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警視庁 IT特別捜査官(上) とある高校生
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警視庁 IT特別捜査官(上) とある高校生

2014-09-03 12:52

    それより薫には大切な仕事がある。名前の判明した【彼女】の事件の捜査に出なければならない。昨夜の悪夢が、薫に再びやる気を与えていた。確かにあれほど鮮烈な悪夢は初めてで、衝撃的だったが、考えてみれば、薫が担当してきた中でも類を見ない悲惨な事件だった。被害者は若い女性だったし、知らないうちに入れ込んで体調に影響するほどの悪夢を見ないとも限らないと思った。

    それにしても、恐ろしくリアルな夢だった。被害者は本当に、ああやって殺されたのだろうか。吹きさらしの廃屋の冷たい空気、複数の男たちの残忍な笑い声、目もくらむような光と衝撃波。よく分からなかったが、あれはどうも散弾銃などではなさそうだった。

    (夢・・・・・よね?)

    まさかとは思う。死因についての具体的な所見は、検案報告書が挙がってこない限り判らないのだ。経験の深い鑑識課のベテラン課員だって、散弾銃だと言っていたではないか。

    それに。そうだ。

    【彼女】は死ぬ前に、誰かの名前を叫んでもいた。

    (・・・・・まさか)

    薫も確かに聞いた。あの中で薫もその名前を叫んだのだ。

    それが誰だ。

    思い出せないが恐らく。

    その名前に向かって、嶋野美琴は助けを求めていた。あの暴挙をやめさせる力を持っていた唯一の人間に対して、救いを求めて。

    あれが、少しでもあてになる予知夢の類であることを祈ろう。もしかしたら関係者を洗い出せばその中に、ぴんとくる名前があるかもしれない。まさか夢を信じる気などないが、勘を信じて調べれば、証拠が事実を立証してくれるはずだ。

    十日前にとった今月最初の休暇に、ショートボブにしたばかりの髪を軽くブロウして、薫は職場に戻った。

    「大丈夫だったのか?」

    人の好い金城は、本気で心配してくれたようだ。

    「ごめん、忘れたわ。調べるの」

    いきなり言うと、金城はきょとんとした可愛い目になった。

    「なにが?」

    「世の中に自分の他に必ずいるはずの七人」

    「七人もいらんさ」

    金城は苦笑して言った。

    「まずは事件に関連ありそうな人間、一人でもあぶり出さんとな」

    金城は、ときどき沖縄人ぽい陽気さが出る。本人は横須賀生まれだが、父親が沖縄人だと言う。そんなとき金城が、薫は好きだった。

    「聞いたか。被害者の嶋野美琴の父親は、大手船会社のアジア部門の責任者だそうだ。黒龍江省の支社で母親から事件の話を聞かされて、急遽、帰国の準備を進めているところだとよ」

    「それで、そんなにすぐに身元が割れたの?」

    まあな、と金城はなぜか得意げに肯いて、

    「実は死体が見つかる前の夕方、すでに豊島署に被害届けが出ていたんだ。十八歳になったばかりの誕生日の夜に、今日は早く帰ってくるはずの娘が戻ってこない、ってな。もうすっかり忘れたけど、この時期、卒業シーズンで学校は授業がないんだろ? 駅前の塾に寄って、昼には帰る予定だったらしいよ」

    だから最終目撃証言は、池袋南口方面にある学習塾を出た、昼以降に絞られてくるだろう。自宅から五キロ圏内にあるどこかで、嶋野美琴はさらわれ、人目につかない場所で長時間監禁されたと思われる。

    「死亡推定時刻は、二日前の午後十時ごろだと。だからもし昼間、池袋でさらわれたとしたら、最低三、四時間は連れまわされて監禁されたかもしれないな」

    「で、どこか人気のない場所で撃たれた?」

    「いや、そのな」

    金城は、なぜか浮かない顔で首を振った。

    「撃たれた、と言う表現だが、どうも違うらしい。解剖による所見を聞いて驚くなよ。まだ特定は出来ないが、死因は散弾銃による射殺じゃない。手製の爆弾による爆死なんだとさ」

    「爆死?」

    爆死? まさか。思わず、薫は声を上げた。

    「ああ、爆弾。軍用の地雷のようなものを改造したものらしい。例えばアメリカ製だとM18って言う地雷がそうらしいが、爆発時に無数の細かい金属のベアリングが散弾になって飛び散る殺傷力の高いタイプがあるんだな。どうもそれを使われたようだ。遺体に残った炭化の程度を調べたら、下からの爆風と衝撃によって内臓をやられたことが直接の死因だと言うことがわかったみたいだ。遺体の靴と靴下脱がしたら、足の指まで丸焦げだったらしいぜ」

