弱いなら弱いままで。
牢獄! 男は19年を空費した。飢えた姪子のため盗んだひと切れのパン、それが運命を変えたのだ。いのちの価値すら認められず、奴僕として使役される生き地獄の日々。やがて解放の時が訪れたものの、「仮釈放」の身に世間は冷たく、満足に暮らすことはおぼつかなかった。
ある日、男はひとりの神父に招かれ、温かい食事を与えられる。しかしその夜、かれは神父の銀食器を盗み出して捕らえられる。ふたたび牢獄に舞い戻る運命かと思いきや、神父は「それはわたしが与えたものだ」と警官たちに告げるのだった。初めてふれるひとの真心! 男は雷霆をくらった思いで改心を誓う。男の名はジャン・バルジャン。長い長い物語が始まる――。
トム・フーパー監督『レ・ミゼラブル』は同名の劇を映像化した傑作ミュージカル映画だ。物語は音楽に始まり、音楽に終わる。全編、歌、歌、歌。絶望も、希望も、恋情も、憎悪も、すべては歌に乗せて語られる。
囚人たちが荒ぶる波のなか船をひく圧巻の冒頭に始まり、革命の夢が無残に砕け散る終幕まで、音楽の魅力が映画を覆い尽くしている。素晴らしい映画であった。未見の方には文句なしに視聴をお奨めする。
あなたが偉大と称されるにふさわしい物語を見たいのなら、『レ・ミゼラブル』を見るべきだ。そこには百数十年の風雪に耐え抜いた強靭な骨格がある。それに肉付けするのは名匠の手による卓抜な演出と、俳優陣による表現力豊かな歌だ。いずれも圧倒的なクオリティで、見ているうちに激動の19世紀フランスへと旅するかにすら思われる。
プロットの主幹は「法の正義」を巡るふたりの男の戦いだ。一方はジャン・バルジャン。法の裁きによって人生を奪われ、法から逃れて自由を探す男。他方はジャベール。法を信じ、法を愛し、法に逆らう者すべてを悪と決めつける警官。
追う者と追われる者。法に背いた男と、法の番人。その対立関係が物語を力強く駆動する。ジャン・バルジャンはその名を捨て、別人となって生きようとするが、ジャベールの鋭い目がかれの正体を見抜く。また、ジャン・バルジャンは正義のためしばしば自ら正体を晒さざるをえない展開に至る。ひとたび善のために生きると誓った身に欺瞞は許されないのだ。
追うジャベール。追われるジャン・バルジャン。その逃亡追跡劇は緊迫の度を増しつつ終始、続いてゆく。一見するとジャベールは悪役のようだが、必ずしもそうではない。ふたりともに神に忠誠を誓う身。しかし、その献身の方法が違うために対決しなければならないのである。
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