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【検証「1984年のUWF」】船木誠勝「えっ、そんなことが書かれてるんですか? それは全然違いますよ」
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【検証「1984年のUWF」】船木誠勝「えっ、そんなことが書かれてるんですか? それは全然違いますよ」

2017-05-28 12:36
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    話題沸騰のノンフィクション本『1984年のUWF』!!  これまでDropkickでは、この本をテーマに金原弘光やフミ斎藤氏に話を伺っているが、今回は満を持して新生UWFの当事者である船木誠勝が登場! 15000字オーバーのロングインタビューで「1989年の新生UWF」を語ってくれた!



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    ――船木さん、いまプロレスファンのあいだでは『1984年のUWF』(柳澤健・著/文藝春秋・刊)というノンフィクション本が話題になってるんです。

    船木 その本を読んでないんですよ。どんな内容なんですか?

    ――ざっと説明すると1984年に設立されたUWFが、佐山(サトル)さんや前田(日明)さんらによってプロレスから格闘技に転換していこうとする流れを追った本になりますね。

    船木 1984年というと、それこそ自分が新日本プロレスに入門した頃からの話なんですね。

    ――そうなりますね。ただ、新生UWFや旧UWFの選手たちに取材していなことや、内容が偏ってるんじゃないかという批判がありまして。そこで当事者である船木さんにいろいろと伺いたいと思っています。

    船木 わかりました。

    ――新生UWFの前にお聞きしたいのは、船木さんは『船木誠勝の真実』(エンターブレイン・刊)という自伝を出されていますよね。

    船木 ありましたね。あれは2003年の本じゃないですかね。

    ――はい。あの本はかなり衝撃的な内容だったんですね。

    船木 えっ、何を書いてるんですか? 全然おぼえてない(笑)。

    ――そうですか(笑)。

    船木 あの本は自分が書いたんじゃないんですよ。自分がしゃべったものをもとにライターさんが書いてくれたんです。だいぶ直してるはずですけど。

    ――できあがった原稿を船木さんは最終的にチェックしてるんですよね?

    船木 いや、当時パンクラスの社長だった尾崎(允実)さんが目を通して、本として出せるものにしたとは聞きました。

    ――というと、最終稿はご覧になってないんですか?

    船木 できあがったものは読みましたね。もうおぼえてないんですけど。

    ――読んでみて「こんなことを言ったかな?」と思った箇所はありませんでしたか?

    船木 うーん、それはないと思いますけどね。

    ――この『船木誠勝の真実』以外にも本は出されてますけど、本の作り方は同じ形式ですよね。

    船木 そうですね。自分がしゃべって誰かに書いてもらう。いままで自分が出したいと思って出した本って一冊もないですんですよね。出せば売れる時代ってあったじゃないですか。編集してる人から依頼があって、会社としても本は収入源になりますから。

    ――2000年に安田拡了氏が書かれた船木さんの評伝『海人』でも軽くは触れられてるんですが、『船木誠勝の真実』ではより深くプロレスと格闘技の違いについて書かれてるんです。簡単に言ってしまえば、プロレスは競技としての真剣勝負ではない、と。

    船木 そうなんですか。

    ――新生UWFのメンバーでそこに踏み込んでいるのは船木さんと、高田(延彦)さんの自伝『泣き虫』だけなんですね。それは船木さんの意志で語ったんですか?

    船木 と思いますね。自分はプロレスと格闘技を両方やっていますし、それはどっちがいいとか悪いとかの感じではしゃべってないと思うんですね。それは「いま自分たち(パンクラス)がやってきたことはこういうことなんだよ」って説明したかったんです。

    ――たしかにプロレスと格闘技の違いに触れないと、意味がわからないことではありますね。

    船木 自分は15歳のとき新日本プロレスに入門したんですが、当時の前座はギリギリの試合というか、なんの筋書きもなくやってたところはあるんですね。

    ――内容的にはフリースタイルだったわけですね。

    船木 そこから外人レスラーと戦うようになって、海外修行に行けば完全に向こうのスタイルに合わせなきゃいけないんです。

    ――船木さんはヨーロッパ武者修行でプロレスを勉強されたわけですよね。

    船木 それで帰国してから新生UWFに参加したんですけど、その頃のUWFはスポーツ的な方向に行こうとしてたんですね。だから凄く戸惑ったんです。自分はプロレスをやろうとしたんですけど、UWFはスポーツや格闘技の方向に向かってる。せっかく新しいプロレスをやろうとしてたんですけど、凄く先に飛んじゃってるなって。

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    ――
    『1984年のUWF』では船木さんが「UWFがリアルファイトであると信じた」「ところが、実際に移籍してみると、UWFは船木が考えていたようなリアルファイトの格闘技ではなかった」「船木はプロレスに過ぎないUWFに失望した」と書かれてるんですね。

    船木 えっ、そんなことが書かれてるんですか? それは全然違いますよ(苦笑)。UWFは格闘技やスポーツとして打ち出していましたよね? 

