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“Uと馬場”を支えた黒衣の絵描き……更級四郎インタビュー「ボクは手助けをしていただけですよ」
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“Uと馬場”を支えた黒衣の絵描き……更級四郎インタビュー「ボクは手助けをしていただけですよ」

2015-03-08 09:57

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    更級四郎、イラストレーター。80年代90年代からのプロレスファンには『週刊プロレス』に連載されていた「ほとんどジョーク」の選者として知られる彼だが、じつは『週プロ』のターザン山本氏らとともに、旧UWFや馬場・全日本プロレスのブレーンを務めていたという。Uの格闘プロレス、四天王プロレスへ導いたともいえる“黒衣の絵描き”に当時のプロレス界を振り返っていただいた。イラストレーター・アカツキ@buchosenさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」出張版付きでお届けします!  




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    ①元・新日本プロレス社長 草間政一ロングインタビュー
    「暗黒・新日本プロレスと闘った私」

    ②殺しのライセンスを持つ空手プロレスラー! 小笠原和彦
    「ボクは“やっちゃっていいよ組”なんですよ」

    ③狂犬・小原道由のクレイジートーク
    「恩師・斉藤仁先生はプロレスラーになりたかったんですよ」

    ④日本人悲願の王者誕生へ――超新星がUFCフライ級王座挑戦! 
    堀口恭司インタビュー

    ⑤いまだからこそ読みたい! 男と女の壮絶プロレスとは何だったのか?
    天龍源一郎×神取忍

    ⑥テン年代“格闘技団体”としてのあり方――
    パンクラス酒井正和代表インタビュー

    ⑦大好評連載! 小佐野景浩のプロレス歴史発見
    ゴキブリ並みの生命力! 大仁田厚の邪道プロレス人生

    ⑧格闘技新時代のカリスマ誕生か――ゲーオに激勝!
    木村“フィリップ”ミノル

    ⑨日本人ファイターは“薬物天国UFC”とどう戦うべきか――
    大沢ケンジ師匠の語ろうドーピング!
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    ――Dropkickでは90年代に起きた総合格闘技発祥を振りかえる企画が好評なんです。

    更級 へえー。(ターザン)山本さんにも話を聞いたの?

    ――山本さんはちょっと前にお聞きました。

    更級 ああ、そう。ボクのあとに聞いたほうがよかったのに(笑)。

    ――山本さんはコロコロと証言が変わりますからね(笑)。更級さんは「ブレーンバスターは相手の呼吸を合わせないとできない」など、プロレスの仕組みが初めて公に書かれた佐山サトル著作『ケーフェイ』の制作に関わったり、旧UWFのブレーンだったんですよね。

    更級 ブレーンというわけじゃなくてね、ボクは佐山さんや前田さんが困ってるから手助けしただけです。誰を信用するかは選手次第なんで。佐山さんとは彼が新人の頃からの知り合い。ボクはベースボールマガジンの『月刊プロレス』で若手選手のインタビューページをイラスト付きでやってたんですよ。だから若い選手から「先生」なんて呼ばれていてね。

    ――当時はメディアも限られていて、若手も取材される機会はあまりなかったでしょうね。

    更級 それで新日本の道場で何か催し物があったときに顔を出したんですけど、そのときにカレーをよそいに来てくれたのが角刈りの佐山さん。数年経って彼がタイガーマスクになったときに挨拶されて「ああ、あのときの!」って思いだして。「タイガーマスク人気、凄いね」って言ったら「素顔はわからないですから(笑)」って。でも、関係でいえば完全に馬場さんですよ、飛び抜けて。

    ――あ、馬場さんとの仲のほうが濃かったんですか。

    更級 当時は夜中に馬場さんから電話があったり、キャピトル東急で食事をしたりしましたよ。馬場さんに「絵を教えてくれ」って言われたり。

    ――馬場さんは余生を絵を描いて過ごすのが夢でしたね。

    更級 馬場さんは「ピカソの凄さや良さがわからない。なんであんな評価が高いのか」なんて疑問を抱いていて。「それを話しだすと美術史の講座になりますよ」って言ったんだけど(笑)。自分の興味があることはとことん勉強したい人でした。

    ――更級さんが接した“人間・馬場正平”はどのような方でしたか?

    更級 馬場さんは頭を手術したこともあって、ずっと死を覚悟していた人生でしたよね。いつ病気で死ぬかわからないから。

    ――常に死と隣合わせの緊張感があった、と。

    更級 それにあの身体で目立つじゃないですか。どうしても好奇の目で見られるから、馬場さんは人前に出るのを嫌がってました。あるとき新幹線で修学旅行の生徒と一緒だったときがあって。京都に着いたら生徒から見世物的に「アポー!アポー!」と騒がれてね。教師も一緒にヘラヘラ笑って見てたもんだから「レスラーじゃなかったら教師を殴ってた」なんて怒ってましたよ。

    ――そもそも更級さんは、馬場さんとはどうやって親密になられたんですか?

