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飛浩隆『ラギッド・ガール』を読みかえす。(2074文字)
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飛浩隆『ラギッド・ガール』を読みかえす。(2074文字)

2013-07-23 03:21
    ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

     ふと思い立ち、飛浩隆の『ラギッド・ガール』を読み返しはじめたら、すっかり読み耽ってしまった。美しく、濃厚で、そしてひどく危険な短篇集だ。おそらくゼロ年代の日本SFが産出した最高の作品集だろう。

     『廃園の天使』シリーズの第二弾に相当するが、第一弾『グラン・ヴァカンス』を読んでいなくても大きな問題はない。ここから入り、さかのぼって前作を読む手もある。

     その前作も大した傑作だったが、この本に収録された作品群はいずれも珠玉としかいいようがない。出色の出来である。

     陳腐な形容であることは自覚している。しかし、ぼくの貧弱な語彙のケースには、ほかに適切な言葉が入っていない。珠玉、それもおそらくは紅玉の煌めきを宿した作品群。

     作者の配列に従順に読みはじめた読者は、まず「夏の硝視体(グラス・アイ)」からこの世界に入り込むだろう。そしてそこで一千年にわたって時が停まった〈夏の区界〉と出逢うことになる。

     主人公は〈区界〉の住人のひとり、人工知能の少女ジュリー・ブランタン。『グラン・ヴァカンス』を読み込んだ向きにはおなじみのキャラクターだ。

     読者はジュリーの暑い夏の一日を体験するだろう(もちろん、〈夏の区界〉はいつでも夏)。異様な官能と苦痛に満ちみちたものがたり。読むほどに快楽と苦痛が神経をゆさぶる。

     しかし、それすら序の口だ。続いて早くも表題作『ラギッド・ガール』が姿をみせる。これこそ至高の短編である。十年に一度の傑作、という、大抵のばあいは誇大な評価が、この作品に対しては適切だろう。

     この作品で、読者は『グラン・ヴァカンス』ではついに目にすることがなかった「現実世界」へ足を踏み入れる。ようやく仮想リゾートの「外」が描かれることになるわけだ。待ちに待ったごちそう。

     しかし、それにしてもこれは、何という短編であることだろう! 隅から隅まですべてが一々贅沢。極上。そして美々しくも醜悪な一編だ。

     現代の最先端を往くハード・サイエンス・フィクションでありながら、文体の手ざわりはどこまでも滑らか、昔日の文豪による傑作小説さながら。

     そしてその、どこをとっても「ラギッド(でこぼこ)」なところひとつない花やかな文体で綴られるのは、深刻な「恐怖」のものがたりだ。世界でいちばんラギッドな娘がここで登場する。現実世界と仮想空間を制圧する恐怖のタイラント。

     読者はここで初めて『グラン・ヴァカンス』の作者があの素晴らしい長編をも乗り越え、その恐るべき天才を十全に発揮しつくしたことを知るだろう。

     「ラギッド・ガール」。ひとりの「積極的に醜い」ヒロインが、ものがたりの世界全体を支配する。

     続く「クローゼット」は「ラギッド・ガール」と対になる作品。ここでもまた、恐怖と切実さと残酷趣味に満ちた狂おしいものがたりが、絢爛にくりひろげられる。

     花やかな文体はいっそう冴えわたり、恐怖はいっそう深甚と読者へ押しよせる。もちろん作者の周到な計算のうちだろうが、「ラギッド・ガール」も「クローゼット」も、最上の恐怖小説だといえる。そこらの怪物たちが泡をくって逃げだすような、ほんとうに甘美な恐怖がここにはある。

     
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