    ――はい。

    船木 自分はその流れについていけなかったんですよ。

    ――船木さんはUWFがあまりにも格闘技的であることに驚いたということですか。

    船木 はい。だからボブ・バックランド戦でコーナーポストからドロップキックを出したりしてその流れに抵抗したんですよ。

    ――「プロレスをやりたい」というメッセージ的なアクションだったわけですね。

    船木 そうですね。UWFではケガしちゃって長いこと休むんですが、そのあいだに自分なりに「このUWFという電車に乗らなきゃいけない」って考えたんですよ。UWFを格闘技やスポーツにするのであれば、ほかのスポーツや格闘技の勉強をしなければならない。それでボクシングやキックボクシング、いわゆる格闘技のビデオをさんざん見たし、ボクシングを新しく習ったんですよ。

    ――やるのであれば徹底的に格闘技としてやらなきゃいけないということですね。

    船木 はい。やっぱりトップを走りたかったですから。海外から帰ってきてUWFのトップに食い込もうとしましたけど、ついていけなかったですから。

    ――なぜ『1984年のUWF』で船木さんが「格闘技じゃないことに失望した」というように書かれているのかと言えば、先ほどお話した『船木誠勝の真実』からの引用でもあるんですね。『船木誠勝の真実』には「UWFの試合は自分が思っていたほど格闘技ではなかった」「UWFの試合はセメントをやってるのだと勘違いをしていた」と書かれてるんです。

    船木 えっ、ホントですか?

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    ――
    はい。『海人』にもそのように受け止められる記述がありますね。これは船木さんがしゃべられたんですよね?

    船木 いや、それは絶対にないですね。UWFが思った以上に格闘技ぽかったので戸惑っていたんです。その本に書いてあることは間違いですね。

    ――では、どうして「UWFは格闘技だと思っていた」と書かれてしまったんでしょうか。

    船木 どうしてなんですかね。



    船木誠勝が「新生UWFはプロレスだと思っていた」という主張をするのは今回が初めてではない。いまから3年前の2014年、Dropkickが船木インタビューをした際にも同様の主張を述べている。


    船木 残っても新日本に居づらくなるので、UWFに移ったほうがいいなと思いました。でも、UWFに行ってみてわかったんですが、あそこまで格闘技寄りになってるとは思いませんでした。自分はちょうど海外に行っていたのでUWFの映像が見れてなかったんですよ。『週プロ』や『ゴング』に載った試合写真しか見れてなかったですけど。蹴って投げて極めるだけのスタイルになってるとは思いもしませんでした。

    ――船木さんが格闘技の世界に飛び込みたかったんじゃなくて、行ってみたら格闘技スタイルになっていたという。

    船木 そうなんです。自分はたしかに強さは強さで求めてましたけど、スタイルを格闘技にするという発想はなかったです。

    ――新生UWFの頃って船木さんがイライラしたり、苦悩しているイメージあったんですけど……。

    船木 はい。してましたね(苦笑)。

    ――それはもっと格闘技に振り切りたくてイライラされていたじゃなかったんですか? 

    船木 そうじゃないんです。UWFが格闘技スタイルに寄りすぎちゃってて最初から「?」マークがあったからなんです。それでUWFのときに骨折して半年くらい休んだことがあったんですけど。そのときにボクシングのビデオをいっぱい見たり、骨法を飛び出して小林千明さんという東洋太平洋のチャンピオンにボクシングを習ってました。そうしてるうちに、UWFをやるのであればもっと格闘技に近づけないとダメだと考えたんですね。


    船木が自伝の証言を否定している理由として「UWFをプロレスだと見抜けなかった当時の自分を偽っている」とは考えられないだろうか。ところが『週刊ファイトとUWF』(波々伯哲也・著/双葉社・刊)では、「UWFはプロレス」という認識を持った当時の船木の証言が掲載されている。

