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◆╋◆      めるまがbonet -2nd season-
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◆           第17号             13.05.15
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みなさん、『波間の国のファウスト』小説版はもうよみましたか?
発売したてほやほや☆で超いそがしいはずの著者・佐藤心さんに、
ぼんちゃんの飼い主・村上くんが対談しちゃいましたよ!
ゲームも小説も、できあがるまでにいろいろあったんですね……。
もうよんだ人にも、まだの人にも、おもしろい話がたくさんです♪
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├○ 今【1】佐藤心+村上裕一対談       [第1回]
│  回             
├○ の【2】梵天レビューシリーズ       [第5回]
│  目
├○ 次【3】編集後記(ぼんちゃんのお部屋)
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 【1】『波間の国のファウスト:EINSATZ 
     天空のスリーピングビューティ』 刊行記念
    佐藤心+村上裕一対談           [第1回]
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ゼロ年代初頭に「オートマティズムが機能する」で美少女ゲーム批
評を牽引した佐藤心は、10年代初頭に今度は実作者として美少女
ゲームを刷新しはじめる。2010年の『風ヶ原学園スパイ部っ!』
(Sputnik)につづいてシナリオを担当した2012年の
『波間の国のファウスト』(bitterdrop)は、経済をテー
マとした異色の社会派作品としてその名を歴史に刻んだ。そんな
『ファウスト』の佐藤自身の手によるノベライズ『波間の国のファ
ウスト:EINSATZ 天空のスリーピング』が、この5月に講
社BOXから上梓された。新ヒロインとともに描かれるのは、ゲ
ム版の前日譚。律也と白亜が再開する以前の物語。そこで『める
がbonet』では、ノベル版の編集にも携わった批評家・村上
一と、佐藤心との対談を敢行した。ノベル版のコンセプトから制
の裏側まで、その立ちあげから共闘してきた2人だからこそ語れ
ディープな対話をご堪能いただきたい。

■ゲーム『波間の国のファウスト』あらすじ

経済の楽園とも言われる直島経済特区。そこは世界中の資本が集ま
る島であり、またそれを運用するプロフェッショナルを育成する学
園都市でもあった。特区出身の結城律也は、ロンドンの名門ファン
ドたるストラスバーグ・エリクソン・ロバーツでキャリアを積んだ
後、特区のファンド・マネージャーの頂点争い「ハゲタカ試験」に
挑戦するために、三年ぶりに戻ってきた。だが、そこで争う猛者た
ちというのはかつての仲間たちであり、そして特区に君臨する現ハ
ゲタカは、幼なじみの渚坂白亜であった――。

■小説『波間の国のファウスト:EINSATZ 天空のスリーピ
ングビューティ』あらすじ

特区最強のファンド会社クロノス・インベストメントが社長直属の
戦略投資室を設置するという話を聞いて、世界中から腕に覚えのあ
るエリートたちが集結した。しかしその裏には、現ハゲタカである
白亜を失脚させようというクロノス副会長ヘンリー・ストラウスの
陰謀が蠢いていた。一方、破綻の危機に直面したユーライアス社は、
懐刀である乾朱光をクロノスに送り込み一発逆転を狙おうとしてい
る。白亜、ヘンリー、そしてユーライアスの三つどもえの戦いは、
いつしか世界最高のトレーダーの1人であるピーター・エリクソン
を迎え、全世界を巻き込んだディールへと発展する――。

■キャラクター紹介

○渚坂白亜(なぎさか・はくあ)
クロノス・インベストメント会長。通称「ハゲタカ」。ゲームの主
人公である結城律也とは幼なじみの間柄。律也の姉であるリコに憧
れて、彼女を目指す形で特区のファンド・マネージャーの頂点たる
「ハゲタカ」の地位に上り詰める。

○乾朱光(いぬい・すぴか)
ヴァルゴ社に所属する天才ファンドマネージャー。LTCMという
理論に基づいた運用を行う。ユーライアス社の社長令嬢。病弱なの
で車椅子に乗っている。姉妹のような関係性の黒木司とは、ファン
ド運用におけるパートナー関係にある。

