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村浜武洋“流浪と怒り”のロングインタビュー「やるか!? おう、コラ! ああん!?」
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村浜武洋“流浪と怒り”のロングインタビュー「やるか!? おう、コラ! ああん!?」

2017-12-29 11:44
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    早すぎた天才――村浜武洋インタビュー。シュートボクシング時代はムエタイ9冠王のチャモアペットと激闘し、K-1フェーザ級トーナメントで優勝。MMAではグレイシーと相まみえ、プロレスではIWGPジュニアヘビー級王座に挑戦。リングの上で縦横無尽に暴れまわっていた小さな巨人は、地元・石川に帰っていた。そしていまだに鍛え上げられていた村浜の身体には怒気が漲っていたのであった。




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    ――村浜さんに話を伺うために石川県までやってきました。

    村浜 いまって格闘技雑誌ってもうないでしょ〜? ネットは否定派でやらんから、誰が強いのかも知らないですよ。

    ――ああ、そうなんですか。RIZINって知ってます?

    村浜 あ〜〜、総合のやつですよね。誰がいるかとか知らないですね。

    ――那須川天心や武尊もご存じないですか?

    村浜 誰ですか???

    ――人気のキックボクサーがいるんですよ。

    村浜 知らんです。ネット見ないからわからないすわ。いまは大晦日もやってないでしょ。前から言ってたんですよ。お客さんを喜ばせなきゃ、な・く・な・る・ね・ん!って。

    ――あ、一応大晦日の格闘技イベントはやってるんですね。

    村浜 ああ、そうなんですかぁ。でも規模はちっちゃくなってるでしょ。勝てばいいとか、強けりゃいいとかやってるから、こ・う・な・ん・ね・ん!ってことですよ。

    ――じゃあプロレス界の事情も詳しくないんですね。

    村浜 知らないです。全然わからない。

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    ――実家の石川県にはいつ頃戻られたんですか?

    村浜 2年か3年くらい前かな。いまはK−1がないじゃないですか。あったら戻ってきてないですけど。

    ――いまは新生K−1があるんですよ。

    村浜 ああ、KrushがK−1になったんですよね?

    ――そうです、そうです。やってるのは谷川(貞治)さんじゃないんですよ。

    村浜 誰がやってるんですか?

    ――宮田(充)さんですね。村浜さんはいまはプロレスの試合はやられてますよね。

    村浜 知り合いに呼ばれたらやってますね。イヤなんですよ、もう。うっとおしくて嫌いなんですよ、プロレスは。

    ――えっ、プロレスが嫌いなんですか?

    村浜 いや、プロレス自体は好きなんですけど、プロレスラーが嫌いなんですよ。行くこと行くとこでヨカタにウソばっかついて。政治、芸能、プロレスラー、ウソの産業界ですよ(顔をしかめながら)。

    ――村浜さんがプロレスラー嫌いだったことは驚きですね。

    村浜 どうしようもないですよ、人間のクズですよ。

    ――ストレートですね(笑)。今日はそのへんを含めて、村浜さんの格闘技人生を振り返っていただきたいです。

    村浜 いろいろやりましたからねぇ。

    ――プロレス、シュートボクシング、K−1、MMA、UーSTYLEも。

    村浜 リングでやるものは全部やりましたよ。ボクシングだけはやってないかぁ。

    ――何が一番楽しかったですか?

    村浜 やっぱり打撃ですね。寝技はうっとおしいんですよぉ。

    ――もともと柔道をやってたんですよね。始めようと思ったきっかけはなんですか?

    村浜 プロレスをやりたかったんですけど、地方にいたら柔道、空手しかないじゃないですか。小中高と柔道。

    ――プロレスラーを目指してたんですね。

    村浜 そりゃ小学校から猪木、馬場とか好きで。プロレスは好きなんですよ。

    ――村浜さんはそこまで身体が大きくないですけど、プロレスラーになれると思ってました?

    村浜 なんとかなるもんですね〜(笑)。なんとかしようと思う気があれば、なんとかなるんですわ。

    ――そこから上京してシーザージムに入るんですね。どうしてシュートボクシングを選んだんですか?

    村浜 当時はね、プロ格闘技ってなかったんですよ。シーザージムかキックボクシングのジム、シューティングはまだお面をつけていた頃ですから。そんなもんくらいしかなかったんですよ。プロでやるといったら、相撲か、プロレスか、キックくらいで。

    ――キックはやろうとしなかったんですか?

    村浜 当時のキックボクサーって身体がガリガリなんですよ、みんな。いまはK−1の影響でビシっとしてますけど。当時は◯◯◯の延長だからガリガリでね。

    ――どんな延長なんですか!(笑)。

    村浜 だからカッコ悪かったんですよぉ。

    ――SBはカッコよかったんですか?