    金城は、遺体の検案によって彼女が、自分の足元からの爆風によって悲惨な死を遂げたと言う検死結果の詳細を薫にもたらした。

    「どうやら彼女は両腕を縛られて、地雷の上につま先が着くか着かないか程度の高さで天井から吊るされていたみたいだ。・・・・・怖かったろうな」

    「・・・・・・ほんと・・・・・」

    嶋野美琴は、両腕を縛られ吊るされていた。

    薫の脳裏を昨夜の悪夢がよぎった。

    (そうか)

    あの目も眩むような衝撃と圧迫感。

    あれは、爆弾によるものだったのか。提示された客観的事実。悪夢を現実が裏づけしていく。確かにあの夜、薫は彼女に引き止められた。そんな感じがした。

    「母親の話だと、被害者の女の子は、誰かに付け狙われていることを訴えていたらしいんだ。自分が連絡も入れずに、予定を変えたら、とにかくすぐに警察に通報してくれと、相当必死に頼んでいたんだと」

    「でも、一晩くらいじゃ普通、捜索願まではいかないはずよ」

    「受信履歴午後八時三十二分、母親の携帯に美琴から最期のメール送信があった。件名はなし、ただ一言『ころされる』。母親はすぐに警察に電話して、捜索願を出した。要請を受けて豊島署の捜査員が、美琴の自宅のマンションに事情を聞きにきたのが午後九時、二時間後に、なんの関係もない学生が、被害者の自宅のごく近くのゴミ捨て場に置き去られた遺体を発見した、ってわけだ」

    犯人はこのことからも、車を使って移動していたと考えられる。それにしても、警官がすぐ近くにいて、遺体を遺棄しにきたはずの容疑者を目撃していないのは、かなり痛い失点だ。

    「それにしても被疑者も危ない橋を渡るものね」

    「ああ、いかれてやがるな」

    金城はうんざりしたように言うと、

    「特殊な凶器を用意して使うことといい、手際のいいさらい方といい、犯行のタイプから見ても、犯人は被害者を執拗に狙って、周到に準備した、つまり被害者になんらかの怨恨があった人間の犯行と見ていいだろうな。・・・・・流し(通り魔、無差別の愉快犯)の線も棄ててはいないが、基本的に本部は被害者の交友関係の線から捜査を進める方針を採るってさ」

    「被害者に怨恨?」

    「ああ」

    金城はうんざりしたように、手を広げて愚痴った。

    「友達関係か、男関係。今はケータイがあるから、年上年下、日本全国、誰とでも付き合えるからな」

     

    嶋野美琴は死ぬ前に誰かの名前を叫んでいた。

    薫は確かに誰かの名前を彼女が叫ぶのを聞いた。

    せめて金城には、昨日見た悪夢のことを話すべきだろうか。

    いや、確たる証拠も何もない話だ。あくまで、薫の熱で狂った知覚の範囲内での出来事だ。今聞くと確かに驚くほど、実際の犯行状況とは符合した点が多い。彼女は複数人によって拉致され、どこかに監禁された。そして、両腕を縛られて吊るされて捕虜のように嬲られた後、手製の爆弾によって悲惨な爆死を遂げたのだ。

    見ていると言えばその一部始終を、薫は見ている。

    だが、夢は夢だ。

    仕事場で言うような話ではない。本気で話せば、いくら金城でも呆れられるだけだ。

    確かに、驚くほどリアルな夢の中だが、すべては幻想に過ぎない。連日ろくに睡眠もとらず、あまりにひどい現状で悲惨な死体と連続に接し続けて、その結果、奇妙な感化を受けたに違いない。下手をすれば、カウンセリングを受けろと言われるだろう。そうなればいい笑いものだ。

    ただ。

    夢の中の彼女は確かに、誰かの名前を叫んでいた。誰かに許しを請うていた。恨みを持つものと、持たれるもの。もし怨恨の線が本当なら、その名前は被害者美琴の生活していた、どこかで必ず出てくるに違いない。

    幸い、薫はその点では恵まれた立場にいた。彼女と金城の二人は、嶋野美琴の通っていた学校に行って、関係者から事情を聞く係を割り当てられていた。

    「なあ、おい知ってるか薫。お前が担当した警官の拳銃自殺」

    移動中の車で金城が何気なく、薫に話しかけてきた。

    「原因はなんだ、うつ病だってな。木津橋って、高校時代から、柔道の全国大会でも有名なやつなんでおれもよく知ってるんだが、そんなに悩んでいたとは思わなかったよ」

    「・・・・・どうかな」

    薫の知る限りでは、そうした症状に悩まされていたという様子はまったくなかったように思う。通院歴がないのはもちろん、到着した現場の警官たちや関係者が、彼が自殺した理由が思い当たらなくて、唖然として首を傾げていたはずだ。

    「みんなの知らないところで、なにか悩みがあったのかもね」

    「お前も気をつけたほうがいいぜ。過労とストレスはまずいって言うからな。昨夜、お前、死にそうな顔してたぞ。・・・・・その、たまには、息抜きした方がいいんじゃないか」