○林康臣(はやし・やすおみ)
ユーライアス社社長。創業事業だったソフトウェア産業の不振によっ
て、債権者のクロノスから事業整理を求められ、窮地に陥っている。

○ケビン・ポールソン 
ポールソン&トレードのファンド・マネージャー。今回の事件によっ
て白亜とタッグを組むこととなり、ゲーム本編では片腕として働く。

○滝沢和彦(たきざわ・かずひこ)
前直島銀行頭取。好々爺らしい態度を崩さないが、裏には冷徹な計
算が張り巡らされた、特区の実力者。

○綴カナタ(つづり・かなた)
本土を統治する中央組織「経済安定化理事会」から派遣された特区
顧問。圧倒的な権力を有し、事件の背後から様々な計略をめぐらせ
ていたが、ゲームでは後半までその正体を隠し、学院の生徒という
体で律也のアシスタントとして働いていた。性別不明。

○ピーター・エリクソン 
ストラスバーグ・エリクソン・ロバーツの共同会長。金融資本主義
の黎明期にトレーダーとして名を馳せたが、近年はエクササイズツ
ール「トレーダーズ・ブート・キャンプ」の成功で世界的な評価を
得ている。

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 「経済特区と本土の狭間で」(1)
                     佐藤心×村上裕一
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■ゲームの成り立ち

村上 この度は刊行おめでとうございます。そもそも本作はPCゲー
ム『波間の国のファウスト』が原作になっているわけですが、その
企画の成り立ちから考えると、本当に長い道のりでしたね。
 
佐藤 ありがとうございます。Twitterなどでも言っていま
すが、村上さんのご尽力あってのことですよ。振り返ってみると、
この『ファウスト』という企画が始まったのは東日本大震災の前後
でした。確か村上さんの『ゴーストの条件』が刊行されて、入れ替
わるように企画がスタートしたんですよね。村上さんがゴールして
肩の荷を降ろしたばかりで、まだ疲弊されていた頃と思います。僕
はまだぴんぴんしていて(笑)、その体力比を鮮明に覚えています。

村上 懐かしいですね。共通の友人でbitterdrop広報の
ちくりんくんから「新作ゲームでは佐藤心さんがシナリオを書いて
いるんですよ」と聞かされ、ぜひ会わせて欲しいとお願いしたのが
はじめてお会いしたきっかけでした。あのとき、佐藤さんは腕を吊
りながら現れましたよね(笑)。

佐藤 『ファウスト』の前作である『風ヶ原学園スパイ部っ!』を
制作している最中ですね。その頃、2度も骨を折る間抜けな怪我を
していました(笑)。

村上 それからよく一緒にご飯を食べるようになり、僕の地元の焼
肉屋でまだ経済特区のような構想がなかった頃の『ファウスト』の
話をしたのを覚えています。『スパイ部っ!』が学園ものだったの
で、そこから新機軸を打ち出すために今度は経済ものにしようと。
 
佐藤 あの頃はまだ『ファウスト』にいろんな可能性がありました
ね。生徒一人ひとりが起業家で、学校側がベンチャーキャピタル的
にそれを支援するという、『クラブサンデー』で連載中の『市場ク
ロガネは稼ぎたい』みたいな方向性の企画も。その頃の企画名は確
か「一部上場学園(仮)」でした。
 
村上 「一部上場学園」ありましたね! 僕も話しながら『蓬莱学
園』のことを思い出していた気がします。学内でのみ使える貨幣が
流通しているような。そういった作品をインスパイアするのが面白
そう、ということですね。
 
佐藤 複数の可能性を模索しつつ、最後は開発室のある言語社内で
企画合宿をやり、金融もの、NHKドラマにもなった『ハゲタカ』
もの……というふうに方向性が集約されていきました。
 
■学園のハゲタカ

村上 『ハゲタカ』の方向にまとまった決め手は何だったんですか?
 
佐藤 『市場クロガネは稼ぎたい』に近かった頃は、もっと学園要
素が強かったんです。直島経済特区のような社会性がなく、学園も
のに押し込むことである種ライトノベル的なもの、エロゲーで言え
ば「萌えゲー」のテイストがだいぶ残っていました。しかしやはり、
お金が絡むからには強靱なリアリティが必要だろうということで、
最終的に『ハゲタカ』の方向に持っていきました。

村上 学園ラブコメの路線だとリアリティが足りないから、ハード
でシリアスな方向にいこうと?
 
