風を見て風を知り
 風詠みて風に舞う

 欺くなかれ
 されど崇めず
 ただそこに在る風のように


 雨が止み、しかし濡れ荒れた大地の向こう。大穴から伸びる巨大な竜巻をやや遠方に望みながら、フーマァが私に言って聞かせた詩。それはハーピィ族に伝わり続ける、矜持や信念、思想を謳ったものだという。これからあの竜巻に突入しようという今、なぜその詩を私にと、率直に問うた。

「フラクにはこの詩、どう聴こえタ?」
「それは、いま必要な話ですか?」
「敬語」
「あ、そうか……必要か、その話?」

 横に並ぶフーマァに視線を向ける。だが目が合うことはなく、相変わらずフーマァは感情の読めない表情のまま、竜巻を見据えている。


 難しいことを言う。何を謳っているかではなく、どう聴こえたか、つまりは私の印象だ。ハーピィの文化や主義主張など、私が当人たちより詳しいはずもなく、下手な発言は彼女らを激昂させかねない。ただでさえ、これまでフーマァが度々、人の頭をその足爪で鷲掴みし地面にめり込ませる様を見ているのだ、私としてもアレは避けたい。

 しばし答えあぐねていると、フーマァが口を開いた。

「嘘は暴かれるべきダ。誰かを騙そうってんなラ、尚更ナ」

 そう言いながら、身体はそのままに顔をぐるりと後方へ向ける。やはり人とは違うその動作に、思わず視線が引っ張られた。そこには、先ほどまで我々がいた天幕がある。あの中では今も、昏倒したルヴァーナを、兵士どもがまるで宝飾品でも扱うように甲斐甲斐しく取り囲んでいることだろう。

「さっきは悪かったナ。お前の方ガ、あのクソアマを張り倒したかっただろうニ」
「いや、私がやったら、反帝国主義に取り込まれての暴走劇だ」
「なんでもかんでもワルモノ扱い変人指定、ツラいネェ」
「構わんさ。連中の後ろ暗い部分は、いずれ白日にさらされる」

 視界の端、フーマァが口角を上げる。それきり言葉は無かった。
 しばしの後、ぐるりと竜巻に向き直る彼女に私も倣う。


 ある程度の距離を置いてなお、見上げるほどの風塊。漏斗状に広がる最上部は分厚い雲間へと潜り込み、その境目も判然としない。やがて、呟くようにフーマァが口を開いた。

「風ハ、在るべき理由があるからそこに吹ク。山があれば風が降りル。川があれば風も流れル。デカい穴なラ、場所や時間によって空気が温まったり冷えたりしテ……まぁ簡単に言えバ、狂ったような混ざり風が吹ク」

 その大穴とて、元よりこの地に在ったものではない。降魔戦役の最中、突如として大地に穿たれ、数多の魔族を吐き出した傷痕。それが戦役の終結から今に至るまで埋まることなく、古遺跡群の一角に口を開け続けている。

 フーマァから、乾いた笑いが漏れた。

「なのにあの竜巻ノ、随分とおキレイなことよナ。いっつも穴いっぱいに広がっテ、そこから出てこねぇでただ昇ル。そんでしばらく空を掻き混ぜちゃ消えル。するとこの辺りは嵐になル。収まるト、また穴から噴き出してくル。その繰り返シ。いつモ、いつもいつもいつもそうダ、おかげでアタシらは自由に空を飛べなくなっタ」

 私の着込む重装鎧、その内部に軋みを感じた。
 思わずフーマァに向けた視線が、二度三度と前後する彼女の瞬膜を捉える。

「あんなものガ、風なんかであるものカ」

 怒っていた。相変わらず表情は読みにくいままに、しかし怒りを容易に認識できてしまうほどの気配は、意識せずとも私の喉奥を上下させるに十分なものだった。それを誤魔化すように、問う。

「そんなところへ、正体不明の『何か』を追う、か……方法は?」
「任せロ、何度も試して編み出したやり方があるんダ」
「ほう?」
「アタシらだってこの数年間、何もしてこなかったワケじゃねぇからナ」

 帝国と違って、と聞こえなくもなかった。私が思い悩むことではないにせよ、少しの負い目を感じていると、それを察したのかフーマァは、片翼で私の背をバサリと叩きながら笑って見せた。気にするなとでも言いたいのか、しかし表情の硬い彼女の笑みに、少し戸惑う。

 後方に控えたハーピィたちに歩み寄りながら、フーマァが続ける。

「まズ、部下たちが風の刃を束ねテ、竜巻のガワを剥グ」
「ほう」
「次ニ、剥いだ隙間からアタシとフラクが突っ込ム」
「……ほう?」
「そしテ、内部で透明なアイツを探しだス」
「……」
「作戦は以上ダ、じゃあそれぞれ配置ニ付いテ」

 待て。ちょっと待て。
 作戦と言うには、大雑把に過ぎるのではなかろうか。

「ちなみにだが私は飛べないぞ、どうやって突っ込む?」
「それくらい分かってラァ、アタシが運ブ」
「う、うむ、だからその……どうやって?」
「?? アタシの足爪を使ってだナ?」
「うむ」
「フラクの鎧の肩あたりを掴んでだナ?」
「うむ」
「飛ブ」
「飛ぶ」

 思わず、あまりにも単純極まる図式が脳裏に浮かんだが、種族の違いによる思考の多様性、という形で強引に自分を納得させる。軽量化術式を再構築すれば、物理的には問題ない……のだろうか。

「……ア、分かったゾ。ハーピィ族が人ひとり運べネェとでも思ってやがるナ?」
「できるのか?」
「ッカァー! 当然だろガ、見てロ!」

 そう言うとフーマァは、一瞬身を屈ませ、地を蹴るとともに両翼を叩きこむ。上昇する身体が螺旋を描き、ふわりと空気を抱くように制止、そして急降下。一連の動作の速度、優雅さはさすがハーピィというべきか、私の両肩それぞれに寸分のずれも無く、その足爪が食い込んだ。

 続けて、身を屈ませたフーマァが大きく羽ばたく。一度、二度、三度と回数を重ねるごとに、身体が浮き上がりそうな感覚が次第に強くなっていく。

 そして──。