ハックルベリーに会いに行く
御聖断が下った1985年8月14日、唯一心を許せる児玉誉士夫に愚痴を述べた後、大西瀧治郎は矢吹一夫のもとを訪れる。矢吹は1899年生まれでこのとき46歳の政治活動家である。大政翼賛会の理事だった。
大政翼賛会とは話せば長くなるので簡単に言うと戦中に強大な力を持った政治結社だった。その理事だった矢吹は強大な力を持った政治フィクサーだ。その矢吹の元を訪れ、今度は酒を酌み交わしている。
大西は、特攻を始めて以来自重して酒を断っていた。だからこれが久しぶりの酒だった。もちろん、このときには死を覚悟していた。死ぬ前に酒を飲もうと思ったのだ。飲むなら旧知の矢吹にしようと思った。
児玉にしろ矢吹にしろ、軍や政府には近いが民間人である。これを見ても分かるように、大西はもう国も軍も信じられなくなっていた。
これはもうずっと前からだ。特攻を始めるずっと前からである。大西は、国にも軍にも頼らず、ほとんど