    バックランド戦後、深夜1時に船木に電話すると「ハーッ」と大きな溜息をついて「海外で抱いていたUWF(への憧れ)がつぶれました」
    「佐山さんと対立してたころの前田さんが好きでした。殺し合いじゃない、ギリギリの闘いだと言っている前田さんとは同じ考えだなとか思って。今は前田さんがいないほうがいいんじゃないかと」
    「オレはどうすればいいんだろう。ルールを気にして試合をやってても、気分がよくないし憂鬱なんです」

    自伝では「格闘技だと思っていた」と書かれているが、船木は当時から「UWFが格闘技寄りになっていた」ことに戸惑っていた。同じ本人の証言なのになぜこうも食い違ってしまっているのだろうか……? とりあえずインタビューを続けよう。


    ――『週刊ファイトとUWF』という本では、新生UWF参戦当時の船木さんの証言が掲載されてるんですが、それはいまおっしゃられたように「UWFはプロレスだ」という捉え方。スポーツ化するUWFに不満を漏らしていますね。

    船木 はい。俺は最初からUWFはプロレスだと思ってました。

    ――『週刊ファイトとUWF』では「佐山さんと対立している頃の前田さんが好きだった」というコメントも記されています。競技よりもギリギリのプロレスを支持しているんですね。

    船木 前田さんってプロレスの中で危険な試合をして生き残ってきたじゃないですか。尊敬してましたよね。そういう試合って気持ちの強さがないとダメですから。前田さんはだから潰されなかったんです。

    ――だからこそ新生UWFのスポーツの世界観に違和感があったと。海外遠征中の船木さんは、新生UWFの社長だった神新二さんから送られてくる『週刊プロレス』からしかUWFのリング上の景色は確認できなかったわけですよね。

    船木 写真しか見てないんで「凄い試合をしてるんだろうな」と。当時の『週プロ』の記者の書き方から熱狂的に雰囲気になってることはわかっていたので想像が膨らみましたね。

    ――新生UWFはどういうプロレスだと思われていたんですか?

    船木 なんて言えばいいんですかね……。

    ――船木さんも経験された昭和・新日本の前座をさらに激しくしたような……。

    船木 そうですね。もしくはスーパー・タイガー(佐山サトル)と高田さんのような試合ですね。旧UWFって佐山さんが参加したときからスタイルがガラッと変わったんです。で、自分が入門した3ヵ月目の頃、UWFの大会が用賀の特設リングであったので、山田(恵一)さんと後藤(達俊)さんと一緒に見に行ったんですね。

    ――そのメインがスーパー・タイガーvs高田延彦だったんですね。

    船木 それがホントに凄い試合だったんです。「高田さん、死ぬんじゃないか……」って思うくらいの激しい試合で。でも、山田さんが「やろうと思えば俺たちもできる」と言うんですよ。自分は入門したばっかなので、とてもできるとは思えなかったんですけど。

    ――新生UWFのプロレスは、スーパー・タイガーvs高田延彦のような試合だと想像したんですね。

    船木 そうですね。新日本の前座時代には、UWFからやってきた中野(巽耀)さんや安生(洋二)さんと試合をしてたじゃないですか。あの試合のイメージもありましたし、海外武者修行に出る前に高田さんから新生UWFに誘われたんですが「プロレスでも使える技があるなら残していきたい」と言ってるんです。だから新生UWFもプロレスだという意識はありましたね。

    ――船木さんは『週刊ゴング』に海外武者修行日記を連載してましたよね。

    船木 ああ、やってましたね。

    ――プロレス記者としての繋がりもあったわけですから、UWFで何が行われてるか教えてもらえなかったんですか?

    船木 いや、記者の方は「UWFはお客さんが入ってますよ」ということしか言わないですね。

    ――神社長や前田さんが海外の船木さんに会いに来ましたよね。そのときもリング上の話はしてないんですか?

    船木 していないですね。「新日本の海外修行が終わったらどうやってUWFに合流するか」とかそういう話だけですね。「弁護士を入れてでもちゃんと話をするから」とまで言ってくれて。

    ――もしUWFが格闘技になっていたらそれは革命的なことだし、前田さんにしても船木さんには伝えないとおかしいですね。

    船木 UWFはプロレスはプロレスでも格闘技寄りにはなってたんですけどね。

    ――船木さんは新生UWFに参戦した頃から暗いイメージがつきまとってるんですね。

    船木 自分でこういうのもなんですけど、俺はメチャクチャ明るい人間なんですよ(微笑)。 

    ――それはよく言われる「UWFで格闘技ができないから失望して暗くなった」というわけではないんですね。

    船木 いや、自分はプロレス大ファンだったんですよ。だって中学卒業して15歳でプロレス入りするくらいですよ?(笑)。

    ――たしかに(笑)。


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