佐藤 お金が絡んでいるのにラノベ・萌えゲー的に描くとユーザー
に見透かされるのではないか、という意見が徐々に社内からわき上
がってきたんです。そこで、いわゆる経済小説的なリアルさを込め
つつ、バランスを取るかたちで、美少女キャラが君臨するハゲタカ
ファンド、それが経済特区でもっともブリリアントな企業で……と
いった荒唐無稽な要素を肉づけしていきました。チャレンジングだ
なと思いつつ、話を進めていくうちに企画の扱い方が見えてきまし
た。
 一方、そもそもあった「学園」をどう使うのかについては、ゲー
ム版の序章にあたる部分を書いているときは決まっていなかったん
です。書きながらリアリティを追求していった結果、卒業済みとい
うことにしようと決めました。とはいえビジネスを動かして上場企
業を経営しているのに制服を着ている(笑)。これは突っ込まれる
点になるのではないかと制作当初はハラハラしていました。

村上 最終的に、各企業・組織を背負ったキャラクターによる抗争
という展開を見せる際に、制服は組織のトレードマークにも思える
ので、ユーザーも受け入れやすいんじゃないですかね。

佐藤 心配する傍ら、作品に没入したら当たり前のものとして受け
入れてもらえるという読みは確かにありました。特にノベルゲーム
という媒体はフィクションとしての自然さを提供しやすいですしね。

■金融界への入り口
 
村上 マネー・金融ものの作品というのは、他の作品とはまた異なっ
た独特の調整が必要だと思うのですが、そのあたりにどういう注意
をされたのでしょうか。
 
佐藤 お話が進むにつれて扱う金額の単位が膨れ上がっていくよう
にしました。序盤から億単位の金額が登場すると、日常との距離が
大きくて違和感を生むだろうと思ったんです。だから最初は100
万円規模からスタートし、つぐみの今川焼き屋に投資するエピソー
ドになっています。プロット会議では、主人公が「経済特区を買い
叩く」といっておきながら、最初のビジネスが今川焼き屋かよと賛
否両論ありましたけど(笑)。
 
村上 僕は、序章で律也が開業するシーンが印象に残っていますね。
白亜の仕切りでオフィスを借りるところにこぎつけるわけですが、
これから物語が始まっていくんだなというわくわく感がありました。
 他方、単なる金融ドラマではなく、いわゆる美少女ゲームの本流
としての人間ドラマも中心的なモチーフだと思います。共同体や、
子どもの頃の思い出が重要なファクターで、これとの軋轢や希求と
いったある種の「Key」的なモチーフがありつつ、裏にはマネー
ゲームのリアリズムがある。このことによって、社会と個人の関係
に独特のバランスが働いた、他にはないタイプのゲームになってい
たかなと思います。

佐藤 それはうれしい感想です。恋愛の三角関係といった人間関係
のバトルなりコンフリクトなりをトラウマに落とし込む話は、僕に
とって得意なモチーフではなかったのですが、これを経済バトルに
落とし込むことによってうまく書けたところがあると思っているん
です。第2章で、白亜と凪が言い争うシーンも、ビジネスの進行と
いう別ラインがあるおかげか筆が走って、書いていても楽しかっ
た(笑)。
 こういう風に、実際にシナリオを書きながら確立していったおぼ
ろげな方法論があるんですよ。たとえば、普通の経済小説は最初か
らシリアスな部分を見せてもOKですが、エロゲーやノベルゲーム
は我々の住む世界とは違う世界で、そこには敷居や段差、ないしは
温度差のようなものがあって、しかもそうした別世界にプレイヤー
をうまく没入させなければいけない。僕にとってそのための仕掛け
が、キャラの掛け合いが作り出すコミカルな空気感なんですね。
 
村上 序章では、滝沢と律也が話している後ろで白亜が隠れている
というシーンがあります。彼女がいない体で話が進むわけですが、
あることないこと言いたい放題の滝沢に紙飛行機などで白亜が抗議
するシーンは非常に軽快で、あそこを見てぐっと物語に入れた気が
します。

