• このエントリーをはてなブックマークに追加

ハックルベリーに会いに行く

ブロマガ

  • 野球道とは負けることと見つけたり:その58(2,004字)

    蔦文也は長い間、池田高校の監督として甲子園に行けなかった。1952年に監督になり、1971年にようやく行けたので、丸19年行けなかった。20年目でようやく悲願を達成した。 その間、一つの知られざるドラマがあった。それは「徳島商業の監督にならないか」という誘いがあったことだ。誘った相手は、当時徳島商業の顧問で、文也の恩師である稲原幸雄である。 徳島商業の監督は、その頃は須本憲一がしていた。須本は1926年の生まれで、やっぱり徳商に入って稲原の元で野球をしていた。学年でいうと文也の二つ下であった。だから文也もよく知っている人物だった。しかも1942年、徳商が幻の甲子園で優勝したときの中心選手でもあった。 この後輩の須本が、監督をしてからの文也にとっては因縁の相手となった。稲原は戦後に徳商の監督を辞め、後任には須本を指名する。稲原は文也も可愛がったが、彼の目には文也はそもそも監督の器ではな

    1日前

    • 0 コメント
  • どう「住む」か?:その31(1,673字)

    人間は何のために生まれてきたのか? その端的な答えの一つは「土を運ぶため」というものだが、副次的なものとして「頭を使う」ということがある。なぜなら土を運ぶためには頭を使うことが不可欠だからだ。そうして、より良く土を運ぶため、頭は良い方が良い。これが人間の動かしがたい在り方になった。 そこで人間は頭の良さを目指し始めたが、問題が生じた。それは、頭を使い過ぎると体が動かなくなるということだ。いわゆる頭でっかちになって、すぐにいろんな失敗をするようになった。 おかげで以降、人間は「頭と体の統合」ということが種に課せられた宿命となった。この矛盾した命題を解くことが、人間にとっての呪いであり祝いだ。「呪い」というのは、それを為すのが難しいから多くの人が失敗することである。「祝い」というのは、希に成功したとき、とても嬉しいことである。 実は、この嬉しさこそ「幸せ」の正体でもある。人間は矛盾する

    2日前

    • 0 コメント
  • [Q&A]なぜ日本のマスコミはイランのデモの報道をしないのでしょうか?(2,413字)

    [質問] 先日、横浜の方で好きなアーティストのライブがありました。その近くの別の場所で、別の有名アーティストがライブをやっていました。2人とも普通に生きていたら出会いそうもないアーティストなのですが、より非現実的なアーティストの方が客が入っていました。何故、人はより非現実的なものを求めるのでしょうか? [回答] 「非現実的なアーティスト」というものを具体的にイメージしかねるところはありますが、今のアーティストは総じてコスプレ的、ロールプレイ的というところはあるでしょう。いわゆる「アーティスト」を演じているのです。アーティストのコントをリアルでやり続けている。そういう状況がずっとあると思います。 現代には、いわゆる音楽的なバンドはいません。みんなコミック的というか、表面的には必ず「ふざけ」ないと成り立たなくなっています。 おそらく、若者のリスナーが真面目に音楽をやられると精神的に耐えら

    3日前

    • 1 コメント
  • 建築の学び方:その10(1,754字)

    坂や階段が持つ空間のダイナミズムとは何か? これは、実はものすごくアニメ的なのだが、「近景と遠景の移動速度が違う」ということである。従って、近景に隠されていた遠景が、急に目の前に現れるということがある。これが空間のダイナミズムである。 山道を想像してみてほしい。登り坂の途中は、たとえ頂上の付近でも視界が悪い。目の前を坂が覆っているからだ。しかし頂上に出た途端、急にパノラマが目の前に広がる。それも、手品のようにパッと現れるのではなく、下から竹の子が生えてくるみたいにニョキっと現れるのである。 この「ニョキっと新たな景色が現れる」ことこそ空間のダイナミズムである。これは左右の曲がり角でも起こることだが、上下動の方がよりダイナミックである。 いい建築というのはこれが意識されている。すなわち坂を登り切ったとき、あるいは降りきったときに広がるパノラマが魅力的なものになるよう演出されているのだ。

    4日前

    • 0 コメント
  • 石原莞爾と東條英機:その116(1,804字)

    1941年12月8日の早朝に真珠湾攻撃が行われた。ハワイは日本にとっては日付変更線の向こう側にあるため、世界で一番時刻が遅い。だから日本にとっては12月8日の未明だが、ハワイにとっては12月7日の深夜であった。 この作戦は本当に大成功して、アメリカのいくつもの軍艦が沈んだ。飛行機もいくつも大破した。対する日本の受けた攻撃はほとんど皆無だった。だから大勝といえよう。 その大勝のニュースが12月8日の丸一日をかけて日本全国津々浦々にまで届いた。東條英機もNHKのラジオでこのことの報告を国民に行っている。 真珠湾攻撃は極秘中の極秘で、軍関係者以外はほとんどの人が知らなかった。東條の秘書さえ知らなかったし、東條も詳細は聞かされていなかった。だからほとんどの国民にとって寝耳に水だった。石原莞爾でさえ知らなかったのはそのためである。 おかげでこのニュースは電撃のように日本国民を貫いた。想像して

    5日前

    • 0 コメント

生放送

スタッフからのお知らせ

2014/01/30 11:01

Q&Aのメールを募集中です。

このブロマガでは、毎週水曜日にみなさまからの質問にお答えするQ&Aのコーナーを設けています。
そのコーナーへの質問を、随時受け付けていますので、ぜひメールでお送りください。
huckletv@gmail.com
チャンネル会員さんでなくても質問できます。みなさまからのお便り、お待ちしています!