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“あのとき”のパンクラス、プロレス団体の匂いがした時代……伊藤崇文インタビュー
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“あのとき”のパンクラス、プロレス団体の匂いがした時代……伊藤崇文インタビュー

2017-04-01 00:00
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    1995年にパンクラスでプロデビューした伊藤崇文インタビュー。完全競技を打ち出しながらプロレス団体としての色が残っていたパンクラスを知る男であり、そしてバーリトゥード(MMA)に染まっていく真っ只中で戦い、旗揚げ当初から横浜に息づいていた道場の息吹が途絶えた瞬間も見届けている。伊藤にとってのパンクラスとはなんだったのか?


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    ――まずは伊藤さんがパンクラスに入ったときのお話から聞かせてください。

    伊藤 小学生の頃からとにかくプロレスラーになりたかったんですよ。パンクラスの前にはUWFインターナショナルの入門テストも受けてて。宮戸(優光)さんに「身長が足りない」ということで落ちゃったんですけど。

    ――パンクラスにUインターということはU系大好きだったんですか?

    伊藤 猪木さんのファンだったんです。いまボクは44歳ですけど、猪木さんからUWFを見始めて。この世代ってこんな感じだと思うんですけど。

    ――新日本プロレスからU系に流れる感じですね。

    伊藤 そうです。それで高校はレスリング部に入って、卒業後は栗栖ジムに通ってて。

    ――元新日本プロレスの栗栖正伸さんが大阪でやってたジムですね。

    伊藤 大阪で習うとしたら、そこしか知らなかったんですよね。

    ――当時は東京でもアニマル浜口さんのジムくらいですよね。

    伊藤 栗栖さんのジムにはプロレスラーになりたい人が通ってたんですよ。日高(郁人)とか奥村(茂雄)、菊ちゃん(菊タロー)とかも。

    ――ジムはどんな場所だったんですか?

    伊藤 天井の高い大きな倉庫ですよね。いまだとKAIENTAI DOJOみたいに広くて。アルバイトが終わってから17〜18時頃にジムに行って、スクワットを最低500回、ウエイトトレーニングもやって、(シュートサインを作って)栗栖さんから「これをやれ」って言われて。

    ――えっ、本格的ですね(笑)。

    伊藤 ボクは高校でレスリングをやっていたから、そのぶん有利だったんですよね。基礎ができていたから。

    ――当時はレスリングの有効性がまだ語られてなかったですよね。

    伊藤 いまのMMAだと必須科目じゃないですか。要は背中を付けちゃダメな競技ですもんね。上を取ることは重要ですよね。

    ――プロレスラーへの道筋はついていたんですか?

    伊藤 いやあ、何も見えてなかったですね。ちょうど新生UWFが潰れたくらいですけど、団体もそんなに多くあったわけじゃないし、プロレスラーになるアテはなかったですよね。

    ――多団体時代が訪れるのはもうちょっとあとのことですし。

    伊藤 たくさん練習するだけでした(笑)。でも、Uインターには「行けそう!」と勝手に思ってて。Uインターは「プロレス最強」を掲げていて、猪木さんの新日本を見てるときのドキドキ感が一緒だったんですよ。

    ――プロデューサー的存在だった宮戸さんが昭和・新日本を意識してましたね。伊藤さんは格闘技をやりたいというよりプロレスラーになりたかったと。 

    伊藤 はい。要は強い弱いじゃなくて、もちろんプロレスラーは強くなきゃいけないんですけど、カッコイイ存在になりたいという気持ちが強かったので。でも、Uインターのテストは落ちました。172、3センチくらいしかなかったから。

    ――テストを受けられたということは、書類選考は通ったわけですね。

    伊藤 いや、高田(延彦)さんが大阪でイベントをやったときに「テストを受けさせてください!!」って直接お願いしたんですよね。

    ――行動力ありますね(笑)。

    伊藤 そのときは靴の下にタオルを入れて身長を大きく見せようとして「身長は185センチです」ってウソついて。高田さんには「本当はいくつだ?」って聞かれたんですけど(笑)。

    ――当時はそうやって“偽装工作”するプロレスファンが多かったんでしょうね(笑)。

    伊藤 それでUインターの道場でテストを受けさせてもらったんです。スクワットやらダッシュやら一通りやったあとに、当時練習生だった高山(善廣)さんとスパーリングをやったんですよ。

    ――おお!

