    それを「何にでもなれるから大学に行かなくてもいい」と
    言うのは「勝者の放言」になる。 

    大学の無償化がいいのか、返済不要の奨学金がいいのか、
    まだ考え中で分からない。
    ただ、そんなに税金をつぎ込むことが出来ないのは確か
    である。
    タダで大学に進学したとしても、どうせ身分の振り分けからは
    逃げられない。 

    中間層が崩壊したのはなぜか?
    全体として日本社会が貧困化し、6人に1人の子供が、
    3食きちんと食べられない社会になったのはなぜか?
    それを考えなければ仕方がない。

     

     

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