    村浜 タイツを履いてビシっとしてたんでカッコよかったですね。投げもあるし、自分は柔道をやってたんで。

    ――村浜さんのお兄さん(村濱天晴)は骨法をやられてましたよね。

    村浜 ああいうウソくさいのダメなんですよぉ。兄貴とは一時期一緒に住んでましたけどね、何回言っても聞かないですよ。「あんなんウソやで!」って言ってるのに。

    ――骨法は幻想がありましたけどね(笑)。SBはやってみてどうだったんですか?

    村浜 まだ初期の頃ですよ。一期生がみんなやめた頃ですね。吉鷹(弘)さんとアベケン(阿部健一)さんをやった頃ですね。森谷(吉博)さんはまだいるんですか?

    ――SBの広報をやられてますね。

    村浜 入った時期は森谷さんと同じくらいなんですよね。シーザージムに通いだしてすぐにアマチュアの大会があったんですよ。そこで優勝してジムの内弟子みたいな感じになって。でも、途中でイヤになって内弟子もやめたんですよ。いろいろと決まりがうるさいから。

    ――村浜さんは自由で生きたかったんですかね(笑)。

    村浜 中にいると、いろいろとうっとしいんですよぉ。内弟子をやめただけで選手は続けましたけどね。

    ――あの頃の村浜さんって、他団体のキックボクサーを過激に挑発しまくってましたよね。

    村浜 ああ、立嶋(篤史)とかあのへんですね。立嶋とかまだやってるんですよね?

    ――息子さんと一緒にやられてますね。挑発することは周囲から止められなかったんですか?

    村浜 会長から「言え言え」言われましたから。

    ――あ、シーザー会長に(笑)。 

    村浜 「いいから言え!」って。立嶋とやらせようとしてたんじゃないか。なつかしいなぁ。マスコミも面白がってくれて、バックに会長がおったから怖くなかったですよ。 

    ――ムエタイ7冠王チャモアペットと激闘を繰り広げて、K-1フェザー級トーナメントでは前田憲作、佐藤堅一を破って優勝して、有言実行しちゃうんだから凄いですね。

    村浜 ああー、あのK−1は97年だから、もう20年前ですよぉ。おそろしいわ! あんときは「フェザー級の強い奴が出るからやるか?」って言われて「はい」って。

    ――あの企画は時代を先取りしすぎましたよね。そのあと村浜さんは階級上の試合が多くなるじゃないですか。

    村浜 ま〜あ、どっちでもいいですけどね。競技化するとよくないんですよ。みんな一緒になっちゃうから面白くないんですよ。強けりゃいいとかぁ、勝てばいいとかぁ、だからいま大晦日ないでしょぉ? こ・う・な・る・ね・ん!って話で。

    ――村浜さんはSBをやめちゃいますよね。

    村浜 当時はSBを競技として面白くするために「あーしましょう、こーしましょう」って言ってたんですけどね。SBルールの打撃は減点法じゃないですか。投げは加点法。そこがわかりづらいんじゃないかなって思ってたんですよ。打撃で押していても2〜3回投げたら勝ちだから見ててわかりづらい。

    ――村浜さんとしては投げがないほうがよかったんですか?

    村浜 いや、自分は柔道をやってたからあったほうがいいんですよ。投げのうまい奴がいなかったし。でも、立ち関節も総合でも極まらないでしょ。極まらんから誰もやらないんですよ。投げもレスリングのテイクダウンとはちゃうんですよね。これがSBだというスタイルが確立できればよかったんですけど

    ――SB最後の試合も判定で勝ったことに納得がいかなかったみたいですね。

    村浜 自分は負けてるんですよ。でも、自分が判定で勝ったんですよ。

    ――SBのエースだったわけですから、シーザー会長に引き止められませんでした?

    村浜 「やめる」と言いに行ってもいないんですよ。だから手紙を書いておしまい。

    ――そのあとキックをやるのではなく、プロレス転向したことに驚いたんですよね。

    村浜 大阪プロレス。デルフィンと知り合いやったから。雑誌かなんかで面識はあったんで。『週刊ゴング』やったかな。プロレスも好きやったし、やろうかなと。

    ――立ち技は考えはなかったんですか?

    村浜 当時ね、K−1はヘビー級しかなかったから。あとはプロレスか総合しかなかった。キックはもう安いんですよぉ(険しい顔で)。

    ――ああ、ファイトマネーが。

    村浜 やっすい。いまもそうですけど、キックは金にならんですよ、もう。生活できないですよね。

    ――プロレスデビュー当初は格闘スタイルでやることに納得してなかったんですよね。

    村浜 プロレスの練習してましたからね。いい加減なんですよぉ。いい加減なんですよ、プロレス界は。

    ――どんな風にいい加減だったんですか?