    更級 ちょっと話が長くなるんだけど……。初代『週プロ』編集長だった杉山さんが『週刊ファイト』から山本さんを引っ張ってきたんだけど。ボクが内外タイムスで連載していた競馬エッセイの大ファンで。山本さんから「ファンです!」って言われてボクも嬉しくてね。ベーマガではボクが先輩だったし、何か企画があると山本さんに仕事を頼んだりして仲良くなって。まだ山本さんが『週プロ』の編集長になる前のことですけど。

    ――『週プロ』初代編集長の杉山(頴男)さんはあんまりプロレスが好きじゃなかったそうですよね。

    更級 プロレスを軽蔑してました。会社から命令されてたからやっていただけで。

    ――その杉山さんが『月刊プロレス』を週刊化したんですよね。

    更級 それは週刊化したほうが売れるっていう話が販売課から出てきたから。プロレスのことを軽蔑してたんで冷たい目で見てたけど、番記者とレスラーの癒着を出さない感じで『週刊プロレス』を作ると宣言して。そのときに杉山さんから「プロレスの戯評をやってくれ」って頼まれたんですよ。でも、そんなのは面白くないし、無理。だってプロレスはスポーツではないんだから、大真面目にそんなことはできないじゃない。それだったら『週刊朝日』の山藤章二さんの『ブラックアングル』を真似した企画のほうが反響があるんじゃないかと思ったんですよ。

    ――それが長期連載となった『ほとんどジョーク』なんですね。読者から、ちょっと笑えるブラックユーモアあふれるプロレスネタを募集して、更級さんがイラストにするという。

    更級 山本さんたちからはうまくいかないと言われましたけどね。「プロレスファンは真面目だから笑いは受け付けない」とか。でも、そんなことないですよ。だって真剣勝負だと思って見てるファンばっかりじゃないでしょ。いろんな角度からプロレスというものを見て楽しんでるわけだから、笑いのセンスもあると思ったんですよね。

    ――当時はプロレスを笑うなんてことはタブーだったわけですし、プロレスにブラックユーモアを取り入れることに業界内から反発はなかったんですか。

    更級 何も言われなかったですよ。プロレスラーは、相撲とかほかのスポーツをやめてきた人たち多いから、自分たちを味方してくれる人に文句は言わないんですよ。でも、当時の『週刊プロレス』と全日って関係がよくなかったんです。その頃、全日本を見に行ってたのはベースボールマガジンでボクくらいで。山本さんは新日本とベッタリになっちゃってて。山本さんは猪木さん大好きでしたし。

    ――80年代の『週プロ』は全日本から取材拒否されていた時期もありましたね。

    更級 あれは長州さんたちが全日本をやめた直後くらいかなあ。元子さんが『週プロ』との関係をなんとか修復しようとしてたんですよ。山本さんも猪木さんは好きだけど、当時の新日本は猪木さんの存在は薄くなりかけてたでしょ。

    ――猪木さんは選挙出馬前夜。新日本は“脱・猪木”化が進められていきましたね。

    更級 新日本の連中も山本さんに対して「アイツはお金をもらいに来てるだけ」っていうことを言っていて。ご存じだと思うけど、当時のプロレスの記者はみんなそうですから。山本さんもお金は大好きだし(笑)。

    ――ハハハハハハ! マスコミが興行や会見に取材に行くと、当時はお車代が出るのがあたりまえだったんですよね。

    更級 新日本内の山本さんの評判もよくない。そこで関係がよろしくなかった山本さんと全日本が急接近するんだけど、山本さんは馬場さんと会う際に俺のことを誘うんですよ。

    ――それはどういう理由があったんですか?

    更級 馬場さんからすれば、新日本を追い抜くためのアイデアがほしかったんだと思うんだよね。俺はUWFでもいろいろとやっていたでしょ。

    ――あー、山本さんはそこで旧UWFで“実績”のある更級さんを同伴させたわけですね。

    更級 俺は山本さんに「全日本を応援できて新日本を焦らせようと思える編集者を呼んで」って言ったの。「全日本がお車代1万円で新日本は2万円」とか口にする人はダメだよって。そういう感覚では面白いことはできないから。そうしたら市瀬くん(英俊、当時『週刊プロレス』記者)が来た。そこから山本さんと市瀬くんが全日本を応援していくようになったんですよね。市瀬くんが全日本のマッチメイクをするようになったりして。

