弱いなら弱いままで。
官能小説という言葉には、いかにも古めかしいひびきがある。ネットで検索すればあっというまに無修正のアダルトムービーまでたどり着けるいまでは、その手のものを読むのは一部の物好きな読者ばかりだろう。
おそらく主な読者層は40代とか50代、少なくとも若者が好んで読むものではないことは間違いない。しかし、今回はそれを承知の上で一作の小説を紹介したい。花房観音『花祀り』。ある狂乱のセックスの祭典を描いた、王道の官能小説である。ぼくが最も好きなタイプの小説だ。
ぼくはこういうひとの濃密な情念を描いた物語が好きでならない。結局、「理」か「情」かといわれれば確実に「情」の人間である。冷ややかな「理」の世界にあこがれもするが、どうしても「情」を捨てることはできない。だからひとの「情」を描いた物語に惹かれるのだ。
物語は、都内で和菓子教室を主催している桂木美乃が、ひそかに想い焦がれる生徒の由芽に結婚の話を聞かされるところから始まる。かつて幾人もの男たちに犯され穢された身である自分とは対照的に、清純で美しい由芽にひそかな羨望と劣等感を覚えていた美乃は、彼女が結婚してつまらない男の妻となって花を枯らすことは許せないと考える。
そして、かつて自分を育て上げた師である松ヶ崎藤吉に連絡をとり、由芽をさらって監禁し、陵辱の限りを尽くそうとするのだった。まさに典型的な官能小説のプロットであり、ある種のなつかしさすら感じる。
王道といえば王道、ありがちといえばありがち、とにかくプロットそのものには格別の独創は見られない。あえていうなら、京菓子の世界を舞台に選んだところに作者の繊細な感性が見て取れるだろうか。
官能小説は、その名のとおり、ひとの五感を描く小説である。セックスの際の複雑で肉体的な快楽と苦痛を、いかに言葉だけで再現して見せるかが腕の見せ所といえる。その五感には味覚も含まれる。
だから、作者が和菓子業界を背景に選んだことは、ある意味では自然なことなのだ。和菓子の陰影に富んだ味わいを描写するのも、精液の苦い味を描写するのも、作家にとっては同じことなのだから。
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