奴隷と聞くと鎖につながれ鞭打たれて肉体労働を強いられるイメージがあるが、実際にはそれは一部のケースであり、高度な専門職に就き尊敬を集めた奴隷も多い。古代ローマ帝国では教師や医師、会計士にはギリシア人奴隷が充てられ、行政組織も下級官吏は奴隷であった。

教育を受けた奴隷は高値で売れるため奴隷に教育を受けさせ利益を得ていたローマ人もいる。また家庭教師は家族と同じ扱いを受け、子供に体罰を加えることも許された。貴族の子供と奴隷の子供が一緒に教育を受け一緒に育てられたケースもある。

だが過酷な状況に置かれていなくとも奴隷は奴隷であるから自己決定権はない。ご主人様の命令通りに動くしかなく、自分の人生を自分で決めることは出来ない。つまり奴隷であるかないかは自分の生き方を自分で決められるかどうかにある。だから奴隷は解放される日を夢見て一心不乱にご主人様に尽くすのである。

27日に行われた日米首脳会談のニュースを見たら、事前から予想した通りトランプ様の言いなりにさせられた安倍総理の姿があった。その安倍総理が会談後の記者会見で最も強調したのは「TAGはFTAではない」である。これは国民に対する「騙し」である。

トランプ政権はオバマ政権が進めたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を否定して日米FTA(自由貿易協定)を求めていた。TPPは多国間の貿易協定だがFTAは二国間の貿易協定である。安倍政権が日米首脳会談で合意したTAG(物品貿易協定)は二国間協議であるから限りなくFTAに近い。それを「違う」と強調して見せるところに「騙し」がある。

その結果、日本は自動車関税を上げるという脅しに屈し農産物の関税引き下げに応ずることになった。一応、TPPの交渉での最低ライン9%を守ると日本側は主張するが、米国はそれを「リスペクトする」と言うだけだ。「リスペクト」とは何か。「わかりました」ということではない。「念頭に置く」ということである。

米国がトランプの言うように自動車関税を25%に引き上げれば日本車の価格は高騰する。それでも日本車を買いたがる米国人がいれば日本は打撃を受けない。米国の消費者が損するだけだ。しかし売れなくなると思うから日本は脅しに屈した。

いったん脅しに屈すれば脅す方は脅しのうまみを知り次々に脅しをかけてくる。脅しが止まることはなく、米国は自動車関税引き上げの脅しをかけ続け、あらゆる交渉を有利に運ぼうとすることになる。

トランプの本音は自動車関税引き上げではない。米国で日本企業の自動車生産を増やし米国人の雇用を増大させることである。脅しに屈した以上そちらにずるずる引きずられる。その分だけ日本国内の生産と雇用は減少する。

そして問題なのは自動車関税の脅しで農産物の関税引き下げを飲まされたことである。その結果、日本の食料自給率を低下させることになれば、日本人は自分たちの生き方を自分たちで決められなくなる。つまり自己決定権を失う。

食料自給は安全保障上最も重要である。食料を外国に頼れば、日本の自立は困難になり、外国の命令通りに動かされる。昨年度の日本の食料自給率は先進国中最低の38%である。島国のイギリスが63%、山国のスイスでも51%ある。ドイツは90%以上の自給率を誇っている。低いのは唯一韓国の39%である。

韓国と日本には安全保障で米国に従属しているという共通項があり、日韓二国の食料自給率が低いというのも意味がありそうだ。今回、韓国はFTAで米国に譲歩したが、それは朝鮮戦争の終結に米国の協力を得たいがためで、戦争が終結すれば朝鮮半島全体の経済的躍進が実現する可能性がある。そのための譲歩は将来にとって意味のある譲歩である。

しかし安倍政権が車の脅しによって食料を譲歩してもそれによって得られる利益はない。食料自給率が低下すればただ自立から遠ざかるだけの話である。車の脅しで食料を譲歩することほど愚かな話はないが、安倍総理はその道を歩み出した。奴隷への道である。

米国の先住民族が白人によって絶滅に近い形に追いやられたのは食料の生産能力を奪われたからである。白人は先住民族を居留地に囲い込んで食料生産能力を奪い、代わりに白人が提供する食料に依存させた。そして白人の命令に従わない先住民族には食料支援を止めると脅す。反抗する者は容赦なく殺した。

米国の白人文化が作るのは、彼らの考える劣等民族から食料生産能力を奪って服従させる歴史である。米西戦争によってフィリピンを植民地にすると、食料よりも米国が必要とするマニラ麻などに農業の主力を注がせ、食料自給能力を低いままにした。