    ――更級さんも馬場さんと親密になっていったんですね。

    更級 「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます」の全日本プロレスのポスターは俺と山本さんの仕事ですよ。山本さんがコピーを考えてね。

    ――全日本のイメージ戦略も担っていたんですねぇ。

    更級 でも、山本さんの立場は本を売ってナンボだから。ボクはプロレス業界の人間ではないし、変なこと知っても、記者みたいに書いたりはしないから大丈夫と馬場さんは信頼してくれたんじゃないかな。馬場さんの紹介で会ったのが坂口(征二)さん。全日本の選手が新日本の東京ドームに上がることが決まったとき話し合い。

    ――あの歴史的な会談に! 馬場さんは坂口さんの新日本社長就任祝いとして、新日本の東京ドーム大会に全日本の選手を貸し出したんですよね。

    更級 馬場さんは新日本を信用してなかったですから。馬場さんが信用してるのは坂口さんだけ。坂口さんも小さいこと言ってらしいんですよ。「永源遥を貸してくれ」とか。

    ――永源さんを借りてどうするんですか!? 単なる里帰りですし(笑)。

    更級 とりあえず坂口さんとしては下手に出て偉そうなことを言わないでいたんでしょうね。馬場さんも「永源なんかどうするんだよ。鶴田を貸そうと思ってるのに」って。坂口さんは驚いてましたよ。馬場さんの口から天龍さんの名前も出てくるから。

    ――まさか全日本の両横綱を借りれるとは思ってなかったんでしょうね(笑)。

    更級 もともと天龍さんは新日本には出たかったんですよね。でも、あの試合後に天龍さんが「バカ負けした」と文句を言ってたみたいで。新日本(長州力&ジョージ高野)がまったく技を受けなかったって。

    ――天龍さんは「二度と新日本には上がらない」くらいの不満を言ってました。

    更級 馬場さんは「だから言っただろう。猪木がそうなんだから、下の選手もそうなる」って。天龍さんは自分が目立てると思ったんでしょうね。でも、新日本はやりたいことをやらせてくれなくて。

    ――一方で木戸修&木村健悟vs鶴田&谷津嘉章の試合はそれなりにまとまりましたけど。

    更級 でも、あの鶴田さんが木村健吾さんと互角にやってるのバカみたいだったよ。木戸さんに脇固めを極められたりね。鶴田さんは「出ると言った以上、新日本に合わせないといけないから。馬場さんが出てほしいならボクはその命令に従うだけです」って。

    ――鶴田さんはビジネスマンなんですねぇ。そのあとメガネスーパーが天龍さんを引き抜いてSWSが設立されますよね。

    更級 馬場さんは信用してた人間に裏切られてしまった。馬場さんは「高千穂(ザ・グレート・カブキ)は信用できる」って言ったけど、俺は「金を積まれたら移籍する」って思ってましたよ。

    ――カブキさんは全日本離脱前日に鶴田さんと世界タッグの新王者に就いてましたし、それほど馬場さんは信頼してたんですね……。
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    作/アカツキ

    更級 馬場さんは凄くショックを受けてましたよ。天龍さんがやめた当時も凄く焦ってて「忌憚のない意見を聞かせてくれ」って言うから「行きたい奴は行かせたらいいし、下の奴が頑張るから」って。そのときに大仁田さんが「全日本に復帰したい」って馬場さんに言ってきたらしいんだよね。そこで復帰させたら、これまで頑張ってきた渕(正信)さんがイジケけるからダメだって止めたけど。

    ――渕さんは大仁田さんと同期ですもんね。そこで大仁田さんが全日本に復帰していたらFMWは生まれてなかったんですね。

    更級 あと2代目タイガーマスクだった三沢さんが「マスクを脱ぎたい」って。話を聞くと、馬場さんに相談したら断られたそうなんですよ。結局、馬場さんからOKが出たみたいで三沢さんは東京体育館でマスクを脱いでね。試合後の通路で「三沢さん、よかったよ」って声をかけたら、三沢さん泣きそうでしたよ。

    ――谷津(嘉章)さんは「自分が脱がせた」って言ってますけど。

    更級 言ったかもしれないけど、馬場さんを通して話をしてないだろうから。馬場さんが谷津さんをそこまで信用してると思います?

    ――谷津さんも“外様”ですからね。鶴田さんもサムソン・クツワダさんと新団体を作る動きがあって以来、馬場さんの信頼をなくしたと聞きますが……。

    このインタビューの続きと、スターダム不穏試合の謎、北原光騎、鈴木秀樹、小原道由、安西×小佐野、柳龍拳、新木場1stリング管理人の記事が読めるお得な記事詰め合わせはコチラです! http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar760930

     
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