敵、というものは良い。

 守る義理も無ければ、背中を預ける必要も無い。
 剣を向けても、矢を射掛けても構わない。
 討ち払って良し。
 殲滅して良し。
 私が私を守ることにも、許可がいらない。

 だが、味方となればそうはいかない。
 ましてやそれが、他意ある者なら尚更だ。


「冗談じゃありませんわ!?」

 小卓に諸手を叩き付け、ルヴァーナがいきり立つ。その音と声は私の尖り耳と巻角にまで響き、ひどく煩わしかったが、私はただひたすら、天幕中央に吊り下げられたランプの揺らめきを目で追っていた。

 右へ、左へ。

 時折大きく傾いては、そのたびに灯りが細長い影を天幕の内側へ走らせる。
 先ほどから、ずっとこの調子だった。


 大穴から巨大な竜巻が立ち上って以降、周囲の天候はさらに悪化していた。横殴りの風に加えて大粒の雨まで降り始め、曇天には稲光と轟音が絶え間なく走っていた。元より簡素な造りの天幕が、それらに長く耐えられるはずもなかった。

 そこで一度、態勢の立て直しを図るべく天幕の補強を申し出たのだが、これがまたひどい有様だった。

 ルヴァーナ付きの兵士どもに骨組みを縄で固定しろと言えば、一本の支柱にただ縄を巻き付けるだけ。杭を打ち直せと言えば、一通り杭を引き抜いた後の作業を忘れている。ならばせめて資材を運べと言えば、複数人がかりでルヴァーナの豪奢な私物を運び回し、その手入れを始める始末。中には気を利かせて、ルヴァーナの茶を淹れる者まで現れた。

 挙句の果てに「もっと分かりやすく指示を出すべきです」と真顔で言われた時、その兵士の頭蓋を砕くに至らず、想像だけに留めた私を、誰か褒めてほしい。


 対して、ハーピィたちは違った。天幕を補強したい旨をフーマァへ伝えれば、それだけでこちらの意図を汲み、各々が動き始めた。もっとも、人間の天幕など見慣れてはいないらしく、縄を前に鉤爪を持て余し、支柱と幕布を交互に眺めて首を傾げる者もいた。しかしそれも僅かな間のことで、やがて一羽が翼を広げ、吹き付ける風そのものを探り始めると、他の者たちもそれに倣った。風を受け、流し、魔力を絡ませ、気付けば天幕の周囲には暴風を逸らす流れそのものが出来上がっていた。

 天幕の扱いなど、恐らく誰一人として知らなかったはずだ。それでも程なくして補強は済み、私が細かな指示を出すことは最後まで無かった。


 作業を終え、雨風に追われるように全員が天幕へ逃げ込んだのが、少し前のことだ。

 右へ、左へ。

 未だ揺れ続けるランプの向こうで、ルヴァーナが小卓に諸手を突いたまま、フーマァを睨み付けている。一方フーマァは、さも不思議そうに首を傾げて見せていた。

「なんでダ? 正体不明の魔物の調査ガ、この合同調査の目的だロ?」
「それは、そうですけど……! でもこんなの、予定には……!」
「予定に、なんダ? 魔物との交戦がない前提で考えてたのカ?」

 ルヴァーナから、似合わぬ舌打ちが一つ聞こえた。
 続けて、呆れて見せつけるように大きく息を漏らす。

「……ねぇフーマァ様、あなたご自身のお立場、分かってらっしゃるの……?」
「なんのことダ?」
「ですから……! あぁ、もう……!」

 どうにも噛み合わない。ルヴァーナは何かを言いたくて、しかし言えずにいる。一方のフーマァは、その何かを知った上でとぼけているように見えた。天幕内がやにわにざわめきだす。それを察したルヴァーナは周囲を一瞥し、僅かに声を潜めた。

「フーマァ様は、エルドレイ様からのご指示をお忘れですか……!?」
「アァ、あれカ。べつに忘れちゃいねぇヨ」
「でしたら……!」
「だガ、指示通りに動くとは言ってネェ」
「……なん、ですって?」

 ルヴァーナの表情が、氷のように固まった。
 その視線の先に、小首を傾げたままのフーマァ。

 不意に、フーマァが視線をこちらに向ける。
 私と、目が合った。

「帝国内部に不穏分子がいル、だったカ?」
「……!? ちょ、ちょっとフーマァ様、何を!?」
「外交部の裏切り者で恥さらシ、ゴードン・ゴルトマン」
「ま、待って! おやめなさい!」
「ありもしねぇ不正を騒ぎ立テ、外交部を引っ掻き回した大馬鹿やろウ」
「フーマァ様!」
「んデ、そいつをそそのかした連中がいる、ってナ」

 ――なるほど。そういう話になっているのか。

 今回の合同調査を手配したのは外交部だ。ならば連中が、事前にハーピィ側と接触していること自体は不自然ではない。だが、事実を知る由もない外部勢力に対し、帝国の内情を捻じ曲げて吹聴したとあっては話が別だ。

 そしてそれは、外交部を調査中の我々聖騎士団にとって、看過できぬ話でもある。さらなる情報を引き出すにはどうすべきかと考える間もなく、フーマァが続けて口を開く。

「外交部は清廉潔白、悪いのはぜーんぶそいつらだト」
「おやめなさいと言っているでしょう!?」
「たしカ、今回の合同調査で聖騎士団と揉めロ、だったっケ?」
「……っ!」
「帝国を乱す者どもに正義の鉄槌を下ス。見返りは国交回復。この辺りの異常気象も原因を究明すル。そして交易路も復活させル」

 ルヴァーナの指先が、小卓の縁を強く掴む。

「しっかシ、他人様の悪評話を延々聞かされるってナァ、つまんねぇもんだナ」
「……やめなさい」
「最後ニ、こうも言ってたナ?」
「……やめなさいっ!」

 フーマァが、ルヴァーナを正面に見据える。
 小卓を掴むルヴァーナの指が、次第に震えを増していく。

「約定の証としテ、【風精の幻装衣】を寄越してほしイ」