「オンタイムではそれほど評価されなかったが、長時間経つと、その重要性、革新性が際立ってくる」と書くと、自分の作品についてでも書いている気になりかけるのだが違う。ノリさんのことだ。SNSで、芸能ネタで「この国ももう終わりだ」という人々は昔からいた。「あったりまえじゃん」と思っていると、なんと大衆はどんどん忘れてゆくらしい。本当に恐ろしいことだ。

 

そりゃあ原爆投下の日には「現在の甘ったれた日本人にはモームリなのではないか?」と思われるほど、エグく厳しい番組がオンエアされ続けるわけだ。あれを最低でも63回は見ている。最近では「被曝して100近くまで矍鑠としてる人が多いということは(以下とても書けない)」と思うほどになってしまった。僕だって、僕にできる範囲で、国民に伝える義務がある。

 

安部元首相の暗殺事件を映画化し、その主演(犯人)を菅田将暉がやるらしい、というだけで(サイジングこそ測れないが)反対運動が起きているのを見て「はー」と声を出してしまった。

 

「はっ!」でも「はあ?」でもない。「別にやりたいならやっても(制作しても)かまわないけど、菅田将暉の役者声明が終わるってことは覚悟してるんだろうかね」という、うっとりするような素晴らしいポストを読み、直後の「はー」という奴で、何を思い出したかと言えば、毎度毎度毎度の昭和になるが、「8時だよ!全員集合」というザ・ドリフターズの番組を「教育上、子供に悪影響が出る害悪番組」として番組を終了しろ。という人々がいたのだ。こいつらの言うとおり、番組が終了させられていたら、我が国の子供たちは、今より遥かに爛れ切って未来を失い、数万円のために人を殺すスラムドッグ化していただろう。身も凍る思いである。