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山田玲司のヤングサンデー【第208号】泣いている人へ
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山田玲司のヤングサンデー【第208号】泣いている人へ

2018-10-15 07:00
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    山田玲司のヤングサンデー 第208号 2018/10/15

    泣いている人へ

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    先週は「夜の手塚治虫」というイベントがありました。

    その模様はヤンサンでも公開されるという事なので、この週は僕はイベントに集中して、放送は僕抜きのスピンオフ放送で、僕は仕事をしながらその放送を見てました。


    自分の出ていないヤンサンを見るのは、いつもながら変な感じだ。

    まるで自分が死んだあとの世界を見ている感じなのだ。


    放送は「ヤンサンファミリーからのメールをレギュラーの3人が読むっていうだけのもの」なんだけど、とにかく愛に溢れてる。


    何だか信じられないけど、とにかく嬉しい。


    そんな放送に励まされて、数日後イベント会場である劇場へ向かった。


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    劇場が吉祥寺だとは聞いていたけど、行ってみて驚いた。

    その劇場は、僕がかつてアシスタントに通っていたE先生の(旧)仕事場の隣だったのだ。



    その昔。19歳の美大生だった僕は、毎週この場所に来ては、ほとんど寝ないで働いてた。


    楽しい思い出も沢山あるので、今振り返って当時の話をする時は、大抵は「笑い話」になる。

    僕もその時の出会いに感謝しているので、本当に行って良かった、なんて思っていた。



    ところがです。


    あの時と同じ道を歩いて、同じ建物の前に立ってみると、「思い出補正」が解けて「あの時のリアルな気持ち」が蘇ってきた。


    とにかく僕は「絵」が下手だった。

    ところがこの時の仕事場は、E先生もチーフアシスタントのF氏も、当時国内でトップクラスの「超絶絵師」だった。


    今考えれば、当時から僕は「本質的な表現」にこだわっていて「上手い絵」を拒絶していたから当然だったのだけれど、それでも「使えないくせに美大生」と言われる立場はきつかった。


    そもそも美大受験の頃から「絵の巧さなんか意味がない」と思っていたのに、美大受験では「それ」を求められ、我慢して自分を殺して「技術(上手い絵)」を習得したのに、漫画の世界でもまだ「それ」を求められるのだと思うと、心底嫌になった。


    憧れの手塚治虫は「漫画はふてぶてしく描け」「漫画は自由でいいのだ」と言っているのに、なんなんだよこれは!!


    なんて・・・暗澹たる思いで歩いていたのが、仕事場までの「この道」だったのだ。



    考えてみれば、僕は「アシスタント」として呼ばれていて、別に「アーティスト」として呼ばれていたわけではないので、この悩みはかなりズレている。



    とはいえ、当時の僕は「絵」が否定される事で「自分」の未来が否定された気分になっていたのだ。



    仕事帰り「悔しい気持ち」をいっぱい抱えてこの道を歩いた。


    夜のガードレールに座って途方に暮れた。



    そんな「未来が何も見えない蒼い季節」がフラッシュバックしてきた。



    そういえば最近ある芸人さん(オードリーの若林さん)の若手時代の話を何かで聞いた。


    いくら頑張っても売れない時代。

    当時の彼女と一緒に深夜の「ドン・キホーテ」をうろついてた若き日の若林氏。

    お金がないのでアイスしか買えなくて、それを2人でドンキの店先で食べていた時。

    彼は突然涙が止まらなくなったという。

    彼女はそんな彼の背中を黙ってさすってくれてたらしい。


    そんな話だったと思う。


    もうこの話。死ぬほど胸にくる。

    聞いているだけで、こっちまで泣けてしまう。



    韓国映画の名作「サニー」では、そんな「泣いていた頃の自分」を「今の自分」が抱きしめてあげる、というシーンが出てくる。



    僕は吉祥寺の「あの道」で「あの頃の自分」の肩をたたいてあげたくなった。


    吉祥寺で泣いてる「理屈っぽくて心配性だった19歳の自分」に、

    「お前は33年後にはここで、憧れの手塚治虫を語るイベントに出て、手塚るみ子さんと同じステージでしゃべってるぞ」


    なんて言ってやりたい。

    でもそんな事言って安心されても困る気もする。


    いや、もしかしてこの思いは時空を超えて「あの頃の自分」を励ましているかもしれない、なんて、ちょっと思う。


    もしかしたら、「90歳の僕」や「死んだあとの僕」が今の自分を励ましてくれているのかもしれない。



    〜真剣だった人〜

     
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