    村浜 プロレスをやるという話になったんですけど、「格闘スタイルでいってくれ」と。プロレスの練習してるのに「なんで?」って。いい加減なんですよぉ

    ――大阪プロレスからすると、村浜さんの格闘家として名前を活かしかったんじゃないですかね

    村浜 いやいやいや、プロレスを見に来るお客さんによくないですよ。ラーメン屋でスパゲッティが出てきますか? スパゲッティ食ったらうまかったし、金は払うけど、なんか納得せえへんでしょ。格闘技は格闘技、プロレスはプロレス。

    ――当時の格闘家ってプロレスに嫌悪感を抱く人が多かったですよね。プロレス転向は周囲から何か言われませんでした?

    村浜 ああ、なんか言われましたけど。「プロレスなんかやりがって!」とか格闘技のほうから言われましたけど、まあ自分は面白いことをできればよかったんで。ちゃんと練習してましたからね。練習でバンプを取りすぎて眠れなかった。痛くて痛くてねぇ。

    ――本格的に練習をしてたんですね。

    村浜 いま格闘家でプロレスをやる奴はしょっぱいでしょぉ? バンプも取れん、セールもできん。そんなのお客さんに失礼なんですよぉ。プロレスを見に来たお客さんはプロレスを見たいんですよぉ。そこは真剣勝負どうの関係ない。プロレスを見せなきゃアカンですよ。

    ――村浜さんはプロレスの傍ら、総合格闘技もやりましたよね。

    村浜 そんときはなんやかんや格闘技も好きだったので練習はやってたんですよ。弱くなるのイヤなんですよ。総合が流行りだしたからリングスに出て、DEEPでホイラー(・グレイシー)とやって。ホイラーとドローですよ。

    ――DEEPやリングスに上がったのはギャラがよかったからですか?

    村浜 リングスはまあまあで、DEEPはそりゃあよかったですね。稼ぎましたね! ハッハッハッハッ!

    ――佐伯さんが大盤振る舞いしてたときですね(笑)。

    村浜 佐伯さん、まだ金を持ってるときだから。佐伯さんは大阪プロレスのプロモーターやっててね。「格闘技イベントやらんか?」って誘われて。

    ――ホイラーと戦ってみてどうでしたか?

    村浜 なんもないですよ。寝技をやらなかったですから。寝技やったらやられるのは決まってるから。フハハハハハ。

    ――総合はその後も何戦かされましたね。

    村浜 あのー、寝技は性に合わないですよぉ。やっぱり打撃、打撃ですね、はい。ファンに喜んでもらわないといけない。勝ちゃいい、強けりゃいいとかホントよくないんですよね、お客さんに喜んでもらわないといけないのに。何回言ってもわからないんですよ、もう。だから人気もなくなって、いまは大晦日もなくなるんや!って。いい試合をしないといけないのに、勝ちゃあいい、強けりゃいいでぇ〜。

    ――K-1MAXで山本KIDとも戦いましたけど、あの試合はヒザのケガがあって本調子じゃなかったみたいですね。

    村浜
     いやあ、ケガの影響はなかったですね。それよりも3日前に大阪プロレス主催のスーパーJカップがあったんですよ。「出てくれ」って断りきれなかったですね。そこの影響はさすがにあるわって。

    ――ちょっと話は戻りますけど、SB時代のインタビューで鈴木みのる選手について「帰ってきたぜ〜とかクサい」と言及したら、パンクラス番の格闘技ライターから村浜さんに圧力があったという話がありましたよね。

    村浜 ああ、あった。おぼえてないけど、「クサい」ってやつね。なんかあった記憶はあります。おぼえてない、おぼえてない。

    ――言論統制があったという話ですけど。

    村浜 ま、そこまではなかったですね、おぼえてないですけど、「関係ないやん!」って話なんですけど。クソが固まりよるんですよ、プロレス界の連中は。鈴木とかいまプロレスをやってるでしょ。ほんとにもう、どうしようもない(顔をしかめながら)。プロレスを否定してパンクラスを作ったんでしょ? なぜまたプロレスをやるんや?って思いますよ。なんでやるんですかね? 

    ――まあ、いろいろ経験してプロレスの魅力に気づいたということなんじゃないですかね。

    村浜 ちゃいますよ! そんなもん、プロレスでメシを食うためでしょ!! カッコ悪いですよ、あんなもん。ハハハハハハ。

    ――当時は鈴木みのるさんのことが好きじゃなかったんですか?



    そういえば、こないだ上井さんのとこに出たとき「おまえらやるのか?ああん!?」って怒鳴ったらビビってましたからねぇ。

    村浜武洋は何に怒っているのか? 12000字インタビューはまだまだ続く……



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