    伊藤 そのときのことは高山さんも覚えていてくれて。

    ――高山さんからすれば、イヤですよねぇ。テスト生相手に不甲斐ないところを見せたら……。

    伊藤 だと思いますね。ボクはボクで入門するために必死じゃないですか。でも、無理でした。高山さん相手に何もできなかったです。あのときは宮戸さん以外に田村(潔司)さん、金原(弘光)さん、和田(良覚)さんも道場にいましたね。

    ――その次にパンクラスにチャレンジしたんですね。

    伊藤 その頃はパンクラスができるかどうかってときなのかな。ボクの中では格闘技がどうこうはどうでもよくて、キックをやってもプロレスラーがやればプロレスなんですよ。

    ――パンクラスはU系の中で一番最初に“完全競技”を打ち出しましたよね。

    伊藤 旗揚げ戦もNKホールまで見に行きした。「いままでの試合とはなんか違うな……」とは思ったんですが、そんなことよりカッコよさしか目が行かなくて。どっちでもいいですよね、どんなルールでやろうが。新日本を見て、Uインターを見て、パンクラスを見て……猪木さんから始まったあの流れにドキドキしていたんです。

    ――その流れに自分も乗ってみたい!と。

    伊藤 そうなんですよ。MMAに興味があったわけじゃないんですよね。旗揚げ戦の次の名古屋大会、神戸大会も見に行って、その次の福岡大会はお金がなくて行けなくて。1月の横浜文体のときは、会場の駐車場で船木さんに土下座して入門をお願いしたんですよ。

    ――本当に行動力ある(笑)。

    伊藤 それくらいプロレスラーになりたかったんですよねぇ。文体の駐車場で選手に土下座して頼み込もうと。もう必死だったんですよ。駐車場にベンツが停めてあったので「たぶんこれだろう」と目星をつけて。

    ――高い車に乗ってるだろうと(笑)。

    伊藤 出待ちしていたら、船木さんがそのベンツのところにやってきたから、すぐに土下座です。そうしたら「そんなことしなくていいからテストを受けに来い!」と。テストは3月30日。10人くらい参加してて、近藤(有己)もいました。ボクが受けたテストは第2回で、第1回は渋谷(修身)さんと梅木(良則)さんが合格してて。

    ――梅木さんはレフェリーに転向するですよね。

    伊藤 テストで自分の番号は4番だったんですけど、スクワットをやるときに一番前まで出ていった覚えがありますね。「よく見てもらおう!」と(笑)。

    ――ほかのテスト生をおしのけて。

    伊藤 そうしたら鈴木さんから「順番通りにちゃんと並べ!下がれ!!」って怒られて。「あ、これは落ちたかな……」って動揺したんですけど(笑)。

    ――ハハハハハハ! 鈴木さん以外の試験官は誰がいたんですか?

    伊藤 船木さん、鈴木さん、廣戸(聡一)さんですね。あとの選手はお手伝いで。その場で合格者が発表されて、ボク、近藤、あとは1週間で辞めたヤツの3人が合格。も〜う嬉しかったです。まだデビューもしていないのに「やっとプロレスラーになれたっ!」って(笑)。

    ――そこから地獄なんですよねぇ。1週間で辞めた方もいますけど(笑)。

    伊藤 いやあ、本当にキツかったですねぇ……(しみじみと)。朝8時に起きて道場の掃除をして、朝食を済ませて10時から基礎体。スクワット500回やったあと外をランニングしたり。練習量自体はこなせるんですけど、道場の雰囲気が凄いんですよねぇ。スクワット500回にしても、みんなが見られながらの500回ですから。長く感じるんですよね。

