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お金をかけず幸せに暮らすためには、技術が必要だ。
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お金をかけず幸せに暮らすためには、技術が必要だ。

2015-05-24 02:37
    持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない

     日本一有名なニートとしてしられるPhaさんの新刊が出るそうで、クリスマスまでの日を数える子供のように楽しみに待っている。

     タイトルは「持たない幸福論」、26日発売だとか。

     26日になったら即座にKindleで落とそう。まったく便利な世の中である。

     で、そのPhaさんが「お金がないと幸せになれないのか」という記事を書いている。


     もちろん、イエスかノーでシンプルに答えられる問題ではないのだけれど、Phaさんのアンサーはイエスに近いようだ。

     ぼくとしては「ある程度は収入があったほうが幸せになりやすい」と答えたい。

     やっぱりいまの時代、大半の人間は社会のなかで生きているのだし、その社会で通用する通貨をたくさん持っているといろいろ便利ではある。

     お金がたくさんあれば幸福というものではないことは諸々の調査があきらかにしているが、そうかといって極端な貧乏もやはり辛いものがある。

     昔、「清貧の思想」と題する本がベストセラーになったが、清貧とはなかなかむずかしいもので、やはり大抵の貧乏はただ貧しいだけなのである。

     ただ、貧乏が即座に不幸かというと、必ずしもそうではないらしいこともたくさんの証言がある。

     また、現代日本のような社会インフラがきわめて高度に整備された社会における貧乏は、そうでない社会における貧乏とはまた性格が違っているだろう。

     「貧乏」が即座に「貧困」ではないのだ。

     『貧乏は幸せのはじまり』というなかなか面白い本があって、そのなかには赤貧の有名人のエピソードがいくつも出て来る。

     ほほえましく読めるものもあれば、読んでいるほうが辛くなってくるものもあるのだが、それらを読んでいるとたしかに裕福さと幸不幸は関係ないのだな、と思えて来る。

     すべてはその人の内面の問題。

     もちろん、そうはいっても、凡人にとって貧乏は楽ではない。

     凡人は、それが可能であるならおとなしく一定のお金がある生活を送ったほうがいいだろう。

     ただ、最低限の収入でもなかなか楽しそうに暮らしている人たちがいることは事実だ。

     社会の整備が進んだ上に、いろいろなものが極端に安価で入手できるようになった昨今、「貧しいが楽しい暮らし」を送ることは以前より容易になって来ている。

     というか、 
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