デザイナー/ライター/小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。
今回取り上げるのは、「勇者シリーズ」2作目にあたる『太陽の勇者ファイバード』です。本作で掲げられる「脱政治的な平和」は、戦後民主主義的なメンタリティからはどのように読み解かれるのでしょうか。
池田明季哉 “kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝
勇者シリーズ(4)「太陽の勇者ファイバード」
前回はエクスカイザーが確立した勇者シリーズの基礎構造について次のように整理した。前身となる『トランスフォーマーV』においてジャン少年とスターセイバーが「子」と「父」の関係であったのに対して、コウタ少年とエクスカイザーは相補的な関係にある。本稿では、「魂を持った乗り物」という想像力の特徴を、その主体の曖昧さ、中間性・相互性に見出してきた。勇者シリーズは、完全に人間から分離した「魂を持った乗り物」が、人間と相互作用しながら互いに成熟していく構造を持った。これは子供がおもちゃを率いて遊び、一方でおもちゃに理想像を見出すことで成熟していく遊びの構造と対応することで、子供が子供のまま成熟のイメージへと接近することを可能にしている。ゆえに勇者シリーズは、単に物語としてだけではなく、玩具として高い強度を持つ想像力を提示したのである。
それでは「谷田部勇者」の残りの作品についても、この構造を基準に見ていこう。
■「兄」を導入した『太陽の勇者ファイバード』
『勇者エクスカイザー』に続いたのは、『太陽の勇者ファイバード』(1991年)だ。本作は世界観を『勇者エクスカイザー』と同じくし、その9年後を描いた作品とされている。これは後の勇者シリーズが基本的に世界観の繋がりを持たないことを考えると例外的である。とはいえ、いくつかの設定にその名残はあるものの、これは映像作品中ではっきりと名言されない。玩具それ自体にも特に連動する要素がないこともあるし、そもそもこうした年表的世界観設定が玩具の想像力に与える影響は限定的である。そのためこの設定は本稿ではさほど重要なものと見なさないことにする。
では本作の玩具とそれにまつわる想像力について、順を追って見ていこう。まずエネルギー生命体である宇宙警備隊が地球のマシンに宿った結果が主役ロボット・ファイバードであり、これは『勇者エクスカイザー』と同様の構造である。しかし最大の特徴は、ファイバードが宿ったのが、人型――成人男性型のアンドロイドであったことだ。「火鳥勇太郎」と人間の名前を与えられたファイバードは、主人公となるケンタ少年と生活を共にすることになる。ケンタ少年は火鳥勇太郎を「火鳥兄ちゃん」と呼び慕う一方、高い知性でさまざまなことを驚異的な速度で吸収しながらも地球の常識を持たない彼を指導していくことにもなる。そして危機が訪れれば、「火鳥兄ちゃん」はファイヤージェットと呼ばれる航空機と合体し、巨大ロボットの肉体を得て、敵と戦うことが可能になるのである。
▲『太陽の勇者ファイバード』のポスター。火鳥勇太郎が加わっている。 勇者シリーズデザインワークスDX(玄光社)p33
注目すべきなのは、やはり「勇者」に成人男性の姿が与えられたことだろう。『勇者エクスカイザー』において、「勇者」はあくまで家のスポーツカーか巨大ロボットであったため、日常において少年とロボットの活動範囲は限定された領域でしか重ならない。しかし「勇者」が人間の姿であれば、少年とロボットの生活範囲はほぼ完全に一致する。これはドラマの選択肢を飛躍的に拡げる、作劇上たいへん優れたアイディアであった。想像力のレベルでは、『勇者エクスカイザー』で示された少年とロボットの関係性を、「(擬似的な)兄弟」というかたちでより直接的に提示する効果があっただろう。実際に賢く勇ましいながら、どこか常識外れなところを持ち合わせる火鳥勇太郎は、魅力的なキャラクターとして人気を博した。
ここで火鳥勇太郎が「父」ではなく「兄」と設定されたことは重要である。「親子」の垂直的な構造から「兄弟」という水平的な構造へのシフトについては、『爆走兄弟レッツ&ゴー!』への分析を通じてすでに触れた。スターセイバーが明確に「父」であったことを考えれば、たとえば父を失ったケンタ少年に火鳥勇太郎という擬似的な父を与えることもできただろう。しかし勇者シリーズはそうすることを選ばず、火鳥勇太郎を「兄」と設定し、地球の常識を持たないゆえにケンタ少年の助けを必要とする相補的な存在と置いた。ここから逆算して、コウタ少年と相補的な関係を気づいてきたエクスカイザーもまた「父」というよりは「兄」であったと考えることができる。本稿が「魂を持った乗り物」という概念で説明しようとしているもの――ヒトとモノが相補的に成熟していくビジョンは、勇者シリーズの構造的特徴であり、世紀末、あるいは平成の同時代的な感性でもあるのだ。
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