弱いなら弱いままで。
まだAmazonで入手できるはずだからぜひ読んでもらいたいのだが、こうの史代が『わしズム』に書き下ろした「古い女」は凄い作品だった。ちらしの裏にそのまま描くという実験的手法と、あくまでも男たちの影のように生きる「古い女」の不気味さがひしひしと迫る、恐るべき傑作である。わずか数ページの掌編ながら、そこには圧倒的な漫画的圧力が横溢していたように思う。
『長い道』はそのこうの史代による夫婦漫画の秀作。ひとこと、素晴らしい。いいかげんな親の約束で、だめ男の荘介と結婚させられることになった道。なぜかあっさりとその境涯を受け容れた彼女は、荘介とふたり、貧乏暮らしを愉しむように、和やかな日々を過ごしていく。
二重苦、三重苦どころか十重苦くらい背負っただめ男の荘介だが、次第にかれの抱えた寂しさと不器用な優しさがあきらかになってくる。大人の目から見ればまま事のような、形ばかりの結婚生活。しかし、いつしかそこに穏やかな恋が芽吹きはじめる。路傍に咲いたたんぽぽのような小さな恋。それはなんともいえないあたたかさで読者の心に灯をともす。
作者はあとがきでこう書く。「貴方の心の、現実の華やかな思い出の谷間に、偽物のおかしな恋が小さく居座りますように」。しかし、この「偽物の恋」の、なんといとおしく胸に迫ってくることだろう。漫画という表現の不思議さ。少しも派手なところはないのに、胸に染み入るような情感は本物なのだ。
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