弱いなら弱いままで。
森薫が綴るエキゾチック群像絵巻『乙嫁語り』第五巻である。相変わらず素晴らしいクオリティ。もはや感嘆の言葉もなく、ひたすらに読み耽り物語宇宙へ没頭するのみ。読んでいるあいだは遠く現代日本を離れ、百数十年の時を遡って十九世紀中央アジアへ時間旅行できる魔法の本である。
話は前巻からそのまま続いている。偶然にもその場に居合わせることになった医師スミスの視点を通して、双子の姉妹の結婚式が描写される。微に入り細を穿ち式のようすを描きだす森の筆の精密なこと。少なくとも素人目にはおそろしく良く調べて描いているように見える。
じっさいには物語は少しも進展していないのだが、衣装や食料といった細部への偏執的執着が限りなくリアリティを高め、読んでいてまったく退屈しない。ほんとうにその結婚式に参列しているようにすら思えるのだ。
この作家はいつからこれほど秀抜な技巧を使いこなすようになったのだろう。ひとつひとつの繊細な描写が積み上げ続けられるうち、やがて一個の「異世界」が立ち上がってくる。それはいまのぼくが生きているこの時代とはかけ離れた常識、風俗、習慣を持ちながら、しかしどこかで同じ精神を抱えた人々が生きる世界だ。
どれほど常識が異なっていても、親が子を愛し、子が親を慕うことにはなんの変わりもない。森はそこらへんの人情の機微をじつに巧みに描き抜いている。今巻で描かれる双子の結婚式にしても、往年の日本映画でも思わせるところがある。もちろん、その描写は日本の結婚式とはまったく違うのだが、子を嫁に出す親の心、ほかの家へ嫁ぐ娘の気もちには相通じるものがあるのだろう。
圧倒的技巧と卓抜なストーリーテリングの幸福な結婚。結果、生まれたものはいま、ほかに類を見ない壮麗な物語である。特に派手な展開があるわけではないが、何気ない日常の風景のいちいちに魂が宿っている。
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