    ――重い空気なんですね。

    伊藤 「逃げて当然でしょ?」という空気。逃げたヤツの気持ちはわかりますよ。ボクもつらかったですし、毎日朝が来るのがイヤでしたね……本気で逃げ出したかったです。道場の中に船木さんと鈴木さん、高橋さんがいるってことが怖かったんですよ。

    ――船木さんたちはまだ20代でギラギラしてましたし……。

    伊藤 そんなには怒らないですけど、雰囲気がもう……。日曜は練習が休みなんですけど、土曜日の夜に先輩方が帰ったあとの道場は広く感じましたね……。「こんなに広かったんや、道場は……」って。

    ――練習生が住んでいた寮は、道場の敷地内に隣接されたスーパーハウスだから、息をつく間もないですよねぇ。

    伊藤 そうなんですよ(笑)。稲垣さん、梅木さん、ボクで1部屋。國奥(麒樹真)さん、渋谷さん、近藤で一部屋で。ほとんど寝て起きての生活でしたし、自由時間なんてないです。

    ――國奥さんは近くのマンションに住んでいたんじゃないんですか?

    伊藤 ああ、下が詰まってきたからトコロテンでスーパーハウスから出ていきました。でも、下が入ってもすぐにやめちゃうんで、けっこう長いあいだ雑用をやってましたね。「いつ終わんのねんかな……」って。

    ――船木さんはイタズラも怖くなかったんですか?

    伊藤 怖かったですねぇ、ロープのヤツって聞いたことあります? いまあんなことをやったら完全アウトなんですけど(笑)。

    ――知ってます!完全アウトなので詳しくは書かないですけど(笑)。

    伊藤 練習が終わって、みんなが落ち着きたい頃にそういう遊びが始まるんですよ。アレはキツかったですねぇ。

    ――船木さんもやられるんですか?

    伊藤 船木さんはやらないです。笑って楽しんでるだけです(笑)。新しい練習生がいると、そっちが犠牲になるから楽なんですけど、みんなやめちゃうので。

    ――そりゃあ、やめますよ!(笑)。

    伊藤 言える話で言うと、お酒をたくさん飲ませるんですけど。もう飲めないから酔ったふりをする練習生がいるんですよ。そうすると船木さんがライターで身体に火をつけるんですよね。「酔ったふりをしてるんじゃないぞ……」と。

    ――やっぱり、やめますよ!(笑)。船木さんが寮に住んでなくて本当によかったですねぇ。

    伊藤 高橋さんが一時期住んでましたけどね。ケガされて休んでたからけっこう苛ついてるときで。高橋さんもボクも野球好きだから共通の話題があって助かったところがありますけど(笑)。

    ――パンクラス時代の船木さんは映画撮影にハマってたじゃないですか?

    伊藤 ありました、ありました! わざわざ千葉まで撮影に行かされたことがあって。あのときはカンフー役かな。

    ――カンフー役(笑)

    伊藤 いろんな役をやってたんですよ。

    ――船木さんの作品をいくつか見てるんです。ノストラダムスをテーマにした『ザ・プロフェシー』とか。

    伊藤 詳しいですね(笑)。それは新しいヤツかもしれないですね。ボクが出ていたのはもっと古い映画で。

    ――船木さんが山田学さんと意気投合して一緒に撮影していた頃ですね。

    伊藤 ブルース・リーが好きなんですよね、山田さん。

    ――だからカンフー役なんですかね(笑)。

    伊藤 ボクや近藤が悪役として出ていましたよ。練習が終わってすぐに撮影があるんですけど。船木さんが撮影器材を借りてきて。

    ――当時パンクラスを放送していたGAORAの編集室を借りてたんですよね。GAORA側も断ることができずに(笑)

    伊藤 古い道場の裏が草むらだったから、撮影場所として使えるんですけど。夜の12時までずっと撮影ですよ(笑)。


    この続きと、フミ斎藤や金原弘光が語る『1984年のUWF』、シャーク土屋・後編、KINGレイナ、鈴木みのると全日本イズム、「チキン諏訪魔騒動」とは何か……など20本以上の記事がまとめて読める「13万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 

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