    「そうね」

    薫は苦笑して、金城を流し見た。

    「・・・・・どこかいいところがあったら誘って」

    せめて、一人で薫を誘えることができるほど、金城に勇気があればね、と言う意味で、彼女は言った。

    いつかみたいに男の飲み友達ばかりの串焼き屋で、薫より先に泥酔してタクシーに乗せられて自宅まで強制送還されるような展開では、それこそお話にならない。

    「あ、ああ・・・・・いい店見つけたら、誘うよ」

    にやにやしている薫の表情で、いつのことを示唆しているのか、ようやく思い当たった金城はあわてて視線を前に反らした。

     

    拳銃自殺か。

    その言葉を聞いたとき、薫はなぜかはっとした。そう言えば、新宿交番で死んだ、あの警官の遺体の検分に立ち会ったとき、薫は死体と顔を合わせてはいない。

    ミコト。嶋野美琴。

    確か、あの子と目を合わせたときから、少し、おかしかったのだ。

     

    口をついて出た名前

    学校に到着したのは、指定された午前十一時過ぎ頃だった。

    事件の報道は、昨夜辺りから被害者の素性が分かって騒ぎが大きくなっているらしく、取材の記者たちも校門から関係者駐車場辺りにかけて、ちらほらと見られた。

    生地のしっかりとした茶色のブレザー、赤い色のタイ。スカートは薫の年ではくじけそうなくらい短めだ。制服の女子たちの姿が目に留まる。被害者の同級生かもしれない。嶋野美琴もこの格好で、この辺りを普通に行きかっていたはずだ。

    学校側の公式な意見として、亡くなった嶋野美琴は、成績は優秀、明るく社交的で友達も多い生徒会役員で、交友関係についても、危険なことに発展しそうな事件性あるものは聞こえてこないと言う。

    もちろん、この公式見解と言うものは多くの場合、のちのち波瀾を呼ばないためのストーリーで構成されているもので、事実と称する情報には、発信者側の無難であることを期待する気持ちも、希望的観測として含まれている点に注意すべきだ。

    ただ、母親から聞いた話や、見せてもらった多くの資料に添付されている生前の美琴の写真などを見てみる限り、特徴的に問題を起こしそうな生徒とは、まず思えない。

    軽く髪を染めた透明感のある面差しは、適度に母性を感じさせるものを含み、積極的な性格にも、無理な押し出しの強さを感じさせない。男子にも女子にも人気があると言うタイプだ。

    英語が得意だったらしく、TOEICの認定証をもった写真や、所属していた英会話クラブでの活動やスピーチコンテストでの表彰などを写したものも目立ったりする。父親の仕事の影響もあり、国際交流に関心を持っていたのだろう。卒業後は、海外の大学への進学なども、視野に入れていたに違いない。

    警察が話を聞くために、特に学校側が選び出した彼女の同級生は三人。いずれも、同学年。同性が二人、異性が一人。

    夕方から行われる美琴の通夜に列席することも決まっているせいか、一様に放心状態のようだった。

    多くの場合、身近な人の死が最初にもたらすのは、非日常感を含んだ感覚麻痺だ。揺るがないはずの日常に、ある日ぽっかり空いた喪失の落とし穴。環境に適応して生きる仕組みをもつ人は、大抵の準備していない変化に抵抗を示し、それが急変の場合は、状況判断をやめて真っ白になるものだ。

    過去と連続しない次の現実とのギャップによる混乱を一旦棚上げして、やがて粛々と感覚の整理を行う。心理学で言う、喪の作業がこれにあたる。

    だからもしこの事件についてなにも知らずに直面した場合、感情が復旧するのは、混乱が収束し、現実を認識した後になるだろう。ついこの前までいた友人の身体が灰になり、小さな骨壷に収められ、それが彼女なのだと認識したときが初めて、そのときになる。

    金城と薫は、そうした表情の変化を経験知から、まずは感覚的に見極める。

    話していて三人の中に、すでに感情の復旧をみているものは皆無のように見えた。

    三人の中で比較的よく話をしたのは、唯一の男子生徒で、同じ生徒会の田辺勝也(たなべかつや)だった。小柄で中性的な、さえない印象の川辺はもちろん、亡くなった美琴と交際経験はなかったが、同じ生徒会の役職で好意をもって彼女に接していたことはともかく伝わってきた。

    彼はいわゆる女の子から、異性としてカウントされない無難なタイプと言ったところだろう。話は学校側の公式見解の詳細を、ほとんどなぞるものに過ぎなかった。

    満冨悠里(みつとみゆり)は神経質そうな、ちょっと取っつきにくい女生徒だった。パソコンゲームのオタクらしく、それらしいキャラクター商品が、持ち物などにも目につく。痩せぎす、オレンジのプラスティックフレームの、幅の細い眼鏡をかけて、それほど長くない黒髪を無造作に後ろで束ねていた。

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