第二次大戦後に米国の信託統治領になったパラオを取材したことがあるが、若者が打ち明けてくれた苦悩は、米国が大量の食料を送ってくるため島民が農業をしなくなったことだという。これでは米国から自立できなくなる。戦前統治した日本の方が農業を奨励してくれて良かったと若者は言った。

そして私が愕然としたのは1981年に米国の元農務次官を取材した時である。彼は全米最大の精米会社の社長に天下りしていたが、当時の米国は自分達が食べないのに水田面積を増やしコメを増産していた。

理由を聞くと、欧州の子供たちにコメを食べさせるのだと言う。戦後の日本人にパンを食べさせることに成功したから二匹目の泥鰌を狙うのだと言った。

米国はスイスのチューリッヒに宣伝本部を置き、「コメは完全栄養食品だ!子供の健康にはコメを!」という標語を全欧州に広めようとしていた。ライスピザとかライスパスタとかのレシピも用意された。私の世代は学校給食でパンと脱脂粉乳を食べさせられて育った。敗戦後の食料難時代に米国の好意でパンと脱脂粉乳が与えられたと思っていたが、元農務次官の話は違っていた。

米国は日本人をコメからパン食に変えて米国の農産物に依存させる遠大な計画を持っていた。子供のうちから覚えた味は年を取っても忘れない。だから学校給食で我々にパン食を覚えさせた。

それがあまりにうまく成功したので、イタリア南部とスペインでしかコメを作っていない欧州にコメを輸出するため、欧州の子供たちをコメ食に変えようとしていたのである。その宣伝文句が「コメは完全栄養食品」だった。

コメ(玄米)は確かに完全栄養食品で副食を食べなくとも栄養失調にならない。逆に小麦は不完全栄養食品なので副食を必要とする。従ってコメを食う民族がパン食になることはないが、例外が戦後の日本だというのだ。

私たちは子供の頃「コメを食うと馬鹿になる」とか「脚気になる」と学校の先生から教えられた。それは米国が作り出したパン食普及の宣伝文句だったことに気づかされた。米国の占領政策とその延長にある日本隷属化のからくりは我々の学校給食から始まっていたことになる。

それは米大陸にやって来た白人が先住民族への対処を始めた時代から変わっていないのだ。しかし当時の米国は日本に対しコメの輸入を求めてはいなかった。東西冷戦が終わっていない時代だったから自民党の票田である農村を痛めつけない方が米国にとって得策と思われたからだ。

ところが1986年に中曽根総理がダブル選挙で圧勝し、「我が自民党は都市部の若者にも支持を広げた」と演説したとたん、米国通商代表部は日本にコメ輸入を強く迫ってきた。日本はコメを輸入せざるを得なくなって今日に至っている。今回の要求の目玉は牛肉や豚肉でそれは中間選挙を意識したものだが、いずれ必ずコメの輸入拡大も迫ってくるはずだ。

自動車関税の引き上げという脅しに簡単に屈した以上、米国は次々に要求を積み上げ、安倍政権はずるずる後ろに下がらざるを得なくなる。それは日米首脳会談が始まる前から予想できた。北朝鮮の金正恩と異なり、対等の立場に立てずに「すり寄り」だけの安倍総理をトランプは見くびっている。見くびっているから余裕で安倍総理を持ち上げて見せる。

自民党総裁選挙で斎藤健農水相が安倍陣営から受けた「圧力」を暴露した時、私は斎藤氏が日米首脳会談後の農水省が苦しい立場になることを予想し、そうした方向に導いた安倍総理に憤り、辞める覚悟で暴露をしたと思った。そして安倍総理には譲歩以外の選択肢はなく、あとは譲歩したことを国民に気づかせない「騙し」をどうやるかだと思って見ていた。

「騙し」は「TAG」という言葉だった。その言葉に対する霞が関の反応をニュースで見ると「聞いたことがない」とか「新語だな」とか冷淡なものが多かった。いつもなら総理に服従するはずの官僚のこの冷たさは、安倍総理の外交がもはや支持できないところまで来ていることを物語る。

それもそのはずである。国民を騙して日本を奴隷の道に進ませる政権であることがいよいよはっきりしてきたのだから。


■《戊戌田中塾》のお知らせ(11月27日 19時〜)

田中良紹塾長が主宰する《戊戌田中塾》が11月27日(火)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!

【日時】
2018年11月27日(火) 19時〜 (開場18時30分)

【会場】
第1部会場:神保町駅前会議室 会議室
東京都千代田区神田神保町2-7 芳賀書店ビル5階
都営地下鉄・東京メトロ神保町A1出口から徒歩1分
※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。

【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。
懇親会:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。

【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分

【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、お申し込み下さい。
(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)

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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧


<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

 TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。