ハックルベリーに会いに行く
高校野球の夏の地方予選は、どの都道府県もだいたい七月の中旬から始まる。1978年の池田高校は、二回戦の敗退だったので、ほとんど夏休みに入るのと同時に甲子園の不出場が決まった。おかげでそこから、長い長い地獄の夏合宿が始まった。
ここまで見てきたように、監督である蔦文也の指導方針は「クラッシュアンドビルド」である。まずは選手を壊すこと。初戦敗退で頭に来ていた文也は、この夏こそ徹底的に選手を壊すことを決める。そうしていつの年にも増して厳しい特訓を生徒たちに課していった。
池田高校野球部の厳しさというのは、精神的な厳しさではない。徹底的に肉体的な厳しさである。とにかく選手の体力を搾り取る。練習が終わる頃には歩けなくなるくらいまで疲れさせる。
それもただ走らせるのではなく、実践的な練習の中で疲れさせる。だから自然と、バッターは打つ回数が多くなる。バッティングピッチャーは投げる回数が多くなる。