佐藤 そういうコミカル描写でプレイヤーに親近感を覚えさせ、作
品世界にスルっと招き入れることが僕は大事だと思っています。
 またこうしたコミカル描写は、「このキャラクターはどんなキャ
ラクターなのか」ということを提示するのにうってつけなんです。
言い方を変えると、一度そのキャラのキャラ性を提示しておけば、
後の展開でそう何度もコミカル描写を挟まなくてもよくなる。小さ
なコミュニケーションを丁寧に積み上げていく、従来のエロゲーと
は真逆の方法論ですが、物語の面白さを追求していった結果、シン
プルなドラマツルギーに近づいていったという気もします。
 
村上 細やかな配慮のもとにキャラクターが登場していたんですね。
このあたりの流れはノベルスフィア版デモ
(http://novelsphere.jp/ns00000039)でも見ることができるので、
ぜひ見てもらいたいですね。

■ノベライズの世界観
 
村上 今回のノベライズは、ゲーム本編の前日譚にあたるものです。
ところが本編に入りきらなかったエピソードとしてではなく、本編
を下敷きにして新たに書かれた点がミソなのかなと思います。作り
方としては少しねじれていますが、現在を前提にして書かれるべき
過去が描かれた、とでも言いましょうか。
 
佐藤 ゲーム本編から派生するやり方はいくつかあったと思うんで
すが、読み応えのある物語を切り出すとしたら、僕には3つの方針
がありました。1つめは今回小説化した前日譚。2つめはゲームの
主人公・結城律也が研修先のロンドンにいた頃の話。3つめはゲー
ム本編が終わった後の、いわば「完結編」とでも呼べるようなお話
です。
 というのも、『ファウスト』本編には綺麗なオチがついたと僕は
思っているんですが、それは5人の幼なじみと直島経済特区という
限定的なフィールド、人間関係におけるピリオドであって、それ自
体は当初のプロットどおりなのですが、物語上ではよくも悪くも若
干のズレが生じてしまいました。
 それはロイ・ストラスバーグという、律也にとってメンター(師
匠)にあたる人物に関することです。ロイは、腕利きの金融マンに
なるきっかけなど、さまざまなものを主人公に与えた一種のメフィ
ストフェレス的存在。律也のバックグラウンドにリアリティを追求
した結果、立ち絵が1枚もないにもかかわらず、ロイの存在がすご
く大きくなってしまった。億単位の金を動かすような人間がただの
スーパーマンであるわけがないと、経済というテーマにきちんと向
き合った結果かもしれません。いずれにしても、エロゲーやラノベ
などのオタク文化全般においてオミットされがちな、父的な要素が
ひょいっと滑り込んでしまったんです。

村上 オタク文化全般では、父の権威よりは母の重力の方が効いて
いる……という感じでしょうかね。それこそ初期のKey系ゲーム
では両親自体が不在だったりしますし、親が登場しても母の方が出
てくることが多かったですね。かたやストラスバーグはまさに「生
きている父」でしょうから、こういう構図は描きにくいのかもしれ
ません。
 
佐藤 経済世界をヒエラルキーとして捉えれば、そこはサーキット
式に成り立っていますし、短期間で上昇しようとすれば、どこかで
何かしらのチート――ズルという意味ばかりでなく、人との出会い
や偶然といった運も含む――を挟ませなければなりません。そうし
たチートの代表例は「お金持ちのヒロインとの出会い」であり、平
民ポジションにいる主人公を「歴戦のバイト戦士」と設定すること
なのでしょうが、今回はそうしたモチーフを選ぶことは却下しまし
た。「できる主人公」と、自分なりに納得のいくリアリティ双方の
バランスをとろうとしたと言ってもよいのですが、おかげでロイと
律也の関係は『ファウスト』本編の影として存在感を濃くしてしまっ
たということなのです。

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 【2】梵天レビューシリーズ           [第5回]
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佐藤心+村上裕一対談でも言及されている通り、本格経済ゲーム/
ベルである『波間の国のファウスト』はその企画立ち上げ時に、
くつもの先行する経済ものを参照し、その乗り越えの意志によっ
練り上げられている。そこで『めるまがbonet』第17号と
第18号では、そのなかでも殊更重要かつ著名な『ハゲタカ』の小
説版および映像版のレビューを掲載してゆく。同時に、第16号ま
インタビューを掲載していたマルチアーティスト・ノッツのマン
/音楽作品のレビューも併載するので、それぞれのサブテキスト
